アネックス|Motoharu Sano 45

【Part8】2015-2019|Motoharu Sano 45

2025.12.1



Motoharu Sano 45


HISTORY●佐野元春ヒストリー~ファクト❽2015-2019



文/斉藤鉄平




佐野元春とザ・コヨーテバンドのサウンドを確立させた新たな代表作『BLOOD MOON』

 佐野元春がデビュー35周年を迎えた2015年。日本では団結と分断がせめぎ合う季節を迎えていた。’11年の東日本大震災の直後、人々は「絆」という言葉の下に強い共同体意識をもって団結したが、復興、とりわけ原発問題をめぐる対立が社会の亀裂を生んだ。また東アジア地域での存在感が低下する中、安全保障にも強い危機感が生まれた。第二次安倍政権は’13年に秘密保護法、’15年には集団的自衛権の行使を含めた安全保障関連法を成立させたが、反対する市民との間には強い緊張関係が生じ、国会前でのデモが連日行われていた。また差別的思想を掲げた団体による街頭活動が活発化したのもこの時期である。路上で、SNSで、人々の間の断層が可視化される時代が到来した。

 ’15年1月24日に東京日本橋三井ホールで行われたザ・コヨーテバンドのキーボード・渡辺シュンスケのコンサートにサプライズ出演した後の2月、佐野はロンドンを訪れる。目的は’89年のアルバム『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』のドキュメンタリー映像のために、共同プロデューサーのコリン・フェアリーへインタビューを行うこと。そして、ザ・コヨーテバンドと制作したニュー・アルバムのアートワークについて、グラフィック・チーム、ストーム・スタジオとのディスカッションだった。

 ストーム・スタジオは、ピンク・フロイドやミューズ、クランベリーズなどの作品で知られ、数々の名作を手がけたヒプノシスの流れを汲む、シュルレアリズム的な意匠を洗練させたシャープな表現が特徴のクリエイティブ・チームである。配信が主流となった時代に、アートワーク制作のために海外へ赴くアーティストは少なくなっていたが、佐野は「ダウンロード時代になり音楽から失われた“総合アート”としての楽しみを音楽ファンに提供するのが自らのレーベル〈DaisyMusic〉の役割であり、そのためにデザイナーと顔を合わせてアイデアを交換することが重要」というポリシーを貫き続けていた(単行本『Movilist 2015 Summer』インタビューより)。



「君がいなくちゃ」 佐野元春 & THE COYOTE BAND


 帰国後の3月4日、35周年アニバーサリーの幕開けとなる新曲「君がいなくちゃ」をリリース。佐野が16歳の頃に書いた曲をベースに、ザ・コヨーテバンドのメンバーとともに、35周年を支えたファンへのメッセージのような楽曲へと生まれ変わらせた。また、3月12日には東京・恵比寿リキッドルームにて、35周年アニバーサリー・キックオフ・パーティー〈Tonight Show Featuring Motoharu Sano〉を開催。コヨーテバンドとのライヴに加え、落語家・立川志らべの司会によるトークショーも行われ、アニバーサリー・イヤーの活動内容が発表された。

 4月からは第一弾企画として、東京・大阪のビルボードで3か月連続のマンスリーライヴ〈佐野元春 & The Hobo King Band Billboard Live ‘Smoke & Blue 2015’〉がスタート。メンバーは古田たかし、Dr.kyOn、井上富雄のザ・ホーボー・キング・バンドに、チェリストの笠原あやの。ザ・ハートランド時代からホーボー・キング期の楽曲を中心に、この編成ならではのアコースティックなアレンジで披露し、成熟した大人のファンに贅沢な時間を届けた。



「境界線」 佐野元春 & THE COYOTE BAND


 4月22日には、3か月連続新曲リリースの第二弾として「境界線」を発表。読売新聞社140周年を記念したドキュメンタリーCMのために制作され、新聞記者や編集者、配達員を含むジャーナリズムに携わるすべての人々へ捧げた楽曲である。この曲をリリースした直後の5月7日、佐野は沖縄・辺野古地区を訪問。「境界線」というタイトルとともに、沖縄基地問題に対する問いをSNSに投稿した。この発信は地元紙でも報じられ、批判的な意見も含め大きな反響を呼んだ。それに対して佐野は「沖縄基地問題は自分がこの国で生きる上で重要な問いだと思っている。日々、見て感じたことを心に留め、それを言葉や音楽に代えて表現する――それがソングライターだ」と応答した(公式Facebookより)。

 そして7月22日、前作『ZOOEY』から2年ぶりとなる新作アルバム『BLOOD MOON』をリリース。ヒリつく時代の空気に呼応しながら、佐野元春とザ・コヨーテバンドのサウンドを確立させた、佐野の新たな代表作である。

 2011年の東日本大震災からの5年間で、国のかたちが急速に変わっていくという緊迫感は、多くの新しい表現を生み出す土壌にもなった。東京西部を中心としたムーヴメントである“東京インディー”からは、cero『My Lost City』、シャムキャッツ『AFTER HOURS』などの傑作が生まれた。90年代から活動を続けるアーティストからは、七尾旅人『リトルメロディ』、サニーデイ・サービス『Popcorn Ballads』、ECD『Three Wise Monkeys』といった作品が、そして佐野と同世代のサザンオールスターズは「ピースとハイライト」をリリースした。さらに、大友良英、遠藤ミチロウ、和合亮一が中心となったプロジェクトFUKUSHIMA!や、宇川直宏が主宰するDOMMUNEの活動が活発化したことも、そうした流れのひとつと言っていいだろう。一方その反作用として「政治に音楽を持ち込むな」というフレーズが叫ばれ出したのもこの時期である。


佐野元春 & THE COYOTE BAND
『BLOOD MOON』


 安保法制への反対活動を主導した学生団体・SEALDs(自由と民主主義の学生緊急行動)とともに国会前に立った坂本龍一らとは一線を画し、佐野は直接的にこうしたムーヴメントにコミットすることはなく、本作においても、特定の政治的メッセージが掲げられているわけではない。しかし、2016年10月にジョー横溝がローリングストーン日本版に寄稿した「SEALDsはなぜここまで嫌われたのか」という論考テクストにおいて“SEALDsは嫌われたんじゃない、怖がられたんだ、いつの時代でも、自由な存在を怖がる連中がいる”というフレーズで締めくくられる一篇の詩を寄せたことからは、若者たちの活動に対する一定のシンパシーが伺える。

 とはいえ、80年代からポリティカル・ソングを書いてきた佐野が今作において試みたのは、イデオロギーや社会的立場による分断を超えて、一人ひとりの人間の真実に迫り、新しい普遍を描くことだろう。その強い意思がこの作品を傑作たらしめていることは間違いない。そのために、目の前の巨大な断層を直視する必要がある。先行シングルでありアルバム冒頭を飾る曲のタイトルが「境界線」となったのも、その表れのひとつと言えるのではないか。

 音楽的基調となるのは、佐野とコヨーテバンドが9年近い歳月をかけて作り上げてきた、豊かにしてシャープなロックンロールとソウルのリズムだ。そこに、社会とそこに生きる人々を深く見つめる佐野の言葉が分かちがたく融合することで、2015年という時代にしか生まれ得ないコンテンポラリーでありながら、オーセンティックな風格を備えたアルバムとなっている。



「紅い月」 佐野元春 & THE COYOTE BAND




「優しい闇」 佐野元春 & THE COYOTE BAND


 前半の「紅い月」「優しい闇」で描かれる、かつて高く掲げた理想が大きな力の前に打ち砕かれていく様は、リスナー一人ひとりの人生のイシューであると同時に、漂流する戦後民主主義や国際協調主義にも重ね合わせることができるだろう。海辺の休日を描いたラテン・ロック「バイ・ザ・シー」にも、その背景に社会で強いられる絶え間ない緊張と圧力が感じられる。また「本当の彼女」は、佐野なりのフェミニズムへの共感を示したものとも読める。こうした点から本作を、国会前や辺野古の海岸、日本全国のあらゆる路上に立つプロテスターたちのスケッチとして捉えることも可能だ。しかし、佐野のソングライターとしての卓越した視点と技術は、こうしたジャーナルな視点を濃く感じさせながらも、どの時代に聴いても生きる者の全ての背中を支える普遍的な力を持たせるところにある。つまり、イデオロギーや時代性を超えた「人間の核」に対するメッセージを描くことができるということだ。「紅い月」で「夢は破れてすべてが壊れてしまった」と残酷な現実を言い切った後に続く「もう振り向くことはないよ 人生は短い」というフレーズの説得力は、30年以上にわたり音楽シーンの変革者として多くの勝利と挫折を経験してきた佐野だからこそ発せられるものだ。



「キャビアとキャピタリズム」 佐野元春 & THE COYOTE BAND


 そしてこのアルバムのもうひとつのクライマックスは、「誰かの神」から「空港待合室」へと続く、佐野元春のディスコグラフィの中でも最もダイレクトな肉体性と怒りを感じさせるファンク/ガレージ・ロックの迫力だ。特に、2012年に逝去した吉本隆明に捧げた詩に、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンをも彷彿とさせるヘヴィ・ファンクのリズムを与えた「キャビアとキャピタリズム」の重低音は、彼が常に最前線に立つ覚悟を持った表現者であることを痛烈に感じさせる。社会的イシューを作品へと昇華させることは、佐野にとって80年代からの重要なテーマのひとつだが、本作はそのピークのひとつである。

 8月3日の浜松・窓枠を皮切りに行われた『BLOOD MOON』のリリース・ツアー〈佐野元春&THE COYOTE BAND 2015 サマーツアー〉として全国9か所のライヴハウスで、この作品の熱をオーディエンスにダイレクトに伝えるとともに、各地のロックフェスやイベントにも積極的に出演。5月の横浜・赤レンガ倉庫での〈GREENROOM FESTIVAL ’15〉を皮切りに、〈SLOW LIVE ’15 in 池上本門寺〉〈RADIO BERRY ベリテンライヴ2015 Special」〈THE ROCK FACTORY〉、そして日本最大級のロックフェスのひとつ、北海道・石狩湾新港での〈RISING SUN ROCK FESTIVAL 2015 in EZO〉にもザ・コヨーテバンドとともに初出演した。

 さらにソロとしては、8月21・22日に東京国際フォーラムで開催された〈松本隆 作詞活動45周年記念 風街レジェンド2015〉に出演。松本隆、鈴木茂、細野晴臣というはっぴいえんどのメンバーとともに、大瀧詠一への追悼を込めて「はいからはくち」を、そして伊藤銀次・杉真理とともに「A面で恋をして」を演奏した。この模様は10月25日、TOKYO FM 45周年記念特別番組「風をあつめて〜風街レジェンド2015 LIVE at 東京国際フォーラム」としてオンエアされた。この公演を終えた佐野は、松本隆とはっぴいえんど宛てに「蜜柑色したヒッピーに捧げて」という詩的なメッセージを送っている(公式Facebookより)。

最前線のアーティストとして走り続けることを誓った35周年を通過

 そして12月5日の京都KBSホールから、35周年の本編ともいうべき全国12公演の〈佐野元春35周年アニバーサリー・ツアー 佐野元春 & THE COYOTE GRAND ROCKESTRA〉がスタート。ザ・コヨーテ・グランド・ロッケストラと命名されたこのツアーのためのスペシャルバンドは、コヨーテバンドのメンバーに加えて、長田進、Dr.kyOn、大井‘スパム’洋輔、山本拓夫セクションという総勢10名からなる大編成。千秋楽は’16年3月27日の東京国際フォーラム ホールA。



「バイ・ザ・シー」 佐野元春 & THE COYOTE GRAND ROCKSTRA


 「シュガータイム」から始まった前半は80年代の代表曲が中心。そして中盤からはザ・コヨーテバンドと制作した直近3作のナンバーが演奏された。クラシックはザ・コヨーテバンドの演奏とコーラスにより当時と同じ瑞々しさをもって再現し、最新作はグランド・ロッケストラの演奏により厚みと迫力を増し、佐野が今も最前線にいることを証明した。そして『BLOOD MOON』が加わったことによりさらに厚みを増したセットリストから伝わるのは、社会をシビアに見つめながらも、夢と希望、そして人間としての優しさを手放さない、佐野元春というアーティストの一貫したアティチュードだろう。「いつかどこかで、僕の曲を発見してくれて、僕を支えてくれたみんなに感謝したい。女の子たちは学生服の人もいて、男の子たちは似合っているんだか似合っていないんだか分からない服を着て僕のロックンロールに夢中になって歌ったり踊ったりしていた。それは奇跡だと思います。いろんなことがあって、生き抜いて、どうにかサヴァイヴしてきた。そのことをみんなもっと誇りに思っていいと思うよ」と35年を支えたファンに感謝を述べた。そしてこの日はちょうど60歳を迎えた直後のライヴだったが「60歳とか35周年とか、そんなのはただの数字だ」とこれからも最前線のアーティストとして走り続けることを誓った。

 この年は12月22・23日には東京・EX THEATER ROPPONGIで〈2015 ロッキン・クリスマス〉、大晦日には幕張メッセでの〈COUNTDOWN JAPAN 15/16〉に出演。アニバーサリー・イヤーを力強く駆け抜けた。

 ’16年1月5日、12日、’15年9月から半年限定でTBSラジオ『SOUND AVENUE 905』枠にて復活していた『元春レイディオ・ショー』の特別番組として、「伊藤銀次、杉真理、佐野元春が贈る新春DJトライアングル」が2週にわたって放送された。第1週はNIAGARA TRIANGLEに縁の深い楽曲を、第2週はそれぞれのルーツとも言うべきオールディーズを中心に選曲された。同番組は予定通り3月に終了したが、7月20日と27日には、ソニーミュージックが運営するネットラジオにて、“元春レイディオ・ショー『THIS! 2016』OTONANOスペシャル”が配信された。これは、8月10日に約20年ぶりに開催されるライヴイベント〈THIS!〉に合わせて制作されたもので、共演者である中村一義とGRAPEVINEの特集が組まれた。イベントは東京国際フォーラム ホールAで、前述の2組に佐野元春&ザ・コヨーテバンドを加えた3組で開催。なお、選挙権年齢が20歳から18歳に引き下げられたことを記念し、18歳と19歳の学生・社会人が無料招待された。このプレゼントの意図について佐野は、「若い世代の声が政治を動かせるようになった。そのことを大人たちはもっと祝福してもいいと思った」と語っている。

 その直後の8月21日には、アンダーワールドとレディオヘッドがヘッドライナーを務めた日本最大の都市型洋楽フェス〈サマーソニック2016〉大阪会場に初出演。コヨーテバンドとともに、最新作『BLOOD MOON』の楽曲からデビュー曲「アンジェリーナ」までを披露した。9月には小坂忠氏のデビュー50周年記念イベント〈小坂忠 Debut 50th Anniversary ~Let the GOOD TIME’s ROLL~〉に出演。さらに、9月29日からは恒例のビルボードツアー〈佐野元春 & The Hobo King Band Billboard Live ‘Smoke & Blue 2016’〉を、ザ・ホーボー・キング・バンドのメンバーにチェロ奏者・笠原あやのを加えた編成で敢行した。また11月5日には、MONGOL800主催の沖縄野外フェス〈MONGOL800 ga FESTIVAL What a Wonderful World!!16〉に佐野元春&ザ・コヨーテバンドとして出演している。

 こうしたライヴ活動に加え、6月からはザ・ホーボー・キング・バンドを中心としたメンバーによるセルフカヴァー・アルバムの制作を開始。10月からはザ・コヨーテバンドとの新作アルバムのレコーディングにも着手。 11月11日には、佐野元春&ザ・コヨーテバンドによる最新3トラックEP『或る秋の日』がiTunes Storeでリリースされた。タイトル曲「或る秋の日」は、のちの「クロエ」にも通じる上質なラヴソング。オープニングの「新しい雨」は軽快なロックンロールで、「私の人生」はスペクター・サウンドに乗せて日常の尊さを歌ったナンバーである。重厚な社会的メッセージを放っていた『BLOOD MOON』とは対照的に、ポップ色の濃い作品となった。

 12月21日にはソニーから『BACK TO THE STREET』『HEARTBEAT』『SOMEDAY』の3タイトルのアナログ盤が再リリース。マスタリングを前田康二、カッティングはバーニー・グランドマンが手がけた重量盤。

 これを記念した佐野と長門芳郎氏のトークショーも’16年1月9日にタワーレコード渋谷店で開催された。長門氏はシュガーベイブやティン・パン・アレイのマネージャー、南青山の伝説のレコード店・パイド・パイパー・ハウスの店長を務めた音楽業界の生き字引。佐野がザ・ホーボー・キング・バンドとともにウッドストックで録音した『THE BARN』では豊富な人脈を活かしてコーディネーターを務めた。同じく12月21日には3月に東京国際フォーラムで開催された35周年アニバーサリー公演を収録した映像作品『35周年アニバーサリーツアー・ファイナル 佐野元春&ザ・コヨーテ・グランド・ロッケストラ』が発売。それを記念して東京・立川シネマシティで〈「35周年アニバーサリーツアー・ファイナル」極上音響上映会 + ゲスト佐野元春プレミア上映会〉を開催。12月30日には〈ROCKIN’ON PRESENTS COUNTDOWN JAPAN 16/17〉に出演し、アニバーサリー・イヤーを過ぎてもなおライヴ、レコーディング、そしてアーカイヴ作業に意欲的に取り組んだ一年を締め括った。

意のままに願いを叶える宝、『MANIJU』への道

 ’17年3月25日。大阪フェスティバルホールにおいて、前年に続き〈THIS! オルタナティブ 2017〉が開催された。ラインナップは佐野元春&ザ・コヨーテバンドに加え、アジアン・カンフー・ジェネレーションの後藤正文のソロプロジェクト・Gotch & The Good New Times、サニーデイ・サービス、カーネーション、中村一義、七尾旅人の6組。いずれも90年代から活躍してきたアーティストだが、この時点ではその多くがインディペンデント・レーベルに活躍の場を移していた。’04年に自らのレーベルDaisyMusicを設立していた佐野と近しい道を選んだと言えるだろう。佐野はイベントの開催にあたり「彼らに共通するのはタフだということ。80年代、90年代にデビューして、自分のやり方で曲を書き、創作における自分の権利を守り、誰が文句を言っても自分のスタイルを貫き、賞賛されるべき音楽を鳴らしてきた」と出演者を紹介している。このインディー・シーンから生まれた新しい表現に対する共感は、次作以降のアルバムにも反映されていくことになる。 

 〈THIS!〉から10日後の4月4日、東京・TSUTAYA O-Eastにおいて、佐野元春 & 井上鑑ファウンデーションズによる〈佐野元春スポークンワーズ・ライヴ「In Motion 2017 -変容」〉が開催された。メンバーは井上鑑を中心に、高水健司、山木秀夫、金子飛鳥の4人。久々のスポークンワーズのライヴだが、これはニューヨークで開催されるアート・イベント「Not Yet Free」のためのウォーム・アップを兼ねていた。ニューヨークへ渡った佐野はブロンクスに滞在。井上鑑と金子飛鳥に加えて、ポール・サイモンのアルバム『グレイスランド』に参加した南アフリカのベースプレイヤー・バキーティ・クマーロ、ドラムのロドニー・ハリス、フルートのアンダース・ボストロムをメンバーに迎えた特別編成でのリハーサルを重ねた。そして4月28日、ニューヨークのヴェニューLE POISSON ROUGEで、7篇の日本語詩によるスポークンワーズのライヴを敢行。異なる言語での表現にも関わらず、会場から大きな反応を得た。このライヴについて佐野は「言葉の壁はない。そして自分がやってきたのは、言葉じゃなくて音楽なんだということを実感した」と語っている。なお、このライヴ・パフォーマンスに合わせた映像作品を手がけた映像作家・ken hiramaは後に〈今・何処TOUR〉のビジュアル・プロダクションにも参加している。


佐野元春
「Not Yet Free」

2017年10月20日配信ic


 このニューヨークへの旅は、5月28日NHK BSのドキュメンタリー『佐野元春ニューヨーク旅「Not Yet Free 何が俺たちを狂わせるのか」』としてオンエア。また滞在中にレコーディングされた新曲「こだま - 日本とアメリカの友人に」が10月20日にライヴ音源を加えたEP『Not Yet Free』としてリリースされた。またこの年のスポークンワーズの取り組みとして、アートNPO・1FUTUREが主催する〈ヒロシマ・ナガサキZERO PROJECT〉に招きにより、10月29日広島市にある寺院・妙慶院で〈スポークンワーズ表現ワークショップ〉を開催。15歳から25歳の若き受講生12名とともに「よりよい明日」「大事な君に」「届かない声」「痛みと怒り」をキーワードに表現の可能性を探った。

 5月31日、2016年3月26日に行われた東京国際フォーラム35周年アニバーサリー公演からのライヴ音源をミックス & リマスタリングしたライヴアルバム『佐野元春 & ザ・コヨーテ・グランド・ロッケストラ』をCD・配信でリリース。そして6月30日、アルバムからのリード・シングル「純恋(すみれ)」の配信を経て、7月19日、フルアルバム『MANIJU』をリリースした。前作からわずか2年という短いインターバルに、佐野の創作意欲の高まりが感じられる。


佐野元春 & THE COYOTE BAND
『MANIJU』

2017年7月19日発売


 2010年代は、前述したceroやシャムキャッツを筆頭に、Suchmos、never young beach、スカート、ミツメ、柴田聡子、カネコアヤノなど、新しいポップセンスを持ったアーティストが次々とインディー・シーンに登場。90年代の渋谷系にも通じる彩りを感じさせた。佐野もそれを意識的/無意識的に感じ取っていたのか、『MANIJU』には’96年のアルバム『FRUITS』にも通じる、プログレッシヴで瑞々しい感性が貫かれている。冒頭を飾る「白夜飛行」のモダナイズされたファンク・ビートに驚かされたリスナーも多いだろう。



「白夜飛行」 佐野元春 & THE COYOTE BAND


 しかし、それは決して若い世代の嗜好に迎合したという意味ではない。むしろクラシックな領域にあるロックを更新することで、新しさを獲得している点にこのアルバムの特別さがある。ザ・ドアーズ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、そしてザ・ビートルズのサイケデリア。ボブ・ディランやザ・バンドのアーシーなグルーヴ。佐野にとってのルーツである60〜70年代のロックをベースに、同時代的な斬新さを生み出している。

 なぜ佐野はサイケデリック・ロックを選んだのか。その理由について「2015年前後から、国内外の権力者の振る舞いに不自然なものを感じ、気づくと現実はさらに複雑でタフで、簡単には突破できない不気味さを感じていた。これを打ち破るにはどうしたらいいかと考えた末、複雑な様相に立ち向かうためにはこちらも複雑になるしかないと思い立った。過去の先達たちが試した手法として“サイケデリック”という表現があった。目には目を、酩酊には酩酊を、混沌に対しては混沌で立ち向かえ。そこを意図したのが『MANIJU』だった」と語っている(『SWITCH』2021年6月号)。



「天空バイク」 佐野元春 & THE COYOTE BAND


 思えば’17年は、ロックが「反抗の手段」から「アート」へと進化したとされる’67年からちょうど半世紀の節目にあたる年だった。50年前、アメリカでは西海岸を中心にヒッピー・カルチャーとサマー・オブ・ラヴ・ムーヴメントが興隆し、イギリスではビートルズやストーンズがLSDにのめり込み、ピンク・フロイドが登場した。その背景には、ベトナム戦争の激化に対する反戦運動や、公民権運動の高まりがあったことは言うまでもない。おそらく佐野は、2010年代の緊迫した社会情勢―例えば国会前で声を上げた若者たちの挑戦が、権力の巨大さと世間の冷笑の前に敗れていく姿に、50年前の世界との共通性を見出した。それに対抗すべく、アート・ロックの新たな表現を打ち立てようとしたのだろう。「天空バイク」のような甘く夢幻的なサウンドと詩情がある一方で、権力者の専制を思わせるモチーフが随所に顔を見せる。ニューソウル・マナーのリズムが印象的な「悟りの涙」では、“あの人”がブルドーザーとシャベルで人々の怒りの涙を踏みにじり、「朽ちたスズラン」では、“あの人”は言葉巧みに世間の憎しみを煽り、嘘によって災いを招くと予言する。



「朽ちたスズラン」 佐野元春 & THE COYOTE BAND


 そして、60年代のカウンターカルチャーがウッドストックを頂点に静かに潮が引いていったように、すべての革命には敗北が宿命づけられている。「詩人を撃つな」では、大きな力の前に敗れ去った誇りを慰撫するようなフォーク・ロックのリズムが心を揺らす。その一方で、「新しい雨」では例え戦争の時代にあっても自分らしく生きることは可能であると説き、「禅ビート」では疑心の渦巻く社会の中でも、信じ合うふたりがいれば心配ないと諭し、革命は敗れても、その精神は巡り続けることを示唆する。かつてのヒッピー・カルチャーの精神は黎明期のインターネットの中に蘇り、公民権運動はブラック・ライヴズ・マターとして引き継がれた。’96年のアルバム『FRUITS』でも描かれた輪廻のモチーフが、20年の時を経て、未来の世代に捧げられたということなのかもしれない。なお、タイトルは「意のままに願いを叶える宝」を意味するサンスクリットの仏教用語、摩尼珠(まにじゅ)に由来している。



「禅ビート」 佐野元春 & THE COYOTE BAND


 佐野元春の新しい表現が最新のインディー・ミュージックにも接近したことを踏まえ、WebメディアMikikiにて佐野と若手ミュージシャンたちとの往復書簡という企画が行われた。登場したのはYogee New Waveのヴォーカル角舘健悟、現在はSummer Eye名義で活動するシャムキャツ(当時)の夏目友幸、そして(((さらうんど)))のメンバーにして、DJ/トラックメーカのXTAL。それぞれが思いを綴ったメールに、佐野が返信する形で世代を超えたやり取りが行われた。中でも(((さらうんど)))はファースト・アルバムで佐野の「ジュジュ」をカヴァーし、サード・アルバムでは「Come Shining」を大胆にサンプリングするなど、佐野へのリスペクトを作品の中で表してきた。DJとして2010年代以降のシティ・ポップ・リバイバルの先鞭をつけるなど、日本のポップミュージックに対する造詣が深いXTALに、本稿の執筆にあたってその理由を尋ねたところ、以下のようなコメントが寄せられた。

 「佐野さんの音楽にリアルタイムで出会ったのは『SWEET16』だったのですが、そこから自分はクラブカルチャーにどっぷりハマり、自身もDJになった後、日本のポップスをDJ的視点から再発見していく中で、佐野さんの音楽とも出会い直します。ロックンロールを根本に持ちながら、80年代はNYのクラブカルチャーにも感応し、常に生まれ変わる佐野さんの音楽に、クラブカルチャーを出自とするメンバーが集まりポップスに向かい合う、というコンセプトを持った我々(((さらうんど)))が、カヴァーやサンプリングという形でオマージュを捧げるのは必然だったかもしれません」

 アルバム・リリースの前後には各地のライヴイベントへ積極的に出演。6月18日、下北沢GARDENでのTHE GROOVERS藤井一彦の生誕イベント、8月には2年連続となる〈サマーソニック2017〉東京会場に出演。さらに9月18日には大阪城ホールで開催されたスガシカオ主催〈スガフェス!WEST〉、10月にも吉祥寺スターパインズカフェで開催された、元ザ・ハートランドの西本明の還暦記念ライヴ、ビルボードライブ東京での伊藤銀次デビュー45周年記念ライヴに出演した。

 そして11月1日には、『MANIJU』と並行してザ・ホーボー・キング・バンドとともにレコーディングしてきた新たなセルフカヴァー・アルバムからの先行シングル「こんな夜には c/w 最新マシンを手にした子供達」をリリース。同日からビルボードライブ大阪から佐野元春 & The Hobo King Band 〈Smoke & Blue 2017〉がスタート。東京、名古屋、大阪で全16公演を行った。さらに12月19日、20日には東京・恵比寿ザ・ガーデンホールで恒例の〈Rockin’ Christmas 2017〉、12月26日には東京・代官山の晴れたら空に豆まいてで井上鑑主催の〈「Cafe Ostinato」Vol.1 “言語と音場” featuring 佐野元春〉に出演、12月29日の〈ROCKIN’ON PRESENTS COUNTDOWN JAPAN 17/18〉まで駆け抜け、佐野元春が新たなピークに入ったことを証明した2017年を終えた。

 2018年2月からはニュー・アルバムのリリース・ツアー〈MANIJU〉がスタート。2月2日の日本青年館から4月1日の東京ドームシティ・ホールまで、大都市を中心とした全7公演が行われた。ライヴは二部構成で、第一部は『BLOOD MOON』を中心としたセットリスト。第二部は『MANIJU』の完全再現とも言える内容で、ザ・コヨーテバンドと切り拓いた新境地を余すことなく表現した。佐野は「アルバムというものは、ライヴでバンドとともに演奏して、ファンのみんなと一緒に完成させるものだと思っている。『MANIJU』のアルバム・リリースからそのツアーまで少し時間が開いてしまったが、ようやくこのアルバムが完成しつつある」と語っている。なおこのツアーのビジュアルで話題になったのが、髪を短くカットしてより精悍さを増した佐野の姿である。自らを“シン・佐野元春”と表現したルックスは、食生活や生活サイクルを根本的に変えたことによって得られたものだという。当時の写真は2025年の再定義アルバム『HAYABUSA JET Ⅰ』のアバターにも使用されているが、このときの自己変革がデビュー45周年を迎えた現在まで続く旺盛なクリエイティビティにつながり、彼の放つ“フォーエバー・ヤング”なメッセージに説得力を与えていることは間違いない。 このツアーの最終公演、東京ドームシティ・ホールでのライヴは、12月26日に〈2018「MANIJU」ツアー・ファイナル=東京ドームシティ・ホール〉としてリリースされた。



佐野元春Zepp Tokyoプレミアム上映イベント映像


 3月28日には、’97年にリリースされたウッドストック録音の名作『THE BARN』の20周年を記念した『THE BARN DELUXE EDITION』が発売された。これを記念して、1月16日・17日には『THE BARN』ライヴ・フィルム上映会が東京と大阪のZeppで開催。オープニングのトークショーでは佐野(東京会場ではゲストにDr.kyOn、井上富雄、西本明)が登壇し、音楽ライター能地祐子氏の司会でウッドストックでのレコーディングを振り返るトークが繰り広げられた。この20周年記念盤のリリースに際して、佐野は次のように語っている。「当時はメインストリームで期待ほど高い評価は得られなかったけれど、音楽を知っている良心的なファンが評価してくれた。20年経って、そうしたファンのみんなにDELUXE EDITIONを還元できるのはとても嬉しい。うららかな春の日、ブラック・ヴィニールで聴く『THE BARN』は最高だ」。

わずか5年で4枚のアルバムを発表した2015〜2019年のその先へ


佐野元春 and THE HOBO KING BAND
『自由の岸辺』

2018年5月23日発売


 そして5月23日、ザ・ホーボー・キング・バンドとのコラボレーションによる新たなセルフカヴァー・アルバム『自由の岸辺』がリリースされた。’11年の『月と専制君主』に続く第2弾である。タイトル曲「自由の岸辺」のオリジナルは、’89年に佐野元春と石川ひろみによる覆面デュオ、ザ・ブルーベルズ名義でリリースされた楽曲である。レコーディング・メンバーは古田たかし、井上富雄、Dr. kyOn、長田進といった『月と専制君主』と同じ顔ぶれで、毎年恒例のビルボードライブ〈Smoke & Blue〉シリーズをともにするメンバーでもある。『月と専制君主』がベスト盤的に代表曲を集めた構成だったのに対し、本作の主役は、ビルボードで熟成された演奏と大きく姿を変えたアレンジそのものにある。



「夜に揺れて」 佐野元春 and THE HOBO KING BAND


 『STONES AND EGGS』収録の「メッセージ」のトライバル・ハウス・ビートはボ・ディドリー風のジャングル・ビートに、『FRUITS』収録の「僕にできることは」のポスト・パンク的疾走感はウッドストック風ルーツ・ロックへと変貌。イントロを聴いただけではタイトルがわからないほどの変容ぶりが楽しい。中でも骨太のスワンプ・ビートによる「夜に揺れて」が「夜のスウィンガー」のカバーであると気づくまでに時間がかかるほど、大胆に装いを変えたアレンジと節回しが見事にフィットしている。

 ザ・ホーボー・キング・バンドと磨き上げてきたグルーヴを堪能させる選曲ではあるが、「平和主義者に絡まれて、悲観主義者に脅されて、何とかイズムはもうやめてくれ」と歌う「メッセージ」、したり顔の世間にシニカルに釘を刺す「ブルーの見解」、そして集団でのはみ出し者にさりげなく親身な視線を送る「エンジェルフライ」という流れには、「世知辛い世間をうまく生きていこうぜ」という目配せも感じられる。ハイブロウなモダン・ロックを追求した『BLOOD MOON』や『MANIJU』とは対照的にも思える音楽性だが、やはりその根底には息苦しい社会を個人としてどう生きるのか、という佐野元春の一貫したテーマも感じられる。また、リリースと同じタイミングでDaisyMusicが音楽配信サービスSpotifyとライセンス契約を締結し、ほぼ全ての楽曲がApple MusicおよびSpotifyで聴けるようになっている。



「ハッピーエンド」 佐野元春 and THE HOBO KING BAND


 9月22日の中津川 THE SOLAR BUDOKAN 2018出演後、この年2度目となるザ・コヨーテバンドとの全国ツアー「禅BEAT TOUR 2018」が10月4日の東京・Zepp DiverCityからスタート。8都市9公演を行った。ツアー終了後1ヶ月には恒例のイベント「ロッキン・クリスマス 2018」で東名阪を巡り、12月30日、ロッキング・オン主催の年末フェス〈COUNTDOWN JAPAN 18/19〉で幕を閉じた。

 2019年1月、ザ・ホーボー・キング・バンドのオリジナル・メンバーであるDr.kyOnと佐橋佳幸によるユニット、ダージリンのアルバム『8芯二葉~雪あかりBlend』にゲスト参加。「流浪中」ではヴォーカルとオルガンに加え、作詞、共作・編曲というかたちで全面的に関わっている。古田たかし、井上富雄、山本拓夫といったメンバーによる演奏は、ホーボー・キング・バンドの新曲と言いたくなるほどに息の合ったニューオリンズ風のグルーヴに仕上がっている。



Billboard Live “Smoke & Blue 2019”「僕にできることは」 佐野元春 and THE HOBO KING BAND


 開催から7年目を迎えた恒例の〈Billboard Live “Smoke & Blue 2019”〉を終えると、この年の佐野は全国のロック・フェスにも積極的に出演した。愛知・蒲郡市で開催された野外イベント〈森、道、市場 2019〉を皮切りに、福島・猪苗代湖畔の天神浜オートキャンプ場で行われた〈オハラ☆ブレイク ’19夏〉など、多くの観客の前でパフォーマンスを披露。なかでも〈ARABAKI ROCK FEST.19〉(宮城・みちのく公園)では、ザ・ピロウズのステージにゲスト出演。佐野からの影響を公言し、日本を代表するロックバンドにまで成長した彼らと世代を超えたセッションを実現させた。

 ザ・コヨーテバンドとの全国ツアー〈ソウルボーイへの伝言 2019〉が10月に開催。初日のクラブチッタ川崎公演は台風の接近により延期となったものの、30周年アニバーサリーのクラブ・サーキットと同タイトルを冠したこのツアーで全13都市を巡り、全国のライヴハウスを熱気で包んだ。



「愛が分母」佐野元春 & THE COYOTE BAND


 2015年以降、意欲的に新作を発表し続けてきた佐野だが、この年も例外ではない。8月14日にはシングル「愛が分母」をリリース。東京スカパラダイスオーケストラのホーン・セクション(NARGO、北原雅彦、GAMO、谷中敦)が、’96年の『FRUITS』以来23年ぶりにレコーディングに参加した。軽快なスカ・ビートに乗せて大きな希望を歌うメロディは、新たなライヴ・アンセムとして定着している。なお8月16日に北海道・石狩市で開催予定だった〈RISING SUN ROCK FESTIVAL 2019〉では佐野とスカパラ・ホーンズの共演が企画されていたが、台風の接近に伴い残念ながら中止となっている。



「いつもの空」 佐野元春


 10月9日にはアルバム『或る秋の日』をリリース。’13年から16年にかけて配信された4曲を新たにミックスし、書き下ろし4曲を加えた全8曲が収録されている。「稀代のソングライターが贈る8篇のラブ・ストーリー」というコピーが与えられているが、決して燃えるような性愛を描いたようなものではない。銀杏並木を歩くジャケット写真からも伝わってくる、人生の秋とも言うべき時間に浮かび上がるビターな美しさを掬い取った作品であり、ジェームズ・テイラーやニック・ドレイクといった70年代のシンガー・ソングライターの名作を彷彿とさせる柔らかで暖かい雰囲気もある。こうした清潔感のある大人の美学も、佐野元春というアーティストを形作る重要な要素だろう。「僕の中にはビートの効いたロックンロールもあるけど、スロウ・ソング、バラード、よりシンガー・ソングライター的な、聴き手と親密な関係を取り結ぼうというナイーブな曲もある。そうした曲をまとめて佐野元春名義でリリースした」と佐野は語る。全曲ともザ・コヨーテバンドのメンバーが演奏しているが、アーティスト名義にはクレジットされていない。バンドとしての熱量を落とし込んだこれまでのアルバムとは異なり、佐野が描いた世界観を高品質なポップスに落とし込み、それぞれのスタジオ・ミュージシャンとしてのプレイヤビリティを感じさせる演奏に徹している。


佐野元春
『或る秋の日』

2019年10月9日発売


 一方で、ソニー時代の名作群もリイシューされた。8月21日には『VISITORS』と『Cafe Bohemia』、11月13日には『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』がアナログ盤で復刻。いずれもハリウッドの名門・バーニー・グランドマン・マスタリングでカッティングが行われた。さらにデビュー40周年となる2020年2月には、『Cafe Bohemia』の再現コンサート企画も発表されている。

 年末には、東京・名古屋・大阪に加え熊本でも開催された恒例の〈Rockin’ Christmas 2019〉、そして12月29日の〈COUNTDOWN JAPAN 19/20〉で一年を締めくくる。オリジナル・アルバムとセルフカヴァー・アルバムを合わせ、わずか5年で4作品を発表した2015〜2019年。デビュー40周年という節目を目前に、佐野元春はキャリアの中でも屈指のクリエイティブな季節に突入していた。しかしこの時点では、次のアニバーサリー・イヤーが新型ウイルスの嵐に巻き込まれることになるとは、まだ誰も予想していなかった。

【Part9】佐野元春ヒストリー~ファクト に続く)



DISCOGRAPHY●佐野元春ディスコグラフィ❽2015-2019



ジャケット撮影/島田香





  • DIGITAL SINGLE

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    君がいなくちゃ

    2015年3月14日配信/DaisyMusic





  • DIGITAL SINGLE

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    境界線

    2015年4月22日配信/DaisyMusic





  • STUDIO ALBUM

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    BLOOD MOON

    2015年7月22日発売/DaisyMusic

    [CD+DVD]POCE-9390 [CD]POCE-3810 [Analogue]POJE-9008 [USBメモリ]PDEP-1001(2015.7.22)



    共通収録曲
    part one
    ① 境界線 The Border
    ② 紅い月 Blood Moon
    ③ 本当の彼女 The Real Her
    ④ バイ・ザ・シー By The Sea
    ⑤ 優しい闇 Everything Has Changed
    ⑥ 新世界の夜 Perfect World
    ⑦ 私の太陽 Mon Soleil
    ⑧ いつかの君 Hard Times
    ⑨ 誰かの神 The Actor
    ⑩ キャビアとキャピタリズム Caviar and Capitalism
    ⑪ 空港待合室 The Passengers
    ⑫ 東京スカイライン Tokyo Skyline


    Produced by Moto ‘Lion’ Sano
    Co-Produced, Sound Editor:大井‘スパム’洋輔
    Recorded & Mixed by 渡辺省二郎
    Mastering Engineerded by Ted Jensen at Sterling Sound N.Y.C.
    Art Conception & Direction:佐野元春
    Front&Back Cover Design:Peter Curzon(StormStudio Design Ltd.)
    Words & Music:佐野元春

    Musicians
    ●佐野元春 ●深沼元昭 ●高桑圭 ●小松シゲル ●渡辺シュンスケ ●藤田顕




  • DIGITAL SINGLE

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    或る秋の日

    2016年11月11日配信/DaisyMusic





  • VIDEO

    佐野元春 & THE COYOTE GRAND ROCKESTRA
    35周年アニバーサリー・ツアー・ファイナル 2016.3.26 東京国際フォーラム

    2016年12月21日発売/DaisyMusic

    [BD+CD]POXE-29002 [2DVD]POBE-3806/7(2016.12.21)



    映像共通収録曲
    ●シュガータイム
    ●優しい闇
    ●ジュジュ
    ●ビジターズ
    ●カム・シャイニング
    ●ワイルド・ハーツ
    ●バルセロナの夜
    ●すべてうまくはいかなくても
    ●ポーラスタア
    ●君をさがしている
    ●希望
    ●境界線
    ●La Vita è Bella
    ●バイ・ザ・シー
    ●紅い月
    ●私の太陽
    ●東京スカイライン
    ●ボヘミアン・グレイブヤード
    ●レインボー・イン・マイ・ソウル
    ●誰かが君のドアを叩いている
    ●ヤング・フォーエバー
    ●星の下 路の上
    ●世界は慈悲を待っている
    ●ジャスミンガール
    ●ヤングブラッズ
    ●約束の橋
    ●サムデイ
    ●ロックンロール・ナイト
    ●ニュー・エイジ
    ●アンジェリーナ
    ●スターダスト・キッズ
    ●ダウンタウン・ボーイ
    ●グッドバイから始めよう
    ●国のための準備
    ●悲しきレイディオ~メドレー




  • LIVE

    佐野元春 & THE COYOTE GRAND ROCKESTRA
    LIVE AT 東京国際フォーラム

    2017年5月31日発売/DaisyMusic

    [SHM-CD2枚組]POCE-9391/2(2017.5.31)



    Disc One
    ●優しい闇
    ●世界は慈悲を待っている
    ●星の下 路の上
    ●ポーラスタア
    ●境界線
    ●La Vita è Bella
    ●バイ・ザ・シー
    ●紅い月
    ●私の太陽
    ●東京スカイライン(Live)


    Disc Two
    ●君を探している
    ●ワイルド・ハーツ
    ●誰かが君のドアを叩いている
    ●ヤングブラッズ
    ●約束の橋
    ●サムデイ
    ●ロックンロール・ナイト
    ●ニュー・エイジ
    ●ヤング・フォーエバー
    ●悲しきレイディオ〜メドレー





  • DIGITAL SINGLE

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    純恋(すみれ)

    2017年6月30日配信/DaisyMusic





  • STUDIO ALBUM

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    MANIJU

    2017年7月19日発売/DaisyMusic

    [2CD+DVD]DMA-020/DMDVD-022/DMX-001 [CD]DMA-019 [Analogue]POJE-9009(2017.7.19)



    共通収録曲
    part one
    ① 白夜飛行 Midnight Sun
    ② 現実は見た目とは違う The Mirror of Truth
    ③ 天空バイク Cosmic Bike
    ④ 悟りの涙-(She’s not your) Steppin’ Stone
    ⑤ 詩人を撃つな Dead Poets
    ⑥ 朽ちたスズラン Let’s Forget
    ⑦ 新しい雨 New Rain
    ⑧ 蒼い鳥 My Bluebird
    ⑨ 純恋(すみれ) Sumire
    ⑩ 夜間飛行 Night Flight
    ⑪ 禅ビート Zen Beat
    ⑫ マニジュ Maniju


    Producer:佐野元春
    Co-Produced, Sound Editor:大井洋輔
    Recorded & Mixed:渡辺省二郎
    Mastering Engineer:Ted Jensen(Sterling Sound N.Y.C.)
    Recorded at Onkio House Studio、Sonu Music Studio、M’s Factory Studio
    Art Conception & Graphic Art:佐野元春
    Front&Back Cover Design:Peter Curzon(StormStudio London)
    Words & Music:佐野元春

    Musicians
    ●佐野元春 ●深沼元昭 ●高桑圭 ●小松シゲル ●渡辺シュンスケ ●藤田顕 ●大井洋輔(①)●金原千恵子グループ(④) ●笹原あやめ(⑧)




  • DIGITAL SINGLE

    佐野元春
    Not Yet Free

    2017年10月20日配信/DaisyMusic





  • DIGITAL SINGLE

    佐野元春
    こんな夜には/最新マシンを手にした子供達

    2017年11月1日配信(限定リリース)/DaisyMusic





  • COMPILATION

    佐野元春 and THE HOBO KING BAND
    THE BARN DELUXE EDITION

    2018年3月28日発売/Sony Music Direct

    [Analogue+BD+DVD]MHXL 43~46(2018.3.28)



    ●アナログ・レコード:アルバム『THE BARN』全12曲収録
    ●Blu-ray Disc:「THE BARN TOUR ‘98 LIVE IN OSAKA」2018デジタル・リマスター版
    ●DVD:ウッドストックドキュメント映像
    ●写真集(全100ページ)





  • COMPILATION

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    自由の岸辺

    2018年5月23日発売/DaisyMusic

    [CD+DVD]DMA-022/DMDVD-023 [CD]DMA-021 [Analogue]POJE-9010(2017.7.19)



    共通収録曲
    ① ハッピーエンド Happy End
    ② 僕にできることは Things I Could Do
    ③ 夜に揺れて Night Swinger
    ④ メッセージ The Message
    ⑤ ブルーの見解 Visions Of Blue
    ⑥ エンジェル・フライ Angel Fly
    ⑦ ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 A Napoleon Fish Day
    ⑧ 自由の岸辺 La Costa Libre
    ⑨ 最新マシンを手にした子供達 Pop Children With The New Machine
    ⑩ ふたりの理由、その後 The Soul Mate Story
    ⑪ グッドタイムス&バッドタイムス Good Times & Bad Times


    Produced by 佐野元春
    Co-Produced by 大井洋輔
    Recorded & Mixed by 渡辺省二郎

    Mastering Engineer:Gavin Lurssen(Lurssen Mastering)
    Recorded at Onkio House Studio、Sony Music Studios、M’s Factory Studio
    Art Direction & Cover Design:佐野元春
    Words & Music:佐野元春




  • VIDEO

    佐野元春 with THE HEARTLAND
    FILM NO DAMAGE

    2018年10月24日発売/DaisyMusic

    [Blu-ray]MHXL 49 [DVD]MHBL 330(2018.10.24)



    ●悲しきレイディオ
    ●ガラスのジェネレーション
    ●グッドバイからはじめよう
    ●ハートビート
    ●スターダスト・キッズ / ソー・ヤング / 君をさがしている (朝が来るまで) / 彼女はデリケート
    ●ハッピーマン・メドレー
    ●ロックンロール・ナイト


    収録:1983年3月17日/18日
    プロデューサー:高橋邦敏、佐野元春
    撮影・監督:井出情児
    編集:藤枝静樹
    録音・ミックス:吉野金次
    音響監修(2013年):坂元達也




  • VIDEO

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    2018「MANJU」ツアー・ファイナル AT 東京ドームシティ・ホール

    2018年12月26日発売/DaisyMusic

    [Blu-ray]POXE-29093(2018.12.26) DMBRD-006(2022.12.21)[DVD]POBE-3808(2018.12.26)






  • DIGITAL SINGLE

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    愛が分母

    2019年8月14日配信/DaisyMusic





  • COMPILATION

    佐野元春
    或る秋の日

    2019年10月9日発売/DaisyMusic

    [CD]DMA-023 [Analogue]POJE-9011(2019.10.9)



    共通収録曲
    ① 私の人生 What is Life
    ② 君がいなくちゃ Nothing Without You
    ③ 最後の手紙 The Last Letter
    ④ いつもの空 I Think I'm Aright
    ⑤ 或る秋の日(Alternate Mix) A Long Time
    ⑥ 新しい君へ The Gift
    ⑦ 永遠の迷宮 Labyrinth
    ⑧ みんなの願いかなう日まで Our Christmas - Happy That We’re Here


    Producer:佐野元春
    Co-Producer:大井洋輔
    Recorded & Mixed:渡辺省二郎

    Mastering Engineer:Ted Jensen at Sterling Sound,N.Y.C.
    Recorded at Onkio House Studio、M’s Factory Studio
    Art Conception & Graphic Art:佐野元春
    Words & Music:佐野元春




  • VIDEO

    佐野元春 and THE HOBO KING BAND
    BILLBOARD LIVE TOKYO SMOKE & BLUE 2019

    2019年12月18日発売/DaisyMusic

    [Blu-ray]POXE-3801 [DVD]POBE-3809(2018.12.26)



    共通収録曲
    ●ジュジュ
    ●月と専制君主
    ●日曜の朝の憂鬱
    ●トーキョー・シック
    ●クエスチョンズ
    ●コンプリケーション・シェイクダウン
    ●愛のシステム
    ●ハッピーエンド
    ●僕にできることは
    ●夜に揺れて
    ●最新マシンを手にした子供達
    ●ナポレオンフィッシュと泳ぐ日


    収録:2019年4月4日
    場所:ビルボードライブ東京
    監督・制作・編集:近浦 啓
    監修:佐野元春



●上記ディスコグラフィ内の記載品番全てを撮影しているわけではありません。ご了承ください。




INTERVIEWS●佐野元春サウンドを鳴らした仲間たち❽渡辺シュンスケ×藤田顕



インタビュー・文/大谷隆之


佐野さんほどライティングに詳しいアーティストは見たことがない(渡辺)

照明機材の種類とか明るさのゲージとか専門知識も豊富だしね(藤田)


── 今日は11月の半ば。7月にスタートした〈佐野元春45周年アニバーサリーツアー〉もいよいよ大詰めですね。渡辺さん、藤田さん、それぞれ手応えはいかがですか?

渡辺シュンスケ めちゃくちゃ大きいです。前回の対談で(高桑)圭さんも話されてましたけど、どの会場も盛り上がり方が半端じゃなくて。

藤田顕 佐野さんのライヴは、いつも基本そうなんだけどね。熱狂の度合いがレベルひとつ突き抜けている感じがある。お客さんにとってもやっぱり、活動の節目っていうのは大きいのかなって。

渡辺シュンスケ 僕も感じます。今のツアーは佐野さんの45周年とザ・コヨーテバンドの20周年、両方の意味があるじゃないですか。20年ずっと一緒に歩んできたファンの方々が、メンバーも込みで祝福してくれてる空気感があって。それがすごく嬉しい。

藤田顕 構成にしっかりストーリー性があるのも、佐野さんらしいよね。前半は『HAYABUSA JET』収録の再定義ナンバーで一気に駆け抜けて。インターバルを挟んだ後、第2部ではもう1つ大きな波が“バーン”とくる。しかもそのピークが過去のスタンダードじゃなく、ザ・コヨーテバンドのオリジナルだったりするでしょう。

渡辺シュンスケ そうそう! そこがまたグッとくる。

藤田顕 演奏の勢い、客席の熱気、歌詞の内容、舞台の演出、時間の重み。いろんな要素が佐野さんのヴィジョンと重なって、あの興奮が生まれている気がします。

渡辺シュンスケ 映像との相乗効果もいいんですよね。たとえば(12月10日に発売される)『HAYABUSA JET Ⅱ』にも収録される「新しい世界 New Age」なんて、AI時代の『ブレードランナー』っぽい雰囲気もあって。人によって印象はさまざまだと思うんだけど、僕的には「おお、ここでこうなるんだ」って驚きがあった。

藤田顕 へええ……シュンちゃん、ライヴ中けっこうバックスクリーンも見てるの?

渡辺シュンスケ あ、もちろん全部じゃないですよ。ただ僕だけキーボードが(客席に対して)横向きだから、ある程度は目に入ってくる。

藤田顕 いいなあ。俺なんて後ろを振り返る余裕まったくないから、内容ほとんど把握してないもの(笑)。いつかメンバーみんなで答え合わせしたいよね。


佐野元春 & THE COYOTE BAND
『HAYABUSA JET Ⅰ』

2025年3月12日発売


── 佐野さんは、そういうステージ演出についてもメンバーに説明されるんですか?

渡辺シュンスケ いや、それはほとんどないかな。リハーサルの際、個々のメンバーに対して具体的な指示が飛ぶことは多々ありますけど。

藤田顕 うん。「アッキー、この曲のこのタイミングでステージ前に出てくれる?」とかね。でもトータルの演出プランは、佐野さんの頭の中にしかない。なのでライヴの本番で「あ、あの指示はこういう意図だったのか」って驚くパターンの方が多いです。

渡辺シュンスケ 演奏だけじゃなく、あらゆる要素を総合的に見ている印象がありますね。会場ごとの音響もそうだし。あと毎回すごく感じるのは照明。これまで多くの現場で仕事をしてきましたけど、佐野さんほどライティングに詳しいアーティストは見たことがない。

藤田顕 照明機材の種類とか明るさのゲージとか、僕らの知らない専門知識も豊富だしね。しかも客席側からチェックするんじゃなく、リハで演奏しながらスタッフと相談するじゃない? 「この曲の間奏部分、別のアイデアも見せてもらえないかな」みたいな感じで。いつも不思議なんだけど、あれってどうしてわかるんだろう?

渡辺シュンスケ 長年の経験もあるでしょうし、あとは自分の身体に光が当たったときの感覚とか? いずれにせよ僕たちメンバーにはわからない基準がきっとあるんでしょうね。楽曲制作でもつねに感じることですけど、ひとりのアーティストであると同時に、佐野元春を送り出すプロデューサーの視点もすごく持っている人なので。

藤田顕 でも面白いのは、そうやって緻密にリハを重ねたにも関わらず、本番でいきなり違うことはじめちゃうのも佐野さんなんですよね(笑)。ある曲の演奏が終わって、佐野さんが定位置に戻ったら次が始まる段取りだったのが、行ったきり帰ってこなかったり。

渡辺シュンスケ たしかに(笑)。でも、わざと忘れるようにしてる部分ってないのかな。「すべて学び、そして忘れろ」というマイルス・デイヴィスの名言があるじゃないですか。

藤田顕 なるほど……うん……それはすごくあるかも!

渡辺シュンスケ どんなジャンルでもそうだと思うけど、どんなに綿密な準備を重ねても、ただそれをなぞるだけじゃ感動は生まれないから。

藤田顕 特に長期のツアーって、ともすれば段取り作業に陥りがちだもんね。そうじゃないところにお客さんを連れていきたいという思いは、僕も強く感じます。要は、ステージではちゃんと音楽をしたいというね。というのも今現在ツアー20本目くらいですけど、毎回、佐野さんを起点に新しい展開があるんですよ。前の会場とはなにか違うことをやってやろうっていう、あのエネルギーと意思は凄まじい。

渡辺シュンスケ それでいうと佐野さん、本番の前に必ずひとことメンバーに伝えるじゃないですか。「今日、僕はクールにいくから」とか、「今日はみんなリラックスして楽しんでいこう」とか。そのコメントが会場ごとに違うのも、ちょっと象徴的な感じがする。

藤田顕 たしかに、たしかに。

渡辺シュンスケ たぶん舞台袖から感じたお客さんのテンションだったり、リハで感じたホールの鳴り具合だったりね。いろんな要素を勘案し、直感でぱっと出し方を変えてるんだと思う。まあ、ときどきはユニークすぎて笑っちゃう日もありますけど(笑)。こないだの福岡公演のときは「今日はめんたいで」でしたっけ?

藤田顕 そうそう。たしかそんな内容だった(笑)。でもたしかに地方ごとの会場によって、音の感じ方ってびっくりするほど違うもんね。とりわけ新しめのホールは総じて音響面も考えられていて。ステージ上の音はクリアで演奏はしやすいんだけど……。

渡辺シュンスケ 反面、オーディエンスの歓声が返ってきにくくて、若干寂しかったりね。そういう会場だとたぶん、バンド側から積極的に目盛りを上げていく必要があるんだと思う。そこの判断が瞬時にできるのも佐野さんのすごさだと思いますね。



佐野元春45TH ANNIVERSARY TOUR 開催日程告知ムービー


バックグラウンド! そういう話、メンバー間であんまりしたことないよね(藤田)

でも俺、アッキーさんには勝手に近しいものをずっと感じてますよ(渡辺)


── せっかくなので、ザ・コヨーテバンド加入前のふたりの関係についても教えてください。

渡辺シュンスケ はじめて一緒にやったのは柴咲コウちゃんの全国ツアーでしたっけ?

藤田顕 そう。あれが2011年の秋頃で。その年の12月に僕、深沼さんの紹介でザ・コヨーテバンドのクリスマスライヴに初参加したんです(恵比寿で開催された〈L’ULTIMO BACIO Anno 11〉)。

渡辺シュンスケ うん、思い出してきました。たしかコウちゃんのツアー中「今年いっぱいアッキーさんと一緒だね」みたいな会話してましたよね。

藤田顕 ただ僕は、実際に共演する前からシュンちゃんの演奏けっこう見てたんですよ。

渡辺シュンスケ あ、そうなの?

藤田顕 うん。最初は小松(シゲル)くんのいるNONA REEVESのサポートじゃないかな。そこでの演奏はバンドの持ち味もあって、ソウルとかR&B的な印象が強かったのね。でも別の日に、シュンちゃん自身がやってるcafelonってバンドを見たら、まるで違う系統の鍵盤を弾いていて驚いた。僕の中ではベン・フォールズ・ファイヴっぽいロックというか、もっとガンガン前に出る感じで。

渡辺シュンスケ 節操なくいろんなことやってるからね。自分で自分がよくわかんない(笑)。

藤田顕 いやいやいや、シュンちゃんは引き出しがとんでもなく多いんだよ。それはコヨーテバンドで一緒にやるようになってからも、日々ずっと感じてます。

── 渡辺さんは1975年1月生まれ、藤田さんは1972年9月生まれ。同世代として影響を受けた音楽的バックグラウンドで、何かしら重なり合う部分ってあります?

藤田顕 バックグラウンド! そういう話、メンバー間であんまりしたことないよね。

渡辺シュンスケ なかったすね。でも俺、アッキーさんには勝手に近しいものをずっと感じてますよ。単純な趣味をこえた、同世代ならではの共通言語っていうのかな。

藤田顕 あ、同じことを俺も思ってた! 個別のアーティストやバンド名にとどまらない、時代の音色みたいなもんだよね。たとえば90年代のブリットポップもそうだし……。

渡辺シュンスケ あとは同じ時期に出てきた、タンバリン・スタジオ系のスウェディッシュポップとかね。要は青春時代、似たような音楽に夢中になった手触りがあるんですよ。そういう経験の道筋が、アッキーさんの弾くフレーズの音色や1つひとつに出てる気がする。サポートの現場でそういったギターを鳴らせるミュージシャンって、上の世代にはほとんどいなかったので。最初からすごく親近感があった。

藤田顕 シュンちゃんにそういってもらえるのは嬉しいなあ。

渡辺シュンスケ ギターって、ピアノよりもフィジカルな側面が強いっていうか。演奏者の人となりがよりダイレクトに滲む楽器だと思うんですよね。逆にいうと、相手がいかに巧いプレイヤーであってもわかり合えない領域は出てきちゃう。たとえば自分のプロジェクトをサポートしてもらう際、どんなに説明しても求めている音色が得られないケースはやっぱりあって。その点、アッキーさんにはつねに「この人わかってんなぁ」という安心感があるんですよ。そのシンパシーは、コヨーテバンドのライヴでもずっと変わらない。

藤田顕 ちなみにシュンちゃん、影響を受けたミュージシャンを誰か挙げるとしたら?

渡辺シュンスケ うーん……誰かひとりといわれたら、やっぱり教授(坂本龍一)かなあ。

藤田顕 へええ、そうなんだ。それは演奏スタイルの面で? それとも作曲?

渡辺シュンスケ もちろん両方ありますし、あとは表現者としてのアティチュードだとか、ジャンルを横断する興味の持ち方とかね。生き方すべてを引っくるめて影響を受けてると思います。坂本さんって、生涯「混ぜるな危険」を実践されてた印象があるじゃないですか。アカデミックな音楽的素養を持ちつつ、突然ポップなフィールドに飛び込んでみたり。逆に現代音楽っぽい空間にあえてパンキッシュな要素を持ち込んでみたり。さっきの佐野さんの話ともつながりますけど、ひとつの場所にとどまらない意思が活動全般から伝わってきた。そこが音楽家としてかっこいいなと。影響を受けたミュージシャン、アッキーさんはどう?

藤田顕 いちばん頑張ってコピーしたのは、ザ・ストーン・ローゼズのジョン・スクワイアですかね。何だろう……ヴォーカルの脇にいて、いわゆる歌メロと関係ないフレーズを延々ずっと弾き続けてるあの感じ。でもじっくり聴いてみると、ちゃんとイアン・ブラウンの歌を引き立てるアンサンブルになっているという。

渡辺シュンスケ それ、すっげーよくわかる。めちゃめちゃアッキーさんっぽいね。

藤田顕 もうひとりだけ挙げるとすると、ティーンエイジ・ファンクラブのレイモンド・マッギンリー。この人のプレイって、ライヴで聴くといまいち輪郭がはっきりしないんですよ。どこかモコモコっしたサウンドで、和音の構成もよくわからないんだけど。でも、いわゆる中音域の美味しい部分を確実に担っている。個人のキャラが立った速弾きとかじゃなくて、そのバンド特有の音像っていうのかな。それを生み出せるギタリストに憧れたし、できれば自分もそういうポジションにいたい。それは今も思ってます。




多感な十代の頃に聴いた「約束の橋」は大好きな曲だった(渡辺)

「勝利あるのみ」と「Show Real」。あれが“佐野元春原体験”だった気がする(藤田)


── それぞれ、佐野さんとの出会いはどのように?

渡辺シュンスケ 僕は2005年、サポートで入っていた堂島孝平くんのツアーでご一緒したのが最初です。

藤田顕 それって前回の対談で、小松くんが話してたやつ?

渡辺シュンスケ そう。佐野さんがゲストヴォーカルで参加された回があって。リハスタに入ってきた瞬間から、いきなり本番さながらのテンションで度肝を抜かれた(笑)。

藤田顕 その光景、目に浮かぶなあ。

渡辺シュンスケ 身にまとったオーラがもう、スターそのもので。多感な十代の頃に聴いた「約束の橋」とか大好きな曲だったし。ご本人に会えて感動したのを覚えてます。その後も小松くんとはずっと行き来があったので。アルバム『COYOTE』のレコーディング中にもいろいろ聞いてはいたんですね。初期は試行錯誤もあって大変そうだったけど、佐野さんの話をする小松くんはすごく楽しそうで。いいなあ、面白そうだなって思っていた。そしたら数年後、佐野さんから直接電話をいただきまして。

── 2009年7月、8都市・9会場を回った全国ライヴハウスツアー「COYOTE」ですね。オフィシャルサイトを見るとこの時点ではまだ正式加入されてないようですが、いわゆるサポート参加だったのでしょうか?

渡辺シュンスケ ごめんなさい。昔のことなので、自分でも正確な経緯は忘れちゃってるんですよね(笑)。たぶん、位置づけとしてはそうだったんじゃないかな。

── ツアー最終日を収録したライヴDVD『佐野元春 COYOTE 2009.7.26 LIVE AT ZEPP TOKYO』には、メンバークレジットにお名前が記載されています。そのワンショットではなく、ツアーの全公演で演奏されていた?

渡辺シュンスケ あ、それはそうだと思います。ザ・コヨーテバンドは鍵盤抜きのライヴはやってないはずなので。初日から参加してたんじゃないかなと。

藤田顕 だと思うよ。だって僕、ツアー初日の赤坂BLITZでシュンちゃんが弾いてるの見てるもん(2009年7月4日)。

渡辺シュンスケ へええ、あのときアッキーさん会場にいたんだ。

藤田顕 いたいた。そのときはオーディエンスのひとりとして見てたんだけど、楽曲も演奏もめちゃめちゃかっこよくて。「なんじゃこれ!」って感じで、かなり打ちのめされて。それまで僕、基本は洋楽一辺倒で。日本語の歌詞にそこまで入れ込んだ経験がなかったんですよ。でもあのとき、ライヴ後半「コヨーテ、海へ」をやったじゃない。

渡辺シュンスケ ああ、やりました。難しい曲だったのでよく覚えてます。

藤田顕 実は僕、あの日はじめて聴いたんだけど、歌詞がもう“ズガーン!”って感じで突き刺さった。「勝利あるのみ」と「Show Real」が掛かってるなんて、どれだけすごい発想なんだろうって。今にして思えばあれが、自分にとっての“佐野元春原体験”だった気がする。

渡辺シュンスケ なるほどねえ。

藤田顕 しかも僕、90年代の後半からサポートでPLAGUESに入ってたでしょう。気心の知れた同世代の深沼(元昭)さんはじめコヨーテメンバー全員がそんなすごいステージに立っているの眩しくて。衝撃も感じたし、同じくらい刺激も受けたんだよね。その時点ではもちろん、自分がメンバーになるなんて想像もしてなかったけれど。



佐野元春 COYOTE 2009.7.26 LIVE at ZeppTokyo


── でもその2年後に、まさに深沼さんの推薦で、前述の恵比寿のクリスマスライヴからバンドに参加されたわけですね。オファーを受けた際はどう思われました?

藤田顕 もちろん嬉しかったけど、それ以上に緊張しました。というのも、お話をいただいてから本番まで、ほとんど時間がなかったんです。リハの回数自体、けっこう少なかったんじゃないかな。しかも僕にとっては、すべて新曲ですから(笑)。ライヴまるまる1回分のセットリストを短期間で死ぬ気で覚えて。

渡辺シュンスケ すごいプレッシャーだね。でもリハで煮詰まってたイメージ、ほとんどないけどなあ。

藤田顕 重圧がすごすぎて、俺もディテールは忘れちゃったんだけど(笑)。でもコヨーテのライヴって、基本的には佐野さんのヘッドアレンジじゃない? 録音物を忠実に再現するというよりは、メンバー各自が大体の曲構成を身体に入れていって。あとは実際セッションしながら「ここはもう少しこうしてみようか」と修正していくパターンが多い。だからあの短期間でギリやれたんじゃないかな。もちろん深沼さんとの長年の関係性は大きかったし。たぶん佐野さんも、そのリハを通じて僕のクセみたいなものを把握して。アンサンブル内で生かし方を考えてくれた気がします。

渡辺シュンスケ それがハマって、今の編成につながったんだもんね。

藤田顕 うん。クリスマスライヴの当日は「果たして今日、生きて帰ってこれるんだろうか」ぐらいの悲壮感だったけど(笑)。


佐野元春 & THE COYOTE BAND
『ZOOEY』

2013年3月13日発売



オーソドックスな和音構成からは、あの響きってまず出てこない気がする(藤田)

佐野さんはギターとピアノ両方の楽器を熟知してる人ですから(渡辺)


── その後、2012年6〜7月「アーリーサマー・ツアー」、同年12月〜2013年2月「ウィンターツアー」を経て、2013年3月にザ・コヨーテバンドのセカンド・アルバム『ZOOEY』がリリースされました。現在の編成になって初のスタジオ盤ですが、特に印象に残っていることは何でしょう?

藤田顕 たしか、最初に録ったのが「ポーラスタア」だったんだよね。

渡辺シュンスケ ああ、そうだっけ?

藤田顕 佐野さんのデモを聴いたときから、めちゃめちゃかっこいいなと思ったし。実際にスタジオで合わせてみたら、深沼さんとの役割分担もスムーズに決まって。最初から手応えがあった。メンバーみんな高揚している雰囲気が、映像として頭に残ってる。

渡辺シュンスケ 深沼さんが刻む重たいリフに、アッキーさんが柄の大きなアルペジオで装飾を施す。現在に至るコヨーテバンドの基本構造が、ごく自然に固まった感じでしたよね。キーボードについても、ほとんど悩まなかった気がします。佐野さんのデモは、簡潔だけど要所をしっかり押さえてあるので。まずはその通り弾いてみるのがいい。

藤田顕 デモの段階から曲の特徴がすごく出てるもんね。たとえば「ポーラスタア」って、イントロから薄くオルガンが鳴ってるじゃない。あの響きがまたよくて。「Bマイナー」が基調の曲に対して、たぶん「E」のコードが入っているという。

渡辺シュンスケ へええ、よくわかりますねアッキーさん。

藤田顕 ずいぶん思い切った音の組み合わせというか、オーソドックスな和音構成からは、あの響きってまず出てこない気がする。

渡辺シュンスケ たしかに、キーボード奏者にはない発想かもね。もしかしたら、ギターの開放弦に近いのかなあ。曲の中でコードが移行していっても、指で押さえないどこかの弦がずっと鳴り続けていて。かすかな不協和音や濁りも含めて気持ちいい、みたいな。

藤田顕 あ、なるほど。開放弦の発想ね。それを鍵盤に移し替えていると……そっかそっか。そう考えると、いろいろ納得がいくな。



「ポーラスタア」 佐野元春 & THE COYOTE BAND


キーそのものが持っている色調みたいなものをすごく意識的に使い分けていると思います(渡辺)

それぞれ固有の色彩があるもんね。本来の色合いは消えないように(藤田)


── そういえば前々回のインタビューで、深沼さんが「佐野さんの使うギターコードには、ピアノ的な和音の積み方を感じる」と話されていました。その逆パターンもあると。

渡辺シュンスケ ええ。佐野さんはギターとピアノ、両方の楽器を熟知してる人ですから。キー設定ひとつとっても、軸となる楽器の特性がより生きる選び方をされてたりする。今回の『HAYABUSA JET』シリーズもそうです。たとえば過去のスタンダードをギターロックに再定義するとしますよね。そういうとき、オリジナルのキーにこだわらず、あえてギターが映えるコードに変えたりするんですよ。

藤田顕 開放弦が使いやすい、要は“ジャーン”と勢いよく鳴らせるコードってあるもんね。カポを使う手もあるけど、やっぱり持続音の気持ちよさが違う。

渡辺シュンスケ ギターでいうと「E」とか「A」はそうですよね。それでいうと昔の曲をリアレンジする際、あえてキーを上げるパターンもあるでしょう。普通は年齢を重ねると、歌いやすさ重視でキーを下げることが多いじゃないですか。でも佐野さんは多少無理しても、曲全体のサウンドをより重視している気がする。

藤田顕 たしかにヴォーカルの都合でキーをいじることってほぼないよね。あくまで楽曲のムード優先で。

渡辺シュンスケ シンガーによっては、試しに歌ってみて「ちょっと高いから半音下げて」みたいなやり方の人もいるじゃないですか。それ自体は決して悪いことじゃないんだけど、佐野さんに関してその種の記憶はほとんどない。一度、びっくりして質問したことがあるんですよ。「この曲、キーを上げたんですか?」って。そうしたら「うん、その方がギターに合うからね」とサラッと言われた記憶がある。

藤田顕 鍵盤の使い方についてはどう? 佐野さんのデモ音源を聴いて、シュンちゃんが感じることでいうと。

渡辺シュンスケ さっきのアッキーさんの話にも通じますけど、簡潔なのに立体的だなって。それはつねに感じますね。なんだろう……歌メロに頼りすぎないソングライティングというのかな。主旋律、リリックの響き、ギターのリフ、ベースライン、ドラムパターン、鍵盤のフレーズ。どの瞬間を縦に切っても、すべての要素が有機的にかみ合って、全体が引き立つように構築されている。キーボードの置き方も、まさにそうで。ちょっとしたディテールが全体に奉仕しているのが、デモを聴くとよくわります。あとは、キーそのものが持っている色調みたいなものを、すごく意識的に使い分けていること。

藤田顕 ああ、それもわかる! キーってそれぞれ固有の色彩があるもんね。メロディーを変えずに上下移動させることは可能だけど、それだと本来の色合いは消えちゃったりする。

渡辺シュンスケ うん。たとえば「Bフラットマイナー」は灰色っぽい感じで「G」は黄色。まあ、あくまで僕のイメージですけど(笑)。

藤田顕 アルバム『MANIJU』に入ってる「禅ビート」も絶対「B」の曲って感じだもんね。あれを「C」で演奏したらまるで違う雰囲気になる気がする。それこそ……カレーライスを注文したらハヤシライスが出てきたぐらいの違和感。

渡辺シュンスケ ははははは(爆笑)。そりゃお客さん、ムッとするよなあ。でもたしかに「B」って、ちょっとスモーキーな色調ですもんね。「C」はもっと晴れやかな感じだから。サイケデリックな「禅ビート」には間違いなく「B」の方が合ってる。そういう色合いにも敏感な方だなっていうのは、鍵盤を弾いていてもよく感じます。



「禅ビート」 佐野元春 & THE COYOTE BAND


── それでいうとおふたりとも、ザ・コヨーテバンドの活動を通じて、ミュージシャンとして学んだことって大きいですか?

藤田顕 そりゃあもう。僕の場合はやっぱり、弾き方のディテール。言葉にすると単純ですけど、これに尽きる気がします。たとえばギターでリズムを刻むとき。勢いに任せてカッティングするのか、スピード感は持たせつつ構成音のひとつひとつを意識しながら弾くのかによって、曲の印象って大きく変わるじゃないですか。

渡辺シュンスケ うん、ピアノもまったく同じ。

藤田顕 佐野さんはそういう表現のニュアンスにものすごく気を使われているし。それまで自分が感覚的にこなしていた部分を、ひとつひとつ明確な言葉で指摘してくれる。今もそうですよ。細かく指摘されて、ハッとすることが毎回ある。

渡辺シュンスケ 音楽筋肉はムキムキだけど、それで押し切っちゃうタイプじゃない。

藤田顕 これたぶん、他の場所でも話したことがあると思うんですけど。バンドに加わって間もない頃、リハで「彼女はデリケート」を練習したことがあるんですよ。で、イントロの有名なリズムパターンがあるじゃないですか。あれを自分の感覚で気持ちよく♪ジャッズジャジャ、ジャッジャッジャジャ”と弾いてたら、佐野さんからダメ出しがあった。「アッキー、この曲はね、スネアの2拍と4拍に間を感じながら刻まないとノリが出ないんだ」って。「ほら、ここをしっかり感じて」と指を鳴らしながら(笑)。

── 2拍・4拍へのこだわりは、前回の対談で小松さんもおっしゃってましたね。

藤田顕 今でも小松くんとは、2拍・4拍の大事さについてよく話してます(笑)。いずれにしても、エモーショナルな演奏っていうのは、ただがむしゃらに弾くことじゃない。むしろ細部を緻密に詰めてこそ、伝わる熱気、激しさ、力強さがあるんだと。そこはコヨーテから深く学んだ気がします。

渡辺シュンスケ 僕の場合もちょっと似てるかな。音を詰め込みすぎない。あえて弾かずにスペースを空けることで、バンド全体の演奏を際立たせる。その呼吸はずいぶん勉強させてもらってますね。特にコヨーテの場合って、基本的にギター2本のアンサンブルが美味しいわけじゃないですか。そこをオルガンの音でふわっと包んだり、あるいは逆に単音の旋律でカウンターメロディーを差し込んでみたり。佐野さんのデモにはいろんな工夫が織り込まれている。たぶん同じことは歌メロに対してもいえて……。

藤田顕 だよね。深沼さんと僕のギターが前面で分厚い音の壁を作って、鍵盤がさりげなく歌メロを支えるパターン。「紅い月」とか、最近だと「水のように」もその感じが強いです。佐野さんのヴォーカルに対して、シュンちゃんが奏でるカウンターラインがすっごく効いていて。ミックス上のボリュームは決して大きくないけど、あの鍵盤メロがあるとないとではまったく印象が変わる気がする。

渡辺シュンスケ シンプルだけど重要なんですよね。そういう細かいアレンジの巧みさは、近年ますます痛感するようになりました。あとはさっきも話に出た、不協和音を使った異化効果かな。ぱっと思い浮かぶところだと『MANIJU』1曲目の「白夜飛行」なんかもそう。あのイントロなんて、微妙にぶつかり合う音の組み合わせを意図的に使ってますし。あとは『今、何処』に入ってる「銀の月」の入り方もそう。

藤田顕 うんうん。あそこで「セブンス・サスフォー」の響きを差し込む感じね。僕が思い浮かぶのは「天空バイク」。イントロから最初のギターリフに移行する際に半音上がる感じの違和感とか。サイケデリックという表現には収まりきらない、変態的なコード進行とかね。めちゃめちゃかっこいい。

渡辺シュンスケ 圭さんのベースラインがまた、ぐっと来るんだよね(笑)。ぱっと聴くとスムーズに流れていくんだけど、でもクセになる隠し味も入っている。かといって、わざと捻くれて複雑にしてやろうというあざとさは微塵もない。そういう微量の毒の効かせ方みたいなものが、佐野さんは本当によくわかってると思います。



「白夜飛行」 佐野元春 & THE COYOTE BAND



「銀の月」 佐野元春 & THE COYOTE BAND


── 『ZOOEY』以降、深沼さんと藤田さんのギターアンサンブルもアルバムごとに深化しているように感じます。渡辺さんのポジションからはどんなふうに見えていますか?

渡辺シュンスケ 基本的な骨格は変わってないけれど、音としてより“塊感”が強まったっていうのかな。ふたりの音色の個性も含めて、唯一無二の組み合わせになっていると思う。僕はめちゃめちゃ好きですね。あくまで僕のイメージですけど、深沼さんのギターは骨太で筋肉質で、それこそ戦車みたいな重量感がある。一方のアッキーさんはもう少しフェミニンというか。繊細で色彩感があって、それでいて切れ味の鋭いナイフみたいな印象があるんですよね。その対比がすごくいい。

藤田顕 戦車とナイフ! 照れくさいけど嬉しいっす。

渡辺シュンスケ 佐野さんも近年、ますますふたりの持ち味を意識して、2本のギターパートを書き分けてるんじゃないかな。深沼さんにはがっしりしたリズムの刻みと機関銃みたいなソロフレーズ。アッキーさんにはワウペダルやディレイ(エフェクター)を使った色っぽいアルペジオ。スタジオでもライヴでも、その振り分けがよりハマってきた気がする。ステージではアッキーさん、けっこうハジケてる瞬間も多いしね(笑)。

藤田顕 はははは、そうね。たまに荒ぶっちゃう。でも、さっきの話じゃないけど、それってシュンちゃんの存在も大きいんですよ。ステージ後方でさりげなく、でもつねに抜群の安定感でメロディーを奏でてくれるから。ある瞬間、前だけを向いてガーッといけるところはあるよね。自分からこんなこというのって、本当は反則なんだけど(笑)。あとは、なんといっても瞬発力だよね。

── といいますと?

藤田顕 佐野さんは、施工図としてのデモ音源はきっちり作られるけど、それはあくまで方向性を示す青写真であって。実際のセッションでは、個々のメンバーの裁量に任されたパートも多いんですね。たとえば間奏で「なにかいいアイデアはないかな?」って振られたとき、シュンちゃんはものすごい力を発揮する。たとえば「私の太陽」の即興ソロなんて、メンバーみんなぶっ飛んでたもん。ほぼ一発OKだったでしょう。

渡辺シュンスケ あれはジャズでいうところのモード奏法の応用っていうか。「私の太陽」のプリミティブなビート感に引っ張られて、あの音階のイメージが自然に浮かんできたんです。それを佐野さんが面白がってその場で採用してくれた。さっき話した「白夜飛行」の間奏ピアノも、ちょっと近いかもしれない。僕自身の引き出しがそういう形で生きたときは、やっぱ嬉しいですよ。



「私の太陽」 佐野元春 & THE COYOTE BAND


いわゆるバンドの一体感とかそういう次元も超えて。メンバー全員がひたすら無心に演奏。佐野さんの音楽だけが鳴ってる感じすらする(渡辺)

ある種、雑念が消えて研ぎ澄まされていく感じ。しかもそれがちゃんとお客さんにも伝わってる手応えがある(藤田)


── 最後にせっかくなので、12月10日リリースの最新作『HAYABUSA JET Ⅱ』についても少しだけお話を聞かせていただけますか?

藤田顕 これは『HAYABUSA JET』シリーズ両方に言えることだと思うんですけど、よりシンプルな構成でサウンドの強度を増す方向に進んでる気がします。

渡辺シュンスケ ああ、それは感じますね。少ない音数でより深く刺さるアレンジというか。

藤田顕 ギターに関していうと、たとえばストロークのパターンなんかもより簡潔になっている気がして。普通ならもうちょっと音を重ねてもよさそうなところ、ギリギリ一歩手前で止めてる気配がある。それと直接関係するかどうかわからないけれど、使用するギターの組み合わせも変わってきたんですよ。

渡辺シュンスケ へええ。

藤田顕 初期のコヨーテサウンドは、“ファット&スモーキー”がひとつのキーワードで。深沼さんと僕が両方ギブソン「レスポール」を使い、分厚い音の壁を作る傾向が強かったでしょ。でも近年は深沼さんの「レスポール」に、僕がフェンダー「ジャズマスター」を重ねる曲も増えていて。『HAYABUSA JET Ⅱ』の音像には、まさにそれが出ていると個人的には思う。以前に比べてよりクリアになってきた気がします。

渡辺シュンスケ 佐野さんのデモも、その組み合わせを意識されてる感じがありますよね。「新しい航海 New Voyage」でアッキーさんが弾いているイントロのアルペジオと、間奏のソロ。どっちもすごくよかったなあ。

藤田顕 45周年ツアーでも1つの核になっている、ほんといい曲だよね。僕が印象的だったのは、オープニングの「君を想えば Innocent」。イントロのリフが最高にかっこいいんだけど、スタジオで弾いているときは違う構成だったでしょう。

渡辺シュンスケ あ、そうそう! たしかあれ、みんなでエンディングを考えてるときにアッキーさんから出てきたんだよね。で、佐野さんが「それいいね!」みたいな感じになって。仕上がりを聴いてみたら、ポスト編集で導入部に置かれていたという(笑)。

藤田顕 そうそう、たぶんそうだった。

渡辺シュンスケ 「吠える」ってタイトルになった「Happy Man」もよかったです。ほとんどザ・フーみたいなモッズっぽいロックンロールに変貌していて(笑)。個人的に、ここまで変えちゃっていいのかって衝撃がありました。

藤田顕 たしか「吠える」はレコーディング最終日、予定していた曲を早めに録り終わって。余った時間に突然、セッションが始まったんだよね。事前のデモ音源はなくて。佐野さんが勢いよくギターを掻き鳴らして、そのグルーヴにメンバー各自がどんどん音を乗せていった。シンプルに聴こえるけど、実はコード展開が予測不能で。ついていくのが大変だった記憶があります。


佐野元春 & THE COYOTE BAND
『HAYABUSA JET Ⅱ』

2025年12月10日発売


── 『HAYABUSA JET Ⅱ』収録の再定義アレンジ、ライヴで聴くのが楽しみです。コヨーテバンドの活動も、20周年を超えてまだまだ続いていきそうですね。

藤田顕 ええ。個人的には今回の45周年アニバーサリーツアーも、もっとずっと続けばいいのにって思ってるくらい(笑)。

渡辺シュンスケ たしかに。今回のツアーは大規模で、公演数も多いじゃないですか。だから、普通なら「このへんで終わり」っていうラインを超えても、まだライヴが続いてく感覚があって。意識が拡張されるっていうと大げさだけど、なんだろう……あまり見たことなかった風景が広がってる気がするんですよね。

藤田顕 うん、すごくわかる。ある種、雑念が消えて研ぎ澄まされていく感じね。

渡辺シュンスケ そうそう。いわゆるバンドの一体感とか、そういう次元も超えて。ある種、無私の境地っていうのかな。メンバー全員がひたすら無心に演奏していて、佐野さんの音楽だけが鳴ってる感じすらする。

藤田顕 しかもそれが、ちゃんとお客さんにも伝わってる手応えがあるしね。

渡辺シュンスケ うん。いろんな現場で音楽に携わってきましたけど、そういう領域ってなかなか経験できるものじゃない。長い期間ずっと一緒に活動してきたメンバーが、佐野さんを軸に同じベクトルを共有できて、はじめて生まれるものだと思う。そういう場にいられるのはほんと、幸せだと思います。

(了)



「レイン・ガール(New Recording)」 佐野元春 & THE COYOTE BAND







渡辺シュンスケ(わたなべ・しゅんすけ)

1975年生まれ。愛知県出身。ザ・コヨーテバンドのピアノ、オルガン、キーボード、ヴォーカルを担当。13歳からキーボードを始め、国立音楽大学在学中よりセッションキーボディストとして活動を開始。ソロ・プロジェクトのSchroeder-Heads、さらにDragon AshのKj率いるThe Ravensのメンバーとしても活動中。コヨーテバンドには2010年の全国クラブ・サーキット・ツアー〈ソウルボーイの伝言〉から参加。




藤田顕(ふじた・あきら)

1972年生まれ。兵庫県出身。ザ・コヨーテバンドのギターを担当。高校1年生の時に左利きのエレキ・ギターを購入。大学系音楽サークルで結成したバンド、PLECTRUMでデビュー。その後GREAT3への参加をきっかけにセッション・ギタリストとして活動を開始。2012年、ギターバンドとしての充実を図りたいという佐野の意向からコヨーテバンドに加入。




MOTOHARU SANO 45TH ANNIVERSARY

エモノート佐野元春