2022年4月号|特集『NIAGARA TRIANGLE VOL.2』

【Part1】”もうひとつのトライアングル”による証言 ザ・ドキュメント・『NIAGARA TRIANGLE VOL.2』

ドキュメンタリー

2022.4.1

インタビュー・文/田中久勝


「大滝さんといえば長電話。一度かかってくると3時間(笑)」(白川隆三)


佐野元春・杉真理・大滝詠一による歴史的名盤『NIAGARA TRIANGLE VOL.2』(以下、『VOL.2』)が、発売から40年を迎えた。'22年3月21日に発売された完全生産限定盤『NIAGARA TRIANGLE VOL.2 VOX』に付属したブックレットには、参加した3者の鼎談や、佐野と杉による最新の対談などアーティスト本人による証言が収められている。ここで聞かれるアーティスト自身の言葉は、もちろん貴重なものだ。しかし、ウェブマガジン「otonano」では切り口を変え、違う側面である”もうひとつのトライアングル”から本作を検証してみたい。

それでは、大滝詠一、杉真理、佐野元春それぞれの、当時のレコード会社のプロデューサー、ディレクター氏に登場願おう。大滝については、CBS・ソニー(当時)の担当ディレクター白川隆三、杉については同じくCBS・ソニー(当時)の担当ディレクター須藤晃、そして佐野については、当時、佐野作品のアレンジやプロデュースを手がけ、『NIAGARA TRIANGLE VOL.1』に参加した伊藤銀次にインタビューを実施。”もうひとつのトライアングル”である彼らの視点から当時のアーティストを取り巻く環境や、アーティストの様子、心の内を明らかにしていき、当時の“生々しい”空気を伝えながら、この名盤をより立体的に解読していこう。

まず登場していただくのは、白川隆三氏。大滝詠一との出会いから聞かせてもらった。

「僕が出会ったときには、大滝さんは日本コロムビアとの契約が終わり、すでにCBS・ソニーで『A LONG VACATION』の制作を進めていました。最初のディレクターは須藤薫さんの担当でもあった、川端薫さんでした。僕は太田裕美さんのディレクターだったのですが、ある日、大滝さんを支えていたフジパシフィック音楽出版の朝妻一郎さんと、僕の上司の酒井政利さんから“大滝さんの担当やらない?”と言われました。確か'80年の4月頃だったと思います。だから僕は途中から担当になったのですが、その時はもう『A LONG VACATION』のオケが半分くらいできている状態でした。でもどうして僕に声がかかったのかは疑問でした。洋楽に詳しいわけでもないし、日本のポップスに詳しいわけでもなくて。作詞家の松本隆さんと'74年頃から一緒に仕事をしていたので、そういうことも含めて総合的に判断して選んでくれたのだと思っています」。

'80年11月21日には、白川が制作を担当した太田裕美のシングル「さらばシベリア鉄道」が発売されている。この曲は、ご存知の通り大滝の作品だ。白川氏と大滝は気が合って、とにかく話が尽きなかったという。


太田裕美
「さらばシベリア鉄道 / HAPPY BIRTHDAY TO ME」

1980年11月21日発売


「担当になって本当に幸せでした。大滝さんとはすごく気が合って、誕生日が同じ7月28日で、お互い地方出身という共通のアイデンティティがあったのも大きかったのかもしれません。音楽周りのことだけでなく、世の中である事件が起きるとそれに対する考え方とか、いろんなことをとにかくディスカッションして、コミュニケーションを取っていました。もう大滝さんくらいになると、音楽のことについては中途半端な知識の人が何を言っても太刀打ちできません(笑)。当時の社内のディレクターは、音楽に詳しい音楽派と、それ以外の文芸派に分かれていました。僕は完全に文芸派で、まるで音楽がダメで(笑)、最初は譜面も読めなくてね。だから、大滝さんは音楽面で僕を捉えたわけではないというのは確かです。音楽以外のところで大滝さんと通じ合ったから、トラブルもなく仕事が進められたのだと思います。僕が異動になって大滝さんの担当から外れたときは、すごい剣幕で怒って“次から契約書に人事異動のことも入れる”と言っていましたよ(笑)。それと、大滝さんといえば長電話がいい思い出です。一度かかってくると3時間は普通に話をしていました。それは井上鑑さんも同じことを言っていましたね(笑)」。


大滝詠一
『A LONG VACATION』

1981年3月21日発売



白川が「オケの状態で聴いたときから、あまりに素晴らしくて驚いた」という大滝の名盤『A LONG VACATION』が、'81年3月21日に発売される。当時のCBS・ソニー社内の反応、反響はどのようなものだったのだろうか。

「『A LONG VACATION』の販売目標の数字は、当初3万枚でした。イニシャル(初回出荷数)は数千枚で、これだけの大ヒットアルバムの最初の目標数値が“なんで3万?”とみんなに言われましたが、コロムビア時代の大滝さんの作品で一番売れたのは、〈Cider '73 '74 '75 '77〉が入っていたCMソング集『NIAGARA CM SPECIAL VOL.1』('77年)で、2万5千枚くらいでした」。


『NIAGARA CM SPECIAL VOL.1』
1977年3月25日発売
(ジャケットは2007年発売の3rd Issue 30th Anniversary Editon)



「どういうわけか、『NIAGARA TRIANGLE VOL.1』ではなくて。でもその数字を超えればカッコつけられるかなと思って、3万枚という目標を設定しました。それで、まずコアファン対策をしっかりやるということをプロモーションの柱にしました。ホワイト層に広げるというより、コアファンにしっかり売る対策を考えようと。大滝さんの作品に関しては、その考え方をずっと貫いていましたね。『A LONG VACATION』は3月に発売して、5月くらいにかなり売れ始めて、6月には月10万枚は売れるようになっていました」。

『A LONG VACATION』が売り上げを伸ばす中、6月21日にはシングル「恋するカレン / 雨のウェンズデイ」が、7月21日には限定1万枚のインストゥルメンタル集『Sing A LONG VACATION』が発売。しかしその裏ではコアファン対策を打ち出した白川と、よりマスへと販売拡大を狙うCBS・ソニー営業部との駆け引きが激しくなっていた。

「大滝さんが、『Sing A LONG VACATION』の仕様を、ヴィニールパッケージにステッカーを貼って中のレコードが外から見える1万枚の限定盤にしたいと。ジャケットにステッカーを貼る作業と、レーベルにシリアルナンバーをナンバリングする作業はとても大変でした(笑)。貫いていたコアファン対策でしたが、営業からは“全然足りない”と言われて侃侃諤諤やりあって、なんとか1万5千枚まで増やしましたが、それでも営業は“3万枚ないとやってられない”といった感じでした(笑)。僕は間に入っていましたが、大滝さんはとにかく少ない枚数で終わらせてシリアルナンバーを入れたいということに関しては絶対に譲りませんでした(笑)。でも、コアファン対策という意味では成功でしたね。今はネットでファン同士の情報交換もすぐできますが、当時は電話で“札幌の玉光堂で一桁台のシリアルナンバーが出ているらしい”とか、“名古屋はわりと大きいナンバーしか出ていない”とか盛り上がっていましたから。作品力のある『A LONG VACATION』が盛り上がっている期間だったので、さらにコアファン対策をやって、売り上げを作っていったという感じですね」。(【Part2】へ続く)




白川隆三(しらかわ・りゅうぞう)

●1943年7月28日生まれ。 '68年、CBS・ソニーの創業と同時に入社。 営業部を経て'74年に制作部に移動。 太田裕美、中原理恵などの制作を手がける。 また、大滝詠一『A LONG VACATION』、『NIAGARA TRIANGLE VOL.2』、 加藤和彦『あの頃、マリー・ローランサン』などの制作を担当。 '84年にCBS・ソニー宣伝部長を経て、EPIC・ソニー宣伝部長に就任。 '94年にSPEビジュアルワークス(現アニプレックス)を設立し、社長、会長を歴任。 2004年に退職し、九州大学ユーザーサイエンス機構の特任教授。




須藤晃(すどう・あきら)

●音楽プロデューサー・作家。1952年8月6日、富山県生まれ。'77年、東京大学英米文学科卒業後、株式会社CBS・ソニー(当時)入社。'96年より株式会社カリントファクトリー主宰。尾崎豊、村下孝蔵、浜田省吾、杉真理、玉置浩二、橘いずみ、石崎ひゅーいらを担当し、音楽制作のパートナーとして数々の名曲・名アルバムを発表。言葉(歌詞)にこだわったプロデュース・スタイルでメッセージ性の高い作品を生み出し続けている。




伊藤銀次(いとう・ぎんじ)

●1950年12月24日、大阪府生まれ。'72年にバンド“ごまのはえ”でデビュー。その後ココナツバンクを経て、シュガー・ベイブの'75年の名盤 『SONGS』(「DOWN TOWN」は山下達郎との共作)や,大瀧詠一&山下達郎との『NIAGARA TRIANGLE VOL.1』('76年)など,歴史的なセッションに参加。'77年『DEADLY DRIVE』でソロ・デビュー。以後、『BABY BLUE』を含む10数枚のオリジナル・アルバムを発表しつつ、佐野元春、沢田研二、アン・ルイス、ウルフルズなど数々のアーティストをプロデュース。『笑っていいとも』のテーマ曲「ウクウキWATCHING」の作曲、『イカ天』審査員など、多方面で活躍。