2026年5月号|特集 PUFFY
【Part1】PUFFYヒストリー
解説
2026.5.1
文/小川真一

Part1:PUFFYは革命だった
PUFFYはまさに革命だった。いや、革命は少し大げさかもしれないが、ともかく衝撃であった。時代にとても大きな風穴をあけたグループだった。それは“ダラダラ主義”。ラフなフリでゆるく踊ってもいい。まるで素人のように、力の抜けた歌い方でもいい。ステージに現れて、ただダラダラしているだけなのに、なぜかカッコいい。むしろ、頑張っていない感じがいい。普通っぽさそのものが魅力になる。やはりこれは革命であった。
ユルさは手抜きではない。それは当時のポップカルチャーには存在しなかった、真新しいスタイルだった。誰も思いつかない様式美であった。ゆるく出てきて、ゆるく踊って、ゆるく歌う。そして彼女たちは大スターになっていった。思えば、そのすべてが時代へのアンチテーゼだったのかもしれない。
では、PUFFYという革新的なスタイルを生み出した時代とは、いったいどんな時代だったのだろうか。彼女たちがデビューしたのは’96年。日本の音楽シーンは、“J-POP黄金期”の真っただ中にあった。ミリオンセラーが次々と生まれ、音楽番組も数多く放送され、ヒット曲が街のいたるところで流れていた時代である。
この頃のポップ・ミュージックは、完成度が重視されていた。歌は上手く、振り付けはきっちり揃い、アーティストはスターらしく振る舞う。テレビに登場する以上、どこか非日常的で、華やかな存在であることが求められていた。それは、ある意味では“見せかけ”でもかまわなかった。口パクであろうとも、プロのダンサーを補強しようとも、見栄えがよければかまわない。華やかであることがすべての美徳であり、時代はまだまだバブルの余韻に酔っていた。
こうしたポップ・ミュージックの“システム”を象徴していたのが、小室ファミリーとBeingである。小室哲哉は、最新のユーロビートのダンサブルな躍動感を最大限に活用し、安室奈美恵、globe、華原朋美、TRFの曲をヒットに導いていった。同系統のサウンドを立て続けに発信し、それ自体をヒット曲の“フォーマット”として定着させていく。その手法は、まるで催眠術のようにリスナーの感覚を塗り替える、極めて戦略的で理知的なものだった。

trf
「EZ DO DANCE」
1993年6月21日発売
長戸大幸が率いたBeingも、方法論としては近いものがあった。織田哲郎、栗林誠一郎、亜蘭知子といったプロフェッショナルなソングライターを抱え、ZARD、WANDS、T-BOLAN、DEENといったアーティストに楽曲を供給しながら、ヒット曲を次々と生み出していった。

ZARD
「負けないで」
1993年1月27日発売
このシステムは、かつてベリー・ゴーディ・ジュニアが築いたモータウン・レコードの方式ともどこか似ている。優秀な作家陣が楽曲を作り、それをさまざまなアーティストに提供することで、レーベルとして安定的にヒットを生み出していくという仕組みだ。つまり当時のJ-POPは、きわめて高度に“設計されたポップ・ミュージック”の時代だったと言えるだろう。そしてそれに、身も心も慣らされていたのである。
それからもうひとつ、90年代のJ-POPを語るうえで見逃せない傾向がある。“頑張りソング”、いわゆる応援歌の氾濫である。もちろん、こうしたタイプの楽曲はそれ以前から存在していた。たとえば、中島みゆき「ファイト!」(’83年)や、爆風スランプ「Runner」(’88年)であったかと思う。ただし80年代においては、それはあくまで楽曲のひとつのカテゴリーに過ぎなかった。それが90年代に入ると、状況は少し変わってくる。応援歌的なメッセージが、J-POPの中心的なテーマのひとつになっていったのである。
その象徴的な曲が、大事MANブラザーズバンドの’91年のヒット曲「それが大事」だ。この曲は、人生で大切なことは何かをストレートに教えてくれる。さらにそこに、生きていることが素晴らしい、といった教訓まで与えてくれる。これまでにも応援系の歌はあったのだが、ここまで親切に噛み砕いて教えてくれるのは画期的であった。

大事MANブラザーズバンド
「それが大事」
1991年8月25日発売
同じ年にヒットしたKAN「愛は勝つ」も、とても教訓的な歌だ。ここまで真摯に「愛こそすべて」と歌い上げたヒット曲は、それまであまり例がなかったのではないだろうか。なかでも印象的なのは、歌詞の冒頭で「心配ないからね」と語りかける部分だ。まるで相手を諭すように、丁寧に言葉を重ねていく。その親密な語り口こそが、多くの人の心に響いた理由だったのかもしれない。

KAN
「愛は勝つ」
1990年9月1日発売
他にも、ZARD「負けないで」、岡本真夜「TOMORROW」などがあるが、90年代のJ-POPには、「大丈夫だ」「頑張れ」と背中を押してくれる歌が次々と生まれていくことになる。
こうした“励ましの言葉”があふれる時代に登場してきたのが、PUFFYであった。Tシャツにデニムの普段着で出てきた二人は、脱力系のユニゾンで歌う。小室ファミリーなどのハイトーンで歌い上げるスタイルとは、エネルギー消費量がまったく違う。「夢や成功を信じよう」と共感を押し付けるわけでもない。この気負いのなさが、バブル後の張り詰めた空気に疲れていたリスナーに、強烈な解放感を与えたのではないだろうか。「いいんだよ、力まなくても」というメッセージは、まるで放課後の教室のような自由さを思い出させてくれた。
このような自由で開放的な空気を、オシャレに転化させていったのが、アミとユミの二人だった。彼女たち以外だったら、いくらダラダラしていても、ムーブメントにはならなかったはずだ。やはりPUFFYは革命であったのだ。
(【Part2】に続く)
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