アネックス|TM NETWORK 40+

【Part3】1988年~1989年|TM NETWORK 40周年特集|TM NETWORK 40+

2024.4.5





Document


40周年解説ドキュメント[Part 3 : 1988-1989]


40年に及ぶTM NETWORK活動史を、作品、ライヴ、同時代における重要トピックと共に総括するドキュメンタリー。Part 3では、最高傑作と評されるコンセプト・アルバム『CAROL 〜A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991〜』誕生前後にあたる1988年~1989年をクローズアップし詳細に解説する。


文/ふくりゅう(音楽コンシェルジュ) 静物撮影/島田香
アーティスト写真/『TM NETWORK WORLD HERITAGE』同梱ブックレットより


ロンドンへの移住を決意する小室哲哉


 1987年、音楽トレンドの中心地だったLAレコーディングを経て、TM NETWORKは1988年にかけてツアー『Kiss Japan TM NETWORK Tour ’87〜’88』&『KISS JAPAN DANCING DYNA-MIX TM NETWORK ARENA TOUR』を全国66公演行った。

 その間、テレビアニメ『シティーハンター』エンディングテーマ「Get Wild」のシングルヒットに続いて、ファンクかつラップ調の革新的シングル「KISS YOU 〜世界は宇宙と恋におちる〜」と、初のドラマタイアップとなるTBS系『痛快!ロックンロール通り』主題歌「RESISTANCE」がスマッシュヒット。TBS『ザ・ベストテン』、日本テレビ『歌のトップテン』、フジテレビ『夜のヒットスタジオDX』などを筆頭に、当時絶大な人気を誇るテレビ音楽番組への出演が続いた。

 そんななか、ツアー中の新幹線での雑談中に、小室哲哉は木根尚登に次作となる“CAROL”のコンセプトを打ち明けたという。そして、小室はロンドンへ移住することを決意する。1988年、ついに憧れだったロンドン・レコーディングへとコマを進めていくのだ。

異世界で盗まれた音を取り戻すというコンセプト・アルバム


 TM NETWORK史上、もっとも評価の高いアルバム作品『CAROL 〜A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991〜』の海外レコーディング。当時、小室が拠点を移していたロンドンの街はミュージカル全盛で、アンドルー・ロイド・ウェバーによる『キャッツ』、『スターライト・エクスプレス』、『オペラ座の怪人』などが盛り上がっていた。さらに小室は、リンゼイ・ケンプ主催のミュージカルにも影響を受けたという。リンゼイ・ケンプとは、イギリス出身の舞踊家で、デヴィッド・ボウイやケイト・ブッシュに大きな影響を与えた表現者だ。

 結果、ひとりの少女をめぐるファンタジックな物語として誕生した『CAROL』は、異世界で盗まれた音を取り戻すというコンセプト・アルバムとなった。小室がロンドンで初めて作曲した曲、それがアルバムの1曲目となった「A DAY IN THE GIRL'S LIFE(永遠の一瞬)」だった。ライヴでは、ミュージカル演出でシアトリカルなステージを繰り広げていくことになる。




〜『CAROL』 あらすじ〜


イギリス、ロンドンから少し離れたバースという街に住む女の子、キャロル・ミュー・ダグラス。謎の音楽グループ、ガボール・スクリーンの新曲を1991年4月21日に、ラジオで耳にするが、世間では不評のその曲に、何か秘密があると考える。ロンドン・フィル・ハーモニーに属する父、ライマンのチェロの音や、ビッグ・ベンの音さえもが消え、何物かに音が盗まれている事に気づく。そして異世界ラ・パス・ル・パスへ迷い込み、ティコ・ブラーニ、フラッシュ、クラーク・マクスウェルと出会い、盗まれた音を奪い返すべく、魔王ジャイガンティカを倒すために闘う事になる。





『CAROL』全国ツアーのプロトタイプとなる実験は8月25日、なんと東京ドームにて行われる。『T-MUE-NEEDS STARCAMP TOKYO Produced by TM NETWORK』と題した、ミュージカルを取り入れた予告編的コンサートだ。

 当時について宇都宮隆は、「東京ドームで未完成のままパフォーマンスしたのは覚えています。『え、これ二人で歌う曲になるの?』、『えっ、まだ歌詞ないの?』、『えええ、ラララなの??』とか(苦笑)。でも、あのおかげで全国ツアーではしっかりとした作品になったからね。大事なプロローグでした」(『TM NETWORK 30th 1984〜 QUIT30』ツアーパンフレットより)と、サングラス越しに目を細めながら語っていた。

 TM NETWORKはこの時期、FANKSに変わるファンネームとしてT-MUE-NEEDSを提唱。宇都宮はライヴ中にファンへ向けて“T-MUE-NEEDS(TMを必要とする人々の総称)”と呼びかけていた。

 TM NETWORKは進化のスピードを一切緩めなかったのである。



音楽はあらゆるテクノロジーや文化に溶け合える


『CAROL 〜A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991〜』は、CD、カセット、レコードで発売されたことはもちろん、木根執筆による小説版(CBS・ソニー出版)は30万部を越えるベストセラーとなった。このほか、本作がアニメ、ムック、写真集、メイキング集、ラジオドラマ、コンサート、映画、ビデオなど様々な形でメディアミックス展開されたことは、IP(知的所有権)の多元活用が課題となる令和音楽シーンにおいて、今もなお参考になる理想的なプロジェクトとなっている。実はツアーでは、人工衛星を活用したライヴ生配信『Closed Circuit Concert in Yokohama Arena』を全国10都市(札幌・仙台・新潟・静岡・名古屋・大阪・広島・福岡・熊本・沖縄)でリアルタイムに行うなど、現在でいうライヴビューイングの先駆けとなる画期的施策を、なんと1989年に実現させていたのである。

 そう、音楽はあらゆるテクノロジーや文化に溶け合えることを、TMは教えてくれたのだ。

 アルバムの制作時、小室は曲の発想から録音、トラックダウンまでのすべてをロンドンで行っており、ザ・ビートルズの作品で知られる伝説のプロデューサー、ジョージ・マーティンが設立したエアスタジオを使用した。現地のミックスエンジニアには、ジャパンやXTCを手掛けた事で知られるスティーヴ・ナイを起用。ミュージシャンでは元ABCのメンバーでYMOの散開ライヴにも参加したドラマーのデヴィッド・パーマーや、スタイル・カウンシルのドラマーとして知られるスティーヴ・ホワイト、そしてアート・オブ・ノイズに所属しているアン・ダッドリーがストリングス・アレンジで参加している。さらに、前年9月21日にB’zとしてデビューしたばかりのギタリスト、松本孝弘もこのレコーディングやツアーに参加していた。

 エンジニアのスティーヴ・ナイはアルバムのレコーディングで、1音1音のクオリティを高めていくことにこだわり、前作アルバム『humansystem』の2倍の音色やトラックを使いながらも、敢えて盛り上がりを抑え、丁寧に聴かせる生音を軸としたサウンド構築を徹底した。ゆえに、アルバム『CAROL 〜A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991〜』は、クラシカルな印象をも与える日本ポップ史上最高峰のコンセプト・アルバム作品へと仕上がったのである。

 本作はアナログ盤も製作され、2枚組仕様でCAROL関連曲とそれ以外のシングル・ヒット曲で盤を敢えて分けている。ミュージカルを意識したアートワークは、後に『新世紀エヴァンゲリオン』の成功で一世を風靡するGAINAXが手がけた。木根は当時の複雑なリリース状況について、「アナログ盤からCDに変わる時代にTMはいたんだよね。もしかしたらCDになってデビューしたほうが、TMらしかったんじゃないかな? (中略)でも、それはもう“先駆”じゃなかっただろうし」(音楽雑誌『GB』1994年7月号より)と、回想している。



数多くのメディア形態で知られる『CAROL 〜A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991〜』は、LPレコード、CD、カセットテープのほか、後年にはMDでもリリースされた。2014年には、オリジナルLP盤に準じた2枚組CD+インストゥルメンタル盤、ライヴ映像DVDなどを収めた『CAROL DELUXE EDITION』(写真上段)も限定生産されている。


アニメ〜映画〜紅白出演へと繋がる、濃密なシングルリリース展開


 さらにこの1988年、忘れてはならないのが、時代を司るヒットシングル作品を立て続けにリリースし、それらをアルバム『CAROL 〜A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991〜』へ集約したことだ。

 今もなおアニメ界の歴史的作品として知られる映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』主題歌「BEYOND THE TIME(メビウスの宇宙を越えて)」、80年代を生きるティーンエイジャーに多大なる影響を与えた映画『ぼくらの七日間戦争』主題歌「SEVEN DAYS WAR」、ノンタイアップだったが1988年末、NHK『第39回NHK紅白歌合戦』で歌唱した「COME ON EVERYBODY」(※当時では異例の6分弱のロングバージョンを“’88 FINAL MEGA MIX”として披露)、ツアーのテーマソングとでも言うべき「JUST ONE VICTORY(たったひとつの勝利)」、そのカップリング曲「STILL LOVE HER(失われた風景)」はテレビアニメ『シティーハンター2』のエンディングテーマとして使用された楽曲である。

 とてつもなく濃密なシングルリリース展開だ。このことは、アルバム『CAROL 〜A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991〜』のビッグヒット同様、現在もなお通じるTM人気の確立に大きな貢献を果たした。




海外の有名プロデューサーにマスターテープを渡し、好きなように作ってもらう


 さらには、全国67公演をめぐる大規模なツアー中、小室は「『CAROL』ツアー中に、アルバムが1枚できるアイディアを思いついた」(ムック『TM NETWORK 30TH ANNIVERSARY SPECIAL ISSUE 小室哲哉ぴあ TM編』より)としており、そこからリリースにこぎ着けたのが1989年5月12日にリリースしたリプロダクション・アルバム『DRESS』だ。

 制作費は約5千万円。リプロダクションとは、「ボーカルトラックだけはオリジナルを使う」ということを条件に、海外の有名プロデューサーにTM楽曲のマスターテープを渡し、好きなようにトラックを作ってもらい、世界のどんな音色が日本で受けるのかをリサーチするという目的で生み出された意欲的な作品となった。

 ゆえに、アルバムタイトルの『DRESS』とは、旧曲から新曲へとアップデート、“着飾る”というメッセージが込められている。“ドレス”とは、リミックスでもセルフカバーでもない、リプロダクションのコンセプトをわかりやすく表現した秀逸なタイトルだ。

 本作収録曲の「COME ON EVERYBODY(with NILE RODGERS)」、「KISS YOU(KISS JAPAN)」、「GET WILD ’89」は1989年4月15日、先行シングルとしてリリース。当時では珍しく、1週に3作同時のチャートイン(※5位、7位、3位にランクイン)を果たした。いわゆる、楽曲それぞれにおいてハウス、ファンク、ユーロビートというTMにおける新たなサウンドへのチャレンジを試みたのだった。

 当時のTMディレクターであった山口三平曰く、「『DRESS』は、ヴォーカルだけ残してのリプロダクション・アルバムから、もう一歩進んで全トラック繋げちゃおうって話もあったんですよ。でもさすがに勿体無いから曲の独立性はとっておこうってなって、だから超リミックスDJアルバムの可能性もなきにしもあらずでしたね」(『TM NETWORK WORLD HERITAGE ~DOUBLE DECADE COMPLETE BOX~』ブックレットより)という裏話も残されれている。



1988年~1989年にかけリリースされたシングル9作品。この時期からシングルは8cm CDが主流となり、『DRESS』先行シングルの3作品は8cm CDとカセットテープのみで発売された。


日本産ポップミュージックと洋楽の融合


 PWL(Pete Waterman Ltd.)のピート・ハモンドがリプロダクションした「GET WILD ’89」について小室は、PWLがLINNの『Linn 9000』を母体として、1台のクロックマシンを基準にして、そこから全部音を出すことでぴったり音を合わせる方法や、PUBLISONのピッチシフターを使っていたことで、歌の上手い・下手を問わず、すべてあの声になること、それを2トラックで録音してフェイズさせるというノウハウをPWLから見せてもらい、「GET WILD ’89」が原曲とは全然技術的に違う発想で作られたことを見せつけられたと後に語っていた(雑誌『サウンド&レコーディング・マガジン』2017年6月号より)。

 リプロダクション作品「COME ON EVERYBODY(with NILE RODGERS)」を担当した、世界的音楽プロデューサーのナイル・ロジャースからは当時、「COME ON EVERYBODY」について“アメリカでヒットする”と語られていたことも付け加えておこう。ナイル・ロジャースは、マドンナ、デヴィッド・ボウイ、デュラン・デュラン、ミック・ジャガーをヒットへと導いたポップミュージック史における最重要人物だ。なお、ナイル・ロジャースが所属したバンド、シックの楽曲「Everybody Dance」のコーラス部分が本作でサンプリングされていることにも注目してほしい。

 TM NETWORKが文字通り日本産ポップミュージックと洋楽の融合を実現し、海外市場へと大きく近づいたのがリプロダクション・アルバム『DRESS』だった。本作のサウンドは完全なる洋楽だったのである。




最新型にアップデートしたTMサウンドの成果


『DRESS』での試みの結果、ユーロビート・サウンドへと着地するTM NETWORK。1989年7月21日にリリースされた20thシングル「DIVE INTO YOUR BODY」は、TMとしては珍しく、1stアルバム『RAINBOW RAINBOW』にも通じる夏をコンセプトに制作された楽曲だ。本作では「GET WILD ’89」と同じ、ピート・ハモンドにミックスを依頼したことも興味深い。

 同年10月28日にリリースされた小室のソロデビュー・シングル「RUNNING TO HORIZON」と同時に作られた楽曲ということもあり、両曲ともAメロのコード進行が近しく、歌い出しが“La la la la…”というのも共通していた。小室は本作で初めてデジタル・オーディオ・ワークステーションの元祖であるシンクラヴィアを使用している。リプロダクション・アルバム『DRESS』作成過程で小室に大きな影響を与えたのが、ナイル・ロジャース、ジョナサン・エリアス、クリストファー・カレルが使ったシンクラヴィアだった。その結果、直後のオリジナル作品へ大きな影響を与えることになった。




 1989年後半以降、TM NETWORKの3人は、小室はソロアルバム『Digitalian is eating breakfast』のリリース、宇都宮はテレビドラマ『LUCKY! 天使、都へ行く』(フジテレビ)への出演、木根は著書『ユンカース・カム・ヒア』(CBS・ソニー出版)の執筆やラジオ番組『木根尚登 えんぴつを削って』(FM NACK5)のパーソナリティーなどソロプロジェクトが広がり、来るべき90年代へ向けた準備期間へと突入した。TM NETWORKがユニット形態、個の連帯である所以である。

 しかしこのとき、TM NETWORKが翌年にまさか名前ごとリニューアルすることになるとは、誰も知るよしはなかった。

【Part4】:1990年~1994年に続く)

Discography


ディスコグラフィー[1988-1989]



シングル

RESISTANCE

1988年1月1日発売
初出時品番:07・5H-399(7インチレコード)

《収録内容》
1. RESISTANCE
2. COME BACK TO ASIA



シングル

BEYOND THE TIME (メビウスの宇宙を越えて)

1988年3月5日発売
初出時品番:07・5H-3001(7インチレコード)/10・8H-3001(8cm CD)

《収録内容》
1. BEYOND THE TIME(メビウスの宇宙を越えて)
2. BEYOND THE TIME(メビウスの宇宙を越えて)(Instrumental Mix)




シングル

SEVEN DAYS WAR

1988年7月21日発売
初出時品番:07・5H-3040(7インチレコード)/10・6H-3040(カセットテープ)/10・8H-3040(8cm CD)

《収録内容》
1. SEVEN DAYS WAR
2. GIRL FRIEND




ビデオ

Gift for Fanks Video since 1985-1988

1988年8月21日発売
初出時品番:38・1H-134(β)/38・2H-134(VHS)/43・4H-134(LD)

《収録内容》
1. Prologue for the tour “KISS JAPAN”
2. Come on Let’s Dance
3. Your Song
4. Get Wild
5. Self Control
6. Kiss You
7. Epilogue “Fool on the Planet”

(ビデオクリップ集)




シングル

COME ON EVERYBODY

1988年11月17日発売
初出時品番:07・5H-3066(7インチレコード)/10・6H-3066(カセットテープ)/10・8H-3066(8cm CD)

《収録内容》
1. COME ON EVERYBODY
2. COME ON EVERYBODY(Instrumental Mix)



アルバム

CAROL ~A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991~

1988年12月9日発売
初出時品番:32・3H-5070/1(LPレコード)/28・6H-5070(カセットテープ)/32・8H-5070(CD)

《収録内容》※CD版
1. A DAY IN THE GIRL'S LIFE(永遠の一瞬)
2. CAROL(CAROL'S THEME I)
3. CHASE IN LABYRINTH(闇のラビリンス)
4. GIA CORM FILLIPPO DIA(DEVIL'S CARNIVAL)
5. COME ON EVERYBODY
6. BEYOND THE TIME(EXPANDED VERSION)
7. SEVEN DAYS WAR(FOUR PIECES BAND MIX)
8. YOU'RE THE BEST
9. WINTER COMES AROUND(冬の一日)
10. IN THE FOREST(君の声が聞こえる)
11. CAROL(CAROL'S THEME II)
12. JUST ONE VICTORY(たったひとつの勝利)
13. STILL LOVE HER(失われた風景)




シングル

JUST ONE VICTORY [REMIX-VERSION]

1989年3月21日発売
初出時品番:07・5H-3100(7インチレコード)/10・6H-3100(カセットテープ)/10・8H-3100(8cm CD)

《収録内容》
1. JUST ONE VICTORY(たったひとつの勝利)[REMIX-VERSION]
2. STILL LOVE HER(失われた風景)



シングル

COME ON EVERYBODY (with NILE RODGERS)

1989年4月15日発売
初出時品番:10・6H-3108(カセットテープ)/10・8H-3108(8cm CD)

《収録内容》
1. COME ON EVERYBODY(with NILE RODGERS)
2. COME ON LET'S DANCE(DANCE SUPREME)



シングル

KISS YOU (KISS JAPAN)

1989年4月15日発売
初出時品番:10・6H-3109(カセットテープ)/10・8H-3109(8cm CD)

《収録内容》
1. KISS YOU(KISS JAPAN)
2. TIME(PASSES SO SLOWLY)



シングル

GET WILD ’89

1989年4月15日発売
初出時品番:10・6H-3110(カセットテープ)/10・8H-3110(8cm CD)

《収録内容》
1. GET WILD ’89
2. FOOL ON THE PLANET(WHERE ARE YOU NOW)




アルバム

DRESS

1989年5月12日発売
初出時品番:28・3H-5090(LPレコード)/28・6H-5090(カセットテープ)/32・8H-5090(CD)

《収録内容》
1. COME ON EVERYBODY(with NILE RODGERS)
2. BE TOGETHER
3. KISS YOU(KISS JAPAN)
4. DON'T LET ME CRY
5. COME ON LET'S DANCE(DANCE SUPREME)
6. SPANISH BLUE
7. GET WILD 89
8. RAINBOW RAINBOW
9. RESISTANCE
10. MARIA CLUB
11. CONFESSION




シングル

DIVE INTO YOUR BODY

1989年7月21日発売
初出時品番:07・5H-3130(7インチレコード)/10・6H-3130(カセットテープ)/10・8H-3130(8cm CD)

《収録内容》
1. DIVE INTO YOUR BODY
2. DIVE INTO YOUR BODY(Single Instrumental Mix)



ビデオ

FANKS the LIVE 1 FANKS CRY-MAX

1989年8月21日発売
初出時品番:41・1H-180(β)/41・2H-180(VHS)/41・4H-180(LD)

《収録内容》
1. Get Wild
2. Don't Let Me Cry
3. Ipanema '87
4. Maria Club
5. Self Control
6. Electric Prophet
7. Fool on the Planet
8. Dragon The Festival

(1987年6月24日:日本武道館で行われたライヴ)




ビデオ

FANKS the LIVE 2 KISS JAPAN DANCING DYNA-MIX

1989年9月21日発売
初出時品番:41・1H-181(β)/41・2H-181(VHS)/41・4H-181(LD)

《収録内容》
1. OPENING
2. Be Together
3. RESISTANCE
4. KISS YOU
5. Telephone Line
6. Time Passed Me By
7. Children of the New Century
8. Human System
9. You Can Dance

(1988年3月15日:国立代々木競技場第一体育館で行われたライヴ)




ビデオ

FANKS the LIVE 3 CAMP FANKS!! '89

1989年10月21日発売
初出時品番:41・1H-182(β)/41・2H-182(VHS)/41・4H-182(LD)

《収録内容》
1. Carol Final
2. Just One Victory
3. Nervous
4. Kiss You
5. Come On Everybody
6. Don’t Let Me Cry
7. Kiss You(Kiss Japan)
8. Rainbow Rainbow
9. Kiss You
10. Be Together
11. Come On Let’s Dance(Dance Supreme)
12. Be Together
13. Get Wild ’89
14. Dive Into Your Body
15. Just One Victory
16. 1974

(1989年8月30日:横浜アリーナで行われたライヴ)




Chronology


活動年表[1988-1989]






























































































1987.11.9

1988.2.26

ライヴ・コンサート

Kiss Japan TM NETWORK Tour ’87~’88(コンサートツアー/40会場全53公演)
1988.1.1

シングル

RESISTANCE
1988.3.5

シングル

BEYOND THE TIME(メビウスの宇宙を越えて)
1988.3.14
〜4.6

ライヴ・コンサート

KDD 001 - NETWORK LIVE ’88 KISS JAPAN DANCING DYNA-MIX TM NETWORK ARENA TOUR(8会場全13公演)
1988.7.21

シングル

SEVEN DAYS WAR
1988.8.21

ビデオ

Gift for Fanks Video since 1985-1988
1988.8.25

ライヴ・コンサート

JTB 20 Million Memorial Festival in TOKYO DOME T-MUE-NEEDS STARCAMP TOKYO Produced by TM NETWORK(単発コンサート/東京ドーム)
1988.11.17

シングル

COME ON EVERYBODY
1988.12.9

アルバム

CAROL ~A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991~
1988.12.9

1989.8.18

ライヴ・コンサート

Coca-Cola PRESENTS TM NETWORK TOUR ’88~’89 CAROL ~A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991~(コンサートツアー/25会場全63公演)
1988.12.31

TV・ラジオ

『第39回NHK紅白歌合戦』に「COME ON EVERYBODY」で出場
1989.3.21

シングル

JUST ONE VICTORY [REMIX-VERSION]
1989.4.2
〜4.3

ライヴ・コンサート

SF Rock Station FINAL EVENT「Thank You TM NETWORK」(ライヴイベント/合歓の郷)
1989.4.15

シングル

COME ON EVERYBODY(with NILE RODGERS)
1989.4.15

シングル

KISS YOU(KISS JAPAN)
1989.4.15

シングル

GET WILD ’89
1989.5.12

アルバム

DRESS
1989.7.21

シングル

DIVE INTO YOUR BODY
1989.8.21

ビデオ

FANKS the LIVE 1 FANKS CRY-MAX
1989.8.25
〜8.30

ライヴ・コンサート

Coca-Cola PRESENTS TM NETWORK CAROL TOUR FINAL CAMP FANKS!! ’89(コンサートツアー/2会場全4公演)
1989.9.21

ビデオ

FANKS the LIVE 2 KISS JAPAN DANCING DYNA-MIX
1989.10.21

ビデオ

FANKS the LIVE 3 CAMP FANKS!! ’89


Interview


キーパーソンインタビュー



石坂健一郎 (エム・トレス 代表取締役)


TM NETWORKの活動を長きに渡り見つめてきた人物たちに話を聞くキーパーソンインタビュー。今回登場するのは、伝説となったTMNの1994年「終了」コンサート制作に携わり、以後は宇都宮隆が所属するエム・トレスにて立岡正樹とともに代表取締役を務めている石坂健一郎。デビュー以前からTMメンバーと深い関わりを持つキーマンが、40年前の過去から現在、そして未来のTMに向けた思いを語ってくれた。

インタビュー・文/兼田達矢


「お客さんがすごく増えていた当時だからこその、ちょっと実験的な意味合い、みたいなところまで考えてやっていたんだとしたら、すごいなと思います」


── TMの3人と出会った当時のことを教えてください。

石坂 そもそもはTM NETWORKという名前の由来でもあるんですけど、メンバーや関係者に東京の三多摩地区出身の人間が多くて。僕が入り浸っていた三鷹のとある楽器屋さんにTMの3人も来ていたというのが出会いのきっかけですね。その楽器屋さん主催でホールを借りて行うというコンサートがいくつかあったなかに、小室さんがキーボードをやっているバンドがいたり、ウツ(宇都宮)と木根さんがいたSPEEDWAYというバンドはもう圧倒的に上手くて、デビューが決まるかも、みたいな時期でした。その2人と僕らも一緒にライヴをやる機会があったりして。僕は年下だからローディーもやらされるし、運転手もやらされるし、SPEEDWAYがデビューした時にはレコーディングも手伝わされるし。そんな関係性が始まりで、長い付き合いが始まった感じです。

── その後、ライヴ制作の仕事に携わっていく石坂さんにとって、TMのライヴを客観的に観て印象に残っている一番古い記憶はどのあたりになりますか。

石坂 日本青年館でやっていた、『DRAGON THE FESTIVAL TOUR featuring TM NETWORK』(1985年10月31日)ですね。ものすごく金かけてるな、って思いましたよ(笑)。当時、僕はイベンターだったので、あのキャパ(収容人数)に対して、あれだけの機材を仕込んで……「絶対儲からないじゃん、これ!?」っていうのが分かりました。でも、その時点でTMはまだそれほど売れてはいなかったんですよね。

── その後のTMはどんどんライヴの規模も大きくなっていって、『CAROL』のツアー(1988年~89年)が代表的ですが、すごくシアトリカルなライヴをやって。その前の売れていない時期から、彼らはやりたいことをライヴでやっていたんだ、というふうに見えてきますよね。

石坂 そうですね。『CAROL』のライヴを観て、こういうシアトリカルなこと、ひょっとしたらミュージカルみたいなことをやりたかったのかって思いました。でも、それから数年経って『RHYTHM RED』のハードロック全開のライヴを観た時に、『CAROL』はどこ行っちゃったのって思うわけですが(笑)。その時々でハマっていることをバンバンできるということは売れてるってことですよね。お客さんがすごく増えていた当時だからこその、ちょっと実験的な意味合い、みたいなところまで考えてやっていたんだとしたら、すごいなと思います。ただ、小室さんはプロデューサーとしていろんなことを考えているけど、基本的にはキーボードを弾くのが好きなプレーヤーですよね。いざステージに立つと、いちミュージシャンとして好き勝手にやるのが、多分今でも一番好きなんじゃないかなと。そういうところが、ここ数年はすごくいい方に出ていると思うんですよ。始まるまでに土台はきちっと作っておいて、そのあとはもう自由にっていう。

── 確かに、かつての『CAROL』と『RHYTHM RED』とでは方向性が全然違いましたが、それが成立したのは両方を楽しんでくれるお客さんがいたからだと思うんです。そういうお客さんとの関係性を、彼らはどうやって作ってきたんだと思われますか。

石坂 アルバムがヒットして、そのコンセプトでツアーをやるという形が当時から一般的だったと思うんですね。で、TMもおそらくそうしていたんだけど、それとは別に、小室哲哉という人の頭の中では、アルバムを作る時点で「これ、ライヴの1発目でやったらカッコいいよね」っていうイメージが先にあるような気がします。いろんな人のサポートも含めて、元々ライヴをずっとやってきた人だから、例えば「オープニングはこう」というような断片的なイメージもいろいろあるんだと思うんですよ。トータルにシアトリカルなことだけを考えてるんじゃなくて。だから、小室さんの場合はもしかしたら曲と言うよりはアレンジなんだと思いますけど、サウンドとそのコンサートのビジュアルっていうのが同時に浮かんでいる人なんだろうなという気がするし、そういうライヴをやってくれるから、みんな大好きになっちゃうんじゃないでしょうか。




「TMを再起動させるために一番努力したというか、そういう空気を作ったのがウツだったんです」


── 小室さんには、「ずっとスタジオにいる人」とか「インドアな人」というようなイメージもあると思うんですが、石坂さんのなかでは、さっきのプレーヤー志向という話も含め、「ステージの人」、あるいは「肉体的な人」というイメージなんでしょうか。

石坂 そういう感じもあるんですけど、両極端なんですよ。例えばアルバムを作って、ツアーの打ち合わせをするところまではインドアで文化系のプロデューサーという感じです。でも、リハーサルで1~2週間スタジオに入って、8割ぐらい内容が見えてくると、「1日、僕にくれ」って言うんですよ。それは何かと言うと、楽器を並べて、どの曲で、どの音を、どういう手順でプリセットしたらいいかっていうことを集中して考え始めるんです。つまり、ある日を境に、プレーヤーとしていかにうまく素敵に見せるかっていうところに急激にフォーカスするんですよね。

── なるほど。では、宇都宮さんは、石坂さんのなかではどういうタイプの人ですか。

石坂 性格的には体育会系ではないと思うんですけど、何をやってもうまいんですよ。スポーツにしても、ダーツとかビリヤードとか、そういう遊びにしても。すごく器用ですね。

── 柔軟、ということでしょうか。

石坂 そうだと思います。その上で、興味を持ったことに対してのハマり方というか、掘り下げ方はもう尋常じゃない。あとは2021年のTM再起動以降、ツアーで一緒に旅をしていると、人としての空気感の変化を感じているんです。あれっ、10年前とちょっと違うよね?って。それは僕らのように近い人間やスタッフに対して、ということかもしれないけれど、柔らかくなったというか……以前は、ちょっと人を寄せ付けないような感じがあって、「長く一緒にお仕事していても、ウツさんとだけは普通に話せたことがない」みたいなことを言うスタッフもいたりしたんだけど。




── その変化の理由について、何か思い当たることはありますか。

石坂 ひとつ思うのは、TMを再起動させるために一番努力したというか、そういう空気を作ったのはウツだったということなんですよ。ソロのコンサートでTMの曲を演り続けて、さらには木根さんと一緒にTMの曲を演る。そうやって、あともう一人が入りやすい状況を作るっていう。本人がそんなことを話したわけではないですけど、ウツのなかで描いていたストーリーみたいなものがあって、それがうまくいったからこその変化なんじゃないかなと思うし、うまくいっているから再起動以降のツアーは小室さんも木根さんもすごく楽しそうですよね。そう思いませんか?

── それはステージを観ていて、すごく感じます。一方、石坂さんのなかで木根さんはどういうタイプの人ですか。

石坂 木根さんはSPEEDWAYのリーダーであり、すごくいい曲を書いてピアノもうまくて、っていう印象がいまだにありますが……この年になって感じるのは、人間的に最も僕らのことがわかる人ということですね。スタッフ側との共通言語がずっとあって、僕らにとって「これ、どうしよう?」ってことを相談できる相手でもあるんですよ。メンバー3人が集まった時に、僕らとのコミュニケーションを取り持ってくれるというか。潤滑油と言ったらおかしいかもしれないですけど。

「(TMメンバー3人の距離感が)どんどん自然体になってきているのがいいんじゃないかなと思います」


── TMの3人とはアマチュア時代から長い付き合いであることは話していただきましたが、石坂さんが仕事としての関わりを振り返って一番いい思い出として印象に残っている場面や出来事は何ですか。

石坂 嬉しかったことで言ったら、やっぱりTMNの「終了」コンサート(『TMN 4001 DAYS GROOVE』/1994年5月18日~5月19日)をやり切ったことですかね。急遽実現するために、多くの障害や軋轢もあって、あんなにうまくいくと思わなかったし、結果的には何もかもが思い通りになりましたから。あの時は、メンバー3人の努力もすごかったし。




── 最初の10年の活動の集大成のような、そして東京ドーム2デイズ公演というビッグスケールのコンサートですね。石坂さんとTMとの仕事上の付き合いはその「終了」コンサートから深まっていくわけですが、「彼らとこのままずっと付き合っていくんだろうな」と思い定めたり、そういうことを感じる場面はありましたか。

石坂 あらためてそういう場面はなかったかもしれないですけど、これはもう腐れ縁というか……いい意味でも、悪い意味でも(笑)。

── TMがデビュー40周年を迎えた現在の状況についてはどんなふうに感じていますか。

石坂 「俺たち、知り合って50年だよね」っていうこと自体がめちゃめちゃ嬉しいですね。だって、僕が17歳ぐらいの時に知り合った人と、60代半ばになってもまだ仕事してるんですよ。すごくないですか? 今もTMの舞台監督をやっている萩原克彦さんは、僕がポプコン(ヤマハポピュラーソングコンテスト)に出た時の舞台監督で、その時から知ってるんです。もっと言えば、PAエンジニアの志村明さんは小室さんが幼稚園くらいの時に出会っているんですよ(笑)。

── ちなみに、TM NETWORKが40年続けてこられた理由はなんだと思いますか。

石坂 それは多分、3人の距離の取り方が自然体だからじゃないですか。少し距離を置きたい時はそうするし、何かやりたくなったら声をかけるし。“次はいつ活動できるかわからない”といったことも、常にそれぞれ心のどこかで思っているだろうし。そういうことも含め、どんどん自然体になってきているのがいいんじゃないかなと思いますね。

── 最後に、今後のTMに対する期待、あるいは希望は?

石坂 60代も中盤になると、やっぱり「とにかく健康で」っていう話になりますよね。でも健康で人様の前に立ってパフォーマンスできるのであればどんな形でも、と思う気持ちと、TM NETWORKとしてやっていく以上、これからも「未来から来ました」というようなものをコンセプチュアルにやらなければ、と思う気持ちもすごくあるんですよね。




石坂健一郎(いしざか・けんいちろう)
1959年生まれ。コンサート制作会社・プロマックス在社当時の1994年、東京ドームで行われたTMN終了コンサートの制作に携わる。以後、宇都宮隆の所属するエム・トレスにて立岡正樹とともに代表取締役を務め、TM NETWORKを含む数多くのコンサート制作を手がけている。



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インタビューアーカイヴ[『PATi▶PATi』1988年5月号]


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・記事の内容は1988年の当時のものです。

音楽雑誌『PATi▶PATi』1988年5月号を転載|CBS・ソニー出版(当時)=ソニー・ミュージックソリューションズ(現在)許諾|再録記事は発売当時に適したもので現在に該当しない内容も含まれています。ご了承願います。