2023年2月号|特集 佐野元春 SWEET16

【Part4】FRUITS|佐野元春90年代ストーリー

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解説

2023.2.22

文/ドリーミー刑事


若いアーティストや新しい音楽的ムーヴメントを積極的にフックアップした季節


 ’94年9月横浜スタジアムで開催されたライヴ<Land Ho!>をもって、12年にわたり活動を共にしたバンド、THE HEARTLANDは解散。佐野元春は新たな活動体制を模索することになる。’93年11月にリリースされた『THE CIRCLE』に続くオリジナル・アルバム『FRUITS』の発表までは約3年という時間を要した。

 その間、日本の音楽シーンの主役を張っていたのはなんと言ってもTKファミリーこと小室哲哉がプロデュースしたアーティストたち。globe、trf、安室奈美恵、華原朋美など、ダンスビートとキャッチーなメロディを組み合わせた楽曲でチャートを席巻した。Mr.ChildrenやMy Little Loverを手がけた小林武史、つんく♂(シャ乱Q)、奥田民生なども新しいアーティストを次々と世に送り出し、プロデューサー・ブームなる流行語も生み出した。

 そうしたメインストリームの音楽では飽きたらない若者に向けて、クラブやライヴハウスシーンを出自とするアーティストのメジャー・デビューが相次いだのもこの時期である。UA、Hi-STANDARD、サニーデイ・サービス、ミッシェル・ガン・エレファント、ブッダ・ブランドなど、様々なジャンルにおいて今もシーンに影響を与え続けているアーティストが数多く登場した。振り返ってみれば、メインストリームのアーティストがもたらした巨大な売上が、新しい才能への投資に充てられるという理想的な循環が、音楽業界全体で実現していた時期だったと言えるのかもしれない。

 そしてこうしたメインカルチャーとサブカルチャー、あるいは若手とベテランのアーティストを繋ぎ合わせる、重要なハブの役割を果たしていたのが、当時人気絶頂だったダウンタウンが司会を務めた音楽番組『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』だ。テレビの影響力が今とは比べものにならないほど大きかった当時、スピード感のある演出とミュージシャンの新たな一面を引き出すトークで音楽番組の新ジャンルを開拓した。小沢健二、PIZZICATO FIVEなど、この番組がきっかけで、広く世間に知られるようになったアーティストも多い。しかしその中でも佐野が出演した際のインパクトは強烈だった。それまで当時高校生だった筆者の世代にとって、佐野元春とは“年上の人たちが聴いている大物アーティスト”というイメージだったが、ダウンタウンをも翻弄したユーモアのセンスと、熱量あふれるパフォーマンスのギャップに圧倒され、同時代を生きるリアルな存在のアーティストであることを初めて認識されたのはこの時だ。もちろん佐野がトークの中で放った名言“こっち来いよ”は筆者の通う学校でも流行語になったことは言うまでもない(何のことかわからないキッズはYouTubeで検索してみてほしい)。


『THIS』
FALL 1994 Vol.1 No.0
佐野元春事務所/スイッチ・パブリッシング/1994.9.10・刊


 新しい世代の音楽が台頭する中、佐野も若いアーティストや新しい音楽的ムーヴメントを積極的にフックアップする。’94年から復刊した自らが責任編集する雑誌『THIS』において、TOKYO No.1 SOUL SET、EL-MALO、そしてTHE HEARTLANDのギタリスト長田進がプロデュースしたGREAT3といった気鋭のバンドから、テクノ、ヒップホップ・シーンの最新の動向をフィーチャー。また’97年から3年続けて主催したライヴイベント“THIS!”では上述したバンドをはじめ、SOUL FLOWER UNION、フィッシュマンズ、SUPERCARと言った90年代を代表するアーティストを招いた。

 そしてそれに呼応するように、’96年には佐野へのトリビュート・アルバム『BORDER A tribute to MOTOHARU SANO』がリリースされ、THE GROOVERS、b-flowerといった多くの個性的なバンドが参加。GREAT3が「サンチャイルドは僕の友達」、PLAGUESが「空よりも高く」のカヴァーを発表した。ファンにはよく知られていることとは思うが、GREAT3には後にTHE COYOTE BANDのベーシストとなる高桑圭が、PLAGUESには同じくギターの深沼元昭が在籍しており、このトリビュート・アルバムは’00年以降の佐野の活動の重要な布石とも言える作品となった。なおこのアルバムのプロデューサーは学生時代から佐野と親交が深い佐藤奈々子が務めているが(シティ・ポップの名盤としても名高いデビュー作『Funny Walkin'』には佐野が全面的に参加)、高桑の脱退後、ベーシストとしてGREAT3に加わったのは彼女の愛息janである。