2025年12月号|特集 佐野元春 CHRISTMAS TIME IN BLUE
【Part1】佐野元春スペシャル・ロング・インタビュー
インタビュー
2025.12.1
インタビュー・文/萩原健太

佐野元春の「CHRISTMAS TIME IN BLUE ー聖なる夜に口笛吹いてー」の40周年記念盤がピクチャーアナログ盤とスペシャルCDとして2025年11月に発売された。クリスマス・スタンダードが誕生した1985年11月、音楽雑誌『PATi PATi』では佐野元春が表紙を飾る巻頭特集が展開。当時、インタビューを担当した音楽評論家・萩原健太が今回40年ぶりに同じテーマで取材。クリスマス・スタンダード誕生秘話、そして最新アルバム『HABUSA JET Ⅱ』を語る佐野元春の最新ロング・インタビューをお届けする──。
『VISITORS』で訪れた真冬の寒いマンハッタンの景色もこの歌の中に盛り込まれています(佐野)
── ’85年、ぼくにとってはまだ原稿を手書きしていた駆け出し時代の懐かしい記事。ちょっと恥ずかしいです(笑)。
佐野元春 いや。すごくフレッシュな記事で。
── 佐野さんのほうは単身渡米して、ほぼ1年ニューヨークで過ごし、『VISTORS』を録音して帰っていらっしゃった後。
佐野元春 はい。翌年でしたね。
── 当時のインタビューの中では、半ば冗談めかしてではありますが、『VISTORS』をリリースしたとき、少し、ファンとの間に距離ができちゃったなと感じていた、と。
佐野元春 帰国して、アルバム『VISTORS』をファンのみなさんに披露したところ、賛否両論だったんですね。かなり否定的な意見もあったので、これまずいな、と。ただ、確かにレコードとして、アルバム『VISTORS』は多少硬質なイメージが強かったけれども、ツアーを通じて、ライヴでの表現、バンドでの表現を見てもらえば大丈夫かな、という楽観的な気持ちもあった。そこで、次の年の冬、せっかくのクリスマス、みんなと分かち合えるクリスマス・ソングを出しました。

佐野元春
『VISITORS』
1984年5月21日発売
── 絶好のタイミングでしたね。
佐野元春 でもね、国内で調べてみたら、当時はまだクリスマス・ソングということでシングルを切ってる人はほとんどいなかったんですよね。アルバムの中の1曲とか、企画ものはあったんですけどもね。ただ、ぼくはやっぱりビーチ・ボーイズのクリスマス・アルバムやフィル・スペクターの有名なクリスマス・アルバムを死ぬほど聴いていたので、ぼくもソングライターとして1曲、みんなが愛してくれるクリスマス・ソングを書いてみたいなと常々思っていたんです。
── クリスマス・ソングとなると、アーティストとしてよりも、やはりソングライターとして腕が鳴る、みたいな?
佐野元春 そうなんですよ。やっぱりテーマが非常に壮大ですし。また、ソングライターとしてこれをテーマに書きたいと思ったとしても、歴史を振り返れば、すでに数百、数千のソングライターたちがクリスマスをテーマに名曲を書いているわけですから。その中で独自性を出していくっていうのは相当困難だなって思いました。
── テーマがテーマですから、ヘタを打てないというか、絶対外せないというか。いい曲書かないと許されない感じですもんね。
佐野元春 失敗したらまずい…でしたね(笑)。
── でも、結果、とても温かいクリスマス・ソングが生まれて。
佐野元春 ええ。当時ぼくはアイランド・レーベルのレコードをよく聴いていたんですが。そうすると、ポップなレゲエ・サウンドがちょうどいろいろ出てきたころで。ポリスなんかもそうでしたよね。レゲエというのはすごく魅力的なビートで。日本語との相性もいい。日本語のリズムとレゲエのリズムとはうまくフックするな、というぼくの見立てがあって、クリスマス・ソングをレゲエのビートでやってみたいというのが最初にありました。
── ちょっとトロピカルな冬の歌。いいですよね。
佐野元春 当時、ぼくのバンドはザ・ハートランドでしたから、彼らをスタジオに呼んで。レゲエの場合はベース・ラインが骨格になってきますから、まずベース・ラインを決めて。そこに古田たかしがドラムを当てはめていって。だんだんだんだん、そのようにして出来あがった曲ですね。ただ、レゲエ・ミュージックのいちばんの大事なところはミックスですよね。レゲエのミックスは他のポップ・ソングやロックンロール、R&Bなどのレコードとは違うってぼくは思っていた。特にボトムの部分とか、ね。だから、レゲエ・ミュージックを知っているエンジニアでなければ本物でないということで、スティーヴン・スタンレーという、それこそアイランド・レーベルのレゲエ・レコードをたくさんプロデュース、エンジニアリングしている彼に依頼して。それでニューヨーク、マンハッタンのエレクトリック・レディ・スタジオで落ち合って、そこでミックスしました。
── おー、ロックの名門スタジオ。
佐野元春 そうなんですよ。スタジオ・マネージャーがぼくを案内しながら、そこでレッド・ツェッペリンが録ってたとか、有名なエピソードばっかり話してくれて。すごいなと思いましたね。
── 歴史のあるスタジオって、そういう“気”が残ってたりしますよね。
佐野元春 ぼくは感じる。ぼくは『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』というアルバムを英国ロンドンのAIRスタジオで録りましたけれども。ブースの中にいて、これから歌おうと思ってたら、プロデューサーのコリン・フェアリーに、「今、MOTOがいる場所にジョン・レノンが座って、同じ格好で弾いてたよ」とか言われて。ガーンときますよね。歴史の一部なんだなっていうのを感じると、ものすごく充実した気分になります。
── きっとこのエレクトリック・レディ・スタジオでのミックスにも、エレクトリック・レディならではの何かが詰まっているんでしょうね。
佐野元春 やっぱりレコーディングというのは神秘的な作業ですから。ただ音を寄せ集めて、ベルトコンベア式に、工場で何か製品が出てくるというような様子で作られるわけはなくてね。そこで発想が発展したり、得も知れないインスピレーションが炸裂したりという場ですから。そういう神秘性を大事にしたいといつも思っている。
── しかも、クリスマス・ソングですもんね。
佐野元春 そうなんです。やっぱりスピリチュアルなレコーディングですからね。特別な思いでやってました。

佐野元春 with THE HEARTLAND
「CHRISTMAS TIME IN BLUE ー聖なる夜に口笛吹いてー」
2025年11月5日発売
完全生産限定盤|40周年記念盤|ピクチャーレコード
── 当時、この曲の歌詞も印象的でした。ありがちなクリスマス・ソングの切り口とはちょっと違って。
佐野元春 よくある、この聖なる夜をみんなで、家族とともに、または恋人とともに、静かにお祝いしようという、いわゆるクリスマス・ソングの典型ではないですけれども。でも、もう新しいジェネレーションから、クリスマスをテーマにしたいろんな切り口の曲が出てましたから。ぼくも新しい世代の切り口の線上に乗っかろうという気持ちがありましたね。
── 曲を書いたのは?
佐野元春 ニューヨークで。ちょうど『VISITORS』の制作で行っていたころ、真冬の寒いマンハッタンを写真家とふたりで歩きながら撮影していたんですけども。そのときのいろいろな街の景色なんかもこの歌の中に盛り込んでいます。必ずしも米国ニューヨークといっても、みんなが全員幸せなクリスマスを祝っているわけではなく、クリスマスの街にも浮浪者はたくさんいました。凍えている人たちもいっぱいいました。だから、アルバム『VISITORS』もそうですけども、街に暮らしてドキュメントする、スケッチするという、それがソングライターとしてのぼくがいちばん関心のあることですから。
── 寒かったでしょう?
佐野元春 いやもうね、本当に寒くて寒くて。鼻の中がもうジョリジョリ(笑)。ぼくが撮ってあげるよって、カメラマンからカメラ借りたら、人差し指がシャッターにベったりくっついちゃって離れない。あんな寒かったのはもう後にも先にもあれだけですね。それで、マンハッタンの自分の部屋にある安いピアノでこの曲を弾きながら作ってたんです。ぼくはピアノのミュートをよく使うので、作曲しながらガンガンガンとミュート・ペダルを踏んでた。それが床に当たるんですよ。そしたら下の住民が、「いい加減にしろ!」と。「ドンドンドンドン、夜中に何やってんだ!」「すみません、ミュージシャンで曲作ってました」「そんなの知るか」みたいな感じで。「出ていけ!」くらいの勢いでした。かなりへこみながら、その後も静かに作りましたけど。
── へこんで作ったクリスマス・ソング。
佐野元春 この曲にもしちょっと寂しい感じがあるとしたら、そのせいかもしれないね(笑)。
── 街の中での孤独感ですね。
佐野元春 この1年前、英国の音楽家たちが集まったバンド・エイドというユニットが「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」というチャリティ・シングルを出して、新しい世代からのクリスマスの捉え方、クリスマスという特別な日に起こっている、必ずしも幸せとは言えない世界中のストーリーのようなものを曲にして、みんなで歌おうという……。ぼくよりちょっと上、3歳、4歳ぐらい上のミュージシャンが集まってやってましたけども。そうしたところの影響もあったかと思います。
── あのころと世界の状況は変わっていないというか、もしかしたらもっと悪くなっているかもしれないですし。そういう意味ではこの40年前のクリスマス・ソングが今の時代にもまた別の形で響くかもしれませんね。
佐野元春 クリスマス・ソングのいちばんエッセンシャルなものは何かって問われたら、ぼくはヒューマニズムだと思うんですね。ですので、ヒューマニズムというのを価値のいちばん大事なところに置いたクリスマス・ソングであれば、どんなストーリーでもどんな表現でもうまくいくはずだと思ってました。
── うまくいきましたね。
佐野元春 だといいですね。山下達郎さんのクリスマス・ソングほどではないですけれども、クリスマス時期になると日本全国FMのDJが今でもかけてくれるので、すごくうれしいんです。それをファンから知らせてもらうたびに、ああ、この曲を書いてよかったなと思います。
(【Part2】に続く)
佐野元春 with THE HEARTLAND「CHRISTMAS TIME IN BLUE ー聖なる夜に口笛吹いてー」(1987.5.27 渋谷公会堂)
佐野元春 (さの・もとはる)
1956年、東京生まれ。’80年、レコーディング・アーティストとして始動。’83~’84年のニューヨーク生活を経た後、DJ、雑誌編集など多岐にわたる表現活動を展開、’92年、アルバム『SWEET 16』で日本レコード大賞アルバム部門を受賞。2004 年に独立レーベルDaisyMusicを始動し現在に至る。代表作品に『SOMEDAY』(’82)、『VISITORS』(’84)、『SWEET 16』(’92)、『FRUITS』(’96)、『THE SUN』(’04)、『ZOOEY』(’13) 、『BLOOD MOON』(’15)、『今、何処』(’22)がある。2022 年、第72 回芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

▲佐野元春 with THE HEARTLAND
40周年記念盤「CHRISTMAS TIME IN BLUE ー聖なる夜に口笛吹いてー」

▲ウェブマガジンotonano Annex
佐野元春デビュー45周年スペシャル・エディション
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