連載|私が欲しいレコード

第28回【高野寛】 ミュージシャン

2022.12.19

第28回【高野寛】 ミュージシャン

“3DPD”でつくったディスクは、アナログ盤でありながら、音質はどこか現代的で、軽めな傾向があるように思う。古い音源はやはり昔ながらのヴァイナルのもっちりした音が似合うのだ。



 今年も色々あったが、あっという間の一年だった。もうすぐ2028年。

 今日は、注文してあったレコードが手に入る。ビーチボーイズ『ペットサウンズ』の完全ステレオリミックス盤だ。『ペットサウンズ』は1997年に、マスターのマルチテープからリミックスしたバージョンが製作され、何度かリマスター・リイシューされてきた。オリジナルのモノバージョンよりも広がりのあるサウンドが楽しめるものの、当時のマルチテープはトラック数が限られており、(ステレオ黎明期の作品にありがちな)ドラムとベースが左右に分離した定位になってしまうなど、技術的な限界に阻まれている面もあった。
 今回の2028年リマスターは、2022年発売のビートルズ『リボルバー』と同じく、AIを使って、さまざまな音源が混在するマスターテープのトラックから楽器やボーカルごとにパートを抜き出す技術を駆使して、すべてのパートを分離したのち新たにリミックスされたものだ。御年85歳のブライアン・ウイルソンが自ら監修、彼がイメージした音像を余すところなく再現した作品だという。

 それにしても、アナログ盤がこれほどのブームになる時代がまたやってくると、誰が想像しただろうか?
 3Dプリンターを使ってレコードを作成する技術は2025年ごろには実用レベルに達していたが、当時はまだまだギークのマニアックな趣味としての広がりしかなかった。2026年に中国のベンチャー「美音技研(Beautiful Sound Technology Research)」が開発した3Dレコードプリンター「discshop」は革命的製品だった。音源データとジャケット・レーベル面の画像データをインストールするだけで、誰でも簡単にオンデマンドのレコードが作れるのだ。店内に「discshop」を設置して、リイシューされた作品をオンデマンドで販売するレコード店も次第に増えていった。「discshop」と同時に発売された安価で高音質・コンパクトな壁掛け式レコードプレイヤー「discwall」も優れたプロダクトで、大ヒット商品となった。
 
 今年2027年は、レコードの歴史にとって大きな節目だった。
 現代のBTSとも評される、仮想空間で大人気の覆面グループ「マサラBB」、その名前はどの世代でも耳にしたことがあるだろう。「マサラBB」の司令塔であり、MIT卒のAIエンジニアという肩書きも持つインド出身の才媛、タミル・ハリスが満を持して発表したソロデビュー曲『SPIN』は、なんと「discshop」に対応した7インチシングルのデータのみというフォーマットで無料公開されたのだ。世界のファンたちが「discwall」を買い求め、「discshop」を設置したレコード店に殺到した。サブスクと携帯でしか音楽を聴いたことのなかった若者には高いハードルだったが、品薄となった「discwall」を運よく手に入れたファンが、くるくる回る『SPIN』のピクチャディスク動画をSNSにUPし始めると、それは社会現象とも言える速さで世界中に広まり、タミルは21世紀音楽史上初めての「アナログ盤のみでグラミー賞を獲得したアーティスト」になったのである。

 さて、『ペットサウンズ』リミックスの話に戻ろう。
 そんな時節柄、『ペットサウンズ』リミックスは、日本では配信・CD・アナログ盤・3DPD(3Dプリンターディスクデータ)という3つのフォーマットでリリースされることになっている。CDは今や最もレトロなメディアだが、日本ではまだ根強い人気があるようだ。3DPDで今っぽくカジュアルに楽しむのもありだが、3DPDでつくったディスクは、アナログ盤でありながら、音質はどこか現代的で、軽めな傾向があるように思う。古い音源はやはり昔ながらのヴァイナルのもっちりした音が似合うのだ。
 早く仕事を終えて、今夜はじっくり楽しもう…。

(*この物語はフィクションです。こんな未来が来ると良いですね)




The Beach Boys
『PET SOUNDS』
(1966)

Original Mono & Stereo Mix Versions(2001)

40th Anniversary Stereo Mix(2006)

50th Anniversary Edition(2016)





高野寛(たかのひろし)

1964年生まれ。大学生の頃から当時は珍しかった宅録による曲作りを開始。1988年SSWとしてソロデビュー。ほとんどの楽曲の作詞・作曲・編曲・ギター・プログラミングを自ら手掛けるスタイルで、2019年までにベスト盤を含む22枚のソロアルバムをCDで発表。2020年春以降は、未発表作品をbandcamp(https://takanohiroshi.bandcamp.com/)で限定配信リリースし続けている。(2022年12月現在・39アイテム・250曲以上)。

ソロ作品の他、世代やジャンルを超えたアーティストとのコラボレーションも多数制作。ギタリストとしてYMO、高橋幸宏、細野晴臣、TEI TOWA、星野源を初めとした数多くのアーティストのライブや録音に参加し、坂本龍一や宮沢和史のツアー
メンバーとして延べ20カ国での演奏経験を持つ。サウンドプロデューサーとしては小泉今日子、THE BOOM、森山直太朗、GRAPEVINE、のん などの作品を手がけている。

2013年4月から京都精華大学ポピュラーカルチャー学部・音楽コース特任教授に就任、2018年4月からは同学部客員教授に就任。

ライブスケジュール:
「2023・AKEBONO 京都編」2023年1月14日(土) 京都府庁旧本館・旧議場 (重要文化財)
「2023・AKEBONO 東京編」2023年1月20日(金) 渋谷7thFLOOR *配信あり
「奏春」ナタリーワイズ(高野寛・BIKKE・斉藤哲也)2023年2月5日(日)下北沢 CLUB Que *配信あり

■ オフィシャルサイト
http://haas.jp


12月28日、アナログ7インチ発売!



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