2023年1月号|特集 Japanese R&B
【Part1】80年代後期~90年代|Japanese R&Bヒストリー
解説
2023.1.5
文/矢野利裕
Japanese R&B ――起点
1950~60年代のリズム&ブルースとは区別された、ブレイクビーツとソウルフルなヴォーカルからなる“R&B”。そんなR&Bの日本における起点をどこに置くか、ということについては、さまざまな議論がありうるだろう。
さしあたり、メアリー・J・ブライジのようなヒップホップ・ソウルのスタイルに関して言えば、90年代後半あたりから一気に日本で本格化すると言える。クラブ、DJ、ダンス、ラップといったアンダーグラウンドなストリートカルチャーの延長としてR&Bを捉えるならば、そのムーヴメントはやはり、90年代後半に起こってきたと言うべきだろう。
例えば、シンガーのaico、DJ HASEBE、作曲家のカワベからなるシュガーソウルは、’96年に活動を開始し’97年にレコードデビューをする。当時、ヒップホップ的なくぐもったトラックのうえで歌モノの曲を披露していたシュガーソウルは、そのアンダーグラウンドなたたずまいが異彩を放っていた。またその時点では、UAのようなヴォーカリストがすでに人気を獲得している。のちにR&Bムーヴメントの一躍を担うMISIAや宇多田ヒカルの登場はこの直後だ。90年代後半、日本のR&Bは、メアリー・J・ブライジやSWV、TLCに代表されるアメリカのR&Bの動きに呼応するかたちで、ヒップホップ/日本語ラップとともに一気に花開くことになる。それまでのJポップとは明らかに異なった存在感を示しながら。
重要なことは、それがクラブカルチャーやストリートカルチャーと密接に関わったアンダーグラウンドの音楽として打ち出されたことだ。シュガーソウルのaicoがDJ HASEBEやZeebraと組んだ「今すぐ欲しい」やMISIAの「つつみ込むように…」が12インチのアナログ盤で先行リリースされたことは、それらの音楽がなによりクラブカルチャーのなかにあることを示している。あるいは、ストリートダンスを描いた’98年の映画『hood』のサウンドトラックのクレジットに、MURO、RINO、Zeebra、DJ WATARAI、DJ YAS、KEN-BOといったラッパー/DJと並んでMISIAの名前があることも、日本のR&Bが台頭してきた当時の雰囲気をよく伝えている。
R&Bの先駆的存在 ―― 久保田利伸、ドリカム
とはいえ、そのようなR&Bの台頭は突然起こったわけではない。90年代後半のR&Bにいたる流れは80年代から徐々にかたち作られている。とりわけ音楽面で言うなら、ドラムマシンとシンセサイザーを使ってソウルミュージックを奏でるようなブラックコンテンポラリーのサウンドは、R&Bやその前身のニュー・ジャック・スウィングに連なるものとして重要である。だとすれば、日本においてかなり早い時期からブラコンを実践していた久保田利伸もまた、日本におけるR&Bの起点として外すことはできないひとりだ。
実際、久保田による80年代後半から90年代初頭の音楽は、ブラコン~ニュー・ジャック・スウィングのサウンドとしてかなり完成度が高い。挙げたらキリがないが、ヴォコーダーも入った「TA WA WAヒットパレード」や後期のアース・ウインド&ファイアーを彷彿とさせるシンセファンクの「永遠の翼」などは、日本版ブラックコンテンポラリーの曲として特筆すべきである。さらに、R&BがUKラヴァーズとともに歩んできたことを踏まえるなら、アルバム『KUBOJA』におけるレゲエへの接近も重要な動きである。同アルバムには、スウェーデンのR&B系グループ、エイス・オブ・ベイスによる一連のヒット曲との同時代性を感じさせるシングル曲「Honey B」や、メイシオ・パーカーのサックスをフィーチャーした演奏に合わせて久保田がラガマフィン調のラップを披露する「POLE POLE TAXI」など意欲的な曲が多い。アラウンド・ザ・ウェイによるR&Bヒット「Really Into You」でサンプリングされたことでも知られるブラックコンテンポラリー~R&Bクラシック、グローヴァー・ワシントン・Jr「Just A Two Of Us」がカヴァーされていることも見逃せない(久保田は’96年にも同曲をカヴァーしている)。
久保田利伸
『Bumpin’ Voyage』
1995年
R&Bマニアとしても知られる久保田は、「Be Wanabee」でかなり本格的なニュー・ジャック・スウィングを披露するなど、同時代のR&Bに対する意識もかなり強い。アルバム『Neptune』(’92年)や『Bumpin' Voyage』(’95年)あたりになると、ビートメイキングもかなりR&B的な洗練さを増す。とくに『Bumpin' Voyage』収録の「SUNshine, MOONlight」やその直後のシングル「Funk It Up」などは、同時代のUSのR&Bと比較しても遜色のないサウンドである。90年代後半にR&Bが隆盛を極める前段に、このような久保田の意欲的なブラックミュージックの試みがあったことを忘れてはいけない。
一方、同時期、ブラコン的なサウンドはお茶の間のレヴェルでもそれなりに浸透していたとも言える。久保田自身、田原俊彦などアイドルへの楽曲提供を通じて、ブラックコンテンポラリーのサウンドを広く届けてもいる。久保田ほど意識的だった人は多くなかったにせよ、80年代後半から90年代初頭、ブラコンのサウンドは同時代の音楽として一般化しつつあった。
とりわけ、90年代前半に人気を博したDREAMS COME TRUEは、アース・ウインド&ファイアー「レッツ・グルーヴ」を下敷きにして「決戦は金曜日」を作るなど、ブラコン的な音楽をしばしば参照している。ここには、ソウルミュージックのファンである中村正人の志向もあるだろう。’90年のシングル「さよならを待ってる」におけるクインシー・ジョーンズ「愛のコリーダ」のフレーズ引用や、そのB面「かくされた狂気」におけるシック「グッド・タイムス」を模したようなベースラインも印象的だ。ゴスペル的なフィーリングを持つ吉田美和の類まれなヴォーカルを前面に押し出しつつブラコン的なアレンジを積極的に取り入れていたドリカムは、一般的なイメージ以上にR&Bの要素を含んでいる。実際ドリカムの音楽は、のちのR&B系アーティストへの影響も大きい。
ダンスシーンの隆盛 ―― 80年代のブレイクダンス・チーム、ZOO
さて、ともすれば見落とされがちだが、日本におけるR&Bシーンを裏側から支えしたものとしてストリートダンスの存在はとても重要である。ストリートカルチャーという側面を強調するなら、80年代におけるストリートダンスのシーンにも注目しなければならない。
80年代、映画『フラッシュダンス』や『ブレイクダンス』の影響もあり、日本にはいくつかのブレイクダンスのチームが生まれていた。福岡を拠点とするビーバップ・クルーおよびその東京支部である東京ビーバップ・クルー、横浜のフロアー・マスターズ、東京Bボーイズなどである。ホコ天をはじめとするストリートで活躍していた彼らの一部は、徐々に芸能界で存在感を示すようになる。例えば、のちにラッパーとしても活躍する東京BボーイズのCRAZY Aは、いち早くブレイクダンスを披露した風見慎吾のバックで踊っており、ストリートと芸能界をつなぐ存在となった。あるいは、のちにTRFのメンバーとなるSAMも東京ビーバップ・クルーの一員として活動している。本家ビーバップ・クルーのヨシ坊(横田義和)やSEIIJI(坂見誠二)は錦織一清のダンス指導のために上京しており、錦織をして「日本のダンスブームはビーバップ・クルーがいたおかげだ」と言わしめるほどの存在である。
そんな80年代ストリートダンスの流れのなかから登場するのが、「Choo Choo TRAIN」のヒットで知られるZOOだ。ZOOのメンバーであるHIROがのちにEXILEおよびLDHグループでR&Bを中心とする日本のダンスミュージックのシーンを席巻するのは周知のとおりだ。ZOOの『Native』(’91年)『Georgeous』(’92年)といったアルバムもまた、R&B前夜のニュー・ジャック・スウィングの作品として重要である。そんなZOOは基本的にはダンサー集団であり、その意味ではやはりストリートを出自としている。HIRO自身、「ZOOというグループは、いわゆる芸能界的なノリとは一線を画していた。そのメンバーの多くは、六本木の遊び人。基本的にはアンダーグラウンドの住人だ」(HIRO『Bボーイサラリーマン』)と述べている。そのような「アンダーグラウンド住人」のなかには、ビーバップ・クルーのヨシ坊とも交流のあったBro. KORNも含まれるだろう。バブルガム・ブラザーズ「WON'T BE WRONG」もまた、R&B前夜のヒット曲として外せない。
ZOO
「Choo Choo TRAIN」
2003年(1991年オリジナル)
ちなみに、ZOOがフォークソングのイメージも強いフォーライフ・レコードからデビューした背景には、同じフォーライフに所属する原田真二の存在が指摘されている。原田とブレイクダンスとの出会いは、’82年のアメリカ留学においてである。原田は帰国後、自身のパフォーマンスにもブレイクダンスを取り入れ始め、’85年にはブレイクダンスを前面に押し出したライヴイベントを定期的に主催している。若杉実『ダンスの時代』によれば、このライヴイベントに参加していたなかに、ZOOのメンバーがいたのだという。
このように、ストリートカルチャーとしてのブレイクダンスは、80年代から90年代にかけて少しずつ芸能界のほうへ進出している。こうしたダンスシーンの盛り上がりが、日本のR&B黎明期を下支えしていた。90年代における日本のR&B/ヒップホップの一躍を担ったうち、CRAZY AやDJ KRUSH、ラップグループのB-FRESHの面々などはダンサー出身である。その周辺には、日本のクラブシーンを牽引するDJ/MCのMUROもいる。 ZOOのダンス教室に通い、のちにJ Soul BrothersやEXILEで活躍するマキダイは、MISIAのバックダンサーを務めてもいる。ZOO時代のHIROが、アメリカ西海岸のヒップホップユニット・ファーサイドのブーティ・ブラウンと交流があったことも書き添えておこう。ストリートカルチャーの延長としてR&Bを捉えたとき、その前段にはブレイクダンスのシーンが存在しているのだ。
シティポップの文脈 ―― 山下達郎、角松敏生、etc
日本におけるR&Bは基本的には以上のような流れのなかから登場したと言えるが、最後に、現代的とも言える視点――すなわち、シティポップの文脈からR&Bについて少しだけ触れておきたい。ここで“シティポップ”と呼んでいるのは、80年代の山下達郎に代表されるAOR系のサウンドである。もっとも山下の音楽は、そこにアイズレー・ブラザースやカーティス・メイフィールドといったソウルのフィーリングも加えられており、一概にAORとして括るわけにはいかないだろう。
80年代の山下と同時代を感じさせるのは、近年シティポップのアーティストとして再評価が高まっている角松敏生である。山下と同じRVCからデビューした角松は、80年代のなかば以降、ブラックミュージックに傾倒することになる。そうして作られた『AFTER 5 CLASH』(’84年)『GOLD DIGGER』('85年)は、AORとブラックコンテンポラリーを合わせたような作品だ。とくに、ドラムマシンが意欲的に取り入れられた『GOLD DIGGER』に収録された「Secret Lover」は、マルコム・マクラレン「HEY, DJ」をあからさまに参照している。「HEY, DJ」と言えば、マライア・キャリーが「Honey」でオマージュを捧げるくらいR&Bの領域ではクラシックとなっている曲である。
角松敏生
『GOLD DIGGER』
1985年
加えて言えば、同じような文脈で稲垣潤一の80年後半の作品にもR&Bの要素を指摘できるだろう。とくにドラムマシンのビートとシンセサイザーの音色が特徴的な「JAJAUMA」(’85年)「サザンクロス」(’88年)といった曲は、かなりブラックコンテンポラリー的である。この時期における角松や稲垣の曲は、エムトゥーメやイヴリン・キングなどの音楽を連想させ、これらもをR&Bの源流として再評価することも不可能ではないだろう。実際、角松の「Secret Lover」などは90年代からDJシーンでは小ネタとして知られていたものではある。
その他、R&Bにおけるゴスペル的なヴォーカルを強調するならば、スターダスト・レヴューやラッツ&スターのいくつかの曲もブラックコンテンポラリー的なものがある。スターダスト・レヴューは基本的にはドゥーワップをおこなっているが、スロウなブラックコンテンポラリー曲「I’m Getting On without you」(’82年)「Boy meets Girl」(’85年)などには、やはり80年代のブラックミュージックの影響が色濃い。
これらのサウンドはどちらかと言えばブルーアイド・ソウル的であり、ストリートカルチャーとしてのR&Bの文脈とは少し異なるものだろう。とはいえ、90年代の小バコ系クラブが、イギリスのアシッドジャズと歩みを揃えながらさまざまな曲に対して貪欲にクラブミュージックとしての再評価を進めて来たことを考えれば、これらの曲もまたクラブカルチャーの外郭を形成していたと言える。そのような水面下の動きと現在のシティポップのムーヴメントは無縁ではない。
話がだいぶ横道に逸れてしまったが、次回は、日本における本格的なR&B隆盛について見ていきたい。
(【Part2】へ続く)
文/矢野利裕|『ALDELIGHT J-R&B -A NEW STANDARD FOR JAPANESE R&B 1996-2010-』選曲・解説
●今こそ聴きたい90/00年代日本のR&Bの名曲が2枚のディスクに集結! 90年代のUSやUKのR&Bに影響を受けて生まれた日本のR&B。勃興期から隆盛期にあたる1990年代後半~2000年代の代表曲や隠れた名曲を新進気鋭の批評家/DJである矢野利裕が今の視点でコンパイルした2023年のリスナーに向けたJ-R&Bの決定版となるコンピレーション!
ALDELIGHT J-R&B
-A NEW STANDARD FOR JAPANESE R&B 1996-2010-
2023年1月25日発売
CD2枚組/¥3,520(税込)
[Disc-1]
01. My Life/JUJU
02. 空 -Tomita Lab. remix-/SOULHEAD
03. 風と共にながれて/井出麻理子
04. 恋がしたかった/市井由理
05. Anytime/Crystal Kay
06. I Wanna Know/Sowelu
07. 心にしまいましょう/古内東子
08. The Race of Love/PUSHIM
09. REALIZE feat.SUIKEN + DEV LARGE/bird
10. Secrets/伊藤由奈
11. a tomorrowsong/Skoop On Somebody
12. Angel eyes/SAKURA
13. 恋はリズム~Believe My Way~/福原美穂
14. 楽園/平井 堅
[Disc-2]
01. Ride On Time/露崎春女
02. people in the World/AI
03. DESTINATION(D.O.I. Hip Hop Mix)feat.TARO SOUL/May J.
04. sad to say( BUZZER BEATS Remix)/JASMINE
05. Your Love feat. KREVA/三浦大知
06. my book/葛谷葉子
07. 12時間/SHOWLEE
08. BOMBER/森 広隆
09. Long Long Way(韻シストMIX)/CHEMISTRY
10. Sauce/Sugar Soul
11. 疑惑/椎名純平
12. 悲しいわがまま/wyolica
13. 対話 feat. Momoe Shimano a.k.a. MOE'T/リブロ
14. 悦びに咲く花/ACO
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【Part2】90年代|Japanese R&Bヒストリー
解説
2023.1.11