2025年11月号|特集 米米CLUB

Part2|米米CLUB物語 1985-2025

会員限定

解説

2025.11.12

文/森朋之


(【Part1】からの続き)

Part2:「浪漫飛行」、「君がいるだけで」の大ヒットから、解散へ


 前回の最後とかぶっているが、ここはやはりアルバム『GO FUNK』(’88年)の話からはじめたい。ファンク色を強めると同時に、華やかなエンタメ性を封じ込めたこのアルバムは、やはり米米CLUBのターニングポイント。石井の「僕達はいままでにない新しいジャンルを開拓してきたバンドだと自負してますから、ここまで時間がかかっちゃったんでしょうね。試行錯誤を重ねながら、ここでようやくストレートに自分達を見せてやれという段階に来たってことでしょうね」(雑誌「PATiPATi」’88年10月号)というコメント通り、“やりたいことをやり切ることで評価される”という理想の状態へとたどり着いたのだった。


『5 1/2』
1989年11月11日発売


 翌’89年にリリースされた5thアルバム『5 1/2』もオリコンランキング1位を獲得。先行シングル「FUNK FUJIYAMA」の歌詞は“初めて日本に来た外国人から見た日本”がテーマで、サウンドはもちろんオーセンティックなファンク。遊び心を超えた“ふざけ心”たっぷりのこの曲がランキング2位を獲得したことからも、この時期の米米CLUBの無双状態が実感できる。さらにアルバムではジェームス小野田が4曲でメインヴォーカルを取るなど、新たな試みも。『GO FUNK』で確立したスタイルをさらに発展された意欲作だ。



米米CLUB
デビュー40周年記念 FAN BEST BOX
『愛米 〜FANtachy selection〜』
NOW ON SALE!!