2025年7月号|特集 女性アイドル1985

㉒南野陽子「さよならのめまい」|1985年アイドルHIT SONGコレクション!

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レビュー

2025.7.31


南野陽子
「さよならのめまい」 

1985年11月21日発売
作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお/編曲:萩田光雄

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もうナンノこれしきっ!? ’85大ブレイク前夜のめまい



 80年代アイドルの“セカンド・ジェネレーション”の旗手となったのが、ナンノこと南野陽子だ。真新しい感覚で時代を牽引していった。彼女のような新しいスタイルのアイドルが作られたのには、さまざまな理由が考えられる。まずはメディア・ミックスの精度が高くなり、ドラマや映画やMVなどを介して、より親密なアイドル像が出来上がっていった。

 そしてもうひとつは、アイドルという存在そのものが一般化し、歌謡曲というしがらみから解き放されたことにある。テレビの歌番組の片隅に新人歌手として出るのと、ベスト・ヒットを扱う番組に堂々と出演するのとではまったく立場が異なっている。つまりはアイドルというゾーンが確保され、その存在が純化されていった。これには、おニャン子クラブのようなアイドル生成システムが生まれてきた事とも無関係ではない。

 その中心でデビューしたのが南野陽子だ。リアルなお嬢様としてピアノとバレエを習っていた彼女は、高校2年生の時に東京に移り住み、都倉俊一が代表をつとめていたエスワン・カンパニーに所属する。その後、南沙織、郷ひろみ、山口百恵、キャンディーズらを手掛けた名プロデューサーの酒井政利と知遇を得て、CBS・ソニーからのレコード・デビューが決まる。この経緯をみていても、まさにアイドル界のエリートだと言える。
 
 ’85年6月に「恥ずかしすぎて」でデビューするが、その前から南野陽子アイドル化計画は進められていた。西田敏行と桃井かおりが主演したドラマ『名門私立女子高校』に出演したり(役の中での通称は“お嬢”)、キリン・ビバレッジのCMなどに出ている。この杉本哲太と物干し台の上で共演したキリンのコマーシャル・フィルムは、南野陽子の存在を強烈に印象づけたはずだ。

文/小川真一