2023年8月号|特集 EPIC 45
【Part2】|EPIC 45 yearsストーリー1978-2023
解説
2023.8.17
文/大谷隆之
(【Part1】からの続き)
音楽市場のメインストリームへ躍り出ていくきっかけとなった佐野元春の『SOMEDAY』
「’77年、もしくは’78年だったかな。300本くらいのデモテープの中に、佐野くんの『彼女』と『ドゥー・ホワット・ユー・ライク─勝手にしなよ』が入ったテープも混じっていたんです。それを聴きまして、詞も曲も私がとても好きなタッチだったんですが、何よりも声が好きになって。それで、当日すぐ彼に電話をして、その翌日にEPIC・ソニーに来てもらった。それが初対面ということですかね」(2013年11月に開催された名盤ライブ「SOMEDAY」の公式ブックレットより ※原文ママ)
’80年3月21日、シングル曲「アンジェリーナ」でデビュー。EPIC・ソニー(当時)という若い会社の方向性に影響を与えただけでなく、日本語ロックの表現そのものに革命をもたらした佐野元春。その才能をいち早く見出し、フレッシュな初期傑作群をともにプロデュースした小坂洋二氏は、出会いをこんなふうに語っている。
「私は声を聴いた感じとか、詞の感じとかも含めて、非常に大柄で筋肉がいっぱいありそうな方が見えるのかなと思ったのですが、私以上にサラリーマンっぽく、痩せていて、メガネをかけた青年がやってきました」(同前)
ヴァン・モリスンを想像していたら、現れたのはバディ・ホリーだった──喩えるならばそんな感じだろうか。都市的なソフィスティケーションとビート感が絶妙に入り混じったEPIC・ソニーのレーベルカラーを考えると、象徴的なエピソードに思える。以降、2人は頻繁に連絡を取り合い、シーンを塗り替えるヒット曲を模索し始めた。
小坂氏は’48年生まれの団塊世代。’78年秋に渡辺プロダクション(現ワタナベエンターテインメント)から立ち上げ直後のEPIC・ソニーに転職した。既存レコード会社と違ってアーティスト数が少なかったため、入社当初から新たな才能の発掘に時間を充てる成り行きになったという。スウィンギーでご機嫌な「DO WHAT YOU LIKE(勝手にしなよ)」と、包み込むような美しいバラード「彼女」。前述2曲が入ったデモテープは、実は佐野がガールフレンドの誕生日プレゼントとして録音したプライベート音源だったというのは、ファンにはよく知られた話だ。
一方の佐野は、当時20代前半。立教大学を卒業後、勤め人としてFM番組の構成・選曲を1人で手がけつつ、オリジナルの楽曲を書きためていた。ストックされたテープはすでに「トランク1個分」にも及んでいたと小坂氏は回想している。
「佐野君はそれを“Music Bank”と呼んでいました。その“Music Bank”の中には本当にいろいろなタイプの曲があって、彼は作ろうと思えばどんな曲でも作れるんだな、と感じました。やろうと思えば何でもできる。ひと言でいえば“無尽蔵の才能”だと僕は思っていました」(佐野元春オフィシャル・ファンサイト内、アルバム『SOMEDAY』20周年特別インタビューより)
初期佐野元春ナンバーのインパクトは、何と言っても日本語リリックとビートの関係性を決定的に変えてしまったことにある。既存のポップミュージックとまったく違う、自在な譜割りの感覚。1つの音(ノート)やフレーズに対して、これでもかと詰め込まれたフレッシュなボキャブラリー。それらを駆使して佐野は、平板な街路を「ストリート」と読み換え、都市の情景とそこで暮らす若者(キッズ)たちの喜怒哀楽をリアルに表現してみせたのだ。新しい才能を見出すために日夜、膨大なデモテープを聴き続けていた小坂氏が、そこに無限の可能性を感じたことは想像にかたくない。
とはいえ、最初からすべての歯車が噛み合ったわけではなかった。例えば前述のファーストシングル「アンジェリーナ」(’80年3月)以降、シングル曲は6枚連続でオリコンチャート圏外。記念すべき1枚目のアルバム『BACK TO THE STREET』(’80年4月)も、アレンジを一気に深化させたセカンドアルバム『Heart Beat』(’81年2月)も、当時のマーケットではほとんど話題になっていない。佐野自身、「いわゆる業界人っぽさがなかった」小坂氏の人柄には信頼を寄せつつ、「自分がやってる音楽は日本のシーンには受け入れられない」という思いを抱いていたという。
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