2024年4月号|特集 大滝詠一 EACH TIME

【Part2】『A LONG VACATION』発表|Eighties TIME~大滝詠一80年代ストーリー~

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解説

2024.4.8

文/小川真一


『A LONG VACATION』を新譜として初めて聞いた時の感触が忘れられない


 前回(【Part1】)は、『A LONG VACATION』が生まれた3年前に時計の針を戻して、その間の大滝詠一の動きを追ってみた。思いのほか多忙で、相変わらず実験に満ちた創作活動をおこない充実した日々を送っていたのを分かっていただけたかと思う。

 ’79年にノヴェルティ・ミュージックの金字塔『LET’S ONDO AGAIN』の発売を最後に、日本コロムビアとのレーベル契約が終焉する。その後の大滝詠一はしばしの休息期間(ロング・バケイション)を経て『A LONG VACATION』を発表した。こんなイメージで捉えていた方も少なくなかったのではないかと思う。白鳥の水かきの例えではないのだが、見えないところで静かに水をかいていた。しっかりと自身のロード・マップを組み立てていたのだ。

 もちろん先のことは誰にも分かりはしない。80年代がどんな時代になっていくのか。そして、どんな音楽が求められていくのか。それはまだ未知の領域であったと思う。ただ言えるのは、大滝ミュージックの拠点となるスタジオが、福生から都内に移ったのは大きかったはずだ。スタジオの中に引きこもっているばかりの生活から解き放され、外に出て時代の空気を存分に感じていたのではないかと思う。このことが、『A LONG VACATION』を、そして『EACH TIME』といった傑作アルバムを産み落としてのではないのだろうか。

 『A LONG VACATION』を新譜として初めて聞いた時の感触が忘れられない。初夏を迎え真新しいシャツに袖を通したような開放感。そんな清々しい気持ちに包まれたのをよく覚えている。そしてこのアルバムは、カセット・テープがとても似合っていた。



 サブスクやスマートフォン時代の現在では考えられないのだが、音楽を持ち運ぶ方法はカセットしかなかったのだ。移動しながら音楽を聞くためには、ソニーから発売されたばかりのポータブル・オーディオ・プレイヤー「ウォークマン」を使うか、車に搭載されたカー・ステレオを利用する。そのための持ち運べる携帯メディアとなったのがカセット・テープなのだ。『A LONG VACATION』の冒頭のチューニングの音を聞く度に、カセットのテープが回っているイメージが浮かび上がってくる。

 『A LONG VACATION』のレコーディングが始まったのは’80年の4月18日、曲は「Color Girl」という仮タイトルのつけられた「君は天然色」だった。前回書いたように、少し前に同じスタジオで須藤薫「あなただけI LOVE YOU」のレコーディングがおこなわれている。参加ミュージシャンも録音の方法も、「君は天然色」ほぼと同じ。大滝は、「これで『A LONG VACATION』はうまくいくだろ」という手応えを掴んだのだと思う。「あなただけI LOVE YOU」のヴォーカル・ダビング、ミックスなどの作業は“ロンバケ”スタートの前日まで続いていく。




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