2026年6月号|特集 THE MODS

【Part5】レーベルとマネージメントを兼ねたROCKAHOLICを設立|THE MODSストーリー ~45 Years~

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解説

2026.6.23

文/本田隆


【Part4】からの続き)

「周を正式メンバーにします。この4人でやります。TWO PUNKS」


 リーダー森山達也が「(このアルバムがなかったら)解散していたかもしれない」と語る、バンドにとって大きなターニングポイントになった『CLOUD 9』がリリースされたのは’98年9月。本作リリース後のバンドの疾走感は、デビュー当時とも、「激しい雨が」でブレイクした時とも、「NAPALM ROCK」でシーンの最前線へ戻った時とも違う、THE MODS(以下:モッズ)の先駆的なロックバンドとしての新たなアプローチだった。そして、このスタイルをベースに、アンティノスから『KOWLOON JUNK』(’99年)、『Paradice』(’00年)、『RISING SUN』(’01年)という3枚のアルバムを1年ごとのペースでリリースしていく。

 ミレニアムを翌年に控えた’99年のモッズは前年12月にスタートしたTOUR〈CLOUD 9.~Yea! Tip Off.〉の最終日、福岡公演(1月4日、福岡市民会館)からスタート。アルバム『CLOUD 9』が起爆剤となったこのツアーは追加公演の赤坂BLITZを含め、全国で大きな反響を得る。そして3月よりニュー・アルバム『KOWLOON JUNK』のレコーディングに入る。本作は『CLOUD 9』のエモーショナルな面をさらに追求。シングルカットされた「junk yard 九龍」のMVが香港で撮影され、トラックダウンも現地で行われたということもあり、多様なルーツを持つ人たちが暮らす香港の猥雑さやエネルギッシュな面を具現化したようなサウンド作りとなった。赤とゴールドを基調としたアルバムのアートワークも秀逸で、視覚的なイマジネーションを誘発する独創的な1枚に仕上がっている。同時期に森山は、マルチクリエイターとしても知られるエリック・コット監督の映画『DRAGON HEAT』にも出演。本作は、日本のロックンロールカルチャーを牽引し続けたファッションブランド、CREAM SODAが全面協力。東京・香港・北京を舞台にした実験色の強いロードムービーとなったが、森山にとって、この映画出演も、作品作りに向けてのインスピレーションを得る機会となった。


THE MODS
『KOWLOON JUNK』

1999年8月4日発売


 先行シングル「junk yard 九龍」は6月19日にリリース。アルバム『KOWLOON JUNK』は8月4日にリリースされた。その3日後の8月7日には『DRAGON HEAT』が日本で封切。公開日には各会場で「junk yard 九龍」のMVがフル尺で上映された。そしてモッズは〈JUNK YARD TOUR ’99〉と銘打たれたニュー・アルバム引っ提げたツアーに出る。結成20周年を目前に控えたモッズを大御所バンドと捉える見方も当時にあったが、スタンディングの会場がメインのこのツアーで発した熱量は、大御所という言葉に違和感を抱くほどの緊迫感を感じさせるものだった。香港で感じた猥雑なエネルギーを作品に反映させ、日本のストリートの最前線に持ち込む。そしてバンドとしての新たな価値観を提示する。CDで聴くのとは違う、テレビや雑誌でも伝えきれないライヴの凄さをモッズは常に発信し続けていた。これが森山の言うところの「ストリートに関わるということを絶対に忘れたくなかった」ということだろう。

 〈JUNK YARD TOUR ’99〉は全国31ヶ所で行われ、翌月にはマキシシングル「IL GARAGE」をリリース。このリリースを受けてのライヴ〈BENVENUTA IN GARAGE〉が福岡、新宿で行われる。『CLOUD 9』リリース以降、快進撃を続けたモッズの’99年はこのように幕を閉じた。そして2000年を迎え、年明け早々から森山は自身の監督作品である映画『Paradice』の撮影準備に入る。この作品はファンのアンセムとなったモッズの代表曲「TWO PUNKS」をモチーフにしたもので、撮影が極寒のこの時期に昼夜問わず行われた。3月には、この作品のサウンドトラックも兼ねたアルバム『Paradice』のレコーディングがスタート。そして、11月1日にアルバム『Paradice』がリリースされた。本作は、サウンドトラックという側面もあり、インストゥルメンタルの楽曲もあれば、ハードコアパンクを思わせる直情的な楽曲など、多面的な作品に仕上がっている。こういった部分からも人間の感情の変化や温度をサウンドとして体現させたアルバムといえるだろう。年末にはミレニアム初のツアー〈~Where “HELL” is a paradise.〉が全国6ヶ所で行われ、レコード・デビュー20周年のアニバーサリーでもある2001年を迎えることになる。


THE MODS
『Paradice』

2000年11月1日発売


 2001年は、年明け早々の東京・下北沢シネマで『Paradice』のレイトショー公開を皮切りに順次全国公開されていった。同時期には、レコード・デビュー20周年のアニバーサリーとしてリリースされる通算29枚目のニュー・アルバム『RISING SUN』のレコーディングがスタート。このアルバムのジャケットのイラストは、森山と親交の深い、元ザ・クラッシュのベーシスト、ポール・シムノンが手がけることになる。『RISING SUN』のトラックダウンは、ロンドンのマトリックスタジオで行われ、森山はこのトラックダウンの合間をぬってポール・シムノン宅を訪れ、アルバムジャケットを描いてもらったという。

 同年の4月11日には20周年を記念した企画盤として、モッズのトリビュートアルバム『〜SO WHAT〜』がリリースされた。参加アーティストは、SADS、LÄ-PPISCH、THE COLTS、SPARKS GO GO、藤井フミヤ、藤井尚之……といった音楽性はさまざまであるが、モッズを精神的支柱としている面々が集結した。そして特筆すべきは、GREEN GINI WITH MICK JONES名義で元クラッシュのギタリスト、ミック・ジョーンズが参加していることだろう。GREEN GINI WITH MICK JONESは「激しい雨が」をリメイク。ここでは森山自身も参加して、ヴォーカルを新緑。強靭なビートでアグレッシヴな展開を見せるオリジナルとは異なり、ここでは、ミックがビッグ・オーディオ・ダイナマイト時代に確立させたエコーや残響音を効果的に活かしたエレクトロ・ビートを基盤とする、ゆったりとしたリズムが特徴的だった。「何もかも 変わり始める」と80年代当時、時代の変化を示唆したリリックが、21世紀という新しい時代にも普遍的な意味をもたらしていること強烈にアピールしていた。


THE MODS
『RISING SUN』

2001年6月20日発売


 翌5月3日には、アルバム『RISING SUN』からの先行シングルとして「SPICY SPUNKY PUNK」をリリース。パンクロックの本質である刹那的なアプローチを全面的に打ち出した疾走感あふれるこの曲は、レコード・デビュー20周年というバンドの歴史すら振り切るような強いエナジーを感じさせてくれた。この約2週間後にリリースされた21枚目のオリジナル・アルバム『RISING SUN』も新たな世紀に向けて、ロックの最前線を突き進みというモッズの決意表明とも受け止められるアグレッシヴな作風となっている。



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