2022年7月号|特集 真夏のシティポップ!

【Part1】私が作るサマー・サウンド 第1回:南佳孝・前編

インタビュー

2022.7.1

インタビュー・文/金澤寿和
写真/島田香


ユートピアというか、パラダイスというか、そういう場所を想像して曲を書いた


“真夏のシティポップの代名詞”といってもいいアーティストが南佳孝だ。ジャズ、ラテン、ブラジル音楽などをポップスに取り入れてきた彼が考えるサマー・サウンドとは?夏への想いとともにじっくりと語ってもらった。

──シティポップが世界的なブームになっていますが、そういう動きをご覧になって、どう思われますか?

南佳孝 正直なところ、他人事のような感じがしますね。

──シティポップは名前の通り都会の音楽として誕生しましたが、それをサマー・リゾートと表裏一体で表現したパイオニアが佳孝さんだと思います。やはり最初は『忘れられた夏』ですよね?

南佳孝 その前は『摩天楼のヒロイン』でしたからね。あの頃は、歌謡曲かフォーク・ソングしかなくて、自分をぶつけるべきものじゃない、と思っていました。大学でちょっとジャズ・ギターを弾いている時に、友達が「はっぴいえんどがイイぜ」と言って持ってきたりとか、先輩のコンボに矢野誠さんがゲストで来たりして、その辺から始まったんですよ。そしてキャロル・キングの『Tapestry(つづれおり)』が出て、自分で曲を書いて歌うシンガー・ソングライターの流れができてきて、コンテストに出たら入賞して。それから松本隆が新人を探している、という話で、ストリングスとか入れて映画のようなアルバムを作ろうと矢野さんのアレンジで出したのが『摩天楼のヒロイン』。当時は全然売れませんでした。


南佳孝
『摩天楼のヒロイン』

1973年9月21日発売



——その後ソニーに移籍される…。

南佳孝 バイトをしながら、「どうしようか?」という時に、村井邦彦さんのアルファミュージックと作曲家契約を結んだんです。これが25歳の時。当時は駒場東大前で一人暮らしをしながら曲を書いていたんだけど、茅ヶ崎へ引っ越して。大滝(詠一)さんがいた福生にも行ったんだけど、寒くて肌が合わなかった。でも湘南はフィットしてね。妻帯者限定の物件に、「結婚予定だ」と言って住んじゃった(笑)。そこでボサノヴァの、ちょっと変わったコード進行を使って、海、夏といったテーマで曲を書いて。「静かな昼下がり」の“街はチョコレートのように溶け出して”(『忘れられた夏』収録)ってフレーズが生まれたりとか。日本じゃない、でも外国でもない。そんなユートピアというか、パラダイスというか、そういう場所を想像して曲を書いていました。


南佳孝
『忘れられた夏』

1976年9月21日発売






我が道を行くで、ずっと一人でやってきています


——ボサノヴァとかソフト・ラテンを演るようになったキッカケは何だったんですか?

南佳孝 大学で組んでいたバンドが女性のリード・シンガーで、そこでボサノヴァをコピーしたのが最初かな。茅ヶ崎へ引っ越す頃には、サンバやラテンものも積極的に聴くようになっていました。だけど当時はそちら系のレコードは全然入手できなくて。恵比寿に「中南米音楽」というお店があって、そこへレコードや楽譜を探しに行ってました。ラテンのコード進行がまだよく分からなくて、自分で曲を作りながら勉強していった感じでしたね。『摩天楼のヒロイン』のレコーディングで(鈴木)茂や小原(礼)がいた時に、「オルフェのサンバ」(ルイス・ボンファ)を一緒に軽くプレイして、「あぁ、ボサノヴァ好きなんだね〜」って話したのを覚えています。そのあとだよね。(鈴木)茂から「ソバカスのある少女」っていう曲を書いたから、ボサノヴァで歌ってくれない?と頼まれたのは(ティン・パン・アレーのアルバム『キャラメル・ママ』に収録)。きっと伏線になったんでしょうね。

——最初に聴かれたラテンやブラジルのアーティストというと?

南佳孝 最初は姉貴が買ってきたセルジオ・メンデス&ブラジル’66です。「マシュ・ケ・ナダ」や「コンスタント・レイン」あたりを聴いて、コピーし始めて。それからジャズ・フルートのハービー・マンの4曲入りコンパクト盤(今でいうEP)で、アントニオ・カルロス・ジョビンが「ワン・ノート・サンバ」を歌っているのがあって。 ギターがバーデン・パウエルでね。難しくて、全然コピーできないの。だから高校生くらいの時から、そちら方面を聴いていましたね。ビートルズとかヴェンチャーズとか、あっちにはいってないんですよ、僕は。

——じゃあ、その頃はお仲間が少なかったんでしょうね?

南佳孝 いや、今でも少ない……(笑)。我が道を行くで、ずっと一人でやってきていますから。





アルバム全体の坂本龍一のアレンジは超絶に凄かった


——3枚目の『SOUTH OF THE BORDER』はソニー期の名盤と言われています。

南佳孝 レコーディング前に、ニューヨークとL.A.に行ったんですよ。そこでティト・プエンテとか、本場のラテンを聴いて。それでひとつ殻が破れた感じがありましたね。ただ夏のアルバムを仕込んでいるのって、冬の時期なんです。だから季節から曲作りのインスピレーションを得ることは意外に少ない。でも出来上がると、自然に夏のテイストになっていますね、僕の場合は。だからあまり意識して曲を作っているワケじゃないんです。あるとすればCMだよね。例えば、3ヶ月後とか次のクールでのオンエアを意識して曲を書くという具体的な作業になるし、トロピカル・ドリンクとかサーフィンみたいな西海岸カルチャーの雑誌が人気だったから、これからそちら方面が注目されるんだろう、という読みはありました。自分としては、ただ好きなだけだったんだけど。世間ではイーグルスが人気でしたが、僕はボサノヴァ、ラテン。そういうところは極端で、好き嫌いがハッキリしていました。


南佳孝
『SOUTH OF THE BORDER』

1978年9月21日発売



——『忘れられた夏』はヘッド・アレンジのように聴こえますが、『SOUTH OF THE BORDER』になって急にスタイリッシュになった感じがあります。どのようにして作られたのですか?

南佳孝 アレンジの坂本龍一と2人で、練習スタジオを借りてキーボードの前に座って、この曲はこんな感じとか、こちらはあんな感じとか、このコード使ってどうこうとか、リズムはどうしようかって、お互いにディスカスして、いくつか細かい指定をしたんです。参考資料にレコードもたくさん貸してあげて。やっぱりラテンとかボサノヴァが多かったかな。ジョビンとかクラウス・オガーマンも入っていたと思います。それを除くと、あとは全部坂本にお任せで。そうしたらアレができてきた。想像以上でしたね。坂本も、矢野さんとやった『摩天楼のヒロイン』を聴いてくれていたみたいで、トータルに作ってみたかったんじゃないかな。

——オープニング「夏の女優」のスティール・ドラムは、佳孝さんのアイディアですか?

南佳孝 あの頃、結構流行っていたんですよ。『忘れられた夏』に入れようとしたら、正確なチューニングのパンが見つからなくて。あの楽器、メンテナンスが大変なんです。そうしたら細野さんがイイのを持っていたので、演ってもらいました。

——なるほど、そうなんですね。

南佳孝 それと「ワン・ナイト・ヒーロー」ね。彼はやっぱりクラシックの人なので、「悪いんだけど、佐藤博にピアノを頼んでいいかな?」って。同じピアニストだから、ムッとされて当然なんだけど、何も言わずに許してくれた。そうしたら佐藤君も、またすごくイイ演奏をしてくれてね。これは「やったな!」と思った。その場で坂本に「サンキュー」って御礼言いましたもん。やっぱり最適のキャスティングってあるじゃない。僕らのもっと上に、僕をソニーに誘ってくれた高久(光雄)さんっていうプロデューサーがいて、結構好きにやらせてもらってね。予算オーヴァーして、後で会社からメチャクチャ怒られたらしいけど(笑)。それからエンジニアの吉田保さん。美奈子のお兄さんね。不思議なんだけど、あの人はそれぞれのシンガーの、声の一番いいところを掴むのが上手い。エコーが長すぎる、多すぎるという人もいるけど、大滝さんも山下(達郎)も、みんなあの音が好きなんだよね。ラジオとかカー・オーディオとかで聴くと、サイコーのバランスで響くの。本当に良いメンツが揃った。大ラッキーでしたね、ワタクシは。とはいえ、アルバム全体の坂本龍一のアレンジは超絶に凄かった。

【Part2】へ続く)

南佳孝(みなみ・よしたか)

●東京都大田区出身。シンガー・ソングライター。1973年に松本隆プロデュースによるアルバム『摩天楼のヒロイン』でデビュー。’79年に発売された「モンロー・ウォーク」を郷ひろみが「セクシー・ユー」のタイトルでカバーして大ヒット。’81年、片岡義男の小説が原作の映画『スローなブギにしてくれ』の主題曲を歌い、印象的な歌いだしでヒットとなり、’91年にホンダのイメージソングとなる。オリジナルを創作するかたわら、JAZZ、ボサノヴァ、ラテンなどジャンルを超え様々なミュージシャンとのセッションも充実させている。’18年にシングル「ニュアンス」、オリジナルフルアルバム『Dear My Generation』をリリース。’19年には、’17年に発売したパーソナリティーを務めるFM COCOLO「NIGHT AND DAY」とのコラボレーション作品で、洋楽邦楽問わずさまざまな楽曲をレコーディングした究極のカヴァーアルバム『ラジオな曲たちNIGHT AND DAY』の第二弾『ラジオな曲たちII』をリリース。また、’17年に杉山清貴とライブで競演したことをきっかけにコラボアルバム『Nostalgia』を発売し抜群のハーモニーを聴かせ、好評価を得る。’20年には第二弾となる『愛を歌おう』をリリースした。’21年5月12日に鎌倉プリンスホテルにて収録された『愛を歌おうLIVE』DVD&CD、NHK〈ラジオ深夜便〉’21年4~5月「深夜便のうた」の『海へ行こうか』を3枚組で発売。ライブ活動のほか、楽曲提供、CMソングなど、またナレーションもおこなう。作家としての活動も、石川セリ、ラジ、松田聖子、沢田研二、小林克也、郷ひろみ、中森明菜、薬師丸ひろ子、高橋真梨子、内田有紀、かせきさいだぁ、鈴木みのり 等多数。


■南佳孝 松本隆を歌う「Simple Song 夏の終わりに」大阪・東京
【ゲスト】 松本隆
【メンバー】松本圭司(Pf)、住友紀人(Sax)
<大阪公演>
【日時】9月3日(土)開場16:30 開演17:00
【会場】SPACE14
【お問合せ】GREENS Tel.06-6882-1224
<東京公演>
【日時】 9月10日(土)開場15:00 開演16:00
【会場】 大手町三井ホール
【お問合せ】キャピタルヴィレッジ Tel.03-3478-9999

■南佳孝&杉山清貴SEASIDE LIVE
【メンバー】松本圭司(pf)、岡沢章(b)、島村英二(dr)
【日時】8月21日(土)開場15:30/開演16:30
【会場】鎌倉プリンスホテル バンケットホール七里ヶ浜
【お問合せ】キャピタルヴィレッジ Tel.03-3478-9999