2023年5月号|特集 大江千里 Class of ’88
①「APOLLO」|『Class of '88』[初回生産限定盤]徹底検証
レビュー
2023.5.1
文/大谷隆之
「APOLLO」
経験を重ねた60代ならではの「若々しい郷愁」
流麗なメロディーと透明感のある音色が心に染みる、美しいミディアム・バラード。原曲は’90年9月にリリースされた9thアルバム『APOLLO』に収められている。オリジナル・ヴァージョンから伝わってくるのは、「若々しい郷愁」とも言うべきアンビヴァレントな感覚だ。当時、大江は30歳を迎えたばかり。無我夢中で駆け抜けた20代を通過して、少し落ち着いて自分と向き合う余裕と自信も生まれたのだろう。子どもの頃に〈憧れていた未来〉を、すでに自分は〈追い越して〉しまったという戸惑い。だからこそ今、大切な〈きみ〉と〈あたりまえの未来を〉創っていきたいという意志。せめぎ合う2つのフィーリングが、ブラス・ロック風味の洗練されたAORサウンドで奏でられる。アポロ計画の記憶に託された作り手の心象風景は、どこまでも爽やかで瑞々しい。
そんな甘酸っぱいナンバーを、62歳のジャズ・ピアニスト大江千里は、若き日々をまるごと慈しむような繊細なタッチでリアレンジしてみせた。キレのいいリズムは鳴りを潜め、替わりに拍を跨いだピアノの旋律が、演奏全体をゆったりと引っ張っていく。マット・クロージーのウッドベースとロス・ペダーソンのドラムが決して前に出すぎない繊細なプレイでそれを支え、後半に行くにつれ少しずつ熱を帯びる3人の掛け合いが良質なリリシズムを醸し出す。成熟は感じられるが、枯淡や諦観ではない。むしろ楽曲のコアにあるのは、経験を重ねた60代ならではの「若々しい郷愁」。表現者・大江の変わらない本質が絶妙に表れているという意味で、デビュー40周年記念アルバム『Class of '88』を象徴する1曲だと思う。Aメロ、Bメロ、サビで拍子を細かく変化させつつ、曲の継ぎ目をまるで感じさせない構築力も見事。
大江千里
『Class of '88』[初回生産限定盤]
2023年5月24日発売
MHCL-3032~3034/¥8,800(税込)
●Disc-1:CD 『Class of '88』 ※通常盤と共通
●Disc-2:CD 『Senri Jazz 〜First Decade〜』
●Disc-3:DVD 『大江千里Piano Concert ~Remember Homeroom!~』
大江千里
『Class of '88』[通常盤]
2023年5月24日発売
MHCL-3035/¥3,300(税込)
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② 「竹林をぬけて」|Disc1-2|『Class of '88』[初回生産限定盤]徹底検証
レビュー
2023.5.2