2024年5月号|特集 大江千里『1234』
【Part3】佐橋佳幸と伊東俊郎が語る『1234』のレコーディング
対談
2024.5.24
インタビュー・文/細川真平 写真/山本マオ
伊東俊郎(左)、佐橋佳幸(右)
(【Part2】からの続き)
転調が激しくて、ミックスのときに曲のどこにフックを持っていくかが難しかった
――『1234』は録音も素晴らしいですが、ミックスも本当に素晴らしいと思います。
伊東俊郎 ありがとうございます。
――千里さんの曲ならではのミックスの秘訣みたいなものはあったのでしょうか?
伊東俊郎 千ちゃんの声というのは、少し歪んでいるんですよね。その声質が、メロディが高く上がったときに、倍音が強く響き、それが切なくてすごく良いんです。下に行ったときには少し鼻声っぽい、ブレッシー(息遣いが交じる)なところがすごく良くて。彼の特徴や良さはそういうところにあるわけです。それを活かすためには、その千ちゃんの歌のレンジ(音域)に他の音がぶつからないようにしないといけない。例えば、スネアの音を点にしてしまうと、ぶつかってダメになってしまうんです。だから『1234』では、スネアは点じゃなくて面に広げて、後ろに下げています。他のアタッキーな楽器も同じように、歌よりも後ろで鳴るようにしていますね。キック(バスドラ)やベースなど、ボトム(低域)は歌と被らないから前に出しても大丈夫ですけど。千ちゃんの歌の良さを活かすために、そういうミックスを心掛けていましたね。でもそうすると、両サイドに音が足りなくなります。そこで、この人(佐橋)が大事になるんです。ルート(その調の基音)はベースがやったとしても、(コードの)3度(の音)、5度、もしくはその上のテンション・ノート(9度、11度、13度)、それらを全部、佐橋がやってくれている。だから、千ちゃんの歌が真ん中にあって、リズムが少し後ろにあって、両サイドで佐橋のギターが柱になってくれている。全部の楽曲がそうなっています。
佐橋佳幸 そういうことだったのか。ものすごくためになります(笑)。だから、ドラムの音が良いなあという印象にもなるし、でもそれが千ちゃんの歌を邪魔していないわけですね。
――佐橋さんの重要性を伊東さんが教えてくださいましたが、佐橋さんとしてはどういう意識で弾かれていたんでしょうか?
佐橋佳幸 このころにはもう、僕はなるべくスッピン(加工をしない、ギターそのままの音)で弾いて、あとは伊東さんに「何してもらってもいいですから」っていうふうに完全になっていましたね。例えば、音をもっと広げたほうがよければ、「後で伊東さんがミックスでやってください」みたいな。だから僕、このアルバムでは使ったエフェクターもすごく少なかったですよね?
伊東俊郎 そうだったね。それ以前は、一緒にエフェクターで凝った音作りをしたことなんかもあったけど、このころはもうそういうのはしてなかったね。
佐橋佳幸 このときは、コンプと歪み系ペダル1個だけだったと思いますね。先に決め打ちで音を作っちゃうよりも、とにかく素の良い音で録ってもらって、あとは伊東さんにお任せしますという感じでした。
伊東俊郎 でも、(ミックス時の楽器同士の音の)距離感などもあらかじめ決めて録音しているので、佐橋のギターの音を後でいじるということはそれほどしてないね。音量の上げ下げとか、それぐらいじゃないかな。
――このアルバム全体のサウンドの傾向についてはいかがでしょうか?
伊東俊郎 音色的には、80年代の最後の音だと思いますよ。
佐橋佳幸 ブリティッシュっぽくもないし、やたらとアメリカっぽくもないし、独特のサウンドですよね。
伊東俊郎 それが大村さんの狙いでしたね。当時スティングなどを聴いていたこともあって、無国籍な感じにしたかったんです。「ボーダーレスな感じにしたいんだ」ってポツリと言われたので、僕もそれはかなり意識しました。
佐橋佳幸 やっぱり大村さんの中で、そういうテーマがちゃんとあったんですね。
――それでは、ここまでのお話を重なるところもあるかもしれませんが、1曲ずつ振り返っていただきたいと思います。まずは、1曲目の「GLORY DAYS」から。佐橋さんの素晴らしいギター・ソロも入っていますね。
佐橋佳幸(さはし・よしゆき)
●音楽プロデューサー、ギタリスト。東京都目黒区出身。70年代初頭、お小遣いを貯めて買ったラジカセがきっかけで全米トップ40に夢中になり、シンガー・ソングライターに憧れ、初めてギターを手にする。中学3年生の時に仲間と組んだバンドでコンテストに入賞。高校受験を控えつつも、強く音楽の道へ進むことを志す。’77年春・都立松原高校に入学。一学年上のEPO、二学年上の清水信之という、その後の音楽人生を左右する先輩たちと出会う。デビューを控えた“EPO”とのバンドと並行して、ロックバンドUGUISSを結成。’83年にEPICソニーよりデビューする。解散後、セッション・ギタリストとして、数え切れないほどのレコーディング、コンサートツアーに参加。高校の後輩でもある渡辺美里のプロジェクトをきっかけに、作編曲・プロデュースワークと活動の幅を拡げ、’91年にギタリストとして参加した小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」、’93年に手掛けた藤井フミヤの「TRUE LOVE」、’95年の福山雅治「Hello」等が立て続けにミリオンセラーを記録し、クリエイティビティが高く評価される。’94年には初のソロアルバム「Trust Me」を発表。“桑田佳祐”とのユニット“SUPER CHIMPANZEE”にて出会った、“小倉博和”とのギターデュオ“山弦”としての活動等、自身の音楽活動もスタート。’96年、佐野元春 & The Hobo King Bandに参加。’03年、EPICソニー25周年イベント<LIVE EPIC 25>の音楽監督。’15年、3枚組CD『佐橋佳幸の仕事(1983-2015)~Time Passes On~』をリリース。座右の銘は「温故知新」愛器はフェンダー・ストラトキャスターとギブソン・J-50。趣味は読書と中古レコード店巡り。UGUISSのデビュー40周年を記念したアナログ2枚組『UGUISS(1983-1984)~40th Anniversary Vinyl Edition~』が2024年4月リリース。
https://note.com/sahashi/
伊東俊郎(いとう・としろう)
●レコーディングエンジニア、サウンド・プロデューサー。1955年、鹿児島県生まれ。1976年に音響ハウスに入社し、その後CBS/SONY、スマイル・カンパニーを経てフリーランスとなる。大滝詠一、山下達郎、竹内まりや、吉田美奈子、佐野元春、大江千里、TM NETWORK、渡辺美里、米米CLUB、HOUND DOG、爆風スランプ、THE BOOM、ゆず、木村カエラ、家入レオ、岡崎体育など、多数のアーティストのレコーディングやプロデュースに携わっている。
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