2022年6月号|特集 大江千里

【Part1】名曲「Rain」をとりまくストーリー プロローグ「名曲としての運命」

解説

2022.6.1

文/兼田達矢


渡辺美里、槇原敬之、秦基博、藤井風……Jポップシーンで脈々と歌い継がれる「隠れた名曲」。


「隠れた名曲」という言い方がある。が、実際には、その曲の作り手は隠したつもりはないし、誰かが隠したこともないというケースがほとんどであるのは周知の通り。マニアックな知識を控えめに自慢するための形容詞、と受け止めるのが妥当なところだろう。大江千里の「Rain」という曲も、ある時期まではそうした形容詞を冠せられる曲の一つだったわけだが、その曲もまた他の多くの「隠れた名曲」と同様、発表当初からファンの間では熱い支持を集めていたし、もちろんどこかに隠されていたこともない。

大江千里
『1234』

1988年7月21日発売



’88年にリリースされた大江の第7作アルバム『1234』に収録されたこの曲をレコード会社の担当ディレクターが最初に聴いた時、“シングルはこの曲だな”と思ったというエピソードも伝えられているが、結果的にはこの曲がシングルとしてリリースされるのはアルバム『1234』リリースから34年後のことになる。それについてはまた後で書くが、世の中に出るタイミングでシングルカットされなかったことがその後しばらく「隠れた名曲」的運命を辿ることになった一番の理由だったことは間違いない。


『作編曲家 大村雅朗の軌跡 1951-1997』
DU BOOKS

2019年1月16日発売



そして、この曲のアレンジを担当した大村雅朗の豊かな音楽的成果を関係者への取材を積み重ねてあらためて浮き彫りにした労作書籍『作編曲家 大村雅朗の軌跡 1951-1997』のインタビューで、大村の思い出に残るエピソードを問われた大江が「例えば第三者が“<Rain>って名曲だよね”と切り出すと、その場のムードで“あれはね”と一気にダムが決壊したかのようにこだわりの箇所をつぶさにしゃべり始めるようなことが何度かあったように思います」と答えているのだけれど、それはこの曲が生まれた最初の時点からすでに大村は名曲だと思っていたということの一つの証左であるだろう。


槇原敬之
『Listen To The Music』

1998年10月28日発売



もっとも、本当の名曲というのは、不遇な時期を過ごすことはあっても、やがて正当な評価を受けることになるものだ。「Rain」の場合、その魅力が広く伝えられて、真っ当な評価を得るに至った過程で伝道師的な役割を果たした一人は槇原敬之だった。彼は、’98年に発表した自身初めてのカバー・アルバム『Listen To The Music』で取り上げただけでなく、’14年に発表した『Listen To The Music 3』で再び取り上げ、この曲に対する愛着の深さを示すとともに、この曲の魅力を彼のファンのみならず、広くポップス・ファンに印象づけた。


秦基博
「言葉の葉」

2013年5月29日発売
*カップリング「Rain」ほか収録



「Rain」が辿った運命を振り返れば、秦基博のカバー・ヒットもエポックメイクな出来事の一つだろう。’13年に公開されたアニメ映画「言の葉の庭」のイメージ・ソングとエンディング・テーマを担当した秦は、同映画の監督である新海誠のリクエストに応えてエンディング・テーマとして「Rain」をカバー。大江から見ればほぼ二世代下の秦がカバーしたこと、加えて「言の葉の庭」もヒットし、より若い世代の間にもこの曲が知れ渡ることになった。近年では、’18年に藤井風が弾き語りスタイルでのカバーをYouTubeに公開したり、21年には渡辺美里がカバー・アルバム『うたの木 彼のすきな歌』で取り上げるなど、世代や性別を超えてさらにこの曲に対する支持は広まり、また評価が高まっている。

藤井風
言の葉の庭 ED "Rain" - 大江千里(秦基博)The Garden of Words

大江自身は’08年にジャズ・ピアニストとしての活動をスタートさせ、現在もニューヨークを拠点にそうした活動を展開しているが、’18年に発表したアルバム『Boys & Girls』に「Rain」のジャズ・インスト・バージョンを収録。彼にとっても特別な1曲であることは間違いないだろう。

さて、先にも書いた通り、アルバム『1234』の収録曲として世に出てから34年の時を経て、今年5月に「Rain」はシングルとしてリリースされ、さらには6月22日にリリースされるシングル・コレクション『Senri Oe Singles』に収録される。それは、「隠れた名曲」としてではなく、本来’88年に始まるはずだった「名曲」としての運命をこの曲がたどり始めることを、我々に告げているのかもしれない。

【Part2】「歌詞に滴る雨の世界」へ続く)

大江千里
「Rain」

2022年5月22日発売
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大江千里
『Senri Oe Singles』

2022年6月22日発売
詳細は大江千里デビュー40周年プロジェクト スペシャルサイトまで
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