2023年6月号|特集 林哲司の50年

【Part8】林哲司が語る50年~ナイン・ストーリーズ

会員限定

インタビュー

2023.6.28

第8回:Hometown


インタビュー/栗本斉 文/加藤賢 写真/山本マオ


【Part7】からの続き)

結果として、地方に居を構えたのはとてもいい決断だった


―― 8番目のテーマは、趣向を変えて「Hometown」です。林さんは静岡県富士市のご出身で、現在も東京を離れて地方でスタジオを構えていらっしゃいますが、故郷である静岡県への想いを聞かせていただけますか。

林哲司 僕が生まれ育った富士市というのは、富士山の南麓に広がる都市で、しらすの産地として知られる田子の浦港で有名なところです。それから製紙業が盛んな街で、実家も父が製紙工場を創業し、今も続いています。僕にとってはビートルズの「In My Life」で歌われているリヴァプールのような故郷ですね。

―― 静岡県で生まれ育ったことは、作曲家としての林さんのアイデンティティに、どのような影響を与えているのでしょうか。

林哲司 どうでしょう。いい部分も悪い部分もありますね。静岡県は横に長いから、東部、中部、西部で文化が違います。富士市は中央からやや東側だから、意識としては関東地方の方を向いている地域ですね。静岡の県民性は、一言でいえばミドル・オブ・ザ・ロード!(笑)。中道を行く県です。だから、昔は新作タバコのマーケティングなんかでは、広島や福島と並んで静岡が選ばれるんだそうです。平均的なんですね。自分の中でも、九州の人ほど強い意思表示もないし、東北の人ほど辛抱強くもないし、なんだか打たれ弱いところがありますね(笑)。

―― 経歴をご存知ない方の中には、林さんのことを東京出身のシティボーイだと思っている人もきっといるんじゃないかと思います。いま幼少期を振り返ったとき、そこに東京に対するコンプレックスのようなものはあったんでしょうか。また、富士市は緑豊かなところですが、こうした自然に対する思い入れもやはりあるんでしょうか。

林哲司 東京に対する憧れはありましたね。コンプレックスというより、純粋に地理的に近かったですから。だから僕の作品の中には、カントリー・ボーイから見た東京への憧れがあるんだと思います。東京でも青山とか渋谷に住めればなおいいな、便利だし、おしゃれだしっていう。僕自身、自然はすごく好きで、東京で生活していた時にも山や海へ散策によく行っていました。でもライフスタイルを考えたときに、ネイティヴな自然の中がいいのか、それとも、リゾートがあって、プールサイドから海を見ている方がいいのかって言ったら、後者の方がいいんですよ(笑)。自然体験で虫に食われたりするよりは、多少快適なところで自然に触れていたい。それは音楽においても当てはまるところがあって、カントリーな音楽は凄く好きなんですけど、素朴すぎて音をいじらない方がよかったり、いじる余地がなかったりするんですよ。だから作曲という点でも、そのメロディを包みこむサウンドは、どちらかといえば都会を感じさせる音楽の方に面白さを感じてきましたね。

―― 以前、スカートの澤部渡さんが、“シティポップとは「都市へのまなざし」を体現した音楽である”とおっしゃっていました。都市の中心からではなく、ちょっと外から俯瞰する形で都市を見ている音楽なんだということなのですが、それは今の林さんのお言葉とも通じるものを感じます。

林哲司 素晴らしいご指摘ですね。まさにその通りかもしれない。自分の考えてきたことを、客観的に言葉にしてもらったって感じがします。

―― 澤部さんも、板橋区のちょっと外れの方のご出身だそうです。東京23区ではありますが、大都会ではないという点においても共通する面があるのかもしれませんね。田舎っていうほどでもないし、かといって都会でもない。サバービアというか、ちょっと郊外から都市を見て、その都市の状況を描いているみたいな、そういう感覚ですかね。

林哲司 なるほど、その感覚はどこかにあるかもしれないですね。生粋の東京人よりも地方出身の方が多いしね。そういった点においても、コンプレックスというより、憧れという言葉の方がふさわしいように思います。

―― そういえば、林さんが東京で暮らし始めたのはいつ頃からなんでしょうか?




林哲司(はやし・てつじ)
●1973年シンガー・ソングライターとしてデビュー。以後作曲家としての活動を中心に作品を発表。竹内まりや「SEPTEMBER」、松原みき「真夜中のドア〜stay with me」、上田正樹「悲しい色やね」、杏里「悲しみがとまらない」、中森明菜「北ウイング」、杉山清貴&オメガトライブ「ふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER-」など全シングル、菊池桃子「卒業 -GRADUATION-」など全シングル、稲垣潤一「思い出のビーチクラブ」など、2000曲余りの発表作品は、今日のシティポップ・ブームの原点的作品となる。また、映画音楽、TVドラマ音楽、テーマ音楽、イベント音楽の分野においても多数の作品を提供。ヒット曲をはじめ発表作品を披露するSONG FILE LIVEなど、積極的なライヴ活動も行っている。
http://www.hayashitetsuji.com/


林哲司
『Hayashi Tetsuji Song File』

仕様 : CD5枚組 +ブックレット
品番 : MHCL-30815〜30819
価格 : ¥14,850(税込)
2023年6月21日発売




【関連作品】


林哲司
『林哲司 コロムビア・イヤーズ』

2023年6 月21日発売



林哲司
『ディスコティーク:ルーツ・オブ・林哲司』

2023年6 月21日発売





【関連イベント】


林哲司50周年記念SPイベント
『歌が生まれる瞬間(とき)』 ~Talk&Live~

会場:赤坂レッドシアター

●6/30(金)
出演:林哲司
ゲスト:萩田光雄(作曲家・編曲家)、船山基紀(作曲家・編曲家)
ゲストMC:半田健人

●7/1(土)
出演:林哲司
ゲスト:売野雅勇(作詞家)
ゲストシンガー:大和邦久、富岡美保、一穂

●7/2(日)
出演:林哲司
ゲスト:松井五郎(作詞家)
ゲストシンガー:藤澤ノリマサ、松城ゆきの、一穂

https://ht50th.com/