2024年3月号|特集 作詞家の世界

第1回:なかの綾|私が好きな「歌詞」と「作詞家」

スペシャル

2024.3.1

文/なかの綾




私が好きな「歌詞」と「作詞家」


1. 園まり「逢いたくて逢いたくて」(1966年) 作詞:岩谷時子 作曲:宮川泰
2. ザ・ピーナッツ「ふりむかないで」(1962年) 作詞:岩谷時子 作曲:宮川泰
3. 加山雄三「お嫁においで」(1966年) 作詞:岩谷時子 作曲:宮川泰

 歌詞に描かれた世界を頭の中に浮かべその中の住人として動き回り、生まれる感情を語る。自分の感情を強く表すのでなく、あくまで語り部として描写することで聞いてくれている人の頭の中に、その人独自の景色を展開させたいと常々思いながら歌の仕事を続けているこの13年。

 岩谷時子さんが産み出された詞には、千差万別の「あの時」「あの人」「あの自分」を描く包容力がある。園まりさんが歌った「逢いたくて逢いたくて」の「こいびと」というのは、好きだけど離れなのか、亡くしてしまったのか、はたまた片思いが実らなかった相手なのか、そこがはっきりしないからこそ自分の記憶の中にいる「あの人」を見つけやすい。サトウハチローさんの「悲しくてやりきれない」も何が起きて悲しいのかが分からない。だからこそ、聞く者の悲しみに寄り添ってくれる。過剰な情景描写を一切省いた詩的表現と、耳にすっと馴染むメロディが見事にマッチしているこの2曲は、洋楽にかぶれて歌謡曲を敬遠していた私に、日本語詞の良さを改めて教えてくれた。

 あぁ、素敵な歌詞だな、と思う曲は大抵が岩谷時子さんのもので、越路吹雪さんが歌われたピアフの訳詞もどれも好きなのだけど、あえて今回はオリジナルのものを選んだ。

 ザ・ピーナッツの楽曲の中で数少ないメジャー調の「ふりむかないで」。デートしている恋人の目を盗んでこっそり身なりを正す女の子の浮かれた気持ちを表すこの曲。「恋のバカンス」や「恋のフーガ」、「ウナセラディ東京」など大人っぽい雰囲気の曲が多い中で、この曲だけはザ・ピーナッツのお二人がまるで少女のようにあどけない歌い方で「あぁ、可愛いお姉さん!」と子供ながらに思ったのを記憶している。11個の音符に対して7文字しかあてず、「ははは」で埋めることで思わず笑い出したくなるような幸せが表現されている一方、その後のテンポの良い歌詞は、発語していて気持ちよくなってくる。

 弾厚作名義でご本人が書かれたメロディに船乗りが陸に残した女性への愛を歌った加山雄三さんの「お嫁においで」は海の男ならではの荒々しい言葉でありながら、どこか品の良さを纏っている。大橋節夫さんの編曲により、ハワイアンフレーバーが散りばめられている事で「海辺のリゾートで情熱的に求愛される」という夢のシチュエーションから湿度が見事に取り払われている。

 一音につき一単語の洋楽に比べると、大幅に情報量が少なくなってしまう日本語だけどあえてそこを逆手に取って多くを語らずに聞きての想像を煽る、岩谷時子さんの美しい詞。時代を超えて心に寄り添う言葉たちを大切に歌っていきたい。





なかの綾(なかの・あや)
●京都の老舗ジャズクラブで修行ののち、六本木のバーで歌っていたところをスカウトされ、2010年にカヴァーアルバム『ずるいひと』でCDデビュー。誰もが知る歌謡曲をラテンやジャズのリズムに乗せたアレンジに加えアナログレコードでのリリースが話題となりクラブシーンを中心に知名度を上げる。2013年にユニバーサルミュージック・シグマよりメジャーデビュー、2枚のカヴァーアルバムをリリース。オリジナルも交えてコンスタントにリリースするアルバムは全国各地の飲食店でBGMに使用されている。2018年に結成したユニット「なかの綾とブレーメン」としてリリースしたアルバム『いちまいめ』『にまいめ』を携えて47都道府県を全て網羅するツアーを敢行中のほか、大御所ミュージシャンとGSのみを演奏するバンド「THE BG’s」でも首都圏を中心に精力的に活動している。

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