2026年4月号|特集 ナイアガラ2026

【Part1】伊藤銀次スペシャル・ロング・インタビュー|伊藤銀次が語る『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』

インタビュー

2026.4.1

インタビュー・文/荒野政寿 写真/島田香


ナイアガラ・トライアングル『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』がリリースされたのは1976年3月25日。伊藤銀次が大滝詠一と出会ってから4年弱と聞くと極めて短い期間に思えるが、その間には伊藤銀次が在籍していたごまのはえの上京、福生で日々繰り返された大滝詠一による猛特訓、ココナツ・バンクへの改名とバンド解散、シュガー・ベイブへの加入・脱退を経てバイバイ・セッション・バンドに参加……と、あまりにも多くのことが起こっていた。20代半ばまで大滝と過ごした日々からの卒業記念アルバム的な作品とも位置付けられる『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』期を掘り下げるインタビューの第一回、まずはその前夜のごまのはえ時代から語って頂いた。

大滝さんはごまのはえをキャラメル・ママに対抗できるようなところまで引き上げたいと思っていましたから(銀次)


── 銀次さんが大滝詠一さんと出会って初めて話したのが、1972年、高槻市民会館までごまのはえのライヴを大滝さんが観に行かれた日の晩だった……というのは有名な話ですが。その日はどんな会話を交わされたんでしょうか。

伊藤銀次 大滝さんとのファースト・エンカウンターは強烈で……僕らがごまのはえのプロデュースを大滝さんにお願いしたいと当時マネージャーだった福岡風太に伝えたら、興味を持ってくださってね。僕らのライブを観た後、本当はホテルに泊まる予定だったんじゃないかな。でもせっかくだからということで、当時僕が住んでいた大阪のアパートに来てくださって、結局ね、話が盛り上がって朝までですよ(笑)。お互いの好きな音楽とかについて話したんだけど、洋楽とかクレージーキャッツの話に混ざって、古い歌謡曲の話も出たんです。

── その後も大滝さんとは、福生で好きな歌謡曲の作曲家についても話されたそうですね。

伊藤銀次 ええ。僕は子供の頃から、父が聞いていた歌謡曲も耳に入ってきてましたから。でも、その中でも好きなものと、あんまり好きじゃないものに分かれるんだけど。その頃は誰が書いた曲とかまったくわからなかったけど、服部良一さんの曲が好きでした。後で考えると、当時の洋楽っぽいことを歌謡曲に取り入れられてたわけですよね。たとえば、「別れのブルース」(淡谷のり子/作曲:服部良一)にしても、ブルースというのは当時の日本人にとって相当モダンなものだったと思うんです。それをいきなり持ち込んでもバタ臭くなるから、日本人の情緒に合うように、うまく混ぜ合わせて作ったんじゃないですかね。

 いったいどういう話の展開でそうなったのかわからないけど、僕は子供の頃に聴いた「港が見える丘」とか「君待てども」(いずれも平野愛子のヒット曲)の、何か洒落てる感じが好きでね。それを大滝さんに言ったら、作者は東辰三という人で、「作曲だけじゃなくて詞も書くよ」と教えてくれて。その時に初めて、東辰三というソングライターについて知ったし、実は山上路夫さんのお父さんだということも、もちろん知りませんでした。

── 大滝さんとは洋楽やお笑いの話で意気投合したものとばかり思っていたので、歌謡曲にまで話が及んだこと、お二人とも東辰三が気になっていたという事実がとても興味深いです。

伊藤銀次 僕らは70年代当時の新しい洋楽みたいなことを日本でやろうと思ってたけど、心のどこかで過去のそういう先輩たち……洋楽的な要素を日本の音楽に取り入れてやれないかと思っていた人たちに惹かれてたんですね。

 大滝さんと服部良一について話していた時に、ごまのはえは大阪のバンドなんだから、「買物ブギー」(笠置シヅ子/作詞・作曲:服部良一)をやらないか? と提案されて。僕は面白いと思ったんですよ。だけど、メンバーに振ったら大反対されて。

── (笑)まあ、’72年頃の洋楽が好きな青年たちだったら、そう思いますよね。

伊藤銀次 やっぱり、はっぴいえんどの洗練された感じを期待して来てますから。それで大滝さんに「メンバーがあんまり盛り上がってないです」と報告して、「しょうがないな。じゃあやめよう」ということになったんですけど。でも、もしもあの時に大滝さんプロデュースで、それこそニューオーリンズ・サウンドみたいなアレンジでごまのはえが「買物ブギー」をカヴァーしてたら、また全然違う人生だったのかな、とは時々思います。




── 大滝さんの感性が早すぎますよね。ダウン・タウン・ブギウギ・バンドが「買物ブギー」を元にした「賣物ブギ」を発表するのはもっと後で、1975年でした。

伊藤銀次 全然先ですよね。大滝さんの発想ってすごくて、いつも早すぎる。それから20年以上経って、僕がウルフルズをプロデュースすることになって。大滝さんは「銀次、これはごまのはえの敗者復活戦だ」とおっしゃって、応援してくれたんですね。その流れで、「福生ストラット(パートII)」をカヴァーした「大阪ストラット(パートII)」が実現するわけですけど。ごまのはえは、どちらかというと大阪を捨てた感じになって、東京へ出て来ちゃったことに対して反省があって。大滝さんから「ウルフルズは地元の大阪を大事にしないと」とアドバイスを頂きました。

 「大阪ストラット(パートII)」を作ってる時に、大滝さんと「買物ブギー」について話したことを思い出したんですよ。その頃、ちょうどEAST END×YURIの「DA.YO.NE」(’94年)が流行っていて。歌謡曲として売れたラップの、最初のヒットですよ。面白いなと思ったけど、トータス松本はラッパーではないのでね。中途半端にラップをやるとかっこ悪いでしょ。何かないかなと考えていた時に、「買物ブギー」の〈丁度隣は八百屋さん〉から始まる、たたみかけるところを思い出したんです。


ウルフルズ
『バンザイ』

1996年1月24日発売
▲「大阪ストラット」を含むウルフルズ3rdアルバム(プロデュース:伊藤銀次)


 それでアレンジする時に、ミーターズのブレイクビーツみたいなのを作って、何小節か空けておいたんです。エンジニアとかみんな、「ここに何が入るんですか?」って訊いてくるんだけど、こればかりはやってみないとうまくいくかわかんない。ダメだったらギターソロを入れようと思ってました(笑)。

 だんだん曲が出来上がってきて、歌も入れ終わって。トータスに「買物ブギー」とか言っても知らないと思ったので、「ここに何か大阪弁で喋ってくれる?」って頼んだんです。ラップじゃない方がいい、喋ってくれと。それでトータスは「ちょっと考えさせてください」と言って、その場で書き始めて。「できました」って言うんでやり始めたら、いきなりあれですよ(笑)。書き直しなし、天才でしょ? しかも寸法もピッタリ入ってるんですよ。「何でこんなことできるの?」って訊いたら、彼は学生の頃、落語研究会にいたんです。“ブワーと行ってグワーと曲がって”なんて、上方落語の鉄板でね。それを知らなかったのでね、音楽の神様か何かが導いてくれた奇跡だと思いました。

── そうやって、ごまのはえ時代にボツになった「買物ブギー」のアイディアが20年以上経ってから役立ったわけで、本当に奇縁を感じます。

伊藤銀次 僕は大滝さんの最初のソロ・アルバムを、福岡風太が手に入れてきたラッカー盤で聴いて。それでラジオボイスになる前の「いかすぜ! この恋」を聴いてたんですよ。はっぴいえんどと言えば日本語のニューロックだったので、大滝さんのファーストを聴いて驚いた人は多かったんですけど。僕も何曲か聴いて、はっぴいえんどからもポップスの匂いを感じてはいたけど、ここまでポップス好きの人なんだなと思ったし。中でも「いかすぜ! この恋」にはビックリしたんですよね。ああいうパロディをやることと、ユーモアの精神に。


大滝詠一
『大瀧詠一』

1972年11月25日発売
▲「いかすぜ! この恋」を含む大滝詠一1stソロ


 ごまのはえが「留子ちゃんたら」という曲をシングルで出した時に、音楽雑誌のレコ評でとても真面目に捉えてくれた人がいて、「この人はきっと女性不信の人だ」とか書かれてて。そういう風に思う人もいるんだなと思いましたけど、あの歌詞はまったくのナンセンスで、意味なんて何もないんですよ。海外でも、たとえばプロコル・ハルムの「青い影」のような、謎めいた歌詞の曲はいっぱいあるわけで。それっぽくデタラメに書いても、面白いもんで意味が出てくるんですよね。そういうことをとにかくやりたかったのが「留子ちゃんたら」で、はっぴいえんどが「はいからはくち」などでやったように、言葉の音が面白い曲が作れればいいと思って書いたんです。


伊藤銀次
『POP FILE 1972-2017』

2017年11月21日発売
▲ごまのはえ「留子ちゃんたら」を含む全69曲入りCD4枚組BOX


 そういうセンスをわかってくれるのは、細野晴臣さんよりも大滝さんかなと思って、どうせ相手にもされないだろうと思ってプロデュースを依頼してみたら、幸運にも乗ってくださって。でもね、後で話を聞いたら、大滝さんがごまのはえを面白いと思ったのは「留子ちゃんたら」ではなくて、僕らが高槻のライヴで演奏した「紙ひこうきの歌」というカントリー・ロックのインストゥルメンタルだったそうです。後でアレンジを変えて「ココナツ・ホリデー」になる、原型の曲ですよ。

── 大滝さんは「紙ひこうきの歌」のポップなメロディが特に気に入ったそうですね。

伊藤銀次 そう、その日に何曲も聴いた中で、その曲のメロディが良いと思ったそうなんです。僕は中学・高校とポップス少年でしたけど、ニューロックの時代に入ってからは自分のそういう面がなかなか出せなかったんですね。その時代にポップスの要素を出すと「お前、懐メロか」なんて言ってバカにされますから。だから封印しちゃったんだけど、「紙ひこうきの歌」だけはそういうメロディが出てくる。たったそれだけのことなんです。

── 銀次さんのポップ魂を一瞬で見抜いたということですよね。

伊藤銀次 ええ、大滝さんが僕の中のポップスを引き出してくれたようなもんでね。他の曲は、あんまり良いとか言われたことはないですよ(笑)。


山下達郎・伊藤銀次・大滝詠一
『NIAGARA TRIANGEL Vol.1 50th Anniversary Edition』

2026年3月21日発売


── そしてごまのはえが福生へやって来て、大滝さんの指導のもと、リハーサルの日々が始まったわけですが。大滝さんからなかなか「合格」の声が出なかったのは、何が原因だったんでしょう?

伊藤銀次 僕らの問題で、考えが甘かったんです。大滝さんにプロデュースを依頼した時点では、「留子ちゃんたら」よりもちょっとかっこいいぐらいに仕上がればいいな、ぐらいの心づもりでしたから。ところが、東京へ行ってみたら、そんなアマチュアレベルの考えではなくて、大滝さんはごまのはえをキャラメル・ママに対抗できるようなところまで引き上げたいと思っていましたから。ハードルがめちゃくちゃ高いんですよ。それを「飛べ!」と言われた時に、飛べる人と飛べない人が出てきちゃって。僕らはそれまで友達バンドでしたからね。大滝さんの中に目指しているものがあるので、そこからメンバーチェンジが始まって、ごまのはえがココナツ・バンクに変わるわけです。

【Part2】に続く)




伊藤銀次 (いとう・ぎんじ)
●1950年12月24日、大阪府生まれ。1972年にバンド“ごまのはえ”でデビュー。その後ココナツ・バンクを経て、シュガー・ベイブの’75年の名盤 『SONGS』(「DOWN TOWN」は山下達郎との共作)や,大瀧詠一&山下達郎との『NIAGARA TRIANGLE VOL.1』(’76年)など,歴史的なセッションに参加。’77年『DEADLY DRIVE』でソロ・デビュー。以後、『BABY BLUE』を含む10数枚のオリジナル・アルバムを発表しつつ、佐野元春、沢田研二、アン・ルイス、ウルフルズなど数々のアーティストにプロデュースやアレンジで関わる。『笑っていいとも!』のテーマ曲「ウキウキWATCHING」の作曲、『イカ天』審査員など、多方面で活躍。最新ベスト『GOLDEN☆BEST 伊藤銀次 ~40th Anniversary Edition~』5月27日発売。

Official Website : https://ginji-ito.com/
https://x.com/Ginji_Ito_Offic



伊藤銀次Digital Single Works 2025-2026

伊藤銀次
「Good Night Bangkok」

2025年12月10日発売


伊藤銀次
「Thank U for the Good Time」

2026年1月26日発売


伊藤銀次
「花火の音が」

2026年2月26日発売


伊藤銀次
「April Dancer」

2026年4月8日発売





山下達郎・伊藤銀次・大滝詠一『NIAGARA TRIANGLE Vol.1 50th Anniversary Edition』Trailer Part2


NIAGARA TRIANGLE 「パレード」 オフィシャル・トレーラー