2024年8月号|特集 アルファの夏!

【Part1】クニモンド瀧口(RYUSENKEI)がこの夏聴きたいアルファの名曲

インタビュー

2024.8.1

インタビュー・文/金澤寿和 写真/島田香


創立55周年を迎えたアルファミュージック。リイシューのプロジェクトだけでなく、レーベルとしても再始動した。その第一弾に抜擢されたのがRYUSENKEIのアルバム『イリュージョン』だ。RYUSENKEIの中心人物であるクニモンド瀧口にとっても、アルファミュージックからリリースすることは非常に意味あることだったという。ここでは彼にとってのアルファミュージックの印象、この夏聴きたいアルファミュージックの名曲、そして新作『イリュージョン』についてなど、ミュージシャンとしてだけでなく音楽ラヴァーとしての立場からも、アルファミュージックの魅力について思う存分語ってもらった。

本格的な世界進出の最初がYMO、それを仕掛けたのがアルファという印象だった


── まずはクニモンドさん世代から見たアルファミュージックの魅力を語っていただきたいと思います。

クニモンド瀧口 僕が小学校高学年ぐらいの頃、TVのCMでYMOの「テクノポリス」が流れていたんです。それが自分の周りの音楽好きの間で話題になって、「お前、アレ聴いたか?」って。それでまず『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』を買ったら、意外にもうクラスの音楽好きはみんな買っていて。だから子供心に、コレは相当売れているんだろうな、と思いましたね。すごくよく聴いていたんですが、ジャケットとかレーベルに付いている、あの“A”のロゴがとても印象的で。まだ子どもですから、レーベルがどうこうっていう深追いの意識はなかったんですが、Aのロゴだけは頭の片隅にずーっと残っていて、スネークマンショーとかカシオペアとか、やたらとAのロゴが目につくようになったんです。それで何となく、アルファレコードのことを認識し始めて、それから後追いでユーミン(荒井由実)のファースト・アルバム『ひこうき雲』も同じアルファだったんだ、と気づいたのが中学生、もしくは高校に上がってからかもしれないですね。



YELLOW MAGIC ORCHESTRA
『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』

1979年9月25日発売


── ユーミンは、どちらかというと当時の発売元だった東芝EMIのイメージでしたからね。アルファには音楽出版社だったアルファミュージックと、レコード会社として確立してからの時代が両方ありますから、どうしても一般人には分かりづらい。子供だったらなおさらです。

クニモンド瀧口 そうですよね。僕がユーミンを聴き始めた時は、もう松任谷さんになっていましたから、遡って聴くには少し時間が必要でした。だから僕にとってはAのロゴが入り口で、インパクトがあったんです。聞いたところでは、石岡瑛子(世界的アートディレクター)さんがあのロゴを作ったそうですね。このロゴの衝撃があって、アルファ印は間違いない、みたいな印象を抱くようになりました。だからRYUSENKEIをアルファから出すにあたって、あのAのロゴを押せないか?と相談したんです。ブランド力の象徴みたいに思っていましたから。

── アルファのロゴは、最初は“alfa”というリンダ・キャリエールのジャケットに使われているロゴで、ちょうど’80年頃からこのA印に変わっています。

クニモンド瀧口 そうでしたね。僕の世代はやはりYMOからなので、最初はテクノ系のレーベルかとも思いましたけど、吉田美奈子さん、それにカシオペアも聴いていましたので、いろいろ見えてきたのを覚えています。



── YMOも最初のアルバムの頃は、まだテクノなんて言葉はありませんでした。それこそ、みんながどう扱うべきか迷って、フュージョンの亜流的な見方をされていました。それが「テクノポリス」が流行ってから、“テクノ”という言葉が使われ始める。“テクノカット”とか。

クニモンド瀧口 自分はさすがに1枚目をリアルタイムでは聴いてないので、「テクノポリス」のCMが流れ始めて、「何だコレは!?」というところから動き出した感覚です。ジャケットも変わっているじゃないですか。人民服着て。そういうアートワークを含めた、トータルの印象が新しかった。それが中学生になって、音楽好きの友達が増えて急速にネットワークが広がっていく中で、アルファミュージックの実態が徐々に掴めるようになっていきました。当時は当然インターネットなんてありませんから、情報源がCMだったりするんです。吉田美奈子さんも、カセットテープのCMで「BLACK EYE LADY」が流れたのが取っ掛かりで、「誰が歌っているんだろう?」と思って、それで存在を知りました。TV-CMで“黒の3部作”と呼ばれるモノがあって。美奈子さん「BLACK EYE LADY」とラジの「ブラック・ムーン」、 大貫妙子「黒のクレール」。美奈子さん、シングル買いましたもん。やっぱり入口がYMOだとテクノ好きになって、自然にそちら方面を追い掛けるようになっていくんです。YMOで知って、細野(晴臣)さんとか(高橋)幸宏さんを知って、彼らが中心になって動かしていたYENレーベルを聴くようになって、新しい音楽にハマって行く、そんな流れ。ノン・スタンダードとか。



吉田美奈子
『MONSTERS IN TOWN』

※「BLACK EYE LADY」収録
1981年11月21日発売


── 自分はYMOで言えば『BGM』でバンザイ、お手上げでした。「ダメだ、もう分からん」って。『増殖』までは面白がっていましたが……(笑)

クニモンド瀧口 細野さんをYMO以前から聴いていた人は、そういうパターンが多いでしょうね。でも自分だって、当時は『BGM』なんて分かってない。あの頃は、YMOを聴いていること自体がカッコ良かったんです。コシミハルの『パラレリズム』もそう。よく分からないけど、無理して聴いているうちにだんだん馴染んできて、そういうのを聴いている自分がカッコよく思えてしまう(笑)。きっとファッションになっているところもあるんでしょう。奥村靫正さんのジャケット・デザインとか含めて、カッコいい集団だと思えた。YMOやその周辺には、音楽だけに留まらない魅力があった。それに自分の場合は、そもそも根っからの裏方気質なので、教授(坂本龍一)よりも、プログラマーの松武秀樹さんに惹かれてしまうんです。楽器を弾かず、背中向けて何やっているんだか分からないんですけど、それが妙にカッコイイ、みたいな。昔からそういうポジション、立ち位置に憧れていました。一応自分は楽器を弾くようになりましたけど、カシオペアみたいにバリバリ演奏するタイプじゃなく、後ろ向いてシコシコやりたいんです(笑)。



── では、クニモンドさんにとってのアルファのイメージというと……?

クニモンド瀧口 YMOが海外進出したじゃないですか。それ以前から歌謡曲の歌手の方が海外へ出て、例えばラスヴェガスでコンサート開いて成功した、なんて話はありましたが、どれも単発で、ツアーではなかった。それがYMOはツアーを成功させた。遡ればサディスティック・ミカ・バンドとかあるでしょうけれど、そこは後追いなので、中学生の耳に入った本格的な世界進出の最初がYMO、それを仕掛けたのがアルファ、という感じでした。当時は「ベストヒットUSA」を毎週見逃さずに観ていましたが、そこにYMOの海外進出が出てきて、スゴイなぁ、と。「ソウル・トレイン」に出演したとかね。そうか、アルファレコードって海外へ目を向けているんだ、そういう印象でした。カシオペアもそうですし、A&Mとディストリビュート契約を結んだとか。後々村井(邦彦)さんの考え方や意図を見聞きして、まさにそうだったんだな、と。

── アルファ55周年で再発されたリンダ・キャリエールは、まさにその第1号でした。

クニモンド瀧口 ですよね。でも僕はリンダ・キャリエールの存在を知ったのは、ずいぶん後でした。

── そりゃあ未発表でしたからね。自分は(山下)達郎さんのセルフ・カヴァーや笠井紀美子の「バイブレーション」を聴いてから、その元ネタがあると知りました。

クニモンド瀧口 今回のリリースの経緯は詳しく知りませんが、最近のアナログ・ブームがあったから名前が浮上してきた、というコトもあったのかな? それまでマニアの慰みモノに止まっていた、というような。

── そこはアルファの周年とうまく被った感じがしますね。

クニモンド瀧口 そうなんです。実はRYUSENKEIをアルファから出すことになる伏線にも、やはり海外に目を向けているコトがあって。ご存じのように、今これだけの世界的シティポップ・ブームじゃないですか。だからRYUSENKEIは、これからクラウドファンディングで資金を集めて海外に発信しようと画策していたんです。そうしたタイミングで、僕が監修する『CITY MUSIC TOKYO』のコンピレーションを作っているうちに、「ソニーから出さない?」というお話を頂戴して。そこで先ほど話したように、アルファのブランディングを使えないかと提案したんです。様々な流れが、再びアルファの名の下に交錯した。だからその名を辱めないようにしないと、と自分を戒めているんです。

【Part2】に続く)




クニモンド瀧口 (くにもんど・たきぐち)

RYUSENKEI / CMT Production。2001年に流線形として音楽活動をスタート。近年の世界的なシティポップ・リバイバルの流れで、アルバム『TOKYO SNIPER』が海外から注目される。現在はRYUSENKEIに改名してアルファミュージックから『イリュージョン』をリリース。また、選曲・監修したコンピレーション・アルバム『City Music Tokyo』シリーズを展開。CMT Productionとして、グラフィックデザイン、ブランディングなど、音楽を中心に多岐に渡り活動している。

https://linktr.ee/ryusenkei


RYUSENKEI Billboard Live 2024 〜ILLUSIONS〜
日時:2024/09/19 (木)
場所:Billboard Live TOKYO
https://www.billboard-live.com/tokyo/show?event_id=ev-20031