2023年6月号|特集 林哲司の50年

B-Side①林哲司「ブルージェ」|林哲司を深く知るための名曲レビュー

レビュー

2023.6.1


「ブルージェ」
林哲司

1973年4月21日発売
作詞・作曲・編曲:林哲司

収録アルバム『BRUGES~ブルージェ』(上記ジャケット)

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中世さながらの港町で生まれた洗練されたサウンド

 1972年のチリ音楽祭に「それが恋の終りなら」が入賞した林哲司は、同年2月にチリに向かった。チリ音楽祭が終わった後も日本にはそのまま戻らずに、アメリカ、イギリスを経てヨーロッパを放浪した。そのいろいろな街を巡った中にベルギーがあって、親友とそのいとこと共に一緒に回った。その中の街のひとつであるブルージェは、北のヴェネツィアと言われ、石段が敷き詰められた、中世さながらの建物に囲まれた港町だった。その美しさを見た林哲司は、すぐにメロディが脳裏に降りてきた。そして帰国後の’73年3月21日にシングル「僕の隣の孤独/午前5時の出来事」、4月21日に本楽曲が収録されたアルバム『ブルージェ』をポリドールからリリースして、シンガー・ソングライターとしてデビューした。

 録音には、ベースに佐藤健、ギターに増尾元章、ドラムスに見砂和照がそれぞれ担当した。林哲司を加えた4人は、ザ・ビートルズの“アップル”ならぬ“オレンジ”として、バンドとしても活動の幅を広げていった。

 イントロではクラシカルなストリングスに導かれて、アコースティック・ギターのアルペジオが重なる。9thのテンションがメロディとなっているモダンなAメロに続いて、クロマティックにベースが下降するBメロが登場。サビでもAメロ同様に9thのテンションを活かしたコード進行で洗練された雰囲気に。まだフォーク全盛の時代からテンション・コードを使用した洗練されたサウンドは、一般のリスナーには難解だったのか、オリコン・チャートインはしなかったが、音楽家や業界内での評判から9月21日に「ブルージェ/約束」がシングル・カットされた。

 世界的なシティ・ポップ・ブームで再評価著しかった2022年。前出のいとこから、一緒にベルギーのブルージェを旅した親友の訃報が入った。「ブルージェ」を作ってから50年のことだった。

文/ガモウユウイチ