2023年5月号|特集 大江千里 Class of ’88

第3回:文学|Column of ’88 ~ 1988年のカルチャーシーンを斬る!

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コラム

2023.5.16

文/清水浩司




『Class of ’88』にちなみ、1988年にフォーカスするカルチャーコラム。第3回目はベストセラー続出だった文学界について。

恋愛、バイオレンス、女性作家、雑誌文化など、熱気に溢れた日本文学の気分


 1988年、僕は17歳だった。広島で、何のとりえもなく、童貞で、若さをこじらせて、早くこの街を出て東京に行きたいと願うどこにでもいる高校生だった。
 1988年にまだインターネットなんてものはなく、東京と地方にはあからさまなまでの文化的格差があった。モノはなく、情報もなく、イナカに飽き足らない子供たちはラジオやテレビにかじりついた。その中でもさらに深々とした手応えを求める人たちが足を運んだのが本屋という空間だった。

 実際、その時期の本屋には今では考えられないほどの熱気があった。東京の発売日から数日遅れで届くジャンプが店に着いた途端、蟻のように群がるキッズ・アー・オールライト。多くの人が情報に飢えていて、切実にそれを求めていた。いや、情報だけではない。最先端の知性とか、最高峰の娯楽とか、まだ見たことのない芸術とか、未来を切り拓いていく才能とか。日本文学・小説といったジャンルもそうした可能性を内包し、店の一番目立つ平台の上でキラキラと光沢を放っていた。

 1988年、どんな綺羅星があっただろう。
 筆頭に来るのはやはりW村上だろう。W浅野(浅野ゆう子&浅野温子)でもなくW-NAO(網浜直子&飯島直子)でもなくW村上。村上春樹&村上龍。たまたま2つ揃っただけでWでくくる軽薄さはいかにもこの時代のものだが、今思えばダブルとバブルの語感の近さも皮肉めいていて面白い。


村上春樹
『ノルウェイの森』

1987年9月4日発売


 なんといっても前年の1987年は村上春樹の『ノルウェイの森』が出た年だ。セカチュー(片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』)に抜かれるまで日本の小説の売上部数1位を誇った「100パーセントの恋愛小説」(帯コピー)。あの上巻=赤、下巻=緑のクリスマスカラーに塗り分けられた単行本が書店に山積された光景を記憶している人も多いだろう。春樹は1979年『風の歌を聴け』でデビュー。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985年)等を経てじわじわと人気を集めていたが本作で一気にブレイク、一躍社会現象となるのだが、このヒットの背景には当時の世相が透けて見える。バブル経済下、狂乱の恋愛至上主義。みんなあの悲恋に一体何を重ねて見たのだろう?