2025年6月号|特集 ジャパニーズ・フュージョン

【Part1】 栗本斉 『CROSSOVER CITY』シリーズ企画・監修・選曲・解説

インタビュー

2025.6.2

インタビュー・文/真鍋新一 写真/山本佳代子


シティポップ・リバイバルブームの余波を受け、近年スポットの当たる機会が増えているジャパニーズ・フュージョン。このたび栗本斉の選曲によって、新たな視点でこのジャンルを紹介するコンピレーション『CROSSOVER CITY』のシリーズ5タイトルが2025年5月21日、一斉にリリースされた。ソニーミュージック、キングレコード、ユニバーサルミュージック、ビクターエンタテインメント、日本コロムビア……レコード会社5社の共同企画で、各社の膨大なカタログからそれぞれ、これはという楽曲が選ばれた。今回の『CROSSOVER CITY』プロジェクトについて、選曲の意図はもちろん、フュージョン、クロスオーヴァーというジャンルへの想いまで、たっぷりと話を伺った。

『CROSSOVER CITY』シリーズの裏テーマは「歌のないシティポップ」なんですよ(栗本)


── さて、今日はどこからお話を始めようかと思うのですが……『CROSSOVER CITY』。まずこのタイトルからして、シティポップとの連続性を強く感じさせますね。

栗本斉 まさにそこが肝です。これまでに出してきたコンピレーション作品の『CITY POP STORY 〜 Urban & Ocean』や『CITY POP GROOVY '90s -Girls & Boys-』のように、僕の切り口で選んでみるならやっぱりそこだろうと。

── でもフュージョンではなく、クロスオーヴァー。

栗本斉 最初はフュージョンをタイトルに打とうかと思ったんですが、なんだかしっくりこなかったんです。例えば『シティ・フュージョン』と言われても、ちょっと古臭さを感じてしまって。

── サウンドはともかくとして、言葉自体が古びている感じがするのはたしかにそうですね。

栗本斉 音楽のジャンル名としてはクロスオーヴァーのほうが古くて、70年代にジャズからの延長でこうしたスタイルの音楽が流行り始めた時はそう呼ばれていました。

── いま現在との時間的な距離感のせいなんでしょうか。古さもある程度年数を重ねるとネガティブなイメージが取れますね。クロスオーヴァーなら、古くさいというよりも、懐かしさと新鮮さのバランスがちょうどいいです。

栗本斉 リアルタイムの人にはもちろんピンとくるし、これからこういう音楽を聴く若い人にもイメージを伝えやすい。うまくハマったと思います。

── なるほど。そもそも今回の企画の成り立ちはどういったものだったのですか?

栗本斉 まず2年前に監修した『CITY POP STORY 〜 Urban & Ocean』というコンピレーションが最初にあってこそでした。あの時に、いわゆるヒット曲を集めるのではなく、自分なりに「これが今のシティポップの定番」と思える選曲をしてみたところ、いろいろと発見があったんですよ。「攻めた選曲だね」と言われたこともあったし、旧来のシティポップの捉え方とは違う部分もあったと思うのですが、セールス面で結果を出せたこともあって、自分の考えていることは間違いなさそうだという実感を持ちました。


Various Artists
『CITY POP STORY 〜 Urban & Ocean』

企画・選曲・解説:栗本斉
2023年発売


── 実際、既存の知名度や評価軸にとらわれない選曲で統一されたシティポップのコンピはそれまでなかったですからね。

栗本斉 それで去年の『CITY POP GROOVY ’90s -Girls & Boys-』で90年代シティポップという新しい価値観を提示できたので、「ジャパニーズ・フュージョンでもできないだろうか?」と。これが企画の発端です。シティポップについての本を書いたり、メディアでいろいろ話したりしているなかで、それほどメインではないにしても、やっぱりフュージョンの話は避けて通れないんですよ。


Variaou Artists
『CITY POP GROOVY ’90s -Girls & Boys-』

企画・選曲・解説:栗本斉
2024年発売


── カシオペアや高中正義さんのようにシーンを主導的に牽引したアーティストがいて、シティポップと同じような位置付けで同時期に大衆化が進んでいったという経緯がありましたしね。

栗本斉 そうそう。これもシティポップと同じように、今の視点でシーンを俯瞰してまとめたものはないなと思ったので、ここは自分がやってみようと。最初はこれまでと同じように2枚組にして、ソニーミュージックから出た楽曲をメインにしつつ、他社から音源を借りながら構成しようと思ったんですけど、いざリサーチを始めてみたら本当にたくさんの楽曲を再発見してしまって。それはもうすごい量だったんですよ。CD2枚で終わらせるにはあまりにももったいなかった。

── それで5社それぞれのエディションが誕生したわけですね。

栗本斉 レーベルごとのカラーもありますから。こうなったら全部出してしまおうと各社の担当者に相談してみたところ、快く乗ってくださった。それでこのような形で実現できたんです。

── こうして改めて一度に全部聴くのは大変でしたが、実に豪華で贅沢な体験でした。フュージョンを聴こうと思うと各アーティストのアルバムに直接アクセスしてしまうので、あまりコンピで楽しんだことがなくて。

栗本斉 もちろんフュージョンのコンピレーション自体はこれまでも出ているんですが、やっぱりリアルタイム世代向けの作品なんですよ。それはそれでニーズはあるのだろうと思います。ただ、『CITY POP STORY 〜 Urban & Ocean』を作った動機がそうだったように、このアーティストなら今は定番曲よりもこっちのほうだろうとか、この人のギターを聴くならこっちのメロウなほうがいいだろうとか、いろいろと考えるわけです。リアルタイム世代にとって納得できる内容というよりも、想定する対象はこれからフュージョンを新たに聴く人、そしてシティポップの流れで聴き始めた人、あとは海外のリスナーに楽しんでもらえるように。そのあたりを見据えて、これまでの固定観念にとらわれないでジャパニーズ・フュージョンを楽しむにはどうしたらいいか? そういう視点で選曲をしました。


── 栗本さん自身は最近またフュージョンが来てるんじゃないかと実感したのはどんな時だったんですか? さっきも日本ではシティポップとフュージョンが近いところにあるという話がありましたが。

栗本斉 Spotifyのシティポップ系のプレイリストをよくチェックするんですが、たまにフュージョンの曲が割と自然な感じで混じっているんですよ。だから、こういう文脈で聴かれているんだな、これをシティポップとして聴いてもいいんだな、ということを自分なりに再発見する機会は多々ありました。そういえば自分も昔はそういう聴き方をしていたし……と。

── 最近、シティポップのレコードをかけてる若い人のDJを聴いていると、そこにインストの楽曲も入ってくることもあるんですよ。

栗本斉 あぁ、やっぱりそうなんですね。

── えぇ。どうしてもレコードがかかる現場というのはリアルタイムに近い年齢層のなかに若い人がちらほら混じっているという感じになるので、シティポップに近いジャンルで、かつ年上のみなさんのウケも良くということで、ごく自然な流れでフュージョン方面へ移っている印象はありました。結果として、若い感覚で当時の人が選ばないような曲をかけてみんなが驚くというようなことで。

栗本斉 80年代のフュージョン・ブームの頃からの方を除けば、僕らより若い世代でこのジャンルを専門的にじっくり聴いてきたという人はあまりいないと思うんです。僕も含めて、洋楽のAORや日本のシティポップと並べて楽しんでいる人がほとんどでしょう。

── だから、シティポップの文脈でフュージョンを捉え直すことで驚きや発見が生まれる。今までとは聴かれ方が違ってきてるぞというムードをすごく感じるんです。

栗本斉 最初に種明かしをしてしまうと、今回の選曲意図の裏テーマは、「歌のないシティポップ」なんですよ。あえてパッケージには銘打っていませんが。例えば、もしもこのサウンドに日本語の歌詞が乗ったら、きっとシティポップの名曲になっただろうな……と思えるものをけっこう入れたつもりなんです。

── ……ちょっといま一瞬、ベンチャーズの曲とそこに歌詞をつけた歌謡曲のことを考えてしまいましたが、そういう関係性がシティポップとフュージョンの間にあってもいいですよね。実際、今回のビクターエンタテインメント編『-Misty Morning-』に収録された松原正樹さんの「Ballerina」はのちに松原みきさんが竜真知子さんの歌詞で歌われてますが、他の曲にももっとそういう展開があったら面白かったのに。

栗本斉 たしかにヴォーカルや歌詞に重きを置いて音楽を聴いているリスナーにとって、歌のないインストゥルメンタルは不親切な音楽なのかもしれないです。でも逆に、いま現在、時代にこだわらず、サウンド指向でシティポップを楽しんでいる人たちには、これがきっとバッチリ刺さってくれるんじゃないかと思っています。


Various Artists
『CROSSOVER CITY -Misty Morning-』

2025年5月21日発売
ビクターエンタテインメント編


── サウンド指向のシティポップ好きにとってみたら、ジャパニーズ・フュージョンというジャンルは大鉱脈でしょう。楽園なのか、ご馳走なのかわからないですが、それがいま目の前に広がっているんだという。CD5枚分もあればその意図は十分に伝わりますよ。

栗本斉 さらにフュージョンの世界にハマってもらうきっかけを少しでも用意しておこうと思って、CDのブックレットには各楽曲のミュージシャン・クレジットも入れました。個別の楽曲のメンバーがわからない楽曲に関してはアルバム全体のクレジットを載せていますが、こういう人たちが参加しているからこういう音になるんだ、というものを音と文字情報の両方で答え合わせのように楽しんでもらえるように。これもこの手のジャンルの楽しみ方としては大きいですから。

── それで言うと、コロムビア編『Park Avenue』を目を閉じて聴いていたら、山下達郎さんの「ついておいで」みたいなトロンボーンの音が聞こえるぞ? と思って。曲目リストを見たらやっぱり向井滋春さんの「Hip Cruiser」でした。レコーディングの時期も近いし、別に楽器のプロフェショナルじゃなくてもそれはわかるものなんだと。こういう答え合わせほどリスナーにとってうれしいものはないですね。

栗本斉 そういうことなんです。ここから派生して、個別のミュージシャンを追いかけて聴くこともできるし、ミュージシャン同士の交流みたいなものが見えてきたりもする。こういう発見があると、音楽の聴き方はもっと広がるし、楽しくなりますよね。少し話はそれますけど、子どもの頃にTVで聴いた「出前一丁」のCMソングの歌が大滝詠一さんだったと後で知って驚くような、そんな経験の積み重ねが耳を育てていくんです。


Various Artists
『CROSSOVER CITY -Park Avenue-』

2025年5月21日発売
日本コロムビア編


── 今はリスナーが音楽にアクセスする環境は40年前とは段違いに恵まれていますから。配信で音楽を聴くと歌詞もクレジットもリスナーに届かないという懸念は常に言われていますけど、こんな時代だからこそ、リスナーが能動的に情報を取りに行く聴き方をしだすと、すごい勢いでハマっていくはずですよ。

栗本斉 『CROSSOVER CITY』は、聴き手が出されたものをただ受け取るのではなく、自分から音楽を追い求めていく時代がもう1回来てくれたらいいな……という願いも込めつつお届けしたつもりです。

【Part2】に続く)




栗本斉 (くりもとひとし)
音楽と旅のライター、選曲家。1970年生まれ、大阪出身。レコード会社勤務時代より音楽ライターとして執筆活動を開始。退社後は2年間中南米を放浪し、帰国後はフリーランスで雑誌やウェブでの執筆、ラジオや機内放送の構成選曲などを行う。開業直後のビルボードライブで約5年間ブッキングマネージャーを務めた後、再びフリーランスで活動。著書に『ブエノスアイレス 雑貨と文化の旅手帖』(毎日コミュニケーションズ)、『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS)、共著に『喫茶ロック』(ソニー・マガジンズ)、『Light Mellow 和モノ Special』(ラトルズ)などがある。2022年2月に上梓した『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社新書)が話題を呼び、各種メディアにも出演している。近著は2023年刊行の『「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社新書)。『CITY POP STORY 〜 Urban & Ocean』(2023年)、『CITY POP GROOVY ’90s -Girls & Boys-』(2024年)、『CITY POP STORIES -’70s & ’80s-』(2024年)、『CROSSOVER CITY』シリーズ(2025年)など数多くのコンピレーション・アルバムの監修・企画・選曲・解説を手がけている。