2024年1月号|特集 ガールポップ’90s

【Part1】遊佐未森 スペシャル・ロングインタビュー

インタビュー

2024.1.5

インタビュー・文/前原雅子 写真/増永彩子



 遊佐未森をガールポップとして括るのか、そうでないのかは、人によって意見が分かれるところだろう。1988年にデビューし、透明感に溢れたヴォーカルと、ファンタジックな世界観を持った唯一無二のシンガー・ソングライターとして、長きに渡って活動を続けているは周知の通りだ。ただ、ポップでキャッチーなイメージの強いガールポップ的なテイストとは一線を画している。

 とはいえ、ガールポップの代表的な存在である永井真理子や谷村有美らと近い時期に音楽シーンに登場し、実際に雑誌『GiRLPOP』でもレギュラーのように登場してきたのは事実だ。90年代ガールポップ・ブームの渦中にいながら、どんな意識で音楽活動を行ってきたのか。そして、ガールポップという形容詞が彼女にとってどのようなものだったのか。90年代の活動や代表作を振り返りつつ、遊佐未森にしか作り得ない音楽の世界を紐解きながら、ガールポップ・ブームを語ってもらった。


少し上の世代の女性アーティストと、ガールポップ世代との間の立ち位置にいた


――デビューは1988年ですね。

遊佐未森 エピック・ソニー(現:エピックレコードジャパン)ができて10年目のときにデビューしたんですけど、学校(国立音楽大学)を出るか出ないかの1986年頃から2年間くらいエピックの方とはやりとりをしていて。当時はそういうものだと思っていたけれど、そんな話をするとわりと驚かれます(笑)。

――当時はそういうことが普通にありましたよね、デビュー前の準備期間じゃないですけど。

遊佐未森 そうそう。実際、デビューコンサートもCDデビューの前の年にやっていたし。その2年間はすごく貴重な時間だった。やっぱり話さないと、お互いに何を考えているのかわからないから。そこでいろんなやりとりをしたことが、その後の作品にも色濃く出たんじゃないかなって思うし。本当にデビューした後の自分は、その2年にかかっていたって今もしみじみ思うんですよね。

――その2年間は、デビューに向けた曲作りだけではなく。

遊佐未森 曲作りも、デモを作ったりもしてましたけれど、制作に直接関わりのない話もいろいろしましたね。そういうなかで好きなもの、好きな音楽っていうものをスタッフの方々にわかっていただいて最初から活動できたので、すごく恵まれていたと思います。


遊佐未森
『瞳水晶』

1988年4月1日発売



――実際、アルバム・ジャケットを含めたビジュアル展開といい、物語が添えられたブックレットといい、すべてが色濃く完成度の高い作品になっていて。

遊佐未森 デビューからアルバム5枚はデザイナーの方も石川(絢士)さんで一緒だし、スタイルを構築した重厚感があるなって自分でも思いますね。たぶんそれもデビュー前の2年のおかげというか。そこで培ったベースをもとに世界観を作ってデビューして、またそれをもとにやっていくっていう感じがあったような気がするので。でもそれは当時のアーティストに共通することでもあったと思う。あとね、なんていうか、90年代になってから変わったものっていうのもあるような気がしていて。私がデビューしたのが1988年だから、たった2年しか違わないんだけど、その2年で世の中的に変わったというか。なんか80年代にデビューした女性アーティストって、90年代に比べるとすごく少なかったと思うんですよね。

――それもあって“ガールポップ”という言葉が出てきたのでしょうね。

遊佐未森 そうですね、だからガールポップのなかに入れていただいていたけど、自分のなかでは、少し下の世代の人たちのワードっていうようなイメージがあったかな。



――当時のエピック・ソニーに所属していた女性アーティストということでは、鈴木祥子さん、片桐麻美さん、久宝留理子さんとか。

遊佐未森 渡辺美里さん、Charaさんとか。だから逆に、私もガールポップに入れてほしいって思った(笑)。ガールポップというワードが出てきたことによって女性アーティストの一つのグループができたような感じがして、ちょっと楽しいって思っていたんですね。それまではネオアコースティックもそうだけど、やっぱり一人ずつ立っているっていう感じだったから。『GiRLPOP』っていう雑誌ができたくらい、そのワードによって女性が音楽業界のなかでどんどんどんどん進出していくような感じがありましたね。

――当時の遊佐さんとしては、自分よりほんの少し後ろの世代の女性アーティストがデビューの時からガールポップという呼ばれ方をしていることが、ある意味ちょっと羨ましかった。

遊佐未森 そうそう。最初からガールポップな感じの雑誌に出ていてね。私はデビューの時にロックの雑誌とか、バンドの雑誌とかに出ていたので。それもとても有り難かったんですけど、なんかいつも所属できてない感じみたいなのがあったわけです(笑)。でもガールポップっていうワードが出てきたことで、一つ世界ができた、それっていいなって思ったのね。そういうなかで私は、ガールポップというものの最初の頃にお邪魔させていただいた、という感じがありますね。


遊佐未森
『空耳の丘』

1988年10月21日発売



――ガールポップと一口に言っても、ロック、フォーク、ニューミュージック、ブラックミュージック……と音楽的にはかなりいろいろでしたよね。でも正直なところ、遊佐さんはガールポップのくくりのなかにいる人という感じがしなかったです。

遊佐未森 私自身もちょっとそんな感じも(笑)。

――ガールポップのイメージというと、ビジュアルを含めてちょっとカジュアルな感じというか。

遊佐未森 そうそう、そんな感じがありましたね。

――歌詞の世界観も、非常にポジティブで元気がよくて。

遊佐未森 明るくてカラフルで。ポップっていう名前がついているからかもしれないけど、ちょっとキラキラした、女子校ノリの楽しそうな雰囲気でね。

――学園祭が似合う軽音楽部な感じというか。その雰囲気と遊佐さんは少し違うような……。

遊佐未森 入れてくださいよー、軽音楽部(笑)。でもたしかにその流れとは違って見えたかもしれない。

――ガールポップというくくり方では無理があるような気がしていました。音楽性がかなり違うというか。

遊佐未森 音楽性が違うなっていうことは、男性も含めていろんなアーティストを見るなかで、80年代にデビューした時から感じていたんです。だから90年代になってガールポップっていうくくりのなかでいろんな女性アーティストの人を見た時も、その前に感じていたこととは、そんなにかけ離れていなかったですね。



――そうした違いみたいなものを、当時どのように受けとめていたのですか。

遊佐未森 やっぱり世代っていうものがあるのかもしれない、って思っていたのかな。私がデビューしたのはバンドブーム真っ盛りの時だったので。なんていうか……私は、少し上の世代の女性アーティストの方とガールポップ世代の間にいる、みたいな。女性アーティストという意味でいうと、上の世代の方たちは少なかったと思うんですね。

――上の世代というと矢野顕子さんとか。

遊佐未森 大貫妙子さんとか。もう少し年代が近くなるEPOさんとかね。EPOさんはデビューの前にコンサートを見せてもらったり、すごくお世話になったりしていて。でもやっぱり5歳ぐらいずつ何か違う感じがあるんですよね、立ち位置みたいなものが。そういう違いがあるなって当時も思っていたし、どこかで知らないうちに受け継いでるところもあるし。そうやって変わってきた音楽業界のなかで、ガールポップとすんなり言えない立ち位置にいたのかもしれないですね。


遊佐未森
『ハルモニオデオン』

1989年9月21日発売



――そうしたガールポップ・ブームのなかで親しい女性アーティストの方はいました?

遊佐未森 かの香織さんと平岩英子ちゃんと3人でコンサートを何回かやったことがありましたね。

――国立音大三人娘と言われていませんでした?

遊佐未森 言われてました。すごく楽しかったし、ガールポップ的な空気ではあったと思う。バンドメンバーも松岡(モトキ)くんやスカパラの北原(雅彦)さんとかがいて、学園祭っぽく楽しくやっていました。一度、ちょっとフェスみたいなところに3人で出たことがあったんだけど、その時の光景もすごくよく覚えてる。芝生にみんなが座って聴いていてね。司会にはYOUちゃんもいて。今思うと、すごい顔ぶれですよね。

【Part2】に続く)





遊佐未森(ゆさ・みもり)
●仙台生まれ。1988年デビュー。一貫して質の高いアルバム制作をつづけ、天性のヴォイスときわめて独創的な音楽観が紡ぎだす歌の数々は、誰にも似ていない<遊佐未森の音楽>として日本のミュージックシーンにおける確固たるポジションを確立。2021年にはアルバム『潮騒』で新しい室内楽としての新機軸を開拓。そして2022年秋に開催されたアルバムツアー東京公演を収録したライブアルバム『潮騒UNLIMITED』(LIVE CD+Blu-ray)を2023年春にリリース。同年10月にはデビュー35周年を記念して『ALOHA MIMORITA LIVE SHOW at BUDOKAN Nov.10.1994』Blu-ray と、12月に『roka』アナログ盤をリリースした。



Mimori Yusa 35th Anniversary Concert
1月20日(土)仙台:宮城野区文化センターパトナホール

wasambon <遊佐未森+吉野友加>
1月27日(土)福岡:Gate’s7
1月28日(日)糸島:いとの森の歯科室

春恒例のコンサート“cafe mimo” 2024 開催決定!
4月6日(土)、7日(日)東京:草月ホール
※その他のエリアでは 5月に開催予定

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