2022年9月号|特集 再生!アナログレコード

第1回:baratti(Nagie Lane)|私が欲しいレコード・拡大版

コラム

2022.9.7


美味しいコーヒーを口にして、香りとともに大きくため息を着く時のような心地よさ。こんなサウンドを知らずに過ごしてきたのかと、少し落ち込むくらいの衝撃を覚えた。


 ボストンの地下鉄の駅名には、通りの名称がそのまま使われていることがある。海外経験のないままバークリー音楽大学に留学した僕は、ボストンに到着した12月25日、大学の様子を一目先に見ておこうと、大学の住所と同じ名前の、ボイルストン・ストリート駅に素直に降り立った。結果、真冬の0度以下、誰もいない街を30分近く歩くハメになったのである。アメリカのクリスマスの静けさが、身に染みたそんな思い出。

 そのボイルストン・ストリートに、その後足繁く通うことになるレコードショップ、ルーニー・チューンズはあった。半地下のそう広くはない店内に、倉庫のように溢れかえって積まれたレコードたち。決して綺麗な状態ではないものも多くあったが、ほとんどの商品が3ドル未満で購入できることに驚いた。

 「ヒロちゃん、ヴァイナルディグしに行こうぜ!」といつも誘ってくれたのは、monologとして日本でもアーティスト活動をしているYuki Kanesaka。同じアパートに入居していた彼は、自宅兼プライベートスタジオの中で数多のレコードに針を落とし、紹介してくれた。そして一緒にサンプリングしビートを作り(僕はほぼ見ていただけだったが笑)、その勢いで一緒にターンテーブル、アンプ、スピーカーを買いに付き合ってもらった。

 80年代のTechnics製のそれらで揃えたシステムは、それまで感じたことのない音楽の楽しみ方を教えてくれた。僕たちの幼い頃はもうCDが全盛期だった訳だが、過去のレコードがどんどんCD化されていった時代でもある。そんなCDで聴いた、例えばスティーリー・ダンやプリンスのアルバムは、どうも楽器の音の線が細く、空間が隙間だらけのような感じがして、いまいちしっくりと響いて来なかった。ところが、改めて3ドルで購入した彼らのレコードの音はどうだろう。驚くくらいはっきりと、それでいて豊潤な音色が重なった、全く違う音楽だった。美味しいコーヒーを口にして、香りとともに大きくため息を着く時のような心地よさ。こんなサウンドを知らずに過ごしてきたのかと、少し落ち込むくらいの衝撃を覚えた。

 レコードでのリスニングを最優先に制作されていた楽曲は、当然そのメディアで楽しむことが一番気持ち良いと思う。留学時代、ずっと探していて見つからなかったのが、アメリカのソウル・ミュージシャン、カーティス・メイフィールドが1980年にリリースした『Something To Believe In』。名曲「Tripping Out」が収録されているメロウネス溢れる作品だが、最後の曲の「Never Stop Loving Me」は、個人的な思い入れもあり愛してやまない楽曲。2本のギターカッティングが絡む極上のグルーヴを、レコードの音で堪能したいとずっと夢見ている。またアメリカに行く機会があれば、レコードショップの3ドルの棚から、このレコードを時間の許す限り探したい。

Curtis Mayfield『Something To Believe In』
(1980)





baratti(バラッチ)

●シティポップをアカペラで表現し、大きな注目を集めているグループ、Nagie Lane(ナギーレーン)。 昨年からテレビ朝日「関ジャム 完全燃SHOW」や「BREAK OUT」、日本テレビ「バズリズム02」などに出演。リーダー兼サウンドプロデューサーのbarattiは、ゴスペラーズのアルバム『アカペラ2』への楽曲提供や、今年6月にリリースされたゆずのアルバム『SEES』に収録されている楽曲「RAKUEN」のトークボックスを担当するなど、ポップスシーンにおいて活動の幅を広げている。2022年10月26日には2nd Album『待ってこれめっちゃ良くない?(Deluxe Edition)』をリリース。11月には東名阪ツアー「voices oNLy 2022 A/W」を開催する.


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