2023年2月号|特集 佐野元春 SWEET16

【Part5】|佐野元春ドキュメンタリー 2022-2023

会員限定

解説

2023.2.28

文/大谷隆之

名盤ライブ「Sweet 16/佐野元春」Photo:アライテツヤ


回を重ねながらどんどん加速していった精力的なライヴ活動


 THE HOBO KING BANDとのオーガニック・セッション「Smoke & Blue 2022」の全公演を終えて一段落した2022年11月18日。佐野元春 & THE COYOTE BANDの最新ライヴ盤『2022 LIVE AT SENDAI, FUKUOKA, OSAKA』が配信リリースされた。これは同年4月〜7月に行われた全国ツアー「WHERE ARE YOU NOW」から、8曲を選りすぐったもの。「マンハッタンブリッヂにたたずんで」「ヴァニティ・ファクトリー」など80年代の楽曲から、「エンタテイメント!」「銀の月」「純恋(すみれ)」などTHE COYOTE BANDの最新キラーチューンまで、同ツアーのエッセンスを凝縮した1枚だ。最後に置かれたアンコール曲の「インディヴィジュアリスト」では、切迫感に溢れるスカビートが会場の空気を切り裂く。世界情勢、国内政治、テクノロジー全般。多様なフェイズで全体主義の気配が強まった’22年。この演奏はそんな現実に対する佐野なりの意思表示であり、生々しい記録とも言えるだろう。

佐野元春 & THE COYOTE BAND
『2022 LIVE AT SENDAI, FUKUOKA, OSAKA』

2022年11月18日発表


 2枚のスタジオアルバムと全国ツアーを通して、アクチュアルな表現者としての存在感を際立たせた’22年の佐野だったが、その一方では自らのキャリアを振り返り、ファンと共有する試みも行っている。11月23日に横浜(KT Zepp Yokohama)、同27日に大阪(Zepp Namba)で開催されたアルバム『SWEET16』完全再現ライヴだ(1日2ステージの計4公演)。

 ソニー・ミュージック・グループが企画する「名盤ライブ」シリーズ第3弾。タイトルの通り、歴史に残る名盤をアーティスト本人が忠実に再現するというプロジェクトだ。ユニークなのは制作プロセスに迫るドキュメンタリーDVDとアーカイブブックがセットになっていること。つまりライヴを楽しんだ観客が、会場で手渡される映像とテキストを通して、思い出の1枚をより深く立体的に理解できる仕組みになっている。

 実は本シリーズが立ち上がったきっかけも佐野だった。2013年11月に東京、大阪で開かれた名盤ライブVol.1『SOMEDAY/佐野元春』。日本ポップス史に残る金字塔アルバムを再現した瑞々しいパフォーマンスを鮮やかに覚えているファンも多いだろう。4公演で合計1万人を動員したこのライヴは、Blu-ray盤『佐野元春 名盤ライブ「SOMEDAY」』として、’22年5月25日に映像化されている。

佐野元春
『佐野元春 名盤ライブ「SOMEDAY」』

2022年5月25日発売


 今回、ソニー・ミュージック側からシリーズ第3弾のオファーを受けた際、THE COYOTE BANDやTHE HOBO KING BANDとの活動で多忙を極めていた佐野は、いったん回答を保留した。だが、レコーディングスタジオに保管されていた『SWEET16』のマルチテープを検証する過程で考えを変えたという。単なるノスタルジーではなく、現在進行形のポップスとして提示しうる何かが、そこにははっきり記録されていたからだ。

「『Sweet 16』アルバムは、その前が『Time Out!』っていうアルバムで、その後ちょっと僕は事情があって休んでたんだけれど、そこから復帰のアルバムっていうイメージがとにかく強いんだよね。だから、ファンもずっと待っていてくれたし、とにかくポップでカラフルな、パワフルなロック・アルバムをファンにプレゼントしたいって、そういう気持ちで始まったんだよね。ちょうどザ・ハートランドとのツアーをやっていて(See Far Miles Tour PartⅠ)、そのツアーをやりながら力を蓄えていって、ツアー終わった直後にスタジオに入って作ったのがこの『Sweet 16』だったかな。だから、いろんな意味で僕も思い出深いアルバムだね」(佐野元春/アーカイブブックに収録されたレコーディング・エンジニア坂元達也氏との対談より)

 グルーヴィーでファンキーなダンスチューン「ミスター・アウトサイド」で始まる『SWEET16』。’92年7月に発表された本作はいわば、デビュー12年目を迎えて新展開を模索していた佐野が、90年代に相応しい自画像を再定義した重要作だった。チェリーパイ、バイクなどアルバム中に散りばめられた無垢なイメージと、それとは対照的で肉感的でダンサブルな音作り。「スウィート16」「レインボー・イン・マイ・ソウル」「ポップチルドレン」「誰かが君のドアを叩いている」「ボヘミアン・グレイブヤード」など、現在もライヴの定番として演奏されるレパートリーも多い。セールス面も全国チャート2位にランクイン。同年の日本レコード大賞では優秀アルバム賞を受賞している。

 90年代初頭のグラマラスな空気感が凝縮された傑作を、’22年にいかに再現するか。この難問に対し、佐野は数多のステージを共にしてきた3つの盟友(THE HEARTLAND、THE HOBO KING BAND、THE COYOTE BAND)の精鋭メンバーに声をかけ、特別編成の「Sweet16 Grand Rockestra」を結成。入念なリハーサルを重ねて本番に臨むことを選ぶ。

名盤ライブ「Sweet 16/佐野元春」 Photo:アライテツヤ


 アルバムと同じく雷鳴のSEで幕を開けたステージは、期待に違わぬ充実ぶりだった。バッキングを務めたのは長田進(Gt)、藤田顕(Gt)、古田たかし(Dr)、井上富雄(Ba)、渡辺シュンスケ(Key)、Dr.kyOn(Key)、スパム春日井(Per)、山本拓夫(Sax)、西村浩二(Trp)、佐々木久美(Cho)、TIGER(Cho)の総勢11名。手練れのプレイヤーたちがマルチテープに記録されたオリジナル演奏をリスペクトしつつ、アンサンブルに細かい調整を施して、楽曲に今の空気感を吹き込んでいく。同じ曲でも骨太でソリッドなTHE COYOTE BANDとは一味違う、どこかゆったりした大人のグルーヴが心地よい。

 イノセントなロックンロール、ディープなブルース、ハウスミュージック、アフリカンビート、スポークンワーズ。楽曲ごとに繰り出される、さまざまなリズムの躍動感もすばらしかった。このアルバムが内包する大きな「うねり」をライヴで再確認できたのも、観客には嬉しい収穫だったのではないだろうか。横浜・大阪の各会場には、アルバムのジャケットで佐野が乗っていたバイク(HONDA モンキー 東京リミテッド)など貴重なアイテムが飾られ、ファンの目を楽しませた。

 12月に入って積極的なライヴ展開はさらに加速する。12月19日、20日には恵比寿ガーデンホールにて、恒例のクリスマス・コンサート「Rockin' Christmas 2022」が開催された。’11年にスタートしたこのシリーズ。パーティーを意識した親密なムードの中、通常のライヴとは一味違ったセットリストを楽しめることで人気が高い。今回はコロナ禍を挟んで3年ぶり、通算10回目のショーとなる。試みにその曲目を挙げてみよう。