2022年6月号|特集 大江千里

大江千里オリジナル・アルバム全作レビュー:1st『WAKU WAKU』

レビュー

2022.6.1


大江千里
『WAKU WAKU』
1983年5月21日発売

配信・ダウンロード ▶

1. ワラビーぬぎすてて
2. 君はマドンナ
3. 瞳キラキラ
4. 裸足のマドモアゼル
5. ポパイ'S カレンダー
6. 海開き 山開き
7. 宵闇
8. 天気図
9. たそがれに背を向けて
10.ガールフレンド

最大の魅力である「声」が未来を予見させるデビュー作

シンガー・ソングライター時代の(と、書いてしまおう)大江千里、最大の魅力とは何か。極言すれば、それは彼の「声」そのものにある。あの人懐っこい歌声を聴くだけで、私たちは大江千里という存在を——あのチャームポイントのメガネや、楽しくもリリカルな詞世界を——思い出さずにはいられないのである。現役大学生にしてデビューを飾った本作だが、「君はマドンナ」などアマチュア時代に書き溜めていたシンプルなナンバーが中心で、のちのヒット曲で聴かれるようなフックある歌唱や技巧的転調はまだ見られない。大村憲司によるアレンジはテクノ/ニュー・ウェイヴ風味を加えているが、それはアルバム全体に迸る大江の若さと衝突しているようにも思える。けれども1曲目を飾ったデビュー曲「ワラビーぬぎすてて」で、はじけるような笑顔で歌うその声には、六甲山に降り注ぐ陽光のような温かさと親しさがあった。スターとしての未来は予見されていた。それから35年後、大江はジャズ・ピアニストとしてこの曲をセルフ・カヴァーする。そこにもう、あの「声」はない。けれども、そこに大江千里という身体が介在するかぎり、その音楽から歌が失われることは永遠にないのだろう。

文/加藤賢