連載|私が欲しいレコード

第35回【ナツ・サマー】 シンガー/DJ

2024.3.4

第35回【ナツ・サマー】 シンガー/DJ

「記憶のかけら」のレコードは、私にとってまぎれもなく存在しているもので、このままそっと、心の中で大切にとっておきたい、という気もする。



ヒット曲でもスタンダードナンバーでもなく、曲名すらわからないけれど、いつでも口ずさめる曲。
なにげなく耳に入ってきたのに、いつまでも記憶に残り、折にふれて心を温めてくれる曲たちが、私にはある。
そんな曲が、あなたにもありませんか?

たとえば、幼少期に姉弟でよく聴いていた『みんなのうた』のコンピレーションの中の一曲。
あんなに夢中で聴いたのに、歌詞や正確なメロディは、もう覚えていない。
ただ暗い夜のなかキラキラと星屑がこぼれてくる、なんだか大人なバラードだった気がする。
今、頭の中で再生しようとすると、散らかったリビングの片隅にぺたんと座り歌詞カードを一生懸命目で追っているポニーテールの少女のわたしが現れる。
解像度を上げようと集中しても、後れ毛が邪魔して歌詞がよく見えない。
その曲を聞くといつも心のひだがザワザワとして、なんとも切ない気持ちになっていたのは覚えている。

当時、家族の事情や引っ越しなどで、それまでのくらしが急に変化した時期だったこともあり、なぜかその曲と波長が合った。孤独だったんだと思う。

やりきれない思いを抱えていた私の心にすっと入ってきて、心のスキマを埋めてくれた。なぜか今でも折にふれて記憶からよみがえる。音もなく感覚だけが身体に染みついている。

あるいは、カセットテープにしまわれた、つぎはぎだらけの音源集。
ラジオっ子だった私は、心を動かされる曲に出会うと慌てて手元の録音ボタンを押してテープに集めていた。しかし大抵間に合わず、曲名もわからずアウトロ部分だけ録音された「謎曲集」になってしまった。
仕方がないのでその部分だけを何度も繰り返し聴く日々…またいつかその曲がラジオから流れてくることを祈りながら…

時が経ち今になって曲名を検索しようにも、情報が少なすぎて全く辿り着けない。
もちろん今でもアウトロだけはバッチリ口づさめるんだけど一体、全体はどんな曲だったんだろう。
でも、録音ボタンを押したときのときめきは、今でも身体に染みついている。

radikoで遡って聴けたりプレイリストを検索すれば曲名なんてすぐに手に入る今の時代だからこそ、子供のころのそういった体験は余計に際立ち恋焦がれてしまうものなんだろう。

今後、AIなど駆使すれば、記憶のフラグメントを補完し再結晶化し、フルバージョンのコンピアルバムに仕上げることができる、そういう時代がくるかもしれない。クローンや、3Dプリンターのように。完全な姿で。

でも、こうした「記憶のかけら」のレコードは、私にとってまぎれもなく存在しているもので、このままそっと、心の中で大切にとっておきたい、という気もする。
世界に一枚しかない、私だけのレコードのままで…。



ナツ・サマー(Natsu Summer)

愛媛出身、東京在住。海沿いに住んでいた幼少の頃からシティポップやレゲエを聴いて育つ。クニモンド瀧口(流線形)のプロデュースで、2016年にシティポップ・レゲエシンガーとしてデビュー。6枚のアルバムと、12枚のシングルを発売。ゲストボーカルとして、作詞家・売野雅勇の35周年記念アルバム、DJ EMMAとDJ SHIMOYAMAのユニットN.U.D.E、DJ KAWASAKIがプロデュースするナツ・サマー&アーリー・サマーに参加。また、DJでは、須永辰緒、沖野修也、松浦俊夫、MURO、DJ NORI、川辺ヒロシ、田中知之(FPM)、クボタタケシ等と共演。また、Gilles Petersonがパーソナリティを担当しているBBC Radio 6 MusicでMIXとコメントで出演。透明感、クールでナチュラルな歌声は、レゲエ meets シティポップに適しており、現在のシティポップ・レゲエシンガーの先駆け的存在。昨年は高宮永徹とCHINTAMの新プロジェクトFive II Four「七夕の夜、君に逢いたい feat. ナツ・サマー」7"、フランスのバンドFunkindustryとのコラボ曲「Loneliness」7”、LPリリース。Tokimeki Records「真夜中のジョーク」feat. ナツ・サマー7"、「THINK OF SUMMER」配信、「ナツサマー&ダブセン」LP、初のMIX CDリリース。2024年1/24 「THINK OF SUMMER」7inchリリース。

◇LINK
https://linktr.ee/natsusummer


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