2022年9月号|特集 再生!アナログレコード
第1回:GINZA RECORDS & AUDIO|アナログレコードのある風景
レポート
2022.9.1
インタビュー・文/小野島大 写真/松川忍
アナログレコードは今、一過性のブームを超えて、ライフスタイルの一部になりつつある。なぜ、レコードは我々の心を捉えて離さないのか。レコード店やバー、DJたちの言葉から、その深い魅力を探る。
音楽がコモディティ化して熱中するものでなくなってきている
東京・銀座のど真ん中にユニークなミュージック・ショップがある。在庫数千枚というアナログレコードの中古盤と、ハイエンドからエントリーモデルまで揃えたオーディオ・セットを併売する「GINZA RECORDS & AUDIO」だ。有楽町・阪急メンズ東京7階にお店はある。
代表の新川宰久さんは全国の中古レコード店が参加する通販ショッピングモール「サウンドファインダー」を以前から運営しており、阪急側からアプローチを受けて当初はWEBでの展開を検討していたところ、実店舗での出店へと話が発展し、3年前に「GINZA RECORDS & AUDIO」をオープンした。
「音楽ってどんどん手軽になっているじゃないですか。簡単に、いつどこでも聴けるようになった。それは良いことなんですけど、半面、あんまり熱中するものでもなくなってきている。なんか、コモディティ化しているような気がしたんですよね。昔、僕が若い頃の遊びって、サーフィンとバイクと音楽とか、そんな3つくらいの選択肢しかなかった。今は選択肢がいっぱいあるじゃないですか。そうなると選んでもらうための工夫が絶対に必要なんです。僕はやっぱり音楽が好きでこの仕事を始めたので、最終的には音楽ファンが増えるような仕組みを作れたらいいと思っていたんです」
新川宰久さん
新川さん自身も熱心な音楽マニアで、DJとしての長いキャリアもある。しかしお店は音楽マニアを対象にはしていない、という。デパートの中のお店であり、当然、お客のほとんどはレコードや音楽だけが目当てではない。ファッションやインテリアなどを見に来たついでに「GINZA RECORDS & AUDIO」に立ち寄るようなライトな層の人たちだ。
「やっぱり、今まで見てきたような音楽マニアとは全然違う人たちがいて。でもその人たちも音楽好きなんですよね。わざわざレコード店に買いに行ったりはしなくても興味はある。そういう人たちが、洋服を熱心に選んだり買ったりしている人たちが、“俺あそこで出会ったレコードにハマっちゃって”みたいな話をしてもらえたらすごくうれしいなと思うんです。だからふだんレコード店に通っているような人たちにはうちのお店は必要ないと思います。僕もレコード店にずっと通っていたのでわかります。僕がこの店に通うかって言ったら、行かないです。なぜなら、ここのお店には売れているものしかないから」
レコードを通して新しい音楽ファンを生み出していきたい
「GINZA RECORDS & AUDIO」の品揃えの基準は、売れたもの。在庫全体の6割は定番ヒットもので、2割は最近流行っているもの、残りの2割が、お店がお勧めするレコードだという。だから誰でも知っているようなポピュラーなアーティストのアルバムがずらりと揃っている。反面、レコードマニアやコレクターが喜ぶようなレア盤はあまりない。意識的にそういう品揃えにしているのだ。
「レコードマニアってどんどん先鋭化していくので、珍しいものを探したがるんですよ。お店もそういう人たちに対応するために先鋭化していく。どのジャンルもどんどん突き詰めて求道者みたいになっちゃう。だけどそれってライトな音楽ファンにはまったく理解できない。僕はどちらかというと理解されない側だったんです(笑)。でも、理解されない側だけを相手にしても、音楽ファンは増えていかない。単に安く売るんじゃなくて、ここで買えたっていう楽しみを提供したい。そういうのも含めて演出してあげることで音楽ファンを作りたいっていうのがあるんです」
「GINZA RECORDS & AUDIO」で取り扱っているのはアナログレコードだけ。CDは1枚もない。
「僕がレコードしか聴かないからです。僕が音楽を聴き始めた時ってレコードしかなかったんですよ。あとからCDも出てきたけど、小さくて、眺めていても全然色気を感じない。でもレコードを眺めていると落ち着くんです。ぐるぐる回っているのも楽しい(笑)。ジャケットのサイズ感も含めて最高だと思うし、そういうある種のエモーショナルな音楽体験として好きなので。僕はDJをずっとやっていたので、ハウス、ヒップホップ、レゲエ……そういうダンス・ミュージックのレコードばかり買っていたから、アナログの音の良さもわかっている。レコード屋をやって良かったなと思うことは、みんなここで音楽を聴くとびっくりするんですよ。“レコードってこんな良い音がするんすか?”って。それがものすごく嬉しいんです」
「GINZA RECORDS & AUDIO」には試聴室があって、店内のレコードはすべてその場で聴くことができる。ある一定の年齢以上なら、アナログレコードの音は耳慣れたものであるはずだが、ここで聴くと新たな感動があるのだ。
「オーディオが良いんですよ。ここのお店ではTADっていう日本のオーディオ・ブランド中心に揃えています。プリンスやボズ・スキャッグス、Def Jamのリック・ルービンとか、そういう超一流のプロが使っている。アーティストがスタジオで何をやっていたかを徹底的に突き詰めているオーディオなんですよ。どういう想いであの人たちはこういう音楽を作ったのか、言わずとも目の前にふわっと立ち上がってくる感覚がある。それを聴いたお客さんはビックリするんですよね」
そこで再現されているのは高域がどうの低域がどうのという物理特性だけの世界ではなく、音楽が作られた時の空気感とかリアリティみたいなものだ。
「たとえばカーペンターズを聴くと、カレン・カーペンターの声が凄いんですよ。もう目の前で歌っているかのような臨場感がある。そこにいたミュージシャンもエンジニアも、自分の職業人生を賭けてこの声を色んな人に聴いてもらいたいって思ったはずなんです。スタジオを掃除するおばちゃんも、コーヒーを入れてくれる事務員も、目の前であの声を聴いて“うわ、いいわ~”って、凄く幸せな気持ちになったと思うんですよ。レコードってそれをお裾分けをするためのツールであって。それを良い環境で再生するモノが揃えられたら、きっと、どんな趣味より音楽が最高って言ってくれる人が増えるはずなんです」
つまり、作り手の強い想いが感じ取れるのがアナログレコードで、お店ではその良さを伝えることができるオーディオを揃えているということだ。総額1千万近いハイエンドから数万円のエントリーまで取りそろえたオーディオ・セットは、アナログレコードを良い音で聴くためにお店が自信を持って勧めるものばかりだ。有名タレントや著名ミュージシャンも顧客に名を連ねている。
「音だけだったら配信でも聴けるけど、アナログって単なる音だけじゃなくてジャケットを眺める楽しみもある。誰が参加しているか、とか知りたくないですか?(笑) お客さんと話していて、このアルバムにはこのミュージシャンが参加しているんですけど、この時に同じようなメンツでこういうアルバムも作っているんでこっちも聴いてみてください、みたいな薦め方ができて、そういう風に音楽への興味が広がっていく。でも音だけの配信だとそういう情報がとらえきれないから、次が繋がっていかない。分断された知識になってしまう。そこを繋げてあげる知恵みたいなものをここで手助けできれば良いなぁって思っています」
買い物というより無駄話をしに来てもらいたいですね
在庫レコードの陳列方法も特徴がある。「12インチ・シングル」「ジャパニーズ・ポップス」以外はすべて、新旧ジャンル関係なく全部いっしょくたにABC順に並べてあるのだ。それもお店なりの信念の反映である。
「ジャンルに関係なく聴いて欲しいから、メタリカとマイケル・ジャクソンとマイルス・デイヴィスが同じエサ箱に並んでいる。音楽って本当は自由に聴くべきものだと思うんですよ。それがジャズしか聴かない、ロックしか聴かないとかになってしまうと、その人にとっての“気づき”がなくなってしまうかもしれない。それではつまらないと思うんですよ。全ジャンルがごっちゃになると、特定のジャンルしか探してないコレクターは嫌がるかもしれない。でもそれが楽しめるなら、このお店は楽しいよと」
もちろんそうして全ジャンルごっちゃになった在庫レコードを片っ端から物色する楽しみもある。だがここでお店がお勧めするのは、店員とどんどん会話することだ。
「ここに買い物……というより、無駄話に来てもらえればいいなって思っているんです。普通レコード屋って接客しないじゃないですか。勝手に探してくれっていう。マニアもほっといてくれって人が多いし。でも最近レコードに興味がある、でもまだそんなに詳しくない、という人がここで無駄話して、レコードとの新しい出会いがあったら嬉しいじゃないですか。全然知らなくて今まで聴いたこともなかったけど、ここで聴いて新しいものに出会って次に繋がったりしたら、こんなに幸せなことはないです」
こんなお店のポリシーがあるから、開店当初はずいぶん叩かれたという。
「最初の頃はレコードマニアの人たちが何かないかなって探しに来ていたんですけど、まぁネットに悪口を書かれること(笑)。高い、(レアな掘り出しモノが)ないからつまんない、おまけに話しかけてくる、って(笑)、僕の周りのDJ連中にも言われたことがあって。でも、その時に“あ、この店、うまく行くな”って、直感で思いました。そそもそもマニアが敬遠するところからこのお店を始めているので。ここの1階の、例えばBALENCIAGAでTシャツを買った人が、ここの階に上がってきて、Tシャツと一緒にレコード一枚買って帰るだとか。そんなお客さんのイメージをしているので。レコード売り場だけ見てさっと帰るようなお客さんではなくて、いろんなものに興味を持っていて、その中の一つにレコードがある、(レコードが)生活の一部としてある、みたいな。そういうお客さんを想定しているんです。せっかく最近はレコードに興味を持ってくれる人が増えてきているので、本当にレコードの魅力が分かっているお店が手助けして、その人の趣味のど真ん中に音楽っていうのが置かれたら、きっといろんなことが変わるだろうなっていう風に思っています」
新川さんと会話して感じるのは、音楽ファンを増やしたい、裾野を広げたいという強い思いだ。それにはさまざまなやり方があるが、このお店がこれから本格的に音楽を聴こうという人にとっての“始まりの場所”のひとつであることは間違いない。
GINZA RECORDS & AUDIO
住所:東京都千代田区有楽町2-5−1 阪急メンズ東京7F営業時間:11時~20時
Twitter:@ginzarecords
Instagram:@ginzarecords
※2022年9月11日(日)13時から17時までモデル/タレントの三原勇希が一日店長を担当!
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第2回:8 1/2(ハッカニブンノイチ)|アナログレコードのある風景
レポート
2022.9.20