2024年4月号|特集 大滝詠一 EACH TIME
【Part1】CD Disc-1(EACH TIME 40th Anniversary Edition)|『EACH TIME VOX』音質徹底検証!
スペシャル
2024.4.1
2004年発表の『20th Anniversary Edition』、2014年発表の『30th Anniversary Edition』と、10周年ごとに音質の進化によって新たに生まれ変わっていると言っていい『EACH TIME』。このたび発表された『40th Anniversary Edition』の音はどんなきらめきを放っているのか。オーディオ評論家の山本浩司が『EACH TIME VOX』に収められたCD、5.1chサラウンド、ハイレゾ、12インチ・レコードの音質を徹底検証する。
検証・文/山本浩司 写真/島田香
’84年の初出CD盤『EACH TIME』は好きになれなかった
ぼくは70年代半ばの高校生の頃からはっぴいえんどマニアだった。通称“ゆでめん”の1stアルバムと『風街ろまん』を聴き倒し、彼らに憧れて日本語歌詞のオリジナル曲を歌うロック・バンドを始めた(リード・ギタリストは長じて小説家になり、『世界の中心で愛を叫ぶ』を書いた片山恭一くん)。クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングの「カット・マイ・ヘア」のコード進行に日本語歌詞を乗せた曲を大滝詠一ふうに歌って、ヤマハのポプコンの地方予選に出たこともある(あえなく敗退……)。
そんなぼくが大滝のソロ作品でもっとも愛したのはキング・ベルウッドから出た1stアルバム『大瀧詠一』(’72年)。あれから50年以上経ったが、これは今でも愛聴盤だ。現在の耳で聴いてもじつに生々しい、オーガニックなサウンドで録られていて、オーディオ機器のチェックに使えるほど。次点はエレックの『Niagara Moon』(’75年)かな。
いっぽう『EACH TIME』は正直言って全然好きになれないアルバムだった。’84年に出たCDをすぐに買って聴き(LPは買わなかった)、楽曲の良さ、大滝の歌の巧さには感心したが、音があまりにしょぼいのにガックリした。音圧感が物足りないし、ステレオフォニックな音の広がりも乏しい。“何がCDは未来の音だ、断然アナログの勝ちじゃねーか”と。また“ロンバケ”以来のキラキラしたリヴァーブを特徴とする人工的なサウンドがどうも性に合わず、今回の記事執筆を仰せつかるまで、『EACH TIME』のCDをまったく聴いていなかったことをまずコクハクしておきます。
30周年盤と40周年盤を一対で比較して検証
'84年盤初出CD(左)と30周年盤CD(右)
さて今回の40周年版CD、『EACH TIME』嫌いのぼくを納得させられるのか。音質をレビューするために,比較用として先述した’84年盤初出CDと’14年に出た30周年盤CDを用意してもらった。再生システムは、プレーヤーが「ソウルノートS-3Ver.2」(10MHzクロックを生成するソウルノートX-3と連携)、プリアンプが「オクターブJubilee Pre」、パワーアンプが「オクターブMRE220」、スピーカーが「JBL K2S9900」(スーパーツイーターはエニグマアコースティックSopranino)だ。
ソウルノートS-3Ver.2
オクターブJubilee Pre
オクターブMRE220
JBL K2S9900
同一曲を3ヴァージョン順番に聴いていったが、’84年盤初出CDの音がやはりしょぼ過ぎることがわかったので、早々に比較対象から外して、30周年盤と今回の40周年盤を一対比較することにした。
30周年盤はその音の良さで大滝ファンから高く評価されているそうだが、結論を先に言うと、今回の40周年盤のほうが断然好みの音。コレは買いだと思います。
30周年盤は全11曲(ちなみに初出CDは9曲)で、40周年盤は全13曲。冒頭のインストゥルメンタル「SHUFFLE OFF」と「マルチスコープ」が新たに加えられている。また30周年盤とは曲順が異なっていて、「恋のナックルボール」と「魔法の鐘」が入れ替えられている。
40周年盤で感じられた3つのアドバンテージ
音質面では、音圧感こそ30周年盤と大きく違わないが、サウンドステージがぐんと広くなったこと、大滝の声がいっそう艶やかに、なめらかに響くようになったこと、そして、(好きにはなれないが)きらびやかなデジタルリヴァーブの質感にたいする違和感が少なくなったこと、この3点が40周年盤のアドバンテージだろう。
以下、具体的に述べる。「夏のペーパーバック」ではヴォーカルがいっそうくっきりと浮かび上がり、それぞれの楽器に確かな実在感がある。「木の葉のスケッチ」のヴォーカルに立体的に絡む木管楽器の存在感も30周年盤よりも顕著だ。「ガラス壜の中の船」は音色が明るく、ストリングスの響きの美しさに陶然と聴き入った。この曲の大滝のメランコリックなヴォーカルは40周年盤の白眉と思う。「フィヨルドの少女」で聴ける声の質感の良さも印象深い。
ボ・ディドリー・ビートが印象的な「1969年のドラッグレース」の炸裂するトワンギーなギターの質感も好ましく、クリーンな音色がいっそう際立ちながらワイルドに迫ってくる。コーラスの重層的な響きも解像感が高い。「ペパーミント・ブルー」で印象的なのは、30周年盤とは異なるイントロのオーケストラ・アレンジ。その荘厳なサウンドが立体的に描写されるのが印象深い。
まあそんなわけで、この40周年盤の音質の良さに感心させられた次第。マスタリング・エンジニアに敬意を表したい。もしこのサウンドで’84年にCDが登場していれば、『EACH TIME』、愛聴盤になっていたかも? と思います。
(【Part2】に続く)
山本浩司(やまもと・こうじ)
月刊『HiVi』、季刊『ホームシアター』の編集長を経て、2006年よりフリーランスのオーディオ評論家に。リスニング環境はオクターブ(ドイツ)のプリJubilee Preと管球式パワーアンプMRE220の組合せで、38cmウーファーを搭載したJBL(米国)のホーン型スピーカーK2S9900で再生している。ハイレゾファイル再生はルーミンのネットワークトランスポートとソウルノートS-3Ver2、アナログプレーヤーはリンKLIMAX LP12を愛用中。↑↑↑↑大滝詠一『EACH TIME』40周年スペシャルサイトはこちら↑↑↑↑