2022年11月号|特集 アレンジャーの仕事

第2回 瀬尾一三|代表作で辿る日本の編曲家名鑑

レビュー

2022.11.2


杏里
『杏里 -apricot jam-』

1978年11月21日発売

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後世に繋ぐべき至高のpops作品へと昇華させたアレンジ

 1978年リリースの杏里のデビュー・アルバムです。本作のアレンジャー瀬尾一三はこの時弱冠30歳。

 金延幸子、中川イサト、松田幸一らとともにフォークグループ「愚」として音楽キャリアをスタートさせた瀬尾一三がアレンジャー/プロデューサーとして才覚を発揮し始める頃の’73年作品、吉田拓郎『よしだたくろう LIVE '73』。管楽器弦楽器を加えた強烈なプログレッシヴフォークロックを展開する恐ろしいライヴ盤です。すでに基本的なポップス的アレンジ技術は完成していたかと思われます。加えて強烈な個性を随所に発揮しており、天才的。

 さて、杏里『杏里 -apricot jam-』は杏里が高校2年生の時の作品です。フェイヴァリットミュージシャンであった尾崎亜美からの提供曲があり、同じくフェイヴァリットであった風、吉田拓郎などのプロデュース・アレンジを手がけていた瀬尾一三が全編アレンジを手がけるというこのデビュー作は彼女にとってスペシャルすぎるものだったのではないかと思います。アメリカ西海岸ロサンゼルスでの録音です。

 木管楽器ののどかさ、ストリングスの清潔感、ドラムのフィルパターンの謎さ。安心感と豊かさに加えてトリッキーなプレイヤービリティをも感じさせる「西日うすれて」。リズムパターンやシンセサイザーの個性的な音色が楽しい「キーワードを探せ」など、アルバムを通して多面的な魅力を放っています。

 中でもやはり、アルバムの1曲目にして杏里のデビューシングル曲でもあった「オリビアを聴きながら」は、エレクトリックピアノの優しいトレモロサウンドからスタートした瞬間から永遠のスタンダードを予感させます。

 瑞々しい少女の声で歌う、“大人(未来)”の表情を閉じ込めたこの音源は、まさに後世に繋ぐべき至高のpops作品であると言わざるを得ません。

文/猪爪東風