2025年10月号|特集 作曲家で聴く松田聖子

【Part4】財津和夫スペシャル・ロングインタビュー

会員限定

インタビュー

2025.10.22

インタビュー・文/栗本斉 写真/山本佳代子


【Part3】からの続き)

音楽以前の魂とかそういう次元の話になるのかもしれないですが、なぜあんなにも力強くて圧倒的なエネルギーがあるのか不思議です(財津)


── 聖子さんのシングル曲では、財津さんの曲は「野ばらのエチュード」が最後になってしまうんですが、ただその後もアルバムにはすごく良い曲がたくさん入っていますよね。『Candy』というアルバムには「星空のドライブ」という高揚感のある曲が収められていますが、このあたりは覚えていらっしゃいますか。

財津和夫 今となっては知っています(笑)。先にも言ったように、タイトルと曲が一致しなかったので、この曲が「星空のドライブ」っていうんだと後で知りました。

松田聖子
『Candy』

1982年11月10日発売

── あとは、『金色のリボン』というクリスマス企画アルバムには「Blue Christmas」というクリスマスソングが入っていますし、水から顔を出している聖子さんのジャケットの有名な『ユートピア』には「小さなラブソング」と「Bye-bye playboy」という2曲が収められています。どれもとても良い曲なのですが、財津さんの曲っていろんなタイプがあって、ひとりの作家が作っているとは思えないというか、TULIPとも財津さんのソロともイメージが違います。そこがソングライターとしての財津さんのユニークなところだと思いますが、そのあたりはご自身でどう捉えられているのでしょうか。

財津和夫 ちょっと自分ではよくわからないですが、大好きな音楽のタイプやジャンルがすごくたくさんあるんです。それも、「ちょっと好き」ではなく「大好き」なんですよ。だから曲を作る際に、そのジャンルの良さみたいなものを念頭に置いて、どういう依頼を受けたかによって、こんな感じでやってみようとか使い分けをしています。だから、確かにいろんなタイプの曲があると言われますね。悪い意味では、主体性がなくて浮気性なのかもしれない(笑)。

松田聖子
『ユートピア』

1983年6月1日発売

── ソングライターの中には、誰が聴いてもこの人が書いた曲だなとすぐわかるタイプがいて、例えば吉田拓郎さんなんかそうだと思いますが、一方ではいわゆる職業作家的な方、筒美京平さんなどはポップスから演歌までいろんなスタイルの曲を書かれています。財津さんはどちらかというと職業作家タイプのいろんな曲が書けるすごく器用な方なんだろうなって思ったのですが、やはりそのあたりはご自身でも自覚されているのでしょうか。




財津和夫 (ざいつ・かずお)
1948年2月19日 福岡県出身

1971年にバンド【TULIP(チューリップ)】を結成。’72年「魔法の黄色い靴」でデビュー。3作目の「心の旅」(’73年)が週間シングルランキング第1位を獲得後、「青春の影」(’74年)、「サボテンの花」(’75年)、「虹とスニーカーの頃」(’79年)等のヒット作を発表。アルバム35枚、シングル34枚を発表、’89年に18年間の活動の歴史に幕を下ろす。

【TULIP】の活動と並行して’78年からソロ活動をスタート。自身が作詞・作曲した「切手のないおくりもの」(’78年)は、NHK『みんなのうた』で放送され大きな反響を呼び、多くのアーティストにカバーされている。その後「Wake Up」(’79年)はCFソングとなり大ヒット、’93年には「サボテンの花〜ひとつ屋根の下より〜」がドラマの主題歌となりリバイバルヒットした。’97年【TULIP】を期間限定で再結成し、全国ツアーを行なっている。

作曲家として1000曲以上の楽曲提供、アーティスト・プロデュース、ミュージカル音楽制作、さらに俳優などとしても幅広く活躍している。

松田聖子への提供楽曲は、シングル曲「チェリーブラッサム」(’81年)「夏の扉」(’81年)「白いパラソル」(’81年)「野ばらのエチュード」(’82年)や、松田聖子初の映画主演作品「野菊の墓」の主題歌「花一色 ~野菊のささやき~」(’81年)の他、人気のアルバム収録曲など数多くの作品を手掛け、松田聖子のヴォーカリストとしての飛躍の一翼を担った。

財津和夫オフィシャルサイト▶
http://www.zaitsukazuo.com/