2025年12月号|特集 佐野元春 CHRISTMAS TIME IN BLUE

【Part1】佐野元春 & THE COYOTE BANDの再定義アルバム『HAYABUSA JET Ⅰ』リリース|佐野元春 45th Anniversary Year ドキュメント2025

解説

2025.12.1

文/森朋之


今、もっとも幸福な状況で佐野元春の音楽を共有していると断言したい


 2025年、佐野元春はデビュー45周年を迎えた。

 アニバーサルイヤーを彩る活動の軸になっていたのは、デビュー45周年&THE COYOTE BANDの結成20周年を記念した全国ツアー。そして、アルバム『HAYABUSA JET Ⅰ』『HAYABUSA JET Ⅱ』のリリースだ。

 さらに記念パッケージ、1994年9月に行われた横浜スタジアム公演の映像を収めたコンプリート盤(Blu-ray)『LAND HO ! LIVE AT YOKOHAMA STADIUM 1994.9.15』のリリース、各地の大型フェスやイベントへの出演、地上波のテレビ、雑誌、ラジオなどにも数多く登場するなど、精力的な活動を繰り広げてきた。筆者が佐野元春の音楽に初めて触れたのは44年前だが、2025年の動きはまちがいなく、45年のキャリアのなかもっとも多彩かつ広範囲だ。

 特筆すべきは、現在の佐野の作品、ライブの充実ぶりが幅広い音楽リスナーにしっかりと伝わっていること。佐野の活動はときに“早すぎる”ため、その意図やコンセプトが必ずしも正確に伝わらないこともあったが、45周年を巡る活動は様々な媒体を通してきちんとアナウンスされ、音楽的な評価も的確に行われているように思う。“時代が追い付いた”というクリシェを使いたくなるくらい、我々は今、もっとも幸福な状況で佐野元春の音楽を共有していると断言したい。

 2025年の最初のアクションは、1月17日に配信された「つまらない大人にはなりたくない(New Recording)」。’80年発表の2ndシングル「ガラスのジェネレーション」をザ・コヨーテバンドとともに“再定義”したヴァージョンだ。同曲のリリース時に佐野は「オリジナルを超える気持ちでチャレンジした。新旧ファンが楽しんでくれたら嬉しい」とコメントしていたが、そのビジョンが実現するまでに、長い時間はかからなかった。「つまらない大人にはなりたくない」というタイトルはもちろん、「ガラスのジェネレーション」の歌詞の一節。佐野元春の楽曲のなかでも、もっとも有名なフレーズの一つだろう。



佐野元春 & THE COYOTE BAND「つまらない大人にはなりたくない」


 筆者にとっては“初めての佐野元春”が「ガラスのジェネレーション」だった。思春期真っ只中の自分にとって、この曲の圧倒的な疾走感と「つまらない大人にはなりたくない」というパンチラインはあまりにも強烈で、当然のように大きな影響を受けた。人生の様々な分かれ道において“つまらない大人になりたくない”が大きな指針になったわけだが、その後は徐々に“自分で決めて、自律的に進んでいこう”という価値観に変わっていた。このテキストを読んでくれている方のなかにも、同じような経験をした人がいるのではないだろうか。

 個人的にも思い入れのある楽曲だからこそ、「つまらない大人にはなりたくない(New Recording)」の素晴らしさには本当に心を揺さぶられた。スタイリッシュに研ぎ澄まされたバンドサウンド、ヴォーカルの旋律を際立たせるギター、鍵盤のカウンターメロディ、そして、しっかりと抑制を効かせながら、その奥にある情熱を確かに感じさせる歌声。原曲のエッセンスをそのまま残しながら、2025年の音楽シーンにアジャスト――決して迎合ではなく、新たな価値観の提示と呼ぶべきだろう――したプロダクションは、まさに“再定義”と呼ぶにふさわしいクオリティを備えていたのだ。

 そして3月12日、ついに佐野元春&THE COYOTE BANDのニューアルバム『HAYABUSA JET Ⅰ』がリリースされた。先行配信された「Youngbloods(New Recording 2024)」「つまらない大人にはなりたくない(New Recording)」に加え、「だいじょうぶ、と彼女は言った(New Recording)」「君をさがしている(New Recording)」「約束の橋(New Recording)」などを収めた本作の大きなテーマは“元春クラシックスの再定義”。オリジナル楽曲の核はそのままに、アレンジメントや歌唱の創造的な更新はもちろん、歌詞やタイトルが変更されている曲も収録され、幅広い世代の音楽ファンに新鮮なインパクトを与えた。


佐野元春 & THE COYOTE BAND
『HAYABUSA JET Ⅰ』

2025年3月12日発売


 個人的に思い入れのあるトラックを挙げさせてもらえるなら、「自立主義者たち(New Recording)」を選びたい。’86年のリリース以来、ライヴにおいて幾度となくリアレンジされてきた楽曲だが、本作においてこの曲は、ひとつの完成形と言いたくなる領域に達していると思う。「インディビジュアリスト」という原題に、“個人主義者”ではなく“自立主義者”という言葉を充てているのも興味深い。その背景にあるのは、佐野自身の在り方。デビュー以来、派手な商業的タイアップに頼ることなく、自立した姿勢を貫いてきた姿をこの曲から感じ取っているのは、おそらく筆者だけではないはずだ。

 佐野は『HAYABUSA JET Ⅰ』に関するインタビューにも驚くほど精力的に取り組んだ。『ROCKIN’ON JAPAN』『BARFOUT!』『Mikiki/bounce』『Rolling Stone Japan』『CDジャーナル』『MUSICA』『MUSIC MAGAZINE』といった音楽メディアをはじめ、『POPEYE』『GOETHE』といったファッション/カルチャー誌、さらには週刊誌や新聞などにも登場。自らのアバターだという“HAYABUSA JET”の意味、選曲やアレンジ、レコーディングやマスタリング、THE COYOTE BANDの充実ぶりなどについて語り、このアルバムの多彩な魅力を読者に伝えた。

 若い世代に向けたメッセージも印象的だった。

「Z世代と呼ばれる若者たちに期待している。現代のシステムは明らかに行き詰まりがあり、大人たちは手をこまねいている。その状況を再定義し、動かせるのは彼らだ。彼らの耳と心に届いてほしい」(読売新聞/2025年5月24日)

「僕たちが良しとしてきた資本主義や民主主義の形が変わりつつある。『自分たちが生きる世界はこうあってほしい』と世の中を変革するのは、いつだって若い世代ですから」(中日新聞/2025年7月4日)

 といったコメントから伝わってくるのは、未来のジェネレーションに対する強い思い。様々な媒体を通して“ノスタルジーだけには終わらない”という趣旨の発言を続けている佐野だが、それは同時に、この社会の中心になる若い世代への期待にもつながっているのだと思う。

 さらにネット・ラジオ・プログラム『伊藤銀次のPOP FILE RETURNS』、FMヨコハマ『otonanoラジオ』(萩原健太)、nack5『J-POP TALKIN’NACK5』(田家秀樹)、NHK『ラジオ深夜便』をはじめ、ラジオを中心にしたプロモーションも展開。福岡、岡山、大阪、名古屋、札幌、仙台を回り、地元のメディアやラジオに数多く出演した(またウェブマガジンotonanoでも別冊企画として「Motoharu Sano45」も展開されているので、こちらもぜひチェックしてほしい)

 ジャーナルに対する真摯な態度もまた、佐野の大きな特長だ。ライターやジャーナリストともフェアに接し、率直にコミュニケーションを交わし、ときには議論も行う。SNSが行き届いた現在“批評は必要か?”という意見も散見される昨今だが、佐野は自らの作品やライブに対して、むしろ幅広い批評を求めているようにも感じられるのだ。筆者も一人の音楽ライターとして、そのスタンスに大いに励まされ、また刺激も受けていることを記しておきたい。

 音楽活動とは少し離れてしまうが、6月23日に佐野のオフィシャルFACEBOOKにポストされた〈「イラン空爆とその影響」〉も強く心に残っている。「これは遠い国の出来事ではない。私たち自身の現実でもあると思う。」というコメントもそうだが、佐野は常に社会や世界の現状を注視していて、人道主義、ヒューマニズムに則りながら、ことあるごとにメッセージを発している。それをそのまま楽曲にすることは少ないかもしれないが、デモクラシーや平和に対する真摯なスタンスもまた、我々が佐野元春というアーティストを信頼している理由なのだと思う。

 もちろん、佐野元春はただシリアスに沈んだりはしない。現実をまっすぐに見つめながら、“ちょっと未来へ行くような感覚”でスケッチし、それをとびきり魅力的なロックンロールやポップミュージックへと昇華する――それこそが佐野元春の音楽の醍醐味であり、その最新のスタイルが『HAYABUSA JET Ⅰ』なのだ。


佐野元春 & THE COYOTE BAND
『HAYABUSA JET Ⅰ 7inch Single Collection Box』

2025年5月7日発売


 5月7日には、アナログ7インチ・シングル5枚組ボックス『HAYABUSA JET Ⅰ 7inch Single Collection Box』もリリース。アルバム『HAYABUSA JET I』に収録された全10曲を7インチ・アナログ・シングルとして制作。シングル5枚、ポストカード、16頁ブックレットを特製ボックスに収納した、アナログ世代からデジタル・ネイティブ世代までを魅了する特別なパッケージとなった。まさにファン垂涎のアイテムだ。

 アルバム『HAYABUSA JET Ⅰ』は好調なセールスを記録し、前述した通り、幅広いメディアでレビュー/インタビューされ、作品のクオリティに見合った評価を獲得。ずっと彼の活動をフォローアップしている熱心なファンはもちろん、10~20代の若いリスナー、しばらく佐野の音楽から離れていた人たちを含め、多くの注目を集めるに至った。80~90年代の代表曲・ヒット曲を再定義した『HAYABUSA JET Ⅰ』は、佐野自身の再評価にもつながったというわけだ。筆者もことあるごとに“今の佐野元春のすごさ”を話したり書いたり発信してきたが、いずれも多くの共感を得られた。



佐野元春45TH ANNIVERSARY TOUR 開催日程告知ムービー


 アルバムのリリース前に発表されたアニバーサリー・ツアーも当然、大きなニュースになった。「アニバーサリー・ツアーで全国のファンに会えるのが楽しみだ。この規模での全国ツアーは最後になるかもしれないという覚悟でのぞみたい」というコメントともに発表されたのは、初日(7月5日)のさいたま市文化センター 大ホールから、最終日(12月7日)の横浜BUNTAIまでの全27公演。(その後、2026年3月に大阪城ホール、東京ガーデンシアターでの追加公演も発表された)。この記念すべきツアーで佐野元春&THE COYOTE BANDは、我々の期待を遥かに超える、本当に素晴らしいステージを繰り広げたのだった。

(【Part2】に続く)


佐野元春 & THE COYOTE BAND
『HAYABUSA JET Ⅱ』

2025年12月10日発売





▲佐野元春 with THE HEARTLAND
40周年記念盤「CHRISTMAS TIME IN BLUE ー聖なる夜に口笛吹いてー」


▲ウェブマガジンotonano Annex
佐野元春デビュー45周年スペシャル・エディション
「Motoharu Sano 45」