2022年6月号|特集 大江千里
【Part1】Life of S.O. ~ 大江千里のライフ・ストーリー プロローグ「ニューヨーク」
解説
2022.6.1
文/大窪由香
2020年に世界を覆ったパンデミック。世界中が同じタイミングで同じ災難を経験するなど、それまでに経験したことがなかった。突然できてしまった空き時間を使って、よりたくさんの情報を得ようとインターネットをチェックしていた時、ニューヨークから発信する大江千里さんのSNSに目が止まった。彼がニューヨークに渡り、ジャズピアニストとして活躍していることは知っていたが、その詳細を追っていたわけではなかった。目に鮮やかな料理や愛犬の写真、ピアノを弾く動画、近況を知らせる音声。コロナ禍のニューヨークでの日常を覗き見ているうちに、ニューヨークに渡った理由やジャズピアニストになる過程について、もっとよく知りたくなった。そこで2021年3月に発刊されたエッセイ『マンハッタンに陽はまた昇る 60歳から始まる青春グラフィティ』と3枚のアルバムを用意して、彼のニューヨーク物語にしばし没頭することにした。
『マンハッタンに陽はまた昇る 60歳から始まる青春グラフィティ』
大江千里・著/KADOKAWA・刊
2021年3月31日発売
3枚のアルバムはまるでストーリーを盛り立てる劇伴のように、エッセイで描かれたニューヨークの情景や、彼の心情を色鮮やかにしてくれた。60歳になった彼が、シンガーソングライターとしてデビューした頃を回想しながら、ジャズピアニストとして確立するまでを綴った第一章には『Boys & Girls』を。2018年9月にリリースした『Boys & Girls』は、2012年にジャズピアニストとしてデビューして以来5作目。「十人十色」や「格好悪いふられ方」などのポップス時代のヒット曲をジャズに翻訳したセルフカヴァーアルバムだ。
大江千里
『Boys & Girls』
2019年1月16日発売
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ポップスターとしてのキャリアや名声をすべて日本に置いて、ジャズピアニストになりたいという10代の頃からの夢を叶えるべく、2008年に必要最低限の荷物と最愛の相棒(愛犬ぴーす)と共に渡米してからちょうど10年経っていた。ジャズの名門校、The New School for Jazz and Contemporary Musicで4年間学び、同年7月にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストデビュー。それを機に個人レーベル“PND Records”を立ち上げ、制作にPRにと孤軍奮闘してきたが、2017年にマネージメントをつけ、周りを巻き込む広い展開で、『Boys & Girls』のリリースに勢いづけた。がむしゃらにポップス街道を駆け抜けた20代30代の頃の代表曲をジャズに翻訳するという過程は、「僕にポップミーツジャズ、ジャズミーツポップという風を興してくれた」と著書の中で語っている。日本では、オリコンのアルバムウィークリーランキング・ジャズ・クラシック他ジャンル(9/17付)で1位を獲得。ジャズピアニスト・Senri Oeの名をより広く知らしめるきっかけとなった。
大江千里
『Hmmm』
2019年9月4日発売
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エッセイの第二章は、2012年のジャズデビュー以降、このシーンでは定番でもあるジャズ・トリオのスタイルを避けてきた彼が、満を持してトリオを組むところから始まる。BGMはもちろん、2019年9月にリリースしたピアノ・トリオアルバム『Hmmm』。メンバーは、ドラマーのアリ・ホーニグとベーシストのマット・クロージー。3人はレコーディングに先駆け、2019年5月にブルーノート東京で快演。確立されたスキルとキャラクターを持つメンバーとのセッションは、共鳴する喜びと苦悩を彼に与えた。その時の熱量をそのまま『Hmmm』にパッケージした。それを引っ提げ9月に開催した、ニューヨークの名門ジャズクラブ「バードランド・シアター」でのステージは大盛況。現地のジャズファンを魅了したのだった。そして、第三章はコロナ禍のニューヨークでの生活を綴る。2020年2月からスタートしたジャパンツアーは、ソロ公演とトリオ公演を予定していたが、熊本・福岡・広島公演以降の計5公演が中止になってしまった。感染者急増のためロックダウンしたニューヨークは、街から人が消え、華やかさを失ってしまった。そんな状況の中、一人で音楽と向き合い、作り上げたのが2021年7月リリースのアルバム『Letter to N.Y.』だ。洗練されながらも、どこか多国籍な香りがする今作は、まさにニューヨークの街そのものだ。戸惑いながらもこの状況を楽しもうとしている彼の筆致を追いながら今作を聴いていると、止まってしまった街が色付き、軽快さを取り戻していく。温かいピアノの音色が、困難を乗り超える力や希望を与えてくれたようだ。ラストに収録された「Togetherness」は、ニューヨーク・AP通信が選定する「コロナ禍で作られた40曲」に選ばれた。
大江千里
『Letter to N.Y.』
2021年7月21日発売
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コロナ後の世界で彼が開く新章に期待が高まる中、2022年5月から“大江千里デビュー40年プロジェクト”が華々しくスタートした。第一弾として、クリア・ブルーの盤面が鮮やかな名曲「Rain」の7インチシングルと、『Letter to N.Y.』のアナログ盤が同時リリースされ、話題を集めている。そして、6月22日には、ポップス時代の全シングルA面楽曲を集めた初のシングルコレクション『Senri Oe Singles』がリリースされる。ヒゲのない、若かりし頃の写真を起用したジャケットを眺めていると、当時にタイムスリップしたようだ。ここからの<Life of S.O. ~ 大江千里のライフ・ストーリー>では、1983年から2007年までのシングル楽曲を収録した『Senri Oe Singles』を用意して、彼の40年の軌跡を辿っていきたいと思う。
(【Part2】「1983-1987」へ続く)
大江千里
『Senri Oe Singles』
2022年6月22日発売
詳細は大江千里デビュー40周年プロジェクト スペシャルサイトまで
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【Part2】Life of S.O. ~ 大江千里のライフ・ストーリー 「1983-1987」
解説
2022.6.8