2024年5月号|特集 大江千里『1234』
【Part4】大江千里が語り尽くす『1234』
インタビュー
2024.5.23
インタビュー・文/森朋之
©PND Records & Music Publishing Inc.
(【Part3】からの続き)
死んで棺桶に入れるのはこの1枚でいいやって感じ
――アルバム『1234』の9曲目「消えゆく想い」は切なく、美しいラヴバラード。素晴らしい曲ですね。
大江千里 ありがとうございます。直球で作りました。アルバム『1234』には意外とこのようなコンセプトのラヴソング曲は少ないですね。この曲の持つ切なさは独特で、アルバムを通して聴いたときにある種の清涼感が残ります。実際にこの頃恋愛をしていたのか、たとえそうであっても曲の設定はかなり作り込んでいますね。「消えゆく想い」の主人公はとても素直で前を向いてこの恋愛を受け止めています。20代の後半の純粋な物事の捉え方が痛いほど伝わってきます。当時は他の曲のインパクトが強かったので「捨て曲」みたいなホッと箸休めできるような曲かなと思っていたんですけれど、今の僕が聴くとものすごく伝わってくるものがあって。それはラジオのおハガキで自分の身に起こった本当の話を切々と書かれているものを、僕が読んでいるような感じがあります。
――「きみのような厳しさに/もう 逢うこともないよ」という歌詞も心に残ります。
大江千里 相手の人に「厳しさ」を求めるってそれほど深く愛していたんでしょうね、この主人公の設定だと。恋愛に恋しているような感じ? でもそれこそが今聴くと心に響いてくるポイントなんです。どこか夢を見ているような、幻想のような。時間って残酷でそういうふうに持っていかれる感情を呼び起こす曲はなかなかもう今は書けないですね。ただこの頃から懐疑的な感じはありますね。好き好きって言っているけど結局自分に恋しているんだよなっていうような。でもそれで泣いている人は世の中にたくさんいると思います。実はこの曲はレコーディングの最中に引っ越して、前の家でのあるアクシデントがきっかけで生まれているんです。話していいかな?
――どうして引っ越すことになったんですか?
大江千里 その前の部屋で、オバケが出たんですよ。「消えゆく想い」の仮歌をスタジオで入れてそれを家へ持って帰って聴いたら「ヒュー」って人の声みたいな音が入っていて。何度聴いても聞こえるんです。まさに「きみの息 目をつむっても/いつもそばに感じているよ」ですよね。体調も悪くなるし、金縛りにあうし、スタイリストの人から電話があって「千里くんの今の家に悪霊がついているよ」ってお知らせが来たり、全く別でSD関西のスタッフからもお札が送られてきたり。ほんまもんでしょう? それで「引っ越さなくちゃ」ってなったんだけど、なかなか次の部屋が見つからなくて、レコーディングの最中に抜け出して何度も探していたんです。もう見つからないかなと思っていた時、東京に大雪が降った後、車で走っている時に道路脇に積み上がった雪の残骸を見て、「きみと出逢えてよかった」(「GLORY DAYS」)というフレーズが浮かんできたんです。実際、その後見に行った部屋に決まります。そこでは「帰郷」や「太陽がいっぱい」などが生まれました。とても気持ちのいい風通しのいいお化けの出ない部屋でした(笑)。
――そこにつながるんですね(笑)。そしてアルバム『1234』の最後は「ジェシオ’S BAR」。ライヴでもすごく盛り上がったアッパーチューンです。
大江千里 アルバム全体としてはモノトーンの世界観だとは言いつつも、リリースの後には、それまででいちばん長いツアーが組まれていて。武道館ライヴも予定されていたし、ライヴで「GO GO GO!」って盛り上がる曲が必須だったんで書くっきゃないでしょ! って。アルバムの世界観は私小説的だや散文詩的な曲で、聴く人は自分が住む単線の駅の改札を思い浮かべながらも、最後はなぜか「1234!」って感じで武道館コンサートのオープニングへ向かうという。「ジェシオ’S BAR」も歌詞は大変だった。歌詞はメロディを作った時に同時にできているけれど、細かい部分の整合性、つまり辻褄が合わなくて。それでどんどん仲間が集まってくる設定になりジェシオの店でワイワイガヤガヤ(笑)。ジェシオのモデルは“ジェシー”と呼ばれていた高見山ですね。ヴァイナルのカッティングで今年の1月にスタジオにお邪魔したんですけれど、改めてこの歌詞を聴くと、不適切な時代にやりたい放題で書いたねって思いました。よくこれで許されていたなって部分も結構ありました。
――こうやってお話を聞いていくと、アルバム『1234』の充実ぶりが改めて実感できます。千里さんにとっても思い入れのある1枚なのでは?
大江千里 そうですね。当時の自分のなかには“誰にも教えない、知らせない、自分だけの闇にある沼”みたいなものが揺蕩(たゆた)ってて。ロンドンみたいな曇り空の下で、沼地へ向かう途中一人で呟いていた言葉とメロディが一気に前に出てきて衆人環視の元に晒されてしまったのが『1234』というアルバムなのかなと。だから愛おしさも格別です。死んで棺桶に入れるのはこの1枚でいいやって感じ。今思うと。いろいろな矛盾を抱えながら、仮想の敵を見つけては噛みついて、30歳には辞めてやるなんて嘯きながら、その戦いの痕跡を全部フリップさせてポップミュージックに置き換えていく。結構、強かな28歳です(笑)。この頃は。次作の『redmonkey yellowfish』になると視野が音的嗜好に広がって、歌詞よりも音的な楽しさのほうが勝っちゃうんですけど、それはそれで十分に音楽なんだけどこの『1234』はその手間のものすごくグチュグチュしていた時期だったし、言葉の渦をかき集め抱えて、沼の近辺の仮想の木漏れ日にいて他の類を見ない作品です。
――今回リリースされる『1234』のリイシュー盤のSpecial Limited Editionには、1989年7月1日に行われた日本武道館公演を収録したライヴ映像作品『1234 SPECIAL』(Blu-ray)も付いています。千里さん、バンドメンバーは踊りまくり、アスレチックのようなセットがあるなど、エンターテインメント性に満ちたステージですね。
↑↑↑↑大江千里デビュー40周年スペシャルサイトはこちら↑↑↑↑
-
【Part3】大江千里が語り尽くす『1234』
インタビュー
2024.5.16