2026年10月号|特集 TOKYO CITY POP

【Part1】栗本斉(『TOKYO CITY POP -New Standard-』企画・選曲・解説)インタビュー

インタビュー

2026.10.1

インタビュー・文/加藤賢 写真/島田香


2026年9月23日、コンピレーション・アルバム『TOKYO CITY POP -New Standard-』がCDとカセットで同時発売された。CDは2枚組34曲。1枚目が【Sweet Evening】、2枚目が【Bitter Midnight】。企画・選曲・解説は栗本斉。2023年の『CITY POP STORY 〜 Urban & Ocean』に始まり、『CITY POP GROOVY ’90s -Girls & Boys-』『CITY POP STORIES -’70s & ’80s-』、そして昨年はレコード会社5社共同企画の『CROSSOVER CITY』。数多くのシティポップコンピを手がけてきた栗本斉が言う「ニュースタンダード」とは? 全4回にわたって話を聞いた。

だから同じシティポップのコンピでも、今回は立っている場所が違うんですよね(栗本)


── まず、この作品は目に入った瞬間から強烈なインパクトがあります。『TOKYO CITY POP』というタイトルがあって、永井博さんの描いた東京の夜景がある。この「TOKYO」を冠すると決めたのは、企画が先だったんですか、選曲が先だったんですか。

栗本斉 企画先行ですね。ディレクターの伊藤(健太郎/ソニーミュージック)さんから「TOKYOを冠したコンピを作ろう」という話が出たのが、そもそもの発端で。ぶっちゃけ、鳴っている音そのものは東京じゃなくてもいいんですよ。街並みだって神戸でも博多でも成立する。ただ、日本の都会の音楽の舞台としてイメージされてきたのは、やっぱり東京なんですよね。その象徴が東京タワーであり、丸の内のビル群だった。だからこの「TOKYO」に入っているのは、特定の都市としての東京というよりも、都市の象徴としての東京のイメージだと思います。

── そのイメージを一枚で担っているのが、永井博さんのイラストです。正直、初めて見たときは思わず笑ってしまいました。東京タワーとスカイツリーがこんなに近いわけがないし、後ろに山もない。

栗本斉 どこの山だよ、っていう(笑)。でもこれ、別に描き下ろしじゃないんですよ。アートワークをどうするかという話になったとき、まず前作で使わせていただいた鈴木英人さんのイラストが、やっぱり最強だと。それと並べられるのは永井さんしかいないんじゃないか、という話になったんです。


『TOKYO CITY POP -New Standard-』
2026年9月23日発売


── 永井さんというと、まず海やプールサイドの絵が浮かびます。今回は夜の街ですが。

栗本斉 そこなんですよ。今回は東京の街の音楽、しかも夜というイメージが強かった。ただ永井さん、街を描いたものも結構あるんですよね。だったらそのあたりをお借りできないかな、と。飛行機が飛んでたら最高だな、なんて適当なことも言っていました。それでご自宅にお邪魔していろいろ見せていただいたら(このイラストを見つけて)、これです、僕のイメージはこれです! と即決で。しかも伺ったら、この絵は東京オリンピックのときに海外向けに日本をアピールするために描かれたものだそうなんです。海外では目にした人がいるかもしれないけれど、日本国内ではほぼ流通していない、と。

── 永井博さんの絵で、しかも国内では出回っていないものが表に来る。それ自体がこの盤の価値ですね。

栗本斉 ええ。もともと海外の人に向けて描かれた絵であることは間違いないので、こちらの意図とそのまま重なった。探して見つけたというよりは、向こうから出てきてくれた感じでしたね。

── その絵に合わせるように、ディスクの名前もDISC1【Sweet Evening】とDISC2【Bitter Midnight】で、どちらも夜寄りです。前作が【Urban & Ocean】で空間の対比だったのに対して、今回は時間帯になっている。この2枚は、それぞれどういう役割なんでしょう。

栗本斉 DISC1は割とポップなイメージで、どちらかというと既存のシティポップのイメージに近いものを多めに入れています。DISC2のほうは、ちょっととんがっているものとか、これシティポップに入るの、みたいなものを実験的に入れた。ただ2枚に共通しているのは、このジャケットのイメージもあると思うんですけれども、基本は東京の夜のBGMみたいなものだということですね。夜景を見ながら聴くとか、首都高をドライブしながら聴くとか、あるいはクラブやバーでかかっていそうな感じとか。もちろん全部が全部夜の曲ではないんですけど、なんとなくそこを基準に選曲していきました。だからいわゆるリゾートポップスみたいなものは極力省いて、都市をテーマにした、街をテーマにしたものがメインになっています。


『シティポップ・ストーリー CITY POP STORY ~ Urban & Ocean』
2023年3月22日発売


── 栗本さんは2023年に、シティポップの定番中の定番曲を集めたコンピレーション『CITY POP STORY ~ Urban & Ocean』を制作されました。そこから3年後に、改めて「シティポップ」を冠するコンピレーションをもう一度編み直すことになった。その必然はどこにあったんでしょう。

栗本斉 裏話を言ってしまうと、これは「ニュースタンダードを作ろう」と思って始めた企画じゃないんですよ。元々はインバウンドに向けた、お土産になるようなコンピができたらいいな、というところからでした。手ぬぐいでもつけて、みたいな。かなり軽い企画だったんです(笑)。ただ、グッズをつければ売れるのか、インバウンドだけを相手にして成立するのか、と考えていくうちに引っかかってきて。ターゲットとしてインバウンドを置くのはいい。でもそれなら、中身のほうに骨子がないとダメだろう、と。そこで出てきたキーワードが「ニュースタンダード」でした。



── では、その「ニュースタンダード」という言葉は、何を指しているんでしょう。

栗本斉 『CITY POP STORY』で僕は「これがシティポップの基本だ、王道だ、この音だ」と決めたわけです。ところが今、新しいスタンダードとして海外や若い人たちに受けているのは、そこからかなりずれたものなんですよ。象徴的なのが高中さんの「トーキョー レギー」であり、大貫妙子さんの「4:00 A.M.」です。だったら、そのずれのほうを軸に一枚組んだら面白いんじゃないか。そうシフトして作ったのが、このコンピなんです。

── つまり前作が「王道はこれだ」という提示だったとすれば、今回はそこからのズレのほうを提示している。

栗本斉 そうです。だから同じシティポップのコンピでも、立っている場所が違うんですよね。

── 海外の買い手に向けて、パッケージの側ではどういう設計をされたんですか。

栗本斉 ひと目見てわかる、というところに全部を寄せました。タイトルもロゴも、あえてそこを狙っています。「TOKYO CITY POP」の文字があって、東京タワーとスカイツリーが載った永井さんの絵がある。ベタなぐらいいかにもな打ち出しなので、海外の方にはアイキャッチとして楽しんでもらえればいい。店頭でも英語のPOPは作ってもらいますが、理屈をこねて「インバウンド向けのシティポップは今これだ」とやるよりは、感覚的に手に取ってもらいたいんです。逆に、シティポップを聴いてきた人には新鮮に映るんじゃないかなと思っています。

── 収録音源についても伺わせてください。自社原盤の比率はどのくらいで、他社から借りたもののなかで、よくぞ引っ張ってこられたという曲はありますか。

栗本斉 半分くらいは自社(ソニーミュージック)原盤ですね。他社のものでいうと、やっぱり高中さんを1曲目に置けたのはデカいですよね。これは割とすんなり許可が出ました。高橋玲子さんも、今すごく話題になっている方なのでどうかなと思いつつ選んでいますし、スペクトラムや秋元薫さんのあたりも、借りられるかどうかは正直わからなかった。全部クリアできたのはよかったなと思います。

── 逆に、断られてしまうこともある。

栗本斉 断られるのはありますよ、結構。そもそも貸してくれない原盤会社もあります。ただ、コンピレーションを数多く作ってきたこともあって信頼関係ができ、以前よりもスムーズになってきたようには思います。

── ただ、コンピレーションの企画を継続的に手がけてこられて、その積み重ねで通りやすくなった部分もあるのではないですか。

栗本斉 それはあると思います。あとはメーカー同士の決まり事みたいなものが、昔に比べればだいぶ変わりました。以前は他社には貸さないのが本当に普通でしたから。それを思えば、今はコンピが作りやすい環境ではありますよね。

── CDとカセットの同時発売という形も、なかなか思い切っています。製品としての作りについても伺わせてください。前作もブックレットの解説と装丁がかなり凝っていました。

栗本斉 普段のリスニングでは、僕はフィジカルにそんなにこだわっていないんですよ。サブスクで十分ですし、仕事ならサブスクのほうが便利ですから。ただ、コレクションとして持つならいいものを持ちたい。装丁、デザイン、質感。そこはすごく大事だと思うんです。自分だったら何が欲しいかと考えたときに、ブックレットを開いてペラ一枚、曲名しか書いていなかったら冷めるじゃないですか。一言でもいいから、選曲した人間の思いなりコメントなりがあったほうが楽しい。オリジナルのジャケットも、ちゃんとカラーで入れようと。結局、自分が欲しいものを作っているんですよね。今回もブックレットは前作と同じ作りで、解説は全曲分入れています。英訳も付けようかという話はあったんですが、そこまではできませんでした。ただ今はかざすと翻訳が読めるアプリがありますし、僕自身も中国語や韓国語のものではよく使っているので、それで見てもらえればいいかなと。

(【Part2】に続く)




栗本斉 (くりもと・ひとし)
音楽と旅のライター、選曲家。ウェブマガジンotonanoエディター。1970年生まれ、大阪出身。レコード会社勤務の傍ら音楽ライターとして活動を開始。退社後は2年間中南米を放浪。帰国後はフリーランスで雑誌やウェブの執筆、ラジオや機内放送の構成選曲などを行う。開業直後のビルボードライブで約5年間ブッキングマネージャーを務めた後、再びフリーランスで活動。著書に『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社新書)、『「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社新書)、『シティポップ短歌』(伊波真人との共著・遊泳舎)などがある。『CITY POP STORY ~ Urban & Ocean』、『CROSSOVER CITY』をはじめ数多くのコンピレーションCDの企画・選曲・解説を手がけるほか、テレビやラジオなど各種メディアへの出演、トークイベントの主催なども多数行っている。