2023年2月号|特集 佐野元春 SWEET16

【Part2】SWEET16|佐野元春90年代ストーリー

会員限定

解説

2023.2.9

文/ドリーミー刑事


不特定のマスではなく、ライヴ会場に集まるキッズに向けて書かれた楽曲が大ヒット


『TIME OUT!』をリリースした翌年、’91年は佐野元春のディスコグラフィーにとって比較的静かな1年となった。

 リリースされたアルバムはこれまで発表してきたスロー・バラードを中心にコンパイルした『SLOW SONGS』のみ。レコード会社主導の企画盤ということもあり、参照されることが多いとは言えない作品だが、バラードにおいても聴き手の感傷や情緖に阿らず、凛とした気高さを保つ佐野独特のソングライティングを再発見することができる1枚だ。特に日本の歌謡界を代表する作曲家/編曲家・前田憲男がアレンジしたオーケストラ・ヴァージョンの「情けない週末」「バッドガール」はソフト・ロックやチェンバー・ポップの文脈で聴くとより新鮮に響く。とは言え、このタキシードが似合う大人のサウンドに戸惑ったキッズも多かったことは想像に難くない。なおロックンローラーと大御所の作曲家のコラボレーション作品と言えばエルヴィス・コステロとバート・バカラックの『ペインテッド・フロム・メモリー』が思い起こされるが、これよりも佐野の方が7年も早かったことを付記しておきたい。


佐野元春
『SLOW SONGS』

1991年8月28日発売


 佐野の静けさとは裏腹に、90年代に突入したばかりの音楽産業は成長を続けた。ヒットチャートの頂上でそれを牽引したのが、ZARD、大黒摩季、T-BOLANなどを擁する音楽プロダクション、ビーイング・グループだ。“ビーイング系”という言葉も生み出した一大新勢力は、テレビ番組やCMとのタイアップ、覚えやすいメロディとイメージを重視した歌詞、そしてアーティスト本人の露出を避けた匿名的なプロモーションという定型化されたメソッドでヒット作を量産した。自分自身の創造性に忠実に、顔の見える一人ひとりのオーディエンスに作品を届け続けてきた佐野とは真逆とも言えるスタンスだが、ビーイング系に限らず、この時代のヒットチャートはこうした手法によって作りあげられていった。



佐野元春
『SWEET16 30th Anniversary Edition』

2023年3月29日発売
MHCL-2984/¥22,000(税込)
●完全生産限定盤 ●CD6枚 ●Blu-ray1枚
●SWEET16 Booklet(140頁)●SWEET16大型ポスター