2025年11月号|特集 米米CLUB

【Part2】ジェームス小野田 & BON スペシャル・ロングインタビュー

会員限定

インタビュー

2025.11.11

インタビュー・文/田中久勝 写真/山本佳代子


(【Part1】からの続き)

その時代時代で音楽的リーダーも変わるし、引っ張り方も変わるし、みんなの立場での振る舞いも変わる(BON)


── 米米CLUBのライヴは何度も観させていただいていますが、“ふざけて成立するかっこ良さ”みたいなものと、とことん音楽、演奏にはこだわっている、そこがずっとぶれていないと感じていて、かっこいいなと思っていました。メンバーの皆さんは、インディーズ時代から石井さんがよくおっしゃっていた「人を食ったような」というコンセプトは、全員が面白がってやっていたのか、それともそうではなかったか。

BON そこは全員が全員納得して、という感じではなかったと思います。

ジェームス小野田 ひとつのジャンルを追求しようと集まっているバンドではなかったので、それぞれが違うジャンルの音楽が好きなメンバー集まっている不思議なバンドなんです。

BON ただ、ちょっと人を茶化したり、斜に構えたりっていうのは、意外とメンバー全員が好きだから、そこは共通言語としてあったのかもしれない。もっといえば、バンドの原理原則として新しいことをやる時、「メンバーの中で最低2人が盛り上がってんだったらいいんじゃない?」っていうことと、もうひとつは「とりあえず1回やってみようよ」という否定をしない精神は一貫してあります。そこで何か気持ちが動いて「結構面白いじゃん」って思えばそれでいいし、「いまいちだな」って思ったらちゃんと言うし、そういう正直な部分はあります。

ジェームス小野田 さすがリーダー。色々とバランスを見ているんだね。

BON いや、一人だけで「面白いじゃん」って盛り上がっているのは独りよがりだし、バンドなんだから最低2人が盛り上がって、その面白さをきちんと認識できていればいいんじゃないのかなっていうのは常にあって。みんなが「なんかいまいちじゃん」って言っても、誰かが「面白いじゃん」って言って、2人以上がそう思っているなら「一回やってみようよ」っていうアンテナは、時代が変わっても常に持っていました。

── それが米米のクリエイティビティの根底にあったから、常に“面白い”ものをリスナーに提供し続けることができたんですね。小野田さんがBONさんと出会った頃から、BONさんってリーダー気質だったんですか?




左から、ジェームス小野田、BON



●米米CLUB (こめこめ・くらぶ)

1982年結成。’85年、シングル「I・CAN・BE」とアルバム『シャリ・シャリズム』でメジャーデビュー。カールスモーキー石井を中心的メンバーとして、ステージセット・コスチュームなどバンドを総合的にプロデュース。’89年「KOME KOME WAR」、’90年「FUNK FUJIYAMA」でMTV VIDEO MUSIC AWARDを2年連続受賞。さらに「浪漫飛行」、「君がいるだけで」などを含め多くのヒット曲をリリース。’97年に一度解散後、’06年再始動。’20年、デビュー35周年を記念した初のオンラインライブを開催し、幕間には、本家公認のショートムービー「男はつらいぜ」を上映し好評を博す。今年’25年はデビュー40周年イヤーとして、9月からツアー「米米大興行 人情紙吹雪 〜踊ってやっておくんなさい〜」の開催。デビュー40周年記念 FAN BEST BOX 『愛米 〜FANtachy selection〜』をリリースした。

https://www.komekomeclub.net/

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