2026年9月号|特集 Chara
第1回:ベスト・アルバム『The Love Songs of Chara “Lush Life”』~新曲「Adorable」|Chara 35th Anniversary 2025-2026
スペシャル
2026.9.1
文/大窪由香

第1回:ベスト・アルバム『The Love Songs of Chara “Lush Life”』~新曲「Adorable」
Charaが歌う“愛”は、生きる力だ。それは時に強く、時に脆く、とてもしなやかで不敵だ。その愛は、いつも身体の近くにある。手に触れること、抱きしめること、キスをすること、相手の声を聴くこと。あるいは、もう会えなくなってしまった人を想うこと。甘く、柔らかく、だけど少しざらついたCharaの歌を聴いていると、目には見えないものであるはずの“愛”が、温度や手触りとして立ち上がっていく。視覚や聴覚ならば、離れていても相手を認識することができる。しかし触覚は、自分と相手(もしくは物)とがゼロ距離になるということ。触れたいと思うこと。それはとても特別な感覚だと思う。だからその声を、歌を、どんな雑音にも邪魔されることなく、独り占めしていたいと思う。
デビュー35周年イヤーに突入した2025年11月5日にリリースされた『The Love Songs of Chara “Lush Life”』は、Chara自身がセレクトした2枚組のラブソング・ベスト。ヒット曲だけを網羅するのではなく、現在もライブで大切に歌い紡いできた曲などを含めた30曲を選んだという。「私は、忘れられないほど美しくて悲しい物語を読んできた気がする。」と、今作に寄せて彼女自身が綴っていたとおり、眩いほど美しく、引き裂かれるほど切ない愛の記憶が、30曲の中でひとつのライフストーリーとして成立している。

Chara
『The Love Songs of Chara “Lush Life”』
2025年11月5日発売
DISC1は、胸を熱く焦がすような圧倒的な初期衝動と、ピュアな渇望から幕を開ける。その象徴と言えるのが、1曲目を飾るミリオンセラー・アルバムの表題曲「Junior Sweet」だ。“みつめて 手にふれてたいの”という歌い出しの歌詞が描くのは、言葉による理屈を超えた、直感的な身体性の結びつきである。そして“あたし以外は何もないんだから…”と冷蔵庫を閉める無邪気な独占欲は、二人きりの濃密な世界を求めるCharaの世界観の根幹にあるもの。この愛に対する“無邪気なスイートさ”と“狂気的と思えるほどの誠実さ”が同居するところが、彼女のラブソングがもつ最大の魅力だ。代表曲の「やさしい気持ち」では、弱さを見せるのが不器用な“なけない女”の本音を、ハスキーであどけない歌声に乗せて、リスナーの胸に突き刺してくる。「No Toy」では、愛の名を借りた支配に対する拒絶と自立心を叫び、「キャラメルミルク」では、理性の枠からあふれ出てしまう、コントロールのきかない愛のエネルギーを表現する。さらに「Break These Chain」の、嫌われてしまうかもしれないというヒリヒリとした関係性の痛みや、「Violet Blue」での“愛がだんだん見えなくなっていく”という、愛の崩壊に伴う深い喪失感へと続いていく。そして、DISC1の最後を飾るのは、未発表曲としてリリースされた「僕は残像」だ。失恋の痛みを抱えながらも、かつての愛を“かすかな残像”として静かに受け入れるこの曲は、Charaのラブソングの新しい終着点としてとても美しい。恋をしている最中の“触れたい”から、恋が終わった後の“触れた記憶”へと、愛は形を変えて身体に残っていくのだ。
DISC2に入ると、Charaが描く愛の地平はさらに広がりを見せる。恋する二人の身体から少しずつ外へと広がっていく。他者や世界、さらには不完全な自分自身までも包み込む、生きることへの肯定へと変わっていくのだ。中でも「大切をきずくもの」は、その転換期と言えるのではないだろうか。“あなたの信じてるものを 信じてる”という歌詞には、ただただ無条件に全肯定を差し出す圧倒的な優しさがある。かつてママに言われた“まじめに生きなさい”という言葉を振り返り、その愛のバトンを自らも未来に繋ごうとする視座は、この歌に圧倒的な深みを与えている。岩井俊二監督の映画『スワロウテイル』の劇中バンド、YEN TOWN BANDとして歌い、一世を風靡した名曲「Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜(REMASTERED 2015)」もまた、痛みを抱えながらも夜を乗り越えていく再生の物語へと続く、壮大な救いの歌である。さらに「レモンキャンディ」や「Tiny Tiny Tiny」のように、自分の弱さや不完全さを認めつつも、ピュアな心を守り抜くという、一貫したステートメントがある。
また、「レモンキャンディ」や「タイムマシーン」「A・O・U」といった楽曲は、各時代の先鋭的なクリエイターたちとの妥協のない音楽的挑戦の軌跡をたどることができる。その最新形と言えるのが表題曲の「Lush Life」。実子であるHIMIとの共同作詞、Seihoを共同サウンドプロデューサーに迎えた至極のラブソングだ。35年間、歌うことで愛を探求してきた彼女がたどり着いたのは、“悲しい嬉しいが混ざっててよ”と、そのすべてを豊潤な人生=Lush Lifeとして愛おしむ境地だ。

Chara
「Adorable」
2026年7月16日発売
そして、このベスト盤という豊かな土壌から新たに芽吹いたのが、2026年7月16日にリリースしたデジタルシングル「Adorable」だ。共同プロデューサーにSWING-Oを、ゲストコーラスにモトーラ世理奈を迎えたラヴァーズ・レゲエ調の軽やかなサウンドに乗せた一曲。この「Adorable」の中で歌われる詞世界は、まさに“しなやかで強い女の子”の精神が宿っている。孤独さえも自分を突き動かすエネルギーにしてしまう不敵な強さと、“欲しいのよ全部”と言いきれる愛しいほどのわがままさ。そこには自分の心をあるがままに、まっすぐに愛し抜くCharaの生き方が、軽快なステップを踏むように表現されている。
Charaの歌は、愛することの歓びも、失う痛みも、すべてを身体の記憶として残していく。だから35年を経た今も、その歌声は私たちのすぐそばにある。このアルバムを聴き終えたあと、胸の奥に残る確かな熱に触れながら、恋に似た想いを彼女に抱いてしまう。触れたいと思うこと。それは誰に対しても感じるものではない。やはり、特別な感覚なのだ。