2024年3月号|特集 作詞家の世界

①なかにし礼|ピーター『失われた神話』|作詞家名鑑・歌詞を味わう名盤

レビュー

2024.3.1


ピーター
『失われた神話』

1970年4月1日発売

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1. プロローグ
2. 夜と朝のあいだに
3. 愛の紋様
4. 人恋の唄
5. 鼓動
6. 神々の薔薇
7. さようなら
8. 春に歌う秋の歌
9. 愛の美学
10. 私は小舟
11. 孤児の子守歌
12. 勇気
13. 仮面の告白
14. 伝説
15. 失われた神話
16. エピローグ


異形のキャラクターを生み出した文学性豊かな歌詞

 60年代後半。ザ・ピーナッツ「恋のフーガ」、黛ジュン「天使の誘惑」、奥村チヨ「恋の奴隷」など数々のヒット曲を手がけて売れっ子作詞家だった、なかにし礼。そんななか、なかにしはピーターのデビュー・アルバム『失われた神話』をプロデュースして全曲の歌詞を担当した。当時、ピーターは映画『薔薇の葬列』でゲイボーイの主人公を演じて俳優としてデビューしたばかり。なかにしはアルバムに“ピーターという素材を得たことによって、僕は自分の中に新しい言葉を発見した”とコメントを寄せ、ピーターに強く惹かれたことを告白している。

 アルバムはピーターの語りと歌が交互に並んで、ワンマン・ショーのような演出だ。なかにしは以前、萩原健一の神秘的な魅力を引き出してほしい、とディレクターに頼まれてテンプターズ「エメラルドの伝説」を書いたが、本作ではさらにミステリアスにピーター像を作り込んでいる。日本レコード大賞の最優秀新人賞を受賞した「夜と朝のあいだに」は、フランス語で“夜”が女性名詞、“朝”が男性名詞であることをふまえて、女性と男性の間の存在としてピーターを描き、「私は小舟」では、男でも女でも大人でも子供でもない私を、どこの港にもたどり着かない小舟と表現する。大学でフランス語を学び、シャンソンの対訳をやっていたこともあるなかにしの文学性が、本作では存分に発揮されている。誰からも愛されない私が、鏡に映る自分に接吻すると薔薇の花が咲く(「神々の薔薇」)なんて、まるでジャン・コクトーの世界だ。

 神様から見捨てられ、愛を求めながらも誰にも愛されない哀れで美しい人、ピーター。デヴィッド・ボウイがジギー・スターダストを名乗る2年前に、なかにしは本作で異形のキャラクターを生み出した。

文/村尾泰郎




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