2026年7月号|特集 渡辺美里

【Part2】|渡辺美里ヒストリー

会員限定

解説

2026.7.3

文/兼田達矢


【Part1】からの続き)

Part2:「My Revolution」~“青春のバカヤロー!”


 1986年という年を個人的な記憶も交えて振り返れば、4月1日から男女雇用機会均等法が施行されるということで、前年秋の就活戦線では意識高い系(当時そんな言葉はなかったが)な感じの女子大生たちが“男並み”の活躍を夢見て意気込んでいたけれど、世の中がそんなに簡単に変わるはずもなく、相変わらずな1年がまた始まったと思っていたら、不動産市場を中心に景気のいい話が聞こえ始め、後にバブルと呼ばれた時代に突入していった…、という感じ。当時、景気が良くなっていくことを悪く言う大人はほとんどいなかったように記憶しているが、鋭敏なティーンズならあの時代が内包していた欺瞞や危うさを感じ取っていても不思議ではないし、そもそもそれ以前に社会問題化していた校内暴力や学級崩壊はそれほど鋭敏でもないティーンズだって“こりゃ、おかしいだろ!我慢できねぇよ!”と感じていたからこその現象だったと思われる。

 そんな80年代が折り返し点を過ぎた’86年1月にリリースされた「My Revolution」は、チャート初登場10位から順調に順位を上げていき、 8週目に見事1位を獲得。美里は、2月には人気チャートテレビ番組「ザ・ベストテン」にも初出演を果たした。あの曲がヒットした理由は、小室哲哉によるメロディー、大村雅朗のアレンジ、そして川村真澄が美里との対話を通してインスピレーションを得た歌詞などなど、いろいろな角度から説明できるだろうが、そうした理由が折り重なって、この年を代表する、そして多くの音楽ファンと美里とを強く結びつける1曲になったと考えるのがおそらくは正しい。



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