2023年11月号|特集 はっぴいえんど+URCレコード

【Part4】|はっぴいえんどヒストリー

会員限定

解説

2023.11.21

文/柴崎祐二


【Part3】からの続き)

解散後のメンバーが、日本のポップミュージックの地図を塗り替えていく


 サードアルバム『HAPPY END』の制作準備は、慌ただしいものだった。プリプロダクション作業がままならなかったのはもちろんのこと、解散を決めたばかりバンドゆえ、そもそも録音すべきレパートリー自体が不足していた。

 大滝詠一は、初のソロアルバムにオリジナル曲を充てていたため、渡米後に突貫で曲を書かなければならなかった。細野晴臣も、来るべきソロアルバムのために用意していた曲を流用した上で、ようやく3曲を用意した。松本隆は、もとよりサードアルバムの制作に乗り気ではなかった上に、歌詞のストックもほぼ底をついており、鈴木茂の曲の歌詞しか書かないと予め宣言していた(最終的には、大滝の頼みを受け、過去に書いた詩を提供することになった)。他方で鈴木は、このレコーディングにはじめから大いに気を入れていた。ようやく作曲の手応えを感じはじめていた彼は、解散決定の落胆を跳ね返すかのように、アルバムの核になる3曲を書き上げていた。

 レコーディングが開始されたのは、渡米直後の1972年10月6日。スタジオは、ハリウッドのサンセット・サウンド・レコーダーズだった。ビーチ・ボーイズやバッファロー・スプリングフィールドなどがレコーディングを行った、一流スタジオである。

 出発前、アルバムのプロデュースを、元ポコのメンバーで当時ロギンス&メッシーナとして活動していたジム・メッシーナに任せるという案もあったが、リレーションに難航し、最終的にはメンバー自身がプロデュースを行うことになった。エンジニアは、ヴァン・ダイク・パークスやデイヴ・メイソンらの仕事を手掛けてきたウェイン・デリーが担当した。

 セッション序盤の雰囲気は、朗らかとはいいがたいものだった。重苦しいムードを見かねたデリーから、「みんなとにかく笑うんだ!」と言われてしまうほどだった。

 そんな中、一つの偶然によって、メンバー一同に大きな刺激を与える出来事が起こった。アメリカ滞在のコーディネートを行っていた『ミュージック・ライフ』誌ロサンゼル支局のスタッフ、キャシー・カイザーの発案によって、サンセット・サウンド・レコーダーズから車で15分程度の場所に位置するクローヴァー・スタジオでたまたま行われているあるバンドのレコーディングを、メンバー一同で見に行くことになったのだ。

 そこで目にしたのは、当時LAのシーンでぐんぐんと名を上げつつあったバンド=リトル・フィートのレコーディング・セッションだった。彼らは、傑作アルバム『ディキシー・チキン』に収録されることになる曲「トゥー・トレインズ」を、猛烈なエネルギーとともに演奏していた。力強いビートとサウンドのクオリティに、メンバー一同は強烈なショックを受ける。この経験は、各メンバーのその後の歩みに大きな影響を与えることにもなった。


Little Feat
『Dixie Chicken』

1973年1月25日発売



 はっぴいえんどの面々は、その場でリトル・フィートのメンバー、ローウェル・ジョージとビル・ペインに自分たちのセッションへの参加を依頼。「極東から来たロックバンド」に興味を抱いた彼らもそれを快諾した。彼らは早速10月10日のレコーディングに参加し、「さよなら通り 3番地」、「明日あたりはきっと春」、「風来坊」、「田舎道」のダビング録音を行った。また同日には、カービー・ジョンソン編曲によるホーン・セクションの録音も行われた。

 レコーディングも終盤に差し掛かった10月17日、ある人物がスタジオを訪れる。それは、鬼才として知られる音楽家、ヴァン・ダイク・パークスだった。彼は、はっぴいえんどのサウンドを気に入った様子で、一緒に曲を制作しようと持ちかけた。パークスは、バンドが慣れ親しんできたセッションの常識を覆す斬新な手法で、めくるめくアレンジを施していった。はっぴいえんどの面々にとって、それはまたしても大きな衝撃だった。アルバムの中でも群を抜いてマジカルな音像となったその曲は、曲中のリフレインと同じ「さよならアメリカ さよならニッポン」と題され、B面のラストに収録された。日本とアメリカの間に揺れ、常にその揺らぎと相対化の只中で果敢な表現を模索したバンド=はっぴいえんどにとって、あまりにも出来すぎた幕引き曲となった。

 アルバムを録り終えたはっぴいえんどは、数日間のオフを過ごした後、10月25日に帰国した。そして、同じ年の末12月31日に、正式に解散した。


はっぴいえんど
『HAPPY END』

1973年2月25日発売






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