2023年7月号|特集 山下達郎 RCA/AIR YEARS

【Part1】クリス松村が語る山下達郎RCA/AIR YEARS

インタビュー

2023.7.3

インタビュー・文/油納将志 写真/島田香 収録/2023年6月・都内某所


それくらい引っ張られるんですよね、声とメロディに。「愛を描いて」もまさにそんな出会いでした。(クリス松村)


── 5月3日から発売の『FOR YOU』を皮切りに、6月7日には『RIDE ON TIME』、山下達郎さんの’76年から’82年まで発売されたアルバムがアナログ盤とカセットで順次再発されます。2023年最新リマスターとヴァイナル・カッティングで、現在の音としてアップデートしたその全8アイテムの中から、『FOR YOU』と『RIDE ON TIME』を中心にRCA/AIR時代の山下達郎の魅力についてお伺いします。

クリス松村 達郎さんがブレイクの兆しを見せた「BOMBER」(’78年『GO AHEAD!』収録)から、今回の<RCA/AIR YEARS Vinyl Collection>で最初に発売された『FOR YOU』までは、まさにドンピシャの世代なんです。インタビューなどでも達郎さんが“その当時の空気感が詰まっている”と語ってらっしゃいましたが、まさにその世代のど真ん中にいました。でも、達郎さんはその空気を提供する側であって、受け止める側じゃない。ですので、このインタビューも受け止めた側としてお話していけたらと思います。


山下達郎
『FOR YOU』

1982年1月21日発売
<RCA/AIR YEARS Vinyl Collection>
2023年5月3日発売


── クリスさんはいつ頃、達郎さんの音楽に出会ったのでしょうか。

クリス松村 最初に達郎さんの音楽を聴いたのは「愛を描いて -LET'S KISS THE SUN-」でした。JALの沖縄キャンペーン・ソングで、TVのCMで耳にしました。今現在、<午後の紅茶>CMソングとして「Sync Of Summer」がTVでも流れていますが、初めて聴いたときは料理をしていて、ハッとなって、TVのある部屋にすぐに移動して画面を見たんです。でも、山下達郎というクレジットはない。確かに達郎さんの声だと思って、あとでちゃんと確認したら、やはりそうだった。それくらい引っ張られるんですよね、声とメロディに。「愛を描いて」もまさにそんな出会いでした。いい歌、最高のメロディと思って調べたら、「愛を描いて」という曲だとわかって、シングルを買ったんです。


山下達郎
「愛を描いて -LET'S KISS THE SUN-」

1979年4月5日発売


── “オキナワ~”というフレーズが入ったCMヴァージョン(『山下達郎CM全集 Vol.1(Second Edition)収録』)ですね。

クリス松村 そうです。’79年夏に音楽情報誌『週刊オリコン』の一般発売が始まったんですが、当時は『オリコン全国ヒット速報』という名称で、欠かさず購読するオリコン・マニアだったんですが、そのチャートを見ても達郎さんの名前も、「愛を描いて」もない。つまり、100位にもラインクインしていないんです。JALのキャンペーン・ソングとしてお茶の間にも届いていてもです。こんないい曲なのに何でだろうと憤慨しました。B面の「潮騒(THE WHISPERING SEA)」(『GO AHEAD!』収録)も最高なのに。一方で、その頃はアース・ウインド&ファイアーやドナ・サマーとかディスコ・ブームが訪れていて、私もディスコに大夢中でした。毎夜、六本木で踊り明かしては、帰りに<ウィナーズ>という化粧品店の2階にあった朝まで営業していた輸入レコード店に行って、2000円均一の12インチ・シングルを買い漁って帰宅するという日々を過ごしていたんです。当時、寮に入っていたんですが、’79年の秋か暮れあたりに寮で一番コワモテだと思っていて怖いから避けていた先輩からある時声をかけられて。「お前はディスコとかアイドルばっかり聴いているけれど、お前の聴いているのは音楽じゃない」というようなことを言われて、ドンと自分の前に出されたのが『CIRCUS TOWN』から『MOONGLOW』までのレコード。でも、何これ? って、わかっていませんでした。「愛を描いて」は知っているけれど、アルバムまでは追っていなかったから。ジャケットを見て、ああ、山下達郎だとやっとわかったんです。

── そこで本格的に山下達郎の世界に入っていったんですね。

クリス松村 先輩から借りたレコードを聴いた瞬間に、何この音! これが山下達郎? って口を衝いて出て、それからはもう夢中になって聴き続けました。1曲目からではなくて、どこか途中で針を落としたかもしれないし、どの曲だったかは今となってみると特定はできないんですが、とにかくもうすごいな、と。初めて聴く音だったんです。こんな日本の曲は聴いたことがなかった。ディスコに夢中で洋楽はよく聴いていたんですが、そこからは達郎さんに夢中になって、当然『RIDE ON TIME』の頃にはフラゲしなくてはいけない作品になっていました。私にとって’79年というのは、そういう年だったんです。そこで加えなくてはいけないのは、当時はインターネットなんてないわけですから、聴くチャンスがどこにあるかといったら、レコードで聴くか、聴かせてもらうか、カセットに録音してもらうか、そういう時代なわけですよね。さらにその頃の達郎さんは、まだ街角で流れているような状況でもなかった。自分の琴線に触れる音楽と出会うのは、きっかけが必要だったんです。



── ’79年にはプロモーションを目的に店頭演奏向けとして『COME ALONG』も制作されています。こちらは達郎さんの発案ではなくRCA/AIRによる企画でしたが、反響が大きかったために翌年の’80年にカセット・テープで発売されました。『COME ALONG』で達郎さんの音楽と出会った人も多かったのでは、と想像します。

クリス松村 私ももし先輩が寮にいなかったら、『COME ALONG』で出会っていたかもしれませんね。『COME ALONG』は小林克也さんがDJとして達郎さんの曲をノンストップで紹介していく構成になっていて、そんな風にDJが登場する盤を聴いたのは『COME ALONG』が2枚目でした。1枚目は岩崎宏美さんの『ファンタジー』で、糸居五郎さんがDJで“やぁ~宏美ちゃん~”みたいなノリだったんですが、そのわずか3年後にこんなに違うものを聴くのかという衝撃がすごかった。何この『COME ALONG』って!? という感じだったんです。克也さんのDJのすごさはもちろん、まりやさんもすでに有名で、まりやさんとアン・ルイスさんのセリフまで入っているって興奮しましたよ。

── まるで西海岸のラジオ局から達郎さんの曲が流れてくるようなスタイルで当時は斬新だったんではないでしょうか。

クリス松村 まさにそういう衝撃でした。ラジオDJのスタイルが変わっていくタイミングを『COME ALONG』は象徴している気がします。糸居五郎さんは一時代を築かれましたが、小林克也という時代に変わっていったんです。その時代が交代するタイミングと、当時の大学生たちがみんな夏はサーフィン、冬はスキーに行く風潮がみごとにシンクロしたんですよね。私も先輩の車とかに乗せてもらって、カーステレオで音楽を聴きながら海や山へ向いました。それが『RIDE ON TIME』が’80年にリリースされる直前で、“時流に乗れ”という意味なのかなと受け止めていました。

── アルバム『RIDE ON TIME』がリリースされたのは’80年の9月19日でした。それに先駆けて5月1日にシングルの「RIDE ON TIME」がリリースされています。こちらはマクセルのカセットテープのCMタイアップとして書かれた曲で、チャート3位まで上昇。達郎さんにとって、初めての大ヒットとなりました。

クリス松村 シングルの「RIDE ON TIME」、そしてアルバムの『RIDE ON TIME』で、大学の友人たちも山下達郎というのは何だろう、かっこいい音楽だなということを認識し始めました。80年代の学生がかっこいい音楽を求めるようになってきたのは、ウォークマンの登場が大きいと思っているんです。初代ウォークマンは’79年7月に発売され、当時私もすぐに買って、山下達郎ベストというようなカセットテープを編集して外で聴いていました。それまで音楽を与えてくれるのはラジオでしたが、自分で編集したテープを個人的に家の中でも外出先でもウォークマンで聴けるようになって、その役割は変わっていきました。


山下達郎
『RIDE ON TIME』

1980年9月19日発売
<RCA/AIR YEARS Vinyl Collection>
2023年6月7日発売


私は今、そんなテープを編集するように選曲したラジオ番組を担当し続けていますが(『クリス松村の「いい音楽あります。」』)、「RIDE ON TIME」が流れるマクセルのカセットテープのCMと番組のイメージが重なってくるんですよね。マクセルじゃなくてもいいんです。TDKでもソニーでもいいんですが、達郎さんの音楽が、ウォークマンとカセットテープという時代にみごとに乗っているわけですよ。「RIDE ON TIME」のタイアップを決めた広告代理店のスタッフも大学生たちの間で流れていた空気を感じ取っていたんでしょうね。当時の若者のリスニングスタイル、言ってしまえばライフスタイルと、「RIDE ON TIME」がリンクしたことで大ヒットへと結びついたと思うんです。もちろん、曲が良くなければヒットなんかしません。「RIDE ON TIME」だからヒットしたんです。

【Part2】に続く)



クリス松村

オランダの政治都市ハーグで誕生。日本に帰国後も学生時代にイギリス、ブラジル、アメリカ、カナダなどの都市をまわる。邦楽、洋楽問わずの音楽好きが高じて、番組出演にとどまらず、テレビやラジオの番組監修、CDの音楽解説、航空会社の機内放送オーディオプログラムの構成、ナレーションなども手掛けた。出演するラジオ番組の構成はすべて自ら行う。アナログ盤、CD、DVDなど約2万枚所有、現在も収集中。大物アーティストとの対談もこなすなど、アーティストからも認められるほどの、大の音楽ファン。
音楽が好きで話しているという考え方から、音楽評論家ではなく、音を楽しむ『音"楽"家(おんらくか)』として活動。

クリス松村●担当音楽番組
【ラジオ】
◎MBSラジオ『クリス松村のザ・ヒットスタジオ』
◎ラジオ日本『クリス松村の「いい音楽あります。」』
◎BAYFM『9の音粋』 木曜担当DJ

【動画連載】
◎otonano『クリス ミュージック プロマイド』