アネックス|Motoharu Sano 45

【Part7】2010-2014|Motoharu Sano 45

2025.10.31



Motoharu Sano 45


HISTORY●佐野元春ヒストリー~ファクト❼2010-2014



文/斉藤鉄平




30年のキャリアを総括する精力的な音楽活動

 2010年。佐野元春のデビュー30周年のアニバーサリー・イヤーはコラボレーションから始まった。

 1月15日にフジテレビで放送された音楽番組『僕らの音楽』にゲスト出演。この日のメインアーティストであるLOVE PSYCHEDELICOとボブ・ディランの「Blowin’ In The Wind」と「Like A Rolling Stone」を演奏。

 2月3日にリリースされた冨田恵一のソロプロジェクト・冨田ラボのアルバム『Shipahead』に収録された「ペドロ〜消防士と潜水夫 feat.佐野元春」には、ゲスト・ヴォーカルとして参加。冨田は佐野のヴォーカルについて「ロックンロール、パンク的な表情がありながら、その根本に人間的な温かさがある」と評し、この曲には佐野以外のヴォーカルは想像できなかったと振り返っている(2010年『別冊カドカワ 総力特集佐野元春』)。

 そして7月3日からは初回シーズンが大きな反響を呼んだETV『佐野元春のザ・ソングライターズ』のセカンドシーズンが放送開始。ゲストは桜井和寿(Mr.Children)、後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、鈴木慶一(ムーンライダーズ)、岸田繁(くるり)、RHYMESTER、山口一郎(サカナクション)。日本を代表するモンスター・バンドのフロントマンからオルタナティヴ・ロックの探究者、そして佐野が先鞭をつけた日本語ラップの第一人者まで、世代やジャンルを横断した顔ぶれとなった。中でも70年代から日本語ロックのオリジネーターとして活動し続けている鈴木慶一との対談は格別の重厚感となった。

 本格的なアニバーサリー・イヤー活動の前夜祭として、デビュー曲「アンジェリーナ」がリリースされた3月に、東京・恵比寿リキッドルームと大阪なんばHatchでイベント〈アンジェリーナの日〉を開催。東京会場ではライヴ後に、クリス・ペプラーをゲストに迎えた、アメリカのトーク番組のような形式での記者会見「30周年を巡る対話」で、メディアやファンからの質問に答えた。またリキッドルーム内のカフェTime Out Cafe & Dinerでは〈カフェ・ボヘミア2010〉をオープン。30年の軌跡を辿る映像や音楽、資料が展示された。その中では片寄明人監修による企画展〈オルタナティブ80’s〉も開催し、80年代のアート作品、雑誌などの展示すると共に、伊藤銀次や駿東宏、長谷川博一を招いたトークショーも行われた。さらに3月28日のクロージング・イベントでは、90年代のネット黎明期から佐野のインターネット上での先駆的な活動を支えたMWS(Moto’s Web Server)と1986年から活動するオフィシャル・ファンクラブmofa(Motoharu Sano Official Fan Association)の合同イベント〈カフェ・ボヘミア2010ミーティング〉が開催され、これまでの活動にまつわるエピソードなどを披露。佐野の先駆的な活動を支えてきたスタッフの奮闘にも光が当てられるイベントとなった。

 そしてデビュー30周年を祝福する本格的なライヴ・ツアーは8月からスタート。

 「3つの違うバンドと、3つの異なる表現」をテーマに、期間を分けて3つのパートから構成されたライヴが全国各地で行われた。パート1として、スポークンワーズを主体とした5大都市ツアー〈in motion 2010 僕が旅に出る理由〉が行われた。ツアーバンドは井上鑑(ピアノ)、高水健司(ベース)、山木秀夫(ドラム)、山本拓夫(サックス)からなる井上鑑ファウンデーションズ。これまでのスポークンワーズ・ライヴを支えてきた手練のミュージシャンたちである。これまで鎌倉芸術館など限られた会場でしか開催されてこなかったフォーマットのライヴを福岡、名古屋、大阪、仙台、東京のライヴハウスで披露。


佐野元春
『ベリー・ベスト・オブ・佐野元春「ソウルボーイへの伝言」』

2010年9月29日発売


 9月29日には30年の活動の中から象徴的な16曲をコンパイルしたアルバム『ベリー・ベスト・オブ・佐野元春「ソウルボーイへの伝言」』がソニーミュージックからリリース。その名の通り、新しい世代のリスナーに向けたガイドという側面のある瑞々しい選曲。中でもDaisyMusicからリリースされた最新作『COYOTE』から「君がもし気高い孤独なら」が収められているところに、レコード会社の枠を超えて佐野の30年の軌跡を讃えようという意思が感じられる。

 10月22日のビルボードライブ東京でのWOWOW主催のプレミアムライヴを経て、30周年ツアーのパート2であるライヴハウス・サーキット〈ソウルボーイへの伝言〉がスタート。ザ・コヨーテバンドと共に全国21か所を回った。ライヴハウスを中心としたツアーは’09年の〈COYOTE〉ツアーに続いて二度目。しかし大都市圏はBRITZやZeppといった比較的大規模なヴェニューだった前回と異なり、東京と名古屋の会場は700人定員のShibuya O-EASTとボトムライン、関西に至っては300人も入れば満員の京都・磔磔である。この言わば「本物の」ライヴハウスが並ぶ日程表を見れば、佐野自身がコヨーテのメンバーと共に、ソウルボーイとしての牙をもう一度磨こうとしていたことは明白である。深沼元昭は当時を「あんなに小さな小屋でやるのは佐野さんにとって久しぶりだと思うんですけど、全然余裕なんですよ。小さな控え室の長椅子で熟睡して、起きたら“じゃ、リハ行こうか”って感じで」と振り返っている(『Player』2021年4月号)。



佐野元春30周年アニバーサリー・ツアーPart2 特別映像


 ’11年1月3日、WOWOWにてデビュー30周年を祝うスペシャル番組が一挙に3本・計8時間にわたって放送された。『佐野元春30周年アニバーサリースペシャル ALL FLOWERS IN TIME』は過去のライヴ映像、佐野本人に加えて親交のあるミュージシャンへのインタビュー、そして’10年10月22日にビルボードライブ東京で開催された〈佐野元春30周年アニバーサリープレミアムライヴ〉の模様を加えたライヴ&ドキュメンタリー番組。そして『スペシャルドラマ 堤幸彦×佐野元春「コヨーテ、海へ」』は、テレビドラマ『ケイゾク』や『SPEC』などのヒット作で知られる映像作家・堤幸彦が、インスパイアを受けてきた佐野の音楽作品へのオマージュとして制作した。主演は林遣都、長渕文音と佐野史郎。ニューヨーク、ブラジル、東京を舞台にしたロードムービーである。劇中の音楽は全編にわたり佐野の最新作『COYOTE』の楽曲が使用され、佐野もカメオ出演している。そして特番『BEAT GOES ON 〜ビートを探す旅』は、佐野の表現の源泉ともいうべきビート・カルチャーの発祥の地であるニューヨークを堤が旅するドキュメンタリー映像だった。

 1月26日には新作アルバム『月と専制君主』がリリースされた。佐野にとって初のセルフ・カヴァー・アルバム。もともと30周年記念の制作物として「軽い気持ちで」レコーディングを開始したが、途中でその意義に気づき、新作と同じだけの情熱と時間を注ぎ込んで作られたという。その言葉通り、モータウン・ビートが強調された「ジュジュ」、ラテンロックのリズムにスタイル・カウンシルへの目配せを忍ばせた「ヤングブラッズ」、そしてLOVE PSYCHEDELICOのKumiがボヘミアンなコーラスを響かせる「彼女が自由に踊る時」などニュー・アルバムと同等の聴きどころが詰まった作品になっている。レコーディングの主要メンバーは、古田たかし(ドラム)、井上富雄(ベース)、長田進(ギター)、Dr.kyOn(キーボード)、山本拓夫(サックス)。いわばザ・ハートランドとザ・ホーボー・キング・バンドの混成バンド。この30周年にふさわしいメンバーでのレコーディングを佐野は「僕にとって本当に大きな喜びだった。美しく、忘れられない景色となった」と振り返っている


佐野元春
『月と専制君主』

2011年1月26日発売


 タイトルとなった「月と専制君主」は’86年のアルバム『CAFÉ BOHEMIA』収録の「Sidewalk Talk」の一節。「言葉に税はかからない」という強烈なパンチラインを含む楽曲だが、今作でのアレンジはいわゆるアンプラグドにも近い、シックな手触り。年齢を重ねたからこその上質な美しさが心の「月」の美しさを際立たせると同時に、失われることのない「専制」に対する反抗の精神が今もリアルに生き続けていることを感じさせる。アウトロに差し込まれたルー・リードの「ワイルドサイドを歩け」を彷彿とさせるスキャットも、これがしたたかな大人のレベル・ミュージックであることの証明と言えるだろう

 本作のリリースと同日にはNHK『SONGS』にザ・ホーボー・キング・バンドと共に出演しライヴ・パフォーマンスを披露。また2月5日にはフジテレビの音楽番組『MUSIC FAIR』に佐橋佳幸、山本拓夫と共にレミオロメンと初共演。「約束の橋」と「ヤングブラッズ」を演奏した。さらに2月28日には、同じくフジテレビ系の超人気番組『SMAP×SMAP』に出演。SMAPのメンバーとザ・ホーボー・キング・バンドを含む総勢18人のロック・オーケストラと共に「サムデイ」を歌った。

 そして一年にも及ぶ30周年アニバーサリー・ツアーのパート3にして本編とも言うべき〈ALL FLOWERS IN TIME〉は’11年1月9日の福岡市民会館を皮切りに、広島・仙台・札幌・名古屋・新潟を回り、大阪・東京の特別公演を持ってファイナルを迎える日程。3ホール月6日、大阪城で開催された30周年を祝う特別なライヴには、ザ・ホーボー・キング・バンドに加え、スペシャルゲストとして、伊藤銀次、杉真理、山下久美子というデビュー当時を知る旧友から、スカパラホーンズや藤井一彦、山口洋といったアルバム『FRUITS』期の仲間たち、そして片寄明人、スガシカオ、堂島孝平、深沼元昭にLOVE PSYCHEDELICOという新しい世代のミュージシャンたちが駆けつけた。8,000人のファンと共に3時間半におよぶステージの一部は音楽配信サイトで聴くことができる。

 そして30周年アニバーサリーの大団円を3月12日、13日の日本武道館2デイズに控えた、3月11日14時46分。三陸沖を震源とした日本の観測史上最大規模M9の巨大地震、東北地方太平洋沖地震、いわゆる東日本大震災が日本列島を襲う。死者1万9,765人・行方不明者2,553人という人的被害と、’86年のチェルノブイリ以来最悪の原発事故を引き起こした大災害を前に、記念すべきライヴも延期を余儀なくされた。佐野はライヴが予定されていた自身にとって55回目の誕生日でもある3月13日、「それを「希望と名づけよう」という詩をウェブサイトを通じて発表。数えきれない喪失を悼むと共に、生き残った者が放つ光を肯定するメッセージを多くの傷ついたファンに届けた。

 震災後のわずか三週間後の4月4日に初回が収録されたETV『佐野元春のザ・ソングライターズ』のシーズン3が4月9日から放送開始。ゲストは山口隆(サンボマスター)、KREVA、曽我部恵一、トータス松本、キリンジ、七尾旅人。震災直後の緊急事態下での収録ということもあり、ソングライティングの技術論にとどまらず、ソングライターとしてリアルな表現を追求するために必要なことについて、より深い対話が行われた。とりわけ七尾旅人との、ふたつの震災、地下鉄サリン事件、そして9.11を経験した後の表現のあり方に対する真摯な対話は大きな感動を生んだ。

 5月4日には幕張メッセ国際展示場で開催されたロッキング・オン主催のロックフェス〈Japan Jam 2011〉において、佐野はサンボマスターのリクエストを受けてゲスト出演。客席からの熱狂的な「元春コール」の中登場した佐野は、サンボマスターの「そのぬくもりに用がある」「できっこないを やらなくちゃ」そして「約束の橋」と「サムデイ」を演奏。大震災からわずか2か月。原発事故の収束も見えない不安を抱えて集まったオーディエンスに、ロックンロールを通じて勇気を届けた。

 そして6月18日、19日。震災のため延期となり、開催そのものが危ぶまれていた30周年アニバーサリー・ツアーのファイナル公演〈ALL FLOWERS IN TIME 東京〉が東京国際フォーラムで開催された。バンドメンバーは古田たかし、井上富雄、Dr.kyOn、長田進、大井“スパム”洋輔にホーンセクションの山本拓夫と佐々木史郎。「30周年で一番うれしかったことは、素晴らしいミュージシャンと演奏できたこと。ザ・ハートランド、ホーボー・キング・バンド、このふたつのバンドがなければ僕の音楽はなかった」という、この日何度も繰り返したミュージシャンたちへの感謝の言葉に相応しいメンバーが揃った。佐野の軌跡に沿うよう概ね年代順に並べられたセットリストは「君を探している」からスタート。「ガラスのジェネレーション」「カムシャイニング」といった80年代のナンバーでは輝かしい都市の景色が、「欲望」ではバブル崩壊後のシリアスな空気が甦る。佐野元春が、時代の空気とそこに生きるひとりひとりの感情を生々しく捉え続けてきた芸術家であることを再認識させられる。


佐野元春 and THE HOBO KING BAND
『30TH.ANNIVERSARY CONCERT 'ALL FLOWERS IN TIME'』

2011年12月21日配信


 しかし最新こそ最高というクリエイティビティが、佐野の本分である。前年リリースされた『月と専制君主』のオーガニックにして力強いグルーヴが前半のハイライト。ワルツのリズムに生まれ変わった「レインガール」はファンと佐野を繋ぐ誇り高きアンセムのように響いた。そして佐橋佳幸も加わった後半、キャリアの中でも最も美しい記憶のひとつであろうウッドストック・レコーディングの「ヤング・フォーエバー」や、横浜スタジアムのライヴを彷彿とさせるアレンジの「ニューエイジ」など、ザ・ホーボー・キング・バンドとザ・ハートランドの記憶を往来しながら、テンションを一層高めていく。そして最高潮はもちろん「この曲は時を経てみんなの曲になりました。でもちょっと待って。やっぱり僕の曲だ」とおどけた後に会場が一体となって歌い上げた「サムデイ」だった。「音楽があったおかげで、こんなにも見える景色が広がりました。これからも音楽の情熱を皆さんに捧げたい」とスピーチし、ツアーを支えたスタッフ全員を紹介してステージを後にした。収益の一部が東日本大震災の被災地への義援金として寄付されたこの日の模様は8月24日にNHK BSプレミアムでドキュメント映像と共に放送され、12月14日には全編ノーカットの映像作品としてリリースされた。

 佐野元春のアニバーサリー・イヤーを振り返ると、デビュー10周年は大きなイベントはなく、20周年となった2000年前後はビジネス上の困難を抱えた時期でもあった。そしてメジャー・レーベルから独立した完全にインディペンデントな体制で迎えた30周年は、その時に困難な旅路が決して孤独なものではなく、いかなる環境でも支え続ける多くのミュージシャン、スタッフ、そしてファンと共に歩んだ、豊潤な時間であったことを実感するものとなった。

6年ぶりのオリジナル・アルバム『ZOOEY』リリースの布石

 30周年アニバーサリー・ツアーを終えた後は、全国でのフェス、イベントへの出演が続いた。

 7月17日に横浜アリーナで開催されたASIAN KUNG-FU GENERATIONが主催する音楽フェス〈NANO-MUGEN FES.2011〉は、ザ・ホーボー・キング・バンドとTHE GROOVERSの藤井一彦を迎えた編成で出演。ほぼ80年代の代表曲のみで固めたセットリストでロックファンを沸かせた。ライヴ中盤では「素晴らしい友人を紹介します」と後藤正文を招き入れ「約束の橋」を演奏。後藤は佐野が長年背負ってきたロック・アーティストとしての社会的責任に対して最も自覚的なアーティストのひとりであると言ってもいいだろう。雑誌『音楽と人』’10年7月号の対談で佐野は「僕も26歳、28歳くらいの時、同じことを唄っていた。だから弟が唄っているようで涙が出てくる」と述べているように、この日の共演は、両者の信頼関係の深さを物語るものとなった。8月21日の香川県・国営讃岐まんのう公園で開催された野外ロックフェス〈MONSTER baSH 2011〉にはザ・コヨーテバンドと共に出演。東京スカパラダイスオーケストラとマキシマム ザ ホルモンに挟まれたタイムテーブルで、1万8千人にパフォーマンスを披露した。

 そして12月19日にはホットスタッフ・プロモーション主催のクリスマス・ライヴ・イベント〈L’ultimo BACIO Anno 11〉に出演。このステージからザ・コヨーテバンドにプレクトラムのギター・藤田顕が加入。現在のバンドメンバーが固まることになった。深沼の推薦で参加が決まったものの、佐野との初対面に緊張する藤田は「僕がいい環境にするから、何も心配しないで」と声をかけられたという。優れたモチベーターとしての佐野の一面が垣間見れるエピソードである(『ミュージックマガジン』2025年4月号)。

 新体制のコヨーテバンドは12月31日の年末フェス〈COUNTDOWN JAPAN 11/12〉へ出演。歴史的な厄災に見舞われた怒涛の1年を駆け抜けた。

 2012年はラジオDJとしての活動で幕を開けた。NHK-FM『Motoharu Radio Show』のオンエア100回を記念した特別企画『Motoharu Radio Show〜ナイアガラDJトライアングル〜』を放送。大滝詠一と杉真理がゲスト出演した。そして30周年を迎えた『ナイアガラトライアングル VOL.2 30th Edition』は3月21日にリリース。新たにリマスターされたDISC-1に、全曲のカラオケが収録されたDISC-2が加えられた2枚組となった。

 3月からはビルボードライブ東京、大阪での3か月連続のマンスリーライヴ〈佐野元春&ザ・ホーボーキングバンド ビルボードライブ ‘Smoke & Blue’〉がスタート。古田たかし、Dr.kyOn、井上富雄というホーボー・キング・バンドからのメンバーに加え、チェロ・プレーヤー、笠原あやのを加えた5人編成。都会の中心にある大人のためのライヴレストランにふさわしい、ブルーズやフォークといったルーツ・ミュージック的な解釈で佐野のクラシックを再解釈するパフォーマンス。

 5月のライヴには同月に佐野のプロデュースによる新曲「トーキョー・シック」を配信リリースした雪村いずみがゲスト出演。美空ひばり、江利チエミと共に「三人娘」として戦後歌謡界で活躍し、60年代には渡米しフォーク・シンガーの草分けとしても知られる雪村。佐野の両親が結婚前に通った新橋のダンスホールの専属歌手でもあったという。前田憲男が編曲を手がけたスウィング・ジャズのリズムに乗って明朗な歌声で歌われる「世の中、いやなことばかりじゃない 落ち込んでないで 街に出かけようよ」というフレーズは、笠置シヅ子の「東京ブギウギ」が敗戦後の日本を照らしたように、震災後の日本を励まそうという思いがあったのかもしれない。この制作の模様は同年11月3日、NHK『SONGS』にて放送された。



「トーキョー・シック」佐野元春&雪村いづみ


 6月からはザ・コヨーテバンドとの全国11ヶ所をめぐるツアー〈2012 Early Summer Tour〉がスタート。当時のウェブサイトには『2012 佐野元春 & コヨーテバンド アーリーサマーツアードキュメント』として、刻一刻と変わっていく震災後の社会情勢と、それに呼応したライヴやバンドの関係が日誌のように記録されている。ツアー初日の前日である6月2日、政府が大飯原発再稼動に向けて調整を開始したことを受けて、急遽セットリストに「警告どおり 計画どおり」を加えることをメンバーにメールで伝えたとあることからも、震災や原発事故に対する問題意識が大きかったことが分かる。ゆえにツアーの中でも、被害の大きかった東北、仙台でのライヴは特別な夜になったという。またこのツアーでは16年ぶりに沖縄公演が行われたが、その翌日の沖縄慰霊の日にはメンバーに対して黙祷を呼びかけられた。権力構造に対する問題意識は、以降の佐野作品にも深く反映されていくことになるが、その答えのひとつがこの年の3月16日に逝去した戦後思想界の巨人・吉本隆明に捧げた詩「俺のキャビアとキャピタリズム」における権威に対する強烈な異議申し立てだろう。この詩は後にリリースされるアルバム『BLOOD MOON』において、ヘヴィ・ファンクのリズムを与えられることになる。

 10月5日からは、ETV『佐野元春のザ・ソングライターズ』シーズン4が放送開始。ゲストには中村一義、大木伸夫(ACIDMAN)、星野源、山崎まさよし、なかにし礼が登場。最終回はゲストを招かず、佐野自身がソングライティングについて講義を行う特別な回となった。そこで佐野は「ソングライティングという行為の意味」「良い歌詞とは何か」といったソングライターにとって永遠の問いに対し、端的な言葉で自らの答えを提示した。その普遍的な言葉はソングライターを志す者のみならず、現実社会における他者とのコミュニケーションという観点においても重要なポイントを示唆していた。

 11月7日からは、ソニー時代の楽曲のiTunes Storeにおける販売がスタート。またこの年のアーカイブ作品としては5月21日にユーキャンから発売されたDVDとCD各5枚と写真集、詩集で活動を記録したボックスセット『佐野元春SOUND & VISION 1980 - 2010』、そしてソニーミュージックからリリースされた全292分にも及ぶベストライヴ映像集『ライヴ・アンソロジー1980ー2010』がある。

 12月からは今年二度目となるザ・コヨーテバンドとの全国ツアー〈2012-2013 WINTER TOUR〉を開催。今回はライヴハウスではなく、全国の大規模ホールを巡る旅。このツアーを通じて「どんな大きなハコでも説得力のあるサウンドを出せるようになった」と感じた佐野は急遽スタジオに篭り、レコーディングを開始(『SWITCH』2021年6月号)。



「アンジェリーナ」佐野元春&THE COYOTE BAND(Live at Tokyo International Forum, 2013.2.23 From the live DVD 'MOTOHARU SANO & THE COYOTE BAND LIVE AT INTERNATIONAL FORUM')


 そして東京国際フォーラムでツアーファイナルを迎えた直後の’13年3月13日。 佐野の57回目の誕生日に待望の新作アルバム『ZOOEY』がリリースされた。オリジナルアルバムとしては『COYOTE』以来実に6年9か月ぶりである。

 佐野元春の歌は、言葉とビートの熱量が高く、その結合が強固であるがゆえに、しばしばメッセージ・ソングと評されてきた。しかし彼の表現は彼自身がしばしば言及しているように、それらの多くはランディ・ニューマン的手法による群像劇であり、時代のジャーナルであり、都市のスケッチであった。聴き手に直接心情を訴えたり行動を促すような楽曲はほとんど存在しなかった。

 だが15作目のオリジナルアルバムとなる本作『ZOOEY』は、生と愛、そしてその裏側にある死という根源的なテーマに正面から向き合い、そこで生まれた言葉と音をまっすぐに届ける作品となった。


佐野元春 & THE COYOTE BAND
『ZOOEY』

2013年3月13日発売


 “人生は美しい”を意味する先行シングル「La Vita è Bella(ラ・ヴィータ・エ・ベッラ)」では、「君が愛しい 理由はない」「生きる歓びをきっともっと感じてもいいんだろう」といった、思考や理性を超えたフレーズが響く。そして代表曲「サムデイ」を想起させるフィル・スペクター・サウンドに乗せ、市井の人々のままならぬ日常を優しく励ます「虹をつかむ人」。さらに「人間なんてみんなバカさ」という逆説的なパンチラインで、近しい人の尊さを歌う「君と一緒でなけりゃ」などに、その姿勢は端的に現れている。



「La Vita è Bella(ラ・ヴィータ・エ・ベッラ)」佐野元春&THE COYOTE BAND


 初めて「with The Coyote Band」とクレジットされたバンド・サウンドにもその精神は貫かれている。 「世界は慈悲を待っている」に宿る生命の躍動を形にしたモータウン・ビート。「ビートニクス」のタイトで野生的なロックンロール、「スーパー・ナチュラル・ウーマン」や「ZOOEY」の厚みのあるギター・サウンドは、二度にわたるライヴハウス・ツアーで鍛えられたバンドの肉体性があってこそだ。佐野自身もコヨーテの演奏について「本作はコヨーテバンドとの最初のクリエイティブなピークが訪れた瞬間だ」と振り返っている。一曲目の「世界は慈悲を待っている」がブルー・アイドソウル的なビートで始まるのは、小松シゲルと高桑圭のリズム隊をはじめとするこのバンドが最も得意とするリズムで作品をドライヴさせていこうという意思の表れにも感じられる。



「世界は慈悲を待っている」佐野元春&THE COYOTE BAND


 こうした強靭な意思の力を感じさせる背景にあるものは、やはり東日本大震災の影響だろう。近代日本が経験したことのない巨大地震と津波、そして原発事故が奪った多くの命と暮らし。自然の猛威と、それによって露わになった文明の矛盾とエゴ。日常が一変した2010年代に、ロックンロールやポップソングに何ができるのか。真摯に自問した結果が、この生命を讃える言葉とビートだったのだろう。佐野は震災直後の2011年4月4日、『ザ・ソングライターズ』での山口隆との対談で「僕たちソングライターは表に見えるものをスケッチするだけでなく、その向こう側にある景色までを読み込み、言葉を紡ぎ、音楽にしていく。それが大事な仕事のひとつ」と語っている。今、目の前を覆う大きな混沌の先にあるもの、あるいは足元で見過ごされているものを、想像力を駆使して描き出した作品がこの『ZOOEY』というアルバムだ。

 その結果、このアルバムには今もライヴで欠かすことのできないアンセムが数多く収められた。「世界は慈悲を待っている」「La Vita è Bella」、そして「ポーラスタア」。とりわけ「ふたり風の中 精一杯やっていけるだろう」というどんな厄災にも負けない人間の精神の強さに光を当てるような一節は、ライヴ会場に集まるファンと共に年月を重ねることで、より強い普遍性をまとうようになった。



「ポーラスタア」佐野元春&THE COYOTE BAND




「君と一緒でなけりゃ」佐野元春&THE COYOTE BAND


ロック史に刻印される名盤『ZOOEY』の余波と影響

 アルバム・リリースに伴うプロモーション活動の後、佐野はいくつかのイベントに参加した。

 5月2日には、2009年に逝去した日本を代表するロック・スターでありソウルシンガー・忌野清志郎のトリビュートイベント〈忌野清志郎 ロックン・ロール・ショー 日本武道館 Love & Peace〉に出演。「10年前、清志郎とこの同じ武道館で一緒に演奏しました。その時と同じ曲を皆さんに聴いてほしい」と語り、’03年4月の〈アースデー・コンサート〉でも演奏したRCサクセションの名曲「トランジスタ・ラジオ」をギター弾き語りで披露した。

 また5月4日・5日に放送された特別番組『ALL TOGETHER NOW 2013 by LION』にコメント出演。この番組は’85年6月に開催され、佐野がトリを務めたライヴ・イベント〈ALL TOGETHER NOW〉の未発表音源が発見されたことを契機に制作され、民放ラジオ100局で同時放送された。

 さらに8月2日には、ザ・バンドのメンバーであり、’97年リリースの『THE BARN』に参加したガース・ハドソンがビルボードライブ東京でライヴを開催。「Moto Sanoはいるかい? ステージに上がっておいでよ」というガースの呼びかけに応じて客席からステージに上がった佐野は、ザ・バンドの名曲「I Shall Be Released」を歌った。この場にはホーボー・キング・バンドの佐橋佳幸、Dr.kyOnも居合わせ、彼らにとってウッドストックでの記憶を温める忘れがたい一夜となった。



 同年9月から10月にかけては映像作品の公開が続いた。9月7日からは、’83年制作の音楽ドキュメンタリーの草分け『FILM NO DAMAGE』が全国の映画館で再上映。公開後30年にわたり所在不明だったオリジナルフィルムが発見されたことで実現した企画で、完全デジタル・リマスター化、音声も5.1chサラウンドにリミックスされた。そして10月26日からは、’87年のオールナイト・ロック・フェス〈BEATCHILD〉を記録したドキュメンタリー『ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD 1987』(監督:佐藤輝)が劇場公開。大雨の中で尾崎豊、BOØWY、渡辺美里、THE BLUE HEARTSらが出演し、佐野は大トリを務めた伝説のイベントである。さらに10月には『コヨーテ、海へ』を監督した堤幸彦演出のTBS系ドラマ『SPEC 零』に戸田恵梨香の父親役として出演。後に公開される劇場版では、佐野の代表曲「彼女」が挿入歌として使用されている。

 そして11月16日と24日には、MUSIC ON! TV主催「名盤ライヴ」企画の第一弾として、アルバム『SOMEDAY』完全再現ライヴが東京Zepp DiverCityと大阪・堂島リバーフォーラムで開催され、全4公演でのべ1万人を動員した。シリーズの第一弾アーティストとして招かれた佐野はこのライヴの意義を「当時10代だった人たちは社会に出て、家庭を持ち、必死に生きてきた。この再現ライヴで再び集まり、『自分たちはそれ相応のことをやってきたんだ』と確認する。そして僕が『そうだね』と言って『SOMEDAY』をもう一度プレゼントする場にできたらいい」と語っている。

 ライヴは『SOMEDAY』のLPをターンテーブルに置き針を落とす映像に合わせて、1曲目「シュガータイム」の演奏が始まる演出と共にスタート。佐野は「今夜は80年代にタイムワープして、おかしくなるくらい楽しんでいってください」と呼びかけた。このティーンエイジ・シンフォニーを鳴らすために集められたスペシャル・バンドは総勢11名。メモラブルではあるがノスタルジックにならないのは、30年経っても色褪せないほど作り込まれた楽曲とフレッシュな演奏によるもの。タイトルトラック「サムデイ」でダディ柴田のサックスソロが鳴り響いた時の佐野の弾けるような笑顔と、それを微笑ましく見つめるバンドメンバーの姿は「ステキなことはステキだと無邪気に笑える心」というフレーズそのもののようだった。「サンチャイルドは僕の友達」では本作を生み出した立役者のひとりであり、ザ・ハートランドのメンバーでもあった盟友・伊藤銀次も登場。「彼との出会いがとても大事なものになった」と紹介した佐野はアンコールで『SOMEDAY』と同時期に制作された『NIAGARA TRIANGLE VOL.2』からのナンバーを共に演奏した。この日のライヴは『FILM NO DAMAGE』の監督を務めた井出情児らが撮影し、林渉が監督した映像作品化されると共に、’14年1月25日、MUSIC ON! TVにて放送。「SOMEDAY そして、今」というドキュメンタリー番組も制作された



佐野元春「 SOMEDAY」名盤ライブ 映像トレーラ


 名盤ライヴが終了した翌日の11月25日には、ザ・ハートランド、そしてザ・ホーボー・キング・バンドのドラムとして佐野のキャリアのほとんどを支えてきた古田“Mighty”たかしのキャリア40周年を祝したイベント「古田たかしドラム生活40年祭 〜しーたか40〜」に出演。’73年に弱冠15歳で参加したカルメン・マキ&OZから始まった日本を代表するセッションドラマーの軌跡に相応しく、カルメン・マキ、奥田民生、PUFFY、Char、田島貴男、渡辺美里といった豪華なボーカリストをゲストに迎えた。またバンドには佐橋佳幸、井上富雄、Dr.kyOnに長田進も名を連ねた。


佐野元春 & THE COYOTE BAND
「みんなの願いかなう日まで」

2013年12月4日配信


 12月4日には佐野にとって2曲目となるクリスマスソング「みんなの願いかなう日まで」をリリース。’85年リリースの「クリスマスタイム・イン・ブルー」と同様に、世界中のクリスマスを見守りながら、親密な温かさを増した楽曲。さらに12月25日にはファンへのクリスマスプレゼントのように、佐野にとって初のナンバーワン・ヒットとなった『NO DAMAGE』の30周年を記念する『NO DAMAGE : DELUXE EDITION』がリリースされた。全曲リマスタリングされたBlu-spec2規格のオリジナル音源に、’82年から’83年まで全53公演を行った〈Rock & Roll Night Tour〉の最終公演のライヴ音源を収めたDISC-2。そして同年再公開された『FILM NO DAMAGE』を収めたDVDからなるボックス・セット。レコーディング、ライヴ、そして映像作品と、その才気をあらゆる方向に爆発させていた当時の佐野の姿を立体的に感じられる構成となった。


佐野元春
『NO DAMAGE : DELUXE EDITION』

2013年12月25日発売


 こうして新作とともに過去の軌跡を改めて照らした充実の2013年だったが、年末には訃報が相次いだ。

 11月には、横浜のブティック「赤い靴」オーナー・坪山紗織さんが逝去。「赤い靴」はデビュー・アルバム『BACK TO THE STREET』のジャケット撮影の舞台であり、ファンにとっての聖地だった。坪山は全国から訪れたファンのメッセージをゲストブックとして何十冊も残しており、佐野とも親交が深かった。閉店後にオープンした「GALERIE PARIS」では、2004年に佐野初の個展〈Sano Motoharu – Art Works – in Yokohama〉も開催した。そして12月30日には、日本のポップ・ミュージック史における巨人・大滝詠一が逝去。佐野は2日後、「日本の音楽界はひとつの大きな星を失った。でもその星は空に昇って、ちょうど北極星のように僕らを照らす存在となった。大滝さん、ありがとう」と追悼のコメントを発表した。

 大滝の訃報を受け、2014年1月から佐野がDJを務めるラジオ番組『元春レイディオ・ショー』で、追悼特集「ありがとう、大滝さん」が4週にわたって放送された。大滝は80年代、海外レコーディング中の佐野に代わってDJを務めるなど、同番組と縁が深かった。特集ではそのアーカイブを中心に、大滝のミュージシャン、ラジオDJとしての偉大な足跡が振り返られた。佐野はそのキャリアの中で、自分より上の世代の日本人ミュージシャンとのコラボレーションを頻繁にしてきたわけではなかったが、数少ない先達と呼べる存在が大滝だったと言えるだろう。大滝が佐野の「サムデイ」を「80年代でベスト3に入る名曲」と評した上で「アーティストとして一曲だけを語られるのは面映いものもあると思うけど、これからも大事にしてほしい」という肉声は、デビュー45周年を迎えた今、より深く響くメッセージとなっている。


佐野元春&雪村いづみ
『トーキョー・シック』

2014年2月12日発売


 翌2月には、雪村いづみとの共演盤『トーキョー・シック』がリリースされた。すでにリリースされていたシングル「トーキョー・シック」をはじめ、「Bye Bye Handy Love」のセルフ・カヴァーを含む全6曲を収録。すべて前田憲男によるアレンジが施され、雪村のエバーグリーンな輝きと、佐野のヴォーカリストとしての新しい表情が刻まれた作品となった。中でも「もう憎しみはない」で歌われる寛容の精神は、9.11、3.11を通過した当時の社会はもちろん、異邦の人々やマイノリティに対する風当たりが冷たく厳しくなる現代において取り戻されるべき精神と言えるだろう。 また本作と同時に、佐野がプロデュースを手がけた雪村いづみのベスト・アルバム『スーパー・シック』もリリース。結果的にではあるが、雪村いづみという偉大なシンガーとのコラボレーションを通じた昭和歌謡の再定義は、歌謡界にも多大な貢献をした大瀧詠一へのオマージュともなった。

 そして3月、2009年から5年間にわたり放送された『元春レイディオ・ショー』が終了。番組でオンエアされた楽曲は2,000曲近くにもおよんだ。最終回は、設立10年目を記念して自らのレーベルDaisyMusicからリリースされた自身の楽曲を中心に選曲。「音楽を通じてリスナーと同じ景色を分かち合えたことが喜びです」という言葉と共に放送を終えた。なお、番組テーマソングであった「ラジオ・デイズ」のシングル・バージョンはiTunes Storeでリリースされた。


佐野元春 & THE COYOTE BAND
「ラジオ・デイズ」

2014年3月12日配信




佐野元春 Billboard LIVE 'Smoke & Blue 2014'


 4月から3か月連続で行われたビルボードライブ・ツアーを経て迎えた2014年の夏は、’83年のニューヨークで佐野が残した偉大なる足跡、アルバム『VISITORS』を再訪する季節となった。7月25日には日本最大級のロック・フェス〈フジロックフェスティバル’14〉に出演。開催18回目での佐野の初出演も話題を呼んだが、その内容がアルバム『VISITORS』の完全再現ライヴであったことも大きなインパクトを与えた。バンドはザ・ハートランド、ザ・ホーボー・キング・バンドからのメンバーを中心に編成され、LOVE PSYCHEDELICOのKumiを迎えたスペシャル・バンド。MCを挟まず、オリジナルのアレンジで曲順どおりに演奏するという、リリース当時にもないスタイルのパフォーマンスだった。当時は賛否を生んだ、世界基準の先鋭性が30年後の音楽シーンでどう受け止められるのか。あるいは、インターネット革命や9.11を経て大きく在り様を変えた世界において、80年代前半のニューヨークでひとりの若き異邦人が掴んだリアルはいまも有効か――。世界中のアーティストが集う苗場で、その問いを投げかける試みだった

 そしてフジロック出演直後、佐野はニューヨークに渡る。その目的は、『VISITORS』の共同プロデューサーでありレコーディング・エンジニアを務めたジョン・ポトカーとともに、当時のマスター・テープから発見された未発表曲のミックスを行うことにあった。ふたりは旧交を温めつつ、30年前にアルバムを録音した旧ライト・トラック・スタジオで作業を進めた。ポトカーは「モトは最高のアルバムを作ることに集中していた。その真摯な姿勢が僕のハートに火をつけた。彼が舵取りをして、僕がサポートをするという関係性はしっかりできていた」と振り返った。30年越しに完成した未発表曲「CONFUSION」はラテンのリズムが鮮烈なダンスチューン。そのオーパーツのような輝きは『VISITORS』というアルバムの底知れなさをより際立たせるものとなった。この模様を含めた当時の制作スタッフとの再会やアルバム制作の秘話を追ったドキュメンタリー番組『名盤ドキュメント 佐野元春“ヴィジターズ”〜NYからの衝撃作 30年目の告白〜』が9月21日にNHK BSでオンエアされた。そして同時期にソニーの倉庫で発見されたのが’85年5月28日に品川プリンスホテル・アイスアリーナで行われたライヴを5台のカメラで撮影したフィルム。これらを編集したライヴを再現した映像を含むDVDとライヴ音源CD、さらに別ヴァージョンCDなどから成るボックスセット『VISITORS DELUXE EDITION』が10月29日に発売された。



VISITORS REVISITED - 佐野元春


 『VISITORS』再訪を終えた後、佐野は9月7日、昭和女子大学人見記念講堂で開催された〈佐橋佳幸 芸能生活30周年記念ライヴ〉に出演。佐野がウッドストックで(架空のエピソードと共に)つけた愛称「コロ」でファンから親しまれてきた佐橋。彼が佐野に出会ったのは中学生時代まで遡り、’96年にザ・ホーボー・キング・バンドの一員となったときには感慨深い思いがあったという。日本のトップ・ギタリストの節目を祝うべく、この日のイベントには高橋幸宏、仲井戸麗市、根本要、渡辺美里をはじめ、多数のミュージシャンが集結。佐野はアルバム『THE BARN』から「風の手のひらの上」「ロックンロール・ハート」を披露した。この模様はNHK BSで『名曲のかたわらにサハシあり~ギタリスト佐橋佳幸・30周年記念公演~』として放送された。

 こうした活動と並行して、ザ・コヨーテバンドとのスタジオ・ワークを4月から開始。9月28日のクラブチッタ川崎を皮切りに〈佐野元春 & ザ・コヨーテバンド 2014年秋ツアー〉としてライヴ活動も再始動。約2か月にわたる全国19公演を終えたのち、12月23・24日にはEX THEATER ROPPONGIで恒例の〈2014ロッキン・クリスマス〉を開催。そして年末には幕張メッセ国際展示場で行われた〈COUNTDOWN JAPAN 14/15〉に出演し、新作への期待を高めながら2014年の活動を終えた――。

(【Part8】佐野元春ヒストリー~ファクト に続く)



DISCOGRAPHY●佐野元春ディスコグラフィ❼2010-2014



ジャケット撮影/島田香




  • COMPILATION

    佐野元春
    ベリー・ベスト・オブ・佐野元春「ソウルボーイへの伝言」

    2010年9月29日発売/Sony Music Direct

    [CD]MHCL 20114(2010.9.29)



    ①アンジェリーナ (’99 mix version)
    ②ガラスのジェネレーション (Additional recorded version)
    ③サムデイ (Original version)
    ④ダウンタウンボーイ (’99 mix version)
    ⑤情けない週末 (Original version)
    ⑥ヤングブラッズ (’99 mix version)
    ⑦99ブルース (Original version)
    ⑧クリスマス・タイム・イン・ブルー (Original version)
    ⑨約束の橋 (Single version)
    ⑩ぼくは大人になった (Original version)
    ⑪レインボー・イン・マイ・ソウル (’99 mix and edit version)
    ⑫欲望 (Original version)
    ⑬すべてうまくはいかなくても (’99 mix version)
    ⑭ヤング・フォーエバー (Original version)
    ⑮君の魂 大事な魂 (Original version)
    ⑯君が気高い孤独なら ─奇妙な日々 (Original version)





  • DIGITAL

    佐野元春
    月と専制君主 -Boys & Girls version-

    2011年1月12日配信/DaisyMusic





  • COMPILATION

    佐野元春
    月と専制君主

    2011年1月26日発売/DaisyMusic

    [CD+DVD]POCE-9385 [CD+LP]POCE-9386 [CD+LP]POCE-3808(2011.1.26)



    ① ジュジュ
    ② 夏草の誘い
    ③ ヤングブラッズ
    ④ クエスチョンズ
    ⑤ 彼女が自由に踊るとき
    ⑥ 月と専制君主
    ⑦ C'mon
    ⑧ 日曜の朝の憂鬱
    ⑨ 君がいなければ
    ⑩ レインガール

    アナログ盤も同じ収録内容/DVDはドキュメンタリー映像




  • VIDEO

    佐野元春
    佐野元春 30th Anniversary Tour ALL FLOWERS IN TIME

    2011年12月14日発売/DaisyMusic

    [BD]POXE-29001 [5DVD]POBE-9382~6 [2DVD]POBE-3804~5(2011.12.14)



    ●DISC 1:佐野元春&井上鑑ファウンデーションズ スポークン・ワーズ・セッション「in motion 2010 僕が旅に出る理由」 2010.8.14 SHIBUYA PLEASURE PLEASURE
    ●DISC 2:佐野元春&THE COYOTE BAND クラブサーキットツアー「ソウル・ボーイへの伝言」2010.12.14 横浜BLITZ
    ●DISC 3:佐野元春&THE HOBO KING BAND 8大都市ツアーファイナル大阪「ALL FLOWERS IN TIME 大阪」 2011.3.6 大阪城ホール
    ●DISC 4:佐野元春&THE HOBO KING BAND 8大都市ツアーファイナル東京「ALL FLOWERS IN TIME 東京」 2011.6.19 東京国際フォーラム
    ●DISC 5:佐野元春&THE HOBO KING BAND 8大都市ツアーファイナル東京「ALL FLOWERS IN TIME 東京」 2011.6.19 東京国際フォーラム

    BD盤はDISC 4とDISC 5を1枚組にしたもの。 通常盤はDISC 4とDISC 5のDVD2枚組。




  • DIGITAL

    佐野元春&雪村いづみ
    トーキョー・シック

    2012年5月19日配信/DaisyMusic





  • VIDEO

    佐野元春
    MOTOHARU SANO LIVE ANTHOLOGY 1980-2010

    2012年6月20日発売/Sony Music Direct

    [BD]MHXL 7 [MHBL 1076~7](2012.6.20)


    DISC1
    ●ガラスのジェネレーション
    ●ロックンロール・ナイト
    ●ハートビート
    ●COME SHINING
    ●COMPLICATION SHAKEDOWN
    ●99 BLUES
    ●STRANGE DAYS
    ●YOUNG BLOODS
    ●インディビジュアリスト
    ●君をさがしている(朝が来るまで)
    ●アンジェリーナ
    ●ワイルド・ハーツ-冒険者たち
    ●ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
    ●愛のシステム
    ●おれは最低
    ●ブルーの見解
    ●愛することってむずかしい
    ●ボリビア―野性的で冴えてる連中
    ●クエスチョンズ
    ●ジャスミンガール
    ●ぼくは大人になった
    ●シェイム
    ●ハートビート
    ●ニュー・エイジ
    ●レインボー・イン・マイ・ソウル
    ●新しい航海


    DISC2
    ●ザ・サークル
    ●欲望
    ●新しいシャツ
    ●悲しきレイディオ
    ●サムデイ
    ●ジュジュ
    ●スウィート16
    ●約束の橋
    ●君を連れてゆく
    ●コンプリケーション・シェイクダウン
    ●水上バスに乗って
    ●すべてうまくはいかなくても
    ●太陽だけが見えている
    ●ヤング・フォーエバー
    ●ヘイ・ラ・ラ
    ●7日じゃ足りない
    ●ロックンロール・ハート
    ●驚くに値しない
    ●イノセント
    ●君の魂 大事な魂
    ●太陽
    ●国のための準備
    ●星の下 路の上
    ●君が気高い孤独なら
    ●サムデイ
    ●アンジェリーナ
    ●サムデイ 30th Anniversary Version(ボーナストラック)


    BD盤はDISC①②収録




  • DIGITAL

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    La Vita é Bella (ラ・ヴィータ・エ・ベラ)

    2012年8月29日配信/DaisyMusic





  • DIGITAL

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    世界は慈悲を待っている

    2013年1月30日配信/DaisyMusic
    ※iTunes Store アルバム先行ダウンロード





  • STUDIO ALBUM

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    Zooey

    2013年3月13日発売/DaisyMusic

    [2CD+DVD]POCE-9387 [CD+DVD]POCE-9388 [CD]POCE-3809(2013.3.13)



    Disc1 ZOOEY MASTER CD
    part one
    ① 世界は慈悲を待っている
    ② 虹をつかむ人
    ③ ラ・ヴィータ・エ・ベラ
    ④ 愛のためにできたこと
    ⑤ ポーラスタア
    ⑥ 君と往く道
    part two
    ⑦ ビートニクス
    ⑧ 君と一緒でなけりゃ
    ⑨ 詩人の恋
    ⑩ スーパー・ナチュラル・ウーマン
    ⑪ 食事とベッド
    ⑫ ZOOEY


    Disc2 ZOOEY LANDSCAPE CD (デラックス版のみ)
    ① 世界は慈悲を待っている(Instrumental)
    ② 虹をつかむ人(Instrumental)
    ③ ラ・ヴィータ・エ・ベラ(Instrumental)
    ④ 愛のためにできたこと(Instrumental)
    ⑤ ポーラスタア(Instrumental)
    ⑥ 君と往く道(Instrumental)
    ⑦ ビートニクス(Instrumental)
    ⑧ 君と一緒でなけりゃ(Instrumental)
    ⑨ 詩人の恋(Instrumental)
    ⑩ スーパー・ナチュラル・ウーマン(Instrumental)
    ⑪ 食事とベッド(Instrumental)
    ⑫ ZOOEY(Instrumental)
    ⑬ 世界は慈悲を待っている(Demo)
    ⑭ 愛のためにできたこと(Demo)
    ⑮ 君と往く道(Demo)
    ⑯ 詩人の恋(Demo)


    Disc3 ZOOEY MOVIE DVD (デラックス版と初回限定版のみ)
    ① 世界は慈悲を待っている(Document)
    ② 世界は慈悲を待っている(Music Clip)
    ③ 虹をつかむ人(Recording Document)
    ④ 虹をつかむ人(Live)
    ⑤ ポーラスタア(Interviews)
    ⑥ ポーラスタア(Music Clip)
    ⑦ 君と往く道(Interviews)
    ⑧ 君と往く道(Music Clip)
    ⑨ 君と一緒でなけりゃ(Music Clip)
    ⑩ スーパー・ナチュラル・ウーマン(Interviews)
    ⑪ スーパー・ナチュラル・ウーマン(Music Clip)
    ⑫ La Vita e Bella(Music Clip)


    Produced by 佐野元春
    All Songs written and composed by 佐野元春
    Mixed by 渡辺省二郎、伊藤隆文
    Mastering by Ted Jensen
    Cover photography by 信藤三雄

    Musicians
    ●佐野元春 ●深沼元昭 ●小松シゲル ●高桑圭 ●Dr.kyOn ●西村浩二 ●山本拓夫 ●金原千恵子ストリングス ●片寄明人 ●竹内宏美 ●田中まゆ果 ●Melodie Sexton ●大井洋輔 ●中澤美紀 ●井上鑑




  • DIGITAL

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    みんなの願いかなう日まで

    2013年12月4日配信/DaisyMusic





  • VIDEO

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    ライブ・アット・東京国際フォーラム 2013.2.23

    2013年12月22日発売/DaisyMusic

    [DVD]DMDVD-018(2013.12.22)



    ●COYOTE THEME 2013
    ●アンジェリーナ
    ●星の下 路の上
    ●夜空の果てまで
    ●世界は慈悲を待っている
    ●虹をつかむ人
    ●La Vita é Bella
    ●ポーラスタア
    ●彼女
    ●HEART BEAT
    ●99ブルース
    ●ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
    ●約束の橋
    ●ロックンロール・ナイト
    ●サムデイ
    ●ヤングブラッズ
    ●悲しきレイディオ ほか




  • COMPILATION

    佐野元春
    NO DAMAGE : DELUXE EDITION

    2013年12月25日発売/Sony Music Direct

    [2CD+DVD]MHCL 30187~9(2013.12.25)



    ●CD ONE:最新リマスター『No Damage(14のありふれたチャイム達)』
    ●CD TWO:全14曲未発表ライブ版『ロックンロール・ナイト ライヴ・アット・サンプラザ 1983』
    ●DVD:ドキュメンタリー映画『FILM NO DAMAGE』




  • DIGITAL

    佐野元春 & THE COYOTE BAND
    ラジオ・デイズ

    2014年3月12日配信/DaisyMusic





  • COMPILATION

    佐野元春
    VISITORS DELUXE EDITION

    2014年10月29日発売/Sony Music Direct

    [3CD+DVD]MHCL 30263~6(2014.10.29)



    ●Disc 1(CD)VISITORS - ORIGINALS
    ●Disc 2(CD)VISITORS - 7 & 12INCHS AND OTHERS
    ●Disc 3(CD)LIVE ‘VISITORS’
    ●Disc 4(DVD)VISITORS REVISITED- Documentary Now and Then
    ●PHOTO BOOK(全100ページ)



●上記ディスコグラフィ内の記載品番全てを撮影しているわけではありません。ご了承ください。




INTERVIEWS●佐野元春サウンドを鳴らした仲間たち❼高桑圭×小松シゲル



インタビュー・文/大谷隆之


佐野さんのデモってちょっと手紙っぽい感じがするんですよね(高桑)

それを強く感じるのは、リズムパターンよりむしろ音色の部分かもしれない(小松)


── 高桑さんと小松さんがTHE COYOTE BANDのリズムセクションを務めて、もう20年ですね。おふたりはいくつ違いでしたっけ?

高桑圭 5つかな。小松くん、たしか1972年生まれでしょ?

小松シゲル そうですそうです。じゃあ圭さん、うちの上の姉ちゃんと同学年なんですね。実を言うと僕がドラムに興味を持ったのは、その姉の影響なんですよ。

高桑圭 へええ、そうなんだ。

小松シゲル 姉はずっと吹奏楽部に入ってまして。中学時代はサックスだったんだけど、高校から打楽器に変わったんです。僕が小学校高学年だった頃、1階でテレビ見てると上からドコドコ音が響いてきて。

高桑圭 はははは、2階の部屋で練習してたんだ。

小松シゲル そうなんです。お茶の間の真上だったから、もうドッタンバッタンうるさかったんですけど。気づけば自然と「ドラムってなんかいいな」って感じになっていた。

高桑圭 普通はまずギターに興味が向くじゃない。そっちに行こうとは思わなかった?

小松シゲル ロック聴きはじめた当初は、やっぱ関心ありましたよ。それで中学に上がった頃、友だちの兄ちゃんに触らせてもらったんです。でも(身振りをしながら)こうやってギターを抱えた瞬間に「あ、こりゃ違うわ」と思っちゃった(笑)。どんなに練習しても、うまくなる気がしなかったというか。

高桑圭 いわゆる画が浮かばないってやつね。

小松シゲル そう、まさにそれ! でもドラムは正反対で、なぜか初日から大丈夫だったんですよ。別の友だちのお父さんが、たまたまセットを持ってまして。前に座らせてもらっただけで「うん、俺はこっちだ」ってなった。そこから現在に至ってます。圭さんはギターとベース、どっちから入りました?

高桑圭 僕はベースですね。中学時代から音楽はめちゃめちゃ好きだったんだけど、自分でバンドとかやった経験はなくて。それで高校に上がるときに、友だちの誰も持ってなかったベースを買おうとて決めたの。忘れもしない、ラオックスの秋葉原本店に朝4時から並んで(笑)。プレベ(フェンダー・プレシジョンベース)のコピーモデルをセール価格で買いました。アンプもセットで1万8000円だったかな。たぶん、探せば実家にあると思います。小松くんは、最初に買ったドラムはどんなだった?

小松シゲル ドラマガ(リズム&ドラム・マガジン)の広告ページに載っていた、TAMAの入門セットみたいなやつです。消音パッドも込みで10万円くらい。高1の冬休みにバイトして、京都の楽器屋さんから通販で買って。高校時代はずっとそれで練習してました。先日、僕の地元で開いた音楽フェス(信州いいやまノーナ・フェス)でも会場に飾ってもらったんですよ。

── それぞれ、佐野さんとの出会いはどのように?

高桑圭 僕は二十代半ば、ロッテンハッツというバンドをやってた頃かな。メンバーの片寄(明人)が、もともと佐野さんのファンで。彼がすでに面識のあった伊藤銀次さんから「今度、佐野くんとスタジオに入るから君も遊びにおいで」と誘われたんです。ただ、ひとりで行くのは緊張したんだろうね。「圭も一緒に行こうよ」と連れてってくれた。それが佐野さんとのファーストコンタクト。

小松シゲル なるほどねえ。初日はどんな感じだったんですか?

高桑圭 印象としては、今とまったく変わんない。その日は銀次さんのアルバム『LOVE PARADE』の「Hello Again」って楽曲のレコーディングで。佐野さんが曲のプロデューサーだったのね。紹介されてすぐ「せっかくなので、ふたりともバックで歌っていって」みたいな話になりまして。「コーラスのラインを考えるからちょっと待ってて」と言われたのが昼の12時くらい。で、「お待たせ、じゃあいこうか!」ってスタジオに呼ばれたのが真夜中12時すぎだったという(笑)。

小松シゲル はははは、すごいっすね。そっから歌入れしたんですか?

高桑圭 うん。佐野さんも一緒に3人で。そんなこんなで初対面からいきなりディープだったというか。僕の中で伝説ができた(笑)。こと音楽に関しては、どこまでも突き詰める人なんだなって。僕はそれまで洋楽一辺倒だったんだけど、そこから佐野さんの楽曲を意識的に聴くようになりました。


伊藤銀次
『LOVE PARADE』

1993年7月21日発売


小松シゲル 僕の場合、さっき話した上の姉が佐野さんの大ファンだったんです。部屋に『NO DAMGE』と、あと出たばかりの『CAFÉ BOHEMIA』のレコードがあったのかな。姉ちゃんがいない間にこっそり部屋に入って、真新しいCDラジカセで聴いたのが、最初の元春体験ですね。あと印象的だったのは、友だちがラジオ番組を録音したカセットテープを貸してくれたこと。たしか中2の春だったと思うんですけど、そこに『元春レイディオショー』のラスト3回分が入ってまして。


佐野元春 with THE HEARTLAND
『CAFÉ BOHEMIA』

1986年12月1日発売


── NHK-FM『サウンドストリート』月曜日ですね。第1期の最終回は1987年3月20日。

小松シゲル そうそう。なぜか最終回の次の日「これ聞いてみて」って渡してくれた。どうして僕だったのか、今も謎なんですけど。

高桑圭 きっと小松くんには響くと思ったんじゃない?

小松シゲル まあ実際、そこから熱心に聴くようになりましたからね。ご本人と会ったのは深沼(元昭)さんのソロプロジェクトMellowheadのライヴリハが最初かな。たしか、もうなくなっちゃった笹塚のスタジオミュージアムって場所で。そのとき圭さんもいたと思うんですけど。

高桑圭 笹塚のミュージアム。あったよね。

小松シゲル Mellowheadの「エンプティ・ハンズ」と、あと佐野さんの楽曲でPLAGUESが参加した「水上バスに乗って」もやったのかな。渋谷CLUB QUATTROのライヴに佐野さんがゲスト出演されたのが、2005年の7月で。で、その年の12月には、堂島孝平くんのツアーでまたご一緒したんですよ。後で聞くと堂島くんは「ふたりして、よくわかんない言語で喋ってるなぁ」って呆れてたらしいんですけど。

高桑圭 よくわかんない言語って、どういうこと?

小松シゲル その頃は僕、譜面とか今以上にわかんなかったので。たとえば「何小節目のケツをシンコペートさせて、前拍のバスドラを食っていいですか?」的なことを言いたいとしますよね。それが「そこんとこダンダンダンッてきて、ドンッてなってガッといく感じですかね」みたいな表現になっちゃってたと思うんです。堂島くんはナンノコッチャ状態だったんだけど、佐野さんは「オーケー、いいよ」って(笑)。

高桑圭 そのやりとり、めちゃめちゃ目に浮かぶなぁ(笑)。

小松シゲル さすがに最近は、もうちょっと普通の言葉で会話してますけどね。堂島くんにはいまだにネタにされてます。


佐野元春
「星の下 路の上」

2005年12月7日発売


── Mellowheadのライヴと堂島さんのツアー〈SKYDRIVERS HIGH TOUR 2005 featuring 佐野元春〉の間には、佐野さんの3曲入りEP「星の下 路の上」がレコーディングされています。まだザ・コヨーテバンドの名義ではありませんが、佐野・深沼・高桑・小松という4人でのスタジオワークがここから始まった。印象に残っていることはありますか?

高桑圭 場所は銀座の音響ハウスでしたが、僕は正直、最初はワンショットの仕事だと思ってました。その後、4人でフルアルバムを作るとか、ましてやバンドが20年も続くなんて想像もしてなかった。

小松シゲル 僕も同じです。レコーディング現場でいちばん印象的だったのは、佐野さんが作ってきたデモにクリック(正確なテンポを保つためのガイド音)が入ってたんですよ。ただ、実際それに合わせて演奏しても、うまく合わなかった。というのも、通常は1曲を通じてBPM(Beats Per Minute:1分あたりのビート数)が一定のケースが多いんですけど、佐野さんの場合、パートごとにすごく微妙に数値が変えてあったんですよね。アシスタントエンジニアさんからプロツールスの画面を見せてもらって、びっくりしたのを覚えてます。

高桑圭 たぶん佐野さんのデモって、まず最初に歌ありきなんだよね。クリックに合わせて仮歌を乗せるんじゃなくて。むしろデモ段階で身体の中には正しいテンポ設定があって、そこに便宜上クリックを打っている。

小松シゲル 今にして思えばクリックに因われず、佐野さんのヴォーカルに合わせて叩けばよかったんだなと。あと、ちょっと俗な言い方だけど、クリエイターとしての佐野さんって、右脳と左脳がものすごくバキッと分かれてる感じがするんですよ。デモを作ったりスタジオ作業をしてるときは、とことん右脳型っていうか。どこまでも直感とかアイデアを重視して、いわば動物的に動きまくるじゃないですか。

高桑圭 うん、たしかに。

小松シゲル でも同時に、そういう自分を俯瞰で見ている、もうひとりの佐野元春がどこかにいて。バンドでのレコーディングが終わってひとりになったときには、そっちの左脳的な部分が強く出てくる気がするんですよね。だから完成した楽曲を聴いて「え、あの曲、佐野さんの頭の中ではこんなふうに鳴ってたんだ」って(笑)。今でもありますもんね。

高桑圭 すごくわかります。だから佐野さんって、レコーディング中にメンバーのアイデアを採り入れるのも早いじゃない? 右脳で面白いと感じると、躊躇なく試してみるフレキシブルさがある。その一方で作品へのヴィジョンが非常に明確な人でもあって。それも楽曲のサウンドだけじゃなく、リリースするタイミングからアートワーク、プロモーション手法まで、全体のストーリーが完璧にできている。僕自身、個人プロジェクトのCurly Giraffeは基本ひとりで作ることが多いので、余計そう感じるんですけど、それって簡単じゃないんですよ。というか、普通はまずできない。

小松シゲル これは何かの記事で読んだんですけど、佐野さん、アルバムが完成した瞬間が自分でわかるって言いますもんね。僕たちノーナ・リーヴスなんて毎回「これで十分? まだやるべきかな?」って悩んでますけど(笑)。そのタイミングを毎回、自分でぱっと感じとれるのはすごいなって思います。

きっと佐野さんにとって、BPM「0.1」の差は天と地ほど違うんでしょうね(小松)

むしろ佐野さんが「このテンポ感が最適」という思えるスイートスポットというか(高桑)


── すごいイメージ構想力ですよね。ザ・コヨーテバンドのリズムパートは、どういう流れでできていくことが多いですか?

高桑圭 ざっくり分けるとふたつのパターンがありまして。ひとつは佐野さんが作ったデモ音源をベースに、各自が自分のパートを膨らませるやり方。もうひとつはスタジオに入って、みんなでセッションっぽく固めていく方法。後者の場合はまず佐野さんがギターで歌ってくれるパターンが多いかな。で、「ギターのリフはこう、ベースラインはこう、そこにドラムがこう入って……」みたいな感じで。口伝えでイメージを共有していく。

小松シゲル 最近はわりと、デモを聴いた状態でスタジオに入ってる気がしますね。ただ、アルバムに何曲かは必ずぶっつけ本番っぽいテイクもあって。そういうときは佐野さん、だいたいサングラスをかけて登場する。あくまで僕の中の印象ですけど(笑)。

高桑圭 よく言うんですけど、佐野さんのデモってちょっと手紙っぽい感じがするんだよね。書いてあることと余白のバランスが絶妙っていうか。それを聴けば、メンバーそれぞれが佐野さんの言いたいことを読みとれる。たとえばベースでいうと、基本は「こういう方向で聴かせたい」という大枠だけが入ってるんですよ。それを自分なりに消化した上でスタジオに集まって、メンバーと一緒にニュアンスを調整していく。実際にやってみて、違うアプローチを試してみることももちろんあります。ただ、大事なところにすごく耳に残るベースのフレーズが入ってることもあって。「なるほど、ここを聴かすためのアンサンブルなんだな」って、何となく聴けばわかるんですよね。たぶんドラムも同じじゃない?

小松シゲル まったくそうです。それを強く感じるのは、リズムパターンよりむしろ音色の部分。たとえばスネアのピッチ感だったり、ミュート具合いだったりですね。いちばんベーシックなビートの音程や長さって、すごく大事じゃないですか。それが歌としっくりきてないと、全体の印象が大きく変わっちゃって。曲自体がすごくよくても、出したかったニュアンスが伝わらない。それこそ手紙じゃないですけど、それに関する示唆は毎回デモにきっちり入ってますね。だから僕も、それに合わせたチューニングを考えていく。

── ベーシスト、ドラマーから見て、佐野さんのリズムへのこだわりはいかがですか?

高桑圭 めちゃめちゃ強いよね。

小松シゲル あの緻密さはすごいですよね。たとえばBPM値でいうなら「74.663」みたいな感じで。数字は適当ですけど、要は小数点3位くらいまで細かく設定されている。きっと佐野さんにとって、BPM「0.1」の差は天と地ほど違うんでしょうね。あの細かさが、最初はいちばん驚いたかもしれないな。たぶん歌詞のハマり具合いというか、いちばんクリアに届くテンポを探ってるんじゃないかなと。

高桑圭 うん。僕も基本的に、佐野さんはリズムの人だと思ってる。リリックとビートの関係もそうだし、曲全体の雰囲気にいちばんぴったりあうテンポもそう。とにかくそこがしっくりこないと、何も始まらないタイプなんじゃないかなって。ただそれって、いわゆるメトロノーム的な正確さとは別ものなんですよね。さっき小松くんのいった小数点3位というのも、単なる機械的なBPMじゃなくて。むしろ佐野さんが「このテンポ感が最適」という思えるスイートスポットというか……。

小松シゲル まったくそうですね。

高桑圭 そこさえクリアできれば、僕たちメンバーが何をやっても「オッケー」って感じになる。だからレコーディングでは、そのポイントを探るのが最初の作業になりますよね。小松くんは、演奏に関して何か具体的に言われたことってある?

小松シゲル 初期の頃はよく「小松くん、ちょっとラッシュしてるね」って指摘されましたね。最近はないですけど、たぶん当時はスネアの2拍目と4拍目が前のめり気味だったんだと思う。佐野さん的には、2と4がビシッと定位置に来ることが大事なんだろうなって。今は自分の中でそう解釈しています。

高桑圭 でもそれって、実は言葉で説明しにくい、感覚的な領域の話じゃない。そこをくどくど説明するのは、ミュージシャンにとっていちばん野暮なことでもあるし。佐野さんも僕らに、身体で感じとってほしかったんじゃないかなって。

小松シゲル まったくそうですね。

高桑圭 実際、佐野さんがバンドに求めているグルーヴ──簡単に言っちゃうとノリみたいなものを僕らが身体で理解するには、けっこうな時間がかかったんですよね。20年やってきた今だから逆によく見える(笑)。最初の数年は試行錯誤の連続というか、お互いに手探り状態だった。


佐野元春
『COYOTE』

2007年6月13日発売


小松シゲル 実は今日の対談のために、ザ・コヨーテバンドのアルバムを改めて聴いてきたんです。そうすると3枚目の『BLOOD MOON』あたりから、最近のライヴに繋がるグルーヴが出てきてるんですよね。もちろんファーストの『COYOTE』、セカンドの『ZOOEY』もいいアルバムで大好きなんですけど、僕自身が感じるバンドっぽさが前面に出てきたのは、やっぱりサードからだと思う。

高桑圭 うん。2015年の『BLOOD MOON』でひとつ、階段を登れた手応えは僕もありました。そう考えると本当に、佐野さんは辛抱強く待ってくれたなと(笑)。

小松シゲル やっぱりライヴの本数を重ねたのが大きかったですよね。

高桑圭 大きかった。2007年に1枚目の『COYOTE』が出て、その2年後にはじめてツアーに出たじゃない。佐野さんクラスは普通やらないようなライヴハウスも細かく回ってくれて。今だから言えますけど、最初はけっこうなアウェイ感があったんですよ。もちろん盛り上がってはくれるんだけどね。でもファンの顔には「とはいえ君たち、仮のバンドでしょ」とも書いてあるという(笑)。まあ、演奏の未熟さゆえにそう感じた部分も大きいとは思うんですけどね。そういう皮膚感覚は正直ありました。特に最初期のライヴは、ザ・コヨーテバンドのレパートリーがまだ少なかったので。ザ・ハートランドやホーボー・キング・バンド時代の楽曲もかなり混じってたじゃない。



佐野元春 COYOTE 2009.7.26 LIVE at ZeppTokyo


小松シゲル いちばん大変だったのなそれっすよね。さっきの話とも繋がりますが、いわゆる佐野元春クラシックってリズムのあり方がすごく独特で。「ロックンロール・ナイト」とか典型的ですけど、要は全然インテンポ(テンポが一定であること)じゃない。たったたったひとつのフレーズ内に、クレッシェンドとデクレッシェンドが混じり合ったりしていて。

高桑圭 ライヴの定番曲でいうと、「悲しきRADIO」もすごいよね。あの曲のテンポの移り変わり具合いは、言葉ではちょっと説明しきれない。

小松シゲル まさに。要は1曲ごとに「このパートはこのテンポ感で来てほしい」という固有のツボがあるわけじゃないですか。リズムセクションだけじゃなく、バンド全体がその感覚を掴むまでけっこう苦労した気がする。だから当時の佐野さんって、ステージアクションが今より大きかった気がするんですよ。それこそオーケストラの指揮者みたいに(笑)。あれは自分が気持ちいいポイントを、身振り手振りでバンドに伝えようとしてくれてたんだと思う。あと、一度はライヴでやったんだけど、その後しばらく封印してた曲もありますし。

高桑圭 うん、いくつかの曲はハマるのにすごく時間がかかった。でもライヴの場数を踏むにつれて、バンドのグルーヴが固まっていって。気がつけば自然に、コヨーテの新曲とクラシックスを混ぜて演奏できるようになっていた。その変化はたぶん、『COYOTE』から『ZOOEY』を経て『BLOOD MOON』に至るプロセスと相似形だと思うんですよね。


佐野元春 & THE COYOTE BAND
『ZOOEY』

2013年3月13日発売


── 当たり前ですが、成熟したグルーヴというものは一朝一夕には得られない。今では鉄壁のアンサンブルを誇るザ・コヨーテバンドも例外ではなかったと。

高桑圭 もちろん。最近はオーディエンスにも、本当の意味で受け入れてもらってるなと感じますしね。レコーディングもライヴも、完全に自分たちのスタイルで演奏できているって自負があります。

いま展開している45周年ツアーも、オーディエンスの反応が凄まじいんですよ(高桑)

明らかに「最近ファンになってくれたんだろうな」という若い世代が増えましたからね(小松)


── せっかくの機会なので、それぞれ“リズム隊の相棒”について日々感じていることも教えてください。まず高桑さんが思う、ドラマー小松シゲルの魅力というのは?

高桑圭 人柄も含めていろいろありますが、ひとつ挙げるとすると独特のシェイク感ですかね。エイトビートのギターロックを叩いていても、微妙に横揺れする感覚があるっていうのかな。ロックでありながらどこかソウルミュージックっぽい、要はダンスのビートなんですよね。一緒にリズムを出していて、その塩梅がすごく気持ちいい。たぶんそれって、佐野さんの思うギターロックの肝の部分なんだと思います。新しい『HAYABUSA JET』シリーズにも、その要素はストレートに出てるんじゃないかなと。1曲目の「Youngbloods」なんか特にそうでしょう。オリジナルより疾走感があって、しかも基本のビートに今っぽいループ感も入っていて。現在進行系の踊れるサウンドになってる。



「Youngbloods(New Recording 2024)」 佐野元春 & THE COYOTE BAND


小松シゲル それでいうと、僕も同じかな。圭さんの刻むエイトビートって、僕からするとやっぱりシェイク感があるんです。テンポの速い曲でもどこか余裕を感じさせるし。フレーズを構成する音の感じもちょうどいい。短すぎず長すぎず、絶妙に叩きやすいんですね。変な表現だけど、1つ1つのマトがでかいというか。

高桑圭 はははは、マトか。なるほどね。

小松シゲル すごいテクニシャンのベーシストでも、マトの小さい人っているじゃないですか。「このタイミングに合わせなきゃグルーヴが出ない」という幅が狭いと、こっちも緊張しますし。どうしても置きにいく感覚が出ちゃうというか、やっぱ全力では叩きづらかったりする。その点、圭さんのプレイは、正確でありつつストライクゾーンもしっかり確保されてる感じがあって(笑)。全力でボールを投げ込める。一緒に演奏していて楽なんですね。

高桑圭 自分ではあんまり考えたことなかったけど(笑)。でも、言いたいことはすごくわかります。呼吸が合わないプレイヤーと演奏すると、知らないうちにフォームが小ぶりになっちゃう。バンドをやる以上、リズムの自由さと一体感は絶対ほしいものですから。そこは無意識の意識なんだろうね。

── ベースとドラムのアンサンブルについて、ふたりで細かく打ち合わせることはありますか?

小松シゲル ほとんどないですね。たとえば、ベースラインとバスドラの合わせ方なんかもそう。リハとかレコーディングを通じて、自然に固まっていくパターンがほとんどで。ふたりだけで特に相談したことはなかった気がする。むしろ圭さんは、リズム以外のアイデアを出してくれることが多いですよね。「ここにもっとこういう要素を入れると面白いんじゃないですか」みたいな感じで。

高桑圭 そもそも僕は、自分をベーシストだと思ってないというか(笑)。ミュージシャンとしては明らかに、ソングライター的な気質の方が強い。重要なのは楽曲全体のアレンジであり、その中でたまたまベースという楽器を担当している感覚なので。リズムだけ取り出して云々する発想そのものがないんだと思う。

小松シゲル コヨーテのメンバーって、佐野さんも含めてみんな本物の音楽好きなんですよ。ライヴの楽屋でもつねに、佐野さんがいろんなアルバムをかけていて。「あ、この感じかっこいいな」とか「今度、試してみたいよね」みたいな。そういう日々のやりとりから、アレンジが広がっていくケースはむしろいっぱいあります。

高桑圭 あとはライヴを重ねるうちに、ふたりの間で自然とアレンジが変わっていくパターンね。たとえばアルバム『ZOOEY』の冒頭に入ってる「世界は慈悲を待っている」なんかもそう。この曲って、実はコードが2つしか使われてないじゃない。でも、そこにぶつけるカウンターメロディーや、リズムの変化で表情がどんどん変わっていく。それこそ小松くんのドラムも絶妙にシェイクしていて。ライヴでもすごく盛り上がるんですよね。しかもエンディングに近づくと、CDとは違うちょっとした決まり事ができてるじゃない。

小松シゲル そうですね。ベースとドラムのフレージングが重なっていく感じ。たぶん最初は、どっちかが2拍3連(2拍の中に3つの音を入れるリズム)を仕掛けて。もう片方がそのシンコペのリズムに乗っかってったんでしょうね。で、その気持ちよさがお約束として定着していった。セカンドだと「La Vita é Bella」もそうで、オリジナルにはない味付けになっている。

高桑圭 ああいうのはやっててすごく気持ちいい。バンドの醍醐味だよね。もはやどっちが始めたのかも覚えてないですけど(笑)。



「世界は慈悲を待っている」佐野元春&THE COYOTE BAND


── その他に、相棒の個性がいかんなく発揮されていると感じる曲を挙げるとすると?

小松シゲル ぱっと思いつくのは、『COYOTE』に入ってる「ラジオ・デイズ」。あの曲って、途中で激しくテンポが変わるじゃないですか。で、2回目の倍テン(2倍のテンポ)パートからアウトロに向かうあたり。メインのコードに対して、圭さんがベースで合いの手っぽいフレーズを入れるんですよ。細かいところだけど、そのフィルがすごくかっこいい(笑)。しばらくライヴではやっていないので、また演奏したいですね。あとファーストだと「Us」は、イントロからベースの基本パターンがめちゃかっこいい。ぱっと聴くとシンプルなフレーズなんだけど、ロックと16ビートの美味しいところ取りっていうか……。それこそひとつひとつの音の長さが絶妙で、叩いていてすごく気持ちがいい。


佐野元春 & THE COYOTE BAND
「ラジオ・デイズ」

2014年3月12日配信


高桑圭 そういえば「Us」もデモ音源なしで、いきなりセッションで作った曲だったよね。音符の長さで印象が変わる曲って、たしかにザ・コヨーテバンドには多い気がします。僕は『ZOOEY』に入ってる「ポーラスタア」。ベースとドラムだけで始まるイントロも気に入ってますし。佐野さんの歌のエモーションに、ドラムがぴったり寄り添ってる感じがすごい。ライヴで演奏するごとに、どんどん人気が高まって。今やアンセムという言葉が相応しいレパートリーになったと思います。



「ポーラスタア」佐野元春&THE COYOTE BAND


小松シゲル あの曲は自分の中で、キース・リチャーズの後ろで叩いてるスティーヴ・ジョーダンを意識した記憶があります。タイトなロックンロールに一抹のルーズさが混じった、エクスペンシヴ・ワイノーズのあの感じ(笑)。それも結局、シェイクってことになるのかな。

高桑圭 だと思う。骨太なギターロックなんだけど、ダンサブルでシェイクするリズム。それがザ・コヨーテバンドのグルーヴなんだと思います。で、それが完全に血肉化したのが3枚目の『BLOOD MOON』ってことなんじゃないかなと。たとえばラテンロックっぽいノリの「バイ・ザ・シー」なんかもそうですし。


佐野元春 & THE COYOTE BAND
『BLOOD MOON』

2015年7月22日発売


── 特別派手なアレンジはないのに、簡潔なリズムパターンそのものに艶っぽさがあります。

小松シゲル あれもライヴで育った曲ですよね。ゆったり横に揺れる感じが、演奏していてすごく気持ちいい。こうして見ると『BLOOD MOON』には、最近のライヴでも頻繁に演奏する重要曲がたくさん入ってますね。「境界線」もそうだし、「紅い月」とか「優しい闇」もそう。粘り気のあるファンクロックの「誰かの神」はサウンドチェックの定番ですし。



「境界線」 佐野元春 & THE COYOTE BAND


高桑圭 あとは『ZOOEY』から『BLOOD MOON』にかけて、佐野さん自身ザ・コヨーテバンドを想定して曲を作るようになったんじゃないかな。アルバムのクレジットからもわかるように、最初の『COYOTE』はやっぱり佐野さんの世界観じゃない。そこに深沼くん、小松くんと僕の3人が、がむしゃらに挑んでった感覚がある。でも『ZOOEY』以降どんどん、メンバーの具体的な顔を思い浮かべるようになって。『BLOOD MOON』で完全に、今のグルーヴと繋がったと。ちなみに僕は、「空港待合室」も大好き。ああいうモッズ的なビートの楽曲って、佐野さん意外と少ないですから。シンプルに盛り上がれて嬉しい。




── 2025年の45周年ツアーを何度か拝見しましたが、本当に強靭なリズムセクションだと思います。『HAYABUSA JET』シリーズもそうですが、佐野さんの楽曲が2025年現在の空気を呼吸していると切実に感じられるのは、グルーヴの力も決定的に大きい。それが生きていてこそ、言葉もよりリアルに響くと言いますか。

小松シゲル そこはやっぱり、バンドで積み上げてきた時間のなせるわざなんですかね。あと、佐野さん自身がひとりの音楽ファンとして、今の音楽を聴き続けてるのも大きい気がします。もちろん昔のロック名盤も好きだけど、同じくらい新しいサウンドにも興味がある。僕も完全に同じなので、そこはすごく共感しちゃう。

高桑圭 今やってる45周年ツアーも、オーディエンスの反応が凄まじいんですよ。全国どの会場に行っても、お客さんがヤバいくらい熱狂的に迎えてくださる。もちろん長年のファンがメインだとは思うんですが、実はそれだけじゃなくて。佐野元春のライヴに今回はじめて足を運ぶ人もけっこう多い。これってバンド冥利に尽きるというか、素晴らしいと思うんですよね。

小松シゲル ステージから見てても、明らかに「最近ファンになってくれたんだろうな」という若い世代が増えましたからね。つい先日も最前列でずっと歌いながらひとりで踊ってた男性がいて。そのダンスが何と言うか、完全にアイドルオタクのマナーだったんですよ。周りの人はちょっぴり驚いたかもしれないけど……。

高桑圭 すごかったよね。でもそういうのって、やってる側としてはグッとこない?

小松シゲル きますきます。だって完全に全曲歌ってましたもん! 佐野さんぐらいのキャリアを持った人で、そんなことってまずないじゃないですか。この先どんな風景が広がっていくのか、ますます楽しみで。

高桑圭 うん。僕たちメンバーはやる気満々だからね(笑)。佐野さんが走り続けるかぎり、ずっとついていきたいなと。

(了)






高桑圭(たかくわ・きよし)

1967年生まれ。東京都出身。ザ・コヨーテバンドのベース、ヴォーカルを担当。ロッテンハッツのベーシストとしてデビュー。解散後は片寄明人、白根賢一と共にGREAT3として始動。2005年にCurly Giraffeとしてソロ・デビュー。ベーシストとして数々のミュージシャンのサポートやプロデューサーとして多岐にわたり活動。




小松シゲル(こまつ・しげる)

1972年生まれ。長野県出身。ザ・コヨーテバンドのドラムス、ヴォーカルを担当。12歳からドラムを始め、早稲田大学在学中にNONA REEVESに加入。深沼元昭、高桑圭と共に2005年に佐野元春の「星の下 路の上」のレコーディングに参加。ザ・コヨーテバンドとしての活動のほか、多数のライヴ、レコーディング・セッションに参加している。



▲ウェブマガジンotonano別冊『Motoharu Sano 45』記事内のEPICソニー期の作品表記は2021年6月16日発売された『MOTOHARU SANO THE COMPLETE ALBUM COLLECTION 1980-2004』ブックレットに基づいています。



MOTOHARU SANO 45TH ANNIVERSARY

エモノート佐野元春