2026年5月号|特集 PUFFY

【Part1】PUFFYスペシャル・ロングインタビュー

インタビュー

2026.5.1

インタビュー・文/大谷隆之


デビューから30年。カジュアル、自然体、脱力。さまざまな形容詞が思い浮かぶが、PUFFYは当時のJ-POPにはなかったキャラクターと音楽性で一世を風靡し、独自のスタイルを築き上げたアーティストだ。ミリオンヒットや海外進出など大きなトピックはあるが、大貫亜美と吉村由美の2人は現在に至るまで変わらずマイペースで活動を続けている。5月13日にはアナログのベスト・アルバム『30th Anniversary』をリリースし、記念ライヴも決定。この30年を振り返りながら、現在、そして今後の活動についてゆるゆると語ってもらった。

民生さんにプロデュースしてもらうことの重大さが、2人ともまったくピンときてなくて。(大貫亜美)


── 改めまして、30周年おめでとうございます! 最初のシングル「アジアの純真」がリリースされたのが’96年5月13日なので……。

大貫亜美 デビューからきっかり30年。早いですねえ。まあ正確にいうと、2人で活動しようって決めたのはその前の年なんですけど。

吉村由美 うん、同じSMA(ソニー・ミュージックアーティスツ)所属の友だち同士で。もちろんその時点では、まだPUFFYって名前もなかったですし。なんなら事務所内ですら、私たちがユニットを組んだことを知らない人が多かったんじゃないかな。

大貫亜美 ほとんど期待されてなかった私たち(笑)。

── それが「アジアの純真」から「これが私の生きる道」「サーキットの娘」「渚にまつわるエトセトラ」と4曲立て続けにミリオンヒットを放って。ファッションも含めて、時代を象徴する2人組へと駆け上がっていかれた。

吉村由美 まさに、あれよあれよという感じで。自分たちがいちばん、ピンときてなかった気がします。

大貫亜美 今もそうでしょ。30年間ずっとその感覚が続いてる。


PUFFY
『amiyumi』

1996年7月22日発売


── ちなみにデビューした当日のことって覚えていますか?

大貫亜美 あの日はNHKの『ポップジャム』っていう番組の公開収録があったんですよね。でも、あまりの緊張で詳しいことはほとんど何も覚えてない(笑)。終わった後、みんなでゴハン食べにいかなかったっけ?

吉村由美 いった、いった。マネージャーさんも一緒に、いちおう打ち上げっぽい感じでね。たしか渋谷のセンター街にあった「北の家族Z」だったと思う。

── お洒落なカフェではなくチェーンの居酒屋というのが、すごくPUFFYっぽいですね。5月13日にはアナログのベスト盤『30th Anniversary』もリリースされます。収録12曲のセレクトはお2人が担当されたとか。

大貫亜美 はい。スタッフともいろいろ意見を出し合って決めました。

吉村由美 ベストアルバムといっても、やっぱり何かしら今の自分たちが見えると嬉しいなと思って。最近のライヴでよく演奏している楽曲を中心に選んでいますね。あと個人的には、ジャケットが大きいのも嬉しいかな。CDと比べてLPって、やっぱり部屋に置いていても迫力があるじゃないですか。

── そういえば25周年のタイミングでは、セカンドアルバム『JET CD』(’98年)のアナログ盤もリリースされています。タイトルを『JET LP』に変えた2枚組仕様。レコードで聴く音はCDと違った味わいがありますか?

大貫亜美 うん、いい感じ……だったかな(笑)。正直、自分のことって普段はあまり振り返らないんですよね。ただ『JET LP』のときは、周囲の友だちがけっこう聴き込んでくれまして。「アナログレコードで聴くPUFFY、やっぱりいいよね」とか、感想を伝えてくれる人が多かったんです。あれは嬉しかったな。

吉村由美 今日現在、まだ『30th Anniversary』の現物は手もとに届いてないんですけど。どんな音が鳴って、どういうふうに聴いていただけるのか、自分たちもすごく楽しみ。


PUFFY
『JET CD』

1998年4月1日発売


── ではここからはアルバムの収録曲に触れつつ、PUFFYの30年を駆け足で振り返っていければと思います。まずざっくりした質問ですが、たまにバラエティ番組で「人生の浮き沈みをグラフにする」みたいな企画があるじゃないですか。

大貫亜美 ああ、はいはい。

── 世間的にはマイペースの印象が強いお2人ですが、当事者的にはいかがですか?

大貫亜美 浮き沈みの曲線……うーん、どうですかね。私、昔のことはどんどん忘れちゃうんですけど。たぶんPUFFYとしての活動は、基本的に“凪”だった気がするな。

── 波瀾万丈・紆余曲折というよりは、穏やかな無風状態できたイメージ?

大貫亜美 だと思います。少なくとも私自身はほとんどストレスを感じることもなく。毎日、毎時間、今と変わらない感じで過ごせてきたので(笑)。由美ちゃんはどう?

吉村由美 曲線ねぇ……私も、PUFFY的にはそこまでアップダウンはなかった気がする。もちろん忙しさの度合い自体は、時期によって変わりますよね。特に最初の何年かは本当によくテレビにも出させてもらっていたので。自分が今どこで、何をやっているのか、たまに分からなくなったりしました。で、そういう時期がひと段落し、2000年くらいから2人で海外に出かけていくようになって。そうすると親が「あなた最近ちっとも見かけないけど、大丈夫?」と心配してくれたりするわけですよ。

大貫亜美 そうそう。こっちは一生懸命働いていてもね。

吉村由美 だから、いわゆる見え方のアップダウンはそれなりにあるんだと思います。ただ当事者的にはどの年代もコンスタントに忙しくできたというか。ここ数年ずっと自分たちの好きなペースでライヴも回れていますし。何より、2人が顔を合わせない期間というのが、この30年間ほぼ存在しなかった。それは本当にありがたいなと。

大貫亜美 うん、そこだけはずっと変わらない。

── PUFFYの活動にちょっと飽きたり、気持ちが離れたりということはなかったですか? 

吉村由美 なかったんじゃない? 亜美ちゃんどう、あった?

大貫亜美 ないと思うよ。というのも、私たちの中で1つだけ決めごとがあるんですよね。それは、自分が「あまり楽しくないな」とか「ちょっとお休みしたいな」と思ったときは、必ず相手に伝えること。で、伝えられた方は理由を聞かず、ただ「オッケー!」とだけ言うこと。それがまだ1回も発動していないので、2人とも飽きてはないのかなと。

吉村由美 たしかデビューして、けっこう早い段階で決めたんだよね。PUFFYが30年も続くなんて、その頃は誰も想像してなかったから。

大貫亜美 そう。文字どおり右も左もわからない状態で、目の前の1日を乗り越えるだけで必死でした。毎日、事務所から言われた時間にスタジオ入りするじゃないですか。そしたら揃いのTシャツとジーンズが用意してあって、初めてその日の仕事内容を知るみたいな。来週のことすら想像もできませんでした。


PUFFY
『30th Anniversary』

2026年5月13日発売


── だからこそ最初の段階で、どちらかが楽しくなくなったらやめると決めたわけですね。お2人がユニットを結成したのは’95年とのことでしたが、その時点ではまだ、奥田民生さんのプロデュースでデビューするという企画は決まってなかった?

大貫亜美 全然。影も形もなかったです。

吉村由美 そもそもは同じ事務所に所属する、ただの遊び友だちだったんですよ。もっとも亜美ちゃんはもうソロデビューが決まっていて、レコーディングの話も進んでいたんですけど。私は大阪から出てきたばかりで仕事もまるでない状態。それがいつの間にか、しょっちゅう一緒に過ごすようになって。

大貫亜美 とはいえ最初はまったく会話がはずまなかったんですよ。こう見えて、2人とも極度の人見知りなので。そういえば初対面の日に、しゃぶしゃぶ屋さんに行ったじゃない? それぞれのマネージャーさんも交えて4人グループで。

吉村由美 うん、覚えている。渋谷にあったお店でしょ。

大貫亜美 この人、何を尋ねても「あ、はい」「はい」しか言わないんですよ。それでいて、野菜は取らず肉ばっかりに箸を伸ばすの! しかも私がお鍋の端っこでひそかに育てていたマロニーちゃん(春雨)までしれっと食べちゃって。なんてスゴイ女だって、呆れた記憶があります(笑)。

吉村由美 あの頃は東京が肌に合わなくて。誰に対しても心を閉じていたんだよ。

── 吉村さんは1992年、ソニー・ミュージックエンタテインメント主催の「ちょっとそこまでオーディション」で準グランプリを獲得されて。いわゆるタレントの卵として上京されたんですよね。

吉村由美 はい。だけど当時は、誘っていただいたから何となく出てきたというのが正直な気持ちで。仕事に対する熱意とか向上心とかほとんどなかったんです。しかも90年代って、東京と大阪の距離感が今よりもずっと遠かったじゃないですか。周りに友だちもいないし、仕事もまったく楽しくないし、もう帰りたいなぁって。そう思っていた矢先、やたらに話しかけてくれたのが亜美ちゃんだった。

大貫亜美 やたらって、あなた(笑)。

── じゃあ初対面のときは、こんなに打ち解けるとは思わなかった?

吉村由美 思えなかったですね、まったく。とくに私から見た亜美ちゃんは“ザ・東京の子”のイメージだったので。こっちはまだポケベルにすら加入してないのに、もうピッチ(PHS)なんかも持っていたりして。「お洒落やなぁ……絶対、仲よくなられへんわ」みたいな。

大貫亜美 ピッチって、そんなの誰でも持ってたじゃん!

吉村由美 そう? まだギリギリ十代だったから。そういう小さな違いが本気でショックだったんだよ。

── それがある時期から、急速に打ち解けていったと。

大貫亜美 なぜか急に「あ、この人は話せる」と思ったんですよね。警戒心の強い野良猫を手懐ける感覚? 「お、ようやく手の上のゴハンを食べるようになったぞ」みたいな喜びも密かに味わいつつ(笑)。気づけば週5ペースで遊ぶようになっていました。

吉村由美 野良猫って、あなた(笑)。

大貫亜美 そのうち由美ちゃんと遊んでない週2日、1人で行動するのがつまらなく思えてきまして。進んでいたソロデビューのお話は一度保留させてもらって、マネージャーさんを通して「一緒に活動させてください」と伝えてもらったんです。2人でこういう活動をしていこうというヴィジョンは全然なく、とにかく残り2日も遊びたい一心で。今にして思うと、ほんとアホな発想だと思うんですけど(笑)。

吉村由美 それがデビューの1年くらい前かな。その頃はもうサバサバして気が合う子だとわかっていましたので。亜美ちゃんに言われるがままにユニットを組んで、そこからずっと一緒にいる感じです。

── その’95年3月、ユニコーンを解散した奥田民生さんが最初のソロアルバム『29』を発表しています。さらに同年12月には2枚目のソロ『30』がリリースされている。’14年に刊行された『ラーメン カレー ミュージック』(別冊カドカワ)という民生さんの手記を読んでみると、その頃は「自分で演奏して自分で歌って、いいものができるのは当たり前」「でも人に曲をあげる場合は、意識として曲が1回自分から離れる感じになって、純粋に楽曲が評価されることになる」というモチベーションが強かったそうで。自分でそれを試してみようと思ったとき、たまたま事務所内にいたのがPUFFYの2人だったと。

大貫亜美 へえええ、民生さん的には、そういう説明をされているんだ。

吉村由美 知りませんでした。


奥田民生
『ラーメン カレー ミュージック』

2014年10月21日発行
KADOKAWA/角川マガジンズ


── 該当部分をもう少しだけ読んでみますと「で、たまたま暇そうなふたりがいた。それがPUFFY。ほんと全部たまたまなんだよね。『たまたまいますよ、ふたりほど』ってスタッフが言うから、『じゃあ、やるか』みたいな。ふたりのことは一応、知ってはいた。でも何度か会ったくらいで、どんなパフォーマンスをするかもまったくわからない」と。

大貫亜美 はははは(笑)。「たまたま」をめっちゃ強調している!

吉村由美 でも、まったくこの通りだよね。「何度か会った」と書いてくださっているけど、私はほぼ面識ゼロだったんじゃないかな。もちろん、民生さんの存在はよく知っていましたよ。中学時代からユニコーンは大好きでよく聴いていましたので。だからなおさら、同じ事務所の雲の上の人というイメージしかなくて。

大貫亜美 最初にスタッフさんから話が降りてきた際も、「へええ、そうなんだ」ぐらいの温度感だったもんね(笑)。民生さんにプロデュースしてもらうことの重大さが、2人ともまったくピンときてなくて。

吉村由美 そう。知識がなさすぎて、驚くことすらできなかった(笑)。

── もう1か所だけ、民生さんの言葉を引用してみます。「PUFFYのヤツらは何も考えてなかった。『何でもいいっス』『歌いやすいっス』『覚えやすいっス』みたいな」。このようなPUFFY評についてはいかがですか?

吉村由美 あはははは、典型的な頭悪い後輩!

大貫亜美 でも民生さん、何ひとつとしてウソはついてない(笑)。

── そして2人のために用意されたのが、民生さんと井上陽水さんが共作した「アジアの純真」だったわけですね。

(【Part2】に続く)




●PUFFY (パフィー)
大貫亜美と吉村由美の2人組。1996年、奥田民生プロデュースによるシングル「アジアの純真」でPUFFYとしてデビュー。その後、「これが私の生きる道」「サーキットの娘」「渚にまつわるエトセトラ」etc と次々にヒットを連発。全米NO.1アニメチャンネルである「カートゥーン・ネットワーク」にて、彼女たちを主人公にしたアニメ番組「ハイ!ハイ! パフィー・アミユミ」が世界110カ国以上で放送されるなど、日本のポップ・アイコンとして、世界を舞台に活動中。

Official Website : https://puffy.jp/
https://x.com/PUFFY
https://www.instagram.com/puffyamiyumi_official/
https://www.youtube.com/@PUFFYofficialSMA
https://www.tiktok.com/@puffyamiyumi_official



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