2025年7月号|特集 女性アイドル1985

【Part1】吉田格が語る当時のアイドルシーン

インタビュー

2025.7.1

インタビュー・文/田中久勝 写真/島田香


南野陽子が’85年デビュー組のトップアイドルになるためには欠かせなかった人物。それが当時のCBS・ソニーでディレクターを務めた吉田格である。アイドル激戦の時代に、いかにして彼女が独自のスタイルを築くことができたのか、当時のアイドルシーンはどのようなものだったのか、そして彼が手掛けた他のアイドル達も含め、制作者側から見たアイドルについて、裏話も交えながら語ってもらった。

他のアイドルと差別化するため、新しい才能との出会いで新しい世界を構築しようとしていた。


── 吉田さんは “格(かく)さん” の愛称でアーティストや関係者から慕われていますので、今日も格さんと呼ばせていただきます。格さんは70年代から90年代にかけて川﨑麻世、SHOGUN、NASA、To Be Continued、シネマ、Two of Us 等数多くのアーティストと、原田知世、南野陽子を始め人気アイドルを世に送り出しています。

吉田格 ’76年にCBS・ソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)に入社し、’79年から邦楽ディレクターとして色々なアーティストにかかわらせていただいて、初めて一人で担当したアイドルが原田知世さんでした。当時私は異動で仙台営業所に赴任していて、一年半位経ったとき所長から「明日、東京に行ってくれ」と言われ、サウンド・シティ・スタジオに行くと、そこにいたのが原田さんでした。

── 原田さんはキャニオンレコード(現ポニーキャニオン)や東芝EMI(現ユニバーサルミュージック)を経て、CBS・ソニーに移籍したんですよね?

吉田格 そうなんです、ソニーが角川のレーベル「KADOKAWA RECORDS」を立ち上げることになって、僕は原田知世さんと野村宏伸さんの担当になりました。角川春樹社長(当時)が、「現時点でアイドルを担当していない人がいい」と、ソニーサイドにリクエストしたようで、それで僕に声がかかりました。所長から「とにかく行ったらわかるから」と言われ、東京に戻ってサウンド・シティ・スタジオに行くと、ちょうど「天国にいちばん近い島」のリズム録りをやっていて、そこで原田知世さんと初めて会い、アレンジャーの萩田光雄さんとも再会しました。


原田知世
「天国に一番近い島」

1984年10月10日発売


── 原田さんを担当しながら、南野陽子さんと出会うわけですが、そのきっかけは?

吉田格 作曲家・都倉俊一さんの紹介です。’79年から’80年にかけてリリースした都倉俊一グランドオーケストラや、都倉さんとシンガー若子内悦郎さん、芹澤廣明さん(通称:ワカとヒロ)で組んだヴォーカル・ユニットのWINDSを担当していたこともあって懇意にさせていただいていたのですが、「こんな娘がいるんだけど」と、写真を見せていただいたのが南野陽子さんでした。まず「少年マガジン」(講談社)へ売り込み、“マガジンガール” としてグラビアで大特集してくれました。

── のちに「アイドル四天王」と言われた4人のうち、工藤静香さん以外の浅香唯さん、中山美穂さん、そして南野陽子さんがデビューし、さらにおニャン子クラブがデビューするなど、1985年はアイドル史的に重要な年と言われています。南野さんを他のアイドルとどう差別化しようとスタートしたのでしょうか?

吉田格 当時は菊池桃子さんや斉藤由貴さんに代表されるお嬢様ブームでした。南野さんも神戸のミッション系の高校に通う文字通りのお嬢様だったので、彼女のライフ・スタイルを曲に反映させると面白いかもしれないと思いました。



── 斉藤由貴さんも’85年デビューで、さらに南野さんものちに出演するドラマ『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』の二代目麻宮サキを演じ、まさにライバルでしたね。

吉田格 斉藤由貴さんの存在は本当に気になっていました。「卒業」、「初戀」、「情熱」等、一連の漢字二文字シリーズは名作だと思うし、あれは南野さんに欲しかったコンセプトでした(笑)。斉藤さんに続いて二代目麻宮サキ役を演じさせてもらえて、主題歌、挿入歌も歌わせていただき、でもドラマや映画の内容に寄り添う内容の楽曲でした。それ以降は、僕の中では、どちらかというとシンガー・ソングライターが作るようなライフ・スタイルを綴った楽曲を彼女に歌わせたいと思いました。ユーミンや竹内まりやさんが歌っているような曲を、南野さん流にやってみたというのがコンセプトです。なのでアイドルでのライバルは斉藤由貴さんだけど、世界感はユーミンやまりやさんを意識していました。自身が学生時代から体感、リスペクトした音を彼女の作品に、幅寄せしていったっていう感じでしょうか。

── キラキラした世界感ではなく、ライフ・スタイルに焦点を当てたことがはまった。

吉田格 神戸に住んでいる南野陽子という女子校生の視点や心模様を描きたいと思いました。例えば通学風景。いつも阪急電車の急行の何両目に乗って、ひょっとしたら斜め前には好きな男の子が乗っているかもしれないとか、日曜日には神戸三宮やポートアイランドでみんなで遊ぶとか、映画を観に行くならどんな映画? どんな本を読んでいるんだろうとか、休日や夏休みは何をしているのか等、彼女にも話を聞きながら生活スタイルをシミュレーションして、イメージを作家陣と共有して世界感を作っていきました。例えばユーミンが書いた「まちぶせ」の、友達との三角関係のシチュエーションを彷彿とさせる「接近(アプローチ)」、「話しかけたかった」の歌詞は好きな男の子に声をかけたいけどかけられない、切ない女性心を描いたものでユーミンの「DESTINY」という曲から発想したり、ユーミンが書いた「『いちご白書』をもう一度」から発想して、映画『E.T.』をテーマにした「リバイバル・シネマに気をつけて」という曲を作ったり、色々なテーマやアイディアを普段から用意しておいて、それを基に作詞家にプレゼンをして、一緒に膨らませていきました。何人かの作家が曲ごとにチームとなって創作していました。


南野陽子
「恥ずかしすぎて」

1985年6月23日発売


── 確かに南野さんはデビュー曲「恥ずかしすぎて」は都倉俊一さんの作曲でしたが、その後は作曲は来生たかおさん、亀井登志夫さん、岸正之さん、木戸やすひろさん、国安わたるさん、朝倉紀行さん、作詞は小倉めぐみさん、康珍化さん(「接近」の森田記も康の別名義)、田口俊さん、戸沢暢美さんといった、それまで歌謡曲やアイドル・ポップスを手がけてきたいわゆる職業作家ではなく、これからという新しい若手作家陣の作品が多いです。

吉田格 都倉さんからはチクリと言われましたが(笑)、僕が担当していた野村宏伸さんもそんな感じでした。南佳孝さんや杉真理さんとかニューミュージック系のアーティストに曲を書いてもらいました。原田知世さんもそうでしたが、ライバルの薬師丸ひろ子さんが歌詞は松本隆さん、曲はユーミンや筒美京平さんが書き、斉藤由貴さんも松本さん×筒美さんのコンビだったので、差別化をしなければいけませんでした。松本さんからは「南野さんの曲書かせてよ」というラブコールが、編曲の武部さんからもアレンジぜひ……と、度々ありましたが、事情をお話してやんわりお断りしていました。

── 他のアイドルとの線引きを明確にしていったんですね。

吉田格 そこは差別化しないとダメだと思いました。それがアーティストを守ることにつながると思ったし、結果的にライバルがいたからこそ、切磋琢磨しながらいい作品が出来上がったのだと思っています。だから大御所の先生方にはお願いできないので、当時は無名だけど気の合うクリエイターとやろうと、色々な作家に声を掛けました。南野さんのポイントになる作品をお願いしていた康珍化さんは、僕が以前担当していたバンド、ザ・パイロッツで初めて仕事をしました。ザ・ワイルドワンズというか、ビーチ・ボーイズ・サウンドをやろうと「シーサイド・ドライブイン」(’82年と)いうシングルを発売したのですが、僕が仙台営業所に異動になってしまって、結局解散してしまうことに……。

── 康さんはその後、杉山清貴&オメガトライブの一連のヒット曲を始め、チェッカーズ、上田正樹、高橋真梨子、杏里、岩崎良美「タッチ」、中森明菜、小泉今日子、KinKi Kids他でヒットを飛ばす大ヒットメーカーになります。

吉田格 そうなんです。ザ・パイロッツでやっていたコンセプトがオメガトライブで花開いたという(笑)。康さんは以前僕が担当していたバンド、NASAの亀井登志夫さんと大学からの親友だったり、そんなつながりがあったり、例えば作詞家養成スクールにもアンテナを張ったりしていました。山川啓介さんの作詞教室から出てきたのが、のちにSMAPの楽曲も手掛ける作詞家の小倉めぐみさんというように、新しい才能との出会いで、新しい世界を構築しようとしていました。

── 南野さんの世界感を構築した上で、やはり「言葉」、歌詞を大切にしてきた。

吉田格 もちろん曲、アレンジの力は大きいけど、言葉、歌詞はとても重要視しました。個人的に現代詩が好きだったので、康さんとはそういう話をいつもしていました。

【Part2】に続く)




●吉田格 (よしだ・ただし)
1976年にCBS・ソニーに入社。1978年より邦楽ディレクターとなり、川﨑麻世、SHOGUN、原田知世、To Be Continued、知念里奈など50組を超えるアーティストを担当。南野陽子では8作連続を含むシングル9作をヒットチャート1位に送り込む。1999年には「GOLDFINGER'99」で郷ひろみの再ブレイクに成功する。2002年からはソニー・ミュージックダイレクトにて山口百恵トリビュートアルバムや、五輪真弓、大貫妙子、太田裕美、尾崎亜美、辛島美登里、サーカス、ブレッド&バター等々、アラフォー・アイドル“Blooming Girls”(南野陽子、森口博子、西村知美)のプロジェクトも手掛けている。現在 Spring Tune Inc. を立ち上げ、作家マネージメントや音楽制作、イベント制作を始動。