2022年7月号|特集 真夏のシティポップ!

【Part1】夏に恋する女たち~栗本斉が語るシティポップ・レディーの魅力 第1回:大貫妙子

インタビュー

2022.7.1

インタビュー・文/大谷隆之


夏といえばシティポップ! そして麗しき歌声を聴かせるシティポップ・レディーたちを忘れるわけにはいかない。ここでは「夏に恋する女たち」と題し、6人の女性アーティストについて分析。語るのは『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』の著者であり、「otonano」編集部の栗本斉。まずはもっとも好きなシンガーのひとりだという大貫妙子からスタート!

フィクショナブルな世界観ながら、生身の歌声が残る稀有なアーティスト


──この企画では栗本さんに6人の女性シンガーを選んでいただき、“暑い夏をクールにすごす”ための名曲・名盤をレコメンドしてもらいます。まず初回は大貫妙子さん。シティポップを代表するアーティストですね。

栗本斉 そうですね。僕にとってはジャンルを超えて、一番好きな表現者のひとりでもあります。ソングライターとしても歌い手としても本当にユニークで、唯一無二の世界を創っている。今回「夏に恋する女たち」という通しタイトルも、リスペクトの気持ちを込めて、彼女の楽曲からお借りしました(笑)。

──最初の出会いっていつ頃でした?

栗本斉 けっこう遅くて、たぶん高1とか高2じゃなかったかな。80年代半ばですね。中学から高校に上がる前後って、わっと世界が弾けて、一気にいろんな音楽を聴くようになるじゃないですか。僕の場合、中学生の時に佐野元春にガツンとやられて。で、彼が参加していた『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』から大滝詠一の存在を知り、そこから山下達郎、ユーミン(松任谷由実)なんかを一気に聴き始めた。大貫さんもその流れで聴いたんだと思います。いわゆる“ヨーロッパ3部作”あたりのアルバムを、友だちからカセットテープで借りて。

──『ROMANTIQUE』(1980年)、『AVENTURE』(1981年)、『Cliché』(1982年)というヨーロッパ志向の3枚ですね。そこで彼女の魅力に目覚めたと。

栗本斉 いえ、最初はピンとこなかったんです。高校生の耳には大人すぎたというか。正直に言うとパンチが足りなかった(笑)。大貫さんのヴォーカルって、パッと聴いただけだと無色透明っぽいんですよね。例えばユーミンなんかも、決してヴィブラートをかけて歌いあげるタイプではないけど、楽曲の中で彼女の声がバンと前に出てくる快感がある。一方、大貫さんの歌はもっと器楽的っていうのかな。声も楽曲の一要素として、アレンジに組み込まれている印象があった。そこが十代の自分には食い足りなかったんだと思います。実はこの透明さこそ歌手として稀有な資質であり、彼女が意志的に選びとったスタイルなんだけど。それに気付くのは、ずっと後になってからですね。

──ちなみに、シュガー・ベイブはいかがでした?

栗本斉 達郎さんを聴くようになってから、その流れで『SONGS』を聴きましたが、当時は達郎さんのイメージの方が断然強かった。大貫さんのヴォーカル曲は「何か地味な女の人が歌っているなぁ」という印象でした。今考えると本当に申し訳ない(笑)。ちゃんと向き合うようになったのは90年代以降。大学を卒業してレコード会社に勤務してからですね。1996年頃かな、当時クラブで盛り上がりつつあった“和モノ”レア・グルーヴの文脈で、『CARAMEL PAPA: PANAM SOUL IN TOKYO』というアナログ盤が出たんですよ。いわゆるティン・パン・アレー関連の曲を集めたコンピレーションで、そこに大貫さんの「Summer Connection」と「都会」が入っていた。


V.A.
『CARAMEL PAPA: PANAM SOUL IN TOKYO』

1996年06月26日発売



──“初期シティポップ名盤”として必ず名前が挙げられる『SUNSHOWER』(1977年)の収録曲ですね。栗本さんの最新刊『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』でも取り上げられています。

栗本斉 特に「都会」には驚きました。メロウでグルーヴィーで、しかもタイトル通り都会的な感覚に溢れていて。端的に「え、大貫さんってこんな、マーヴィン・ゲイみたいな曲を歌ってたんだ!」という衝撃がありました。これは体系的にちゃんと聴かなきゃと、ディスコグラフィを順番に追っていく中で、個人的にもっともハマッたのが『ROMANTIQUE』。いろんな音楽を聴いてきた蓄積もあったんでしょうね。高校時代にはあまり響かなかったこのアルバムの素晴らしさが、いきなり胸に迫ってきて。一気にのめり込みました。


大貫妙子
『SUNSHOWER』

1977年7月25日発売



──どんなところに惹かれたんですか?

栗本斉 感覚的なものなので言葉にするのはなかなか難しいですが……音楽的な冒険と洗練度。加えて大貫妙子というシンガーの資質。この3つの要素がものすごく高次元で噛み合った傑作だということは、言えるじゃないかな。彼女の作品を語るとき、決して外せないのが坂本龍一の存在ですよね。セカンドアルバムの『SUNSHOWER』で、大貫さんは当時ほぼ無名のスタジオ・ミュージシャンだった坂本さんに全曲のアレンジを任せています。以降このコンビは、数々の名曲を生みだしていくわけです。最近海外で「4:00A.M.」がバズっている3作目の『MIGNONNE』(1978年)もいい曲が入っていますが、彼のアレンジ力がいわば大爆発するのが、先ほども話に出た“ヨーロッパ3部作”の第1弾『ROMANTIQUE』からだと、個人的には捉えていまして。


大貫妙子
『MIGNONNE』

1978年9月21日発売



大貫妙子
『ROMANTIQUE』

1980年7月21日発売



──なるほど。ただ栗本さんは著書内で、シティポップという日本発の音楽の特徴を「メロウでアーバンでグルーヴを感じられる」と説明されていますよね。それで言うとソウル/フュージョン色の感じられる『SUNSHOWER』の方が、より世間一般のシティポップ像に近かったりしませんか?

栗本斉 まったくその通りです。ただ、あくまで僕自身の印象ですが、歌い手としての本領が発揮されるのは、やっぱり『ROMANTIQUE』以降だという気がするんですよ。『SUNSHOWER』って楽曲やアレンジの完成度は申し分ないけれど、全体ではやや閉じた印象もあって。今一つ弾けきらないというか、大貫さんの歌は明確に内へ内へ向かっています。『ROMANTIQUE』ではそこが一変して、まず声の解放感がすばらしい。のびやかな歌唱が、洗練された楽曲と不可分なパーツとして機能している。これは教授の力がすごく大きいと思います。

──本作がリリースされた1980年は、YMO全盛期ですね。

栗本斉 ええ。人気もすごかったし、音楽的にもどんどんディープな方向に進み始めた時期です。例えば1曲目の「CARNAVAL」なんて、坂本さんのアグレッシブなテクノポップ色と大貫さんの可憐な声質が絶妙に混ざり合って、めちゃくちゃかっこいい。歌詞がまたいいんですよ。それまであった内省的な感覚が薄まり、あえて異国情緒を押し出した映像的な仕上がりで。ヨーロッパ映画のサウンドトラックを思わせる世界観を創っている。

──なるほど。

栗本斉 メランコリックな雰囲気の「雨の夜明け」も、加藤和彦がアレンジを手がけたドラマチックな「果てなき旅情」もそう。どの楽曲も情景が豊かで、それこそ映画を見ているのに似た趣きがある。快活なドライビング・ミュージックとは真逆だけど。想像の旅路に誘ってくれるという意味で、真夏に聴くにも最高なシティポップです。で、その洗練度がさらに増しているのが、翌年の1981年にリリースされた『AVENTURE』。5枚目のアルバムですね。


大貫妙子
『AVENTURE』

1981年5月21日発売



──本作では収録10曲の半分が坂本龍一アレンジ。他にも加藤和彦、清水信之、大村憲司、前田憲男といった錚々たるメンバーが参加しています。

栗本斉 このアルバムも本当に素晴らしい! 大貫さんでどれか1枚を選ぶとしたら、個人的にはこれを推したいです。2曲目「Samba de mar」は加藤さんのアレンジで、メロディーや楽器構成にサンバの要素を採り入れているんですが、よく聴くとリズムが全然違う。開放的な空気感とヨーロッパ的情感が同居した不思議な仕上がりで、ソングライター大貫妙子の幅広さが味わえる1曲です。続く「アヴァンチュリエール」は坂本さん。おそらくフランソワ・ド・ルーベとか、あの辺のテイストを狙ったんじゃないかと思うんですが。

──映画『冒険者たち』(1967年)や『追想』(1975年)など、ロベール・アンリコ監督とのコンビで知られるフランスの映画音楽作家ですね。

栗本斉 当時のフランス映画はサントラを含めて、日本の音楽シーンにものすごく影響を与えていると思うんですよ。加藤和彦さんや高橋幸宏さんとかね。この曲は坂本さんの弾くアコースティックピアノと、ストリングス風の音色が非常にエレガントで。前作の『ROMANTIQUE』以上に、映画的な悦びみたいなものが増している。歌詞に出てくるサントリンアイランドというのは、サントリーニ島の名前でも知られるギリシアの群島。エーゲ海の風景を巧みに詠み込みながら、男と女のアヴァンチュール(恋の冒険)が淡々と綴られます。このあたりの演出力、描写力はもう本当に絶品で、右に出る人がいない。いつ聴いてもグッときます。その他にも「グランプリ」や「La mer, le ciel」など、ヨーロッパ映画的なエスプリを味わえる曲がたくさん詰まっているのが、このアルバムの特徴ですね。タッチは軽いけれど、聴き込むとすごく深い音楽。

──蒸し暑い日本の夏をいっとき離れ、地中海に思いを馳せられる1枚(笑)。これもまた究極のリゾート・アルバムかもしれませんね。

栗本斉 いや、本当にそう思いますよ。陽射しが強い日には、ぜひエアコンを効かせた室内で、ソファーにごろんと寝転んで『AVENTURE』を聴いていただきたい。少なくとも僕にとっては、これこそが最高の夏のイメージです(笑)。

──そういえば栗本さんは『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』の中で、「シティポップはある種のファンタジーだと思う」と書いていました。よく聴くと、大貫さんの“ヨーロッパ3部作”も当てはまりますね。摩天楼や真夏のビーチといった定番のシーンとは違うけれど、聴き手のイメージの中にだけ存在する“幻影のヨーロッパ”を浮かび上がらせてくれる。

栗本斉 うん、まさに。そして、そのイマジネーションを鮮やかに喚起してくれるのが大貫さん独特のソングライティングであり、真っ直ぐな歌声だと思うんですね。しかも彼女が素晴らしいのは、フィクショナブルな世界観の中にも、ちゃんと本人の息遣いが感じとれること。薄っぺらい感情表現を注意深く退け、自分の声を器楽的アプローチで捉えていたとしても、最後の最後にはしっかり生身の歌声が残るんですよね。こういうシンガーは、本当に稀有じゃないかと。

【Part2】へ続く)


栗本斉(くりもと・ひとし)

●音楽と旅のライター、選曲家。1970年生まれ、大阪出身。レコード会社勤務時代より音楽ライターとして執筆活動を開始。退社後は2年間中南米を放浪し、帰国後はフリーランスで雑誌やウェブでの執筆、ラジオや機内放送の構成選曲などを行う。開業直後のビルボードライブで約5年間ブッキングマネージャーを務めた後、再びフリーランスで活動。2022年4月創刊のソニーミュージック運営のウェブマガジン「otonano」の編集を務める。著書に『ブエノスアイレス 雑貨と文化の旅手帖』(マイナビ)、『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS)、共著『Light Mellow 和モノ Special』(ラトルズ)他多数。最新著書『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社新書)が重版を重ね好評発売中。監修に携わったレコードジャケットを展示する「ART in MUSIC シティポップ・グラフィックス」が'22年7月16日より8月14日まで開催。