2025年5月号|特集 角松敏生
Part1|Contemporary Urban Musicを巡るストーリー
解説
2025.5.1
文/馬飼野元宏

Part1:デビューから再構築路線のスタートと呼べる『Summer 4 Rhythm』へ
角松敏生の最新作『Forgotten Shores』が4月30日にリリースされた。
近年の角松敏生は、Contemporary Urban Musicシリーズとして、第1弾『MAGIC HOUR〜Lovers at Dusk〜』を2024年5月15日にリリース。その7ヶ月後に第2弾となるギターインストアルバム『Tiny Scandal』を発表。そして今回の『Forgotten Shores』が第3弾となる。
このContemporary Urban Musicシリーズの中核は、その時代の技法を、その時代の記憶を持った者が再現することにある。もちろん、彼と同時代を生きてきた職人肌のスタジオミュージシャンたちが、その時代の音を忠実に再現していることも重要だ。今、優れた技術を持つミュージシャンを起用してのスタジオレコーディングは膨大な予算と手間がかかるので、レコード会社も敬遠する方向にあるが、敢えてそこに拘る角松の姿勢は、70~80年代の豊潤なサウンドに慣れ親しんだリスナーにとっては、大きな希望であるだろう。角松本人も、ライヴ至上主義の現代の音楽エンターテインメントでは、スタジオ作品が無価値化してゆき、だがそこに最後まで拘り続けたい、という思いが込められているのだから。
今回リリースされた『Forgotten Shores』は’24年の暮れから制作をスタートさせ、本来は半年かけたかったところ、5月からのツアーに間に合わせるために3ヶ月の強行軍で作り上げたという。とてもそんな短期間で制作されたとは思えぬ、緻密で完成度の高い内容だが、本人の言葉によると、アルバムのテーマは
・毒にも薬にもならない
・しかし、なんとなく聴くと高揚する
・聴き終わった後に何かが心に残っているのでもう一回最初から聴き直してみたくなる
そういった作品を目指したのだそうだ。自虐とも皮肉とも取れる発言ではあるが、むしろこの時代に自身が手掛けてきた音楽と常に向き合い、客観視しているようにも思える。
各曲の中には80年代のリゾートミュージックにあった様々なギミックや、サウンドのマナーが再現されており、リゾートムードの楽曲だけでなく、’80sのファンクディスコ風「Domino City」や、痛快なギターカッティングだけでその時代を想起させる「Step Out」なども組み込まれ、「あの時代に存在したかもしれない」ポップチューンが見事な形で再現されている。
変拍子や転調を多用した楽曲も多いが、このあたりが本家アメリカの西海岸サウンドやブラックコンテンポラリーにはあまりみられない、日本独自のポップスの発展形と言える。現在、シティポップと括られている日本の70~80年代のポップスは、欧米のサウンドの模倣から始まっているものの、本家よりも凝りに凝ったメロディー構築やサウンド作りをするのが特徴で、それが結果としてそのアーティストの個性になり、引いては日本独自の「シティポップ」に変貌していったと言えよう。本家にない独特のメロディー展開やサウンド作りが、外国のリスナーから面白がられているのは当然の帰結点でもあるのだ。これはシティポップに限ったことではなく、ディスコミュージックもユーロビートも、あるいはオールディーズですらも、「和製」として作られることで、本家よりも凝りまくった作品が生まれてしまう。80年代の角松作品もそんな色合いが濃いのである。
さて、角松が提唱するContemporary Urban Musicシリーズは、直訳すると「現代の都会的な音楽」。彼がなぜこのような形での作品制作を始めたのか。それは彼の長いキャリアを遡ることによって真意が理解できるはずで、ここではまず、彼の音楽キャリアを簡単に振り返ってみたい。

角松敏生
『SEA BREEZE』
1981年6月21日発売
角松敏生は日本大学文理学部在学中の’81年に、シングル「YOKOHAMA Twilight Time」とアルバム『SEA BREEZE』でデビューを果たした。当初は大滝詠一や山下達郎のブレイクで、俄かに盛り上がったリゾート感覚のポップ・ミュージックを展開していたものの、3作目『ON THE CITY SHORE』の先行シングル「スカイ・ハイ」が人気となる。同時期に杏里のプロデュースで成功をおさめているが、’84年のアルバム『AFTER 5 CLASH』ではニューヨーク系ファンクに傾倒し、’85年の『GOLD DIGGER』でその路線が本格化。スクラッチやラップの導入なども時代的にはかなり早く、ファンク系ダンスミュージックは彼の強力な個性となった。この時期から90年代にかけては、中森明菜や中山美穂など当時のトップアイドルをプロデュースし、アイドル歌謡に本格的なトレンドのポップセンスを注入することに成功している。また、’87年の『SEA IS A LADY』では村上ポンタ秀一や斉藤ノブなどを起用し、本格的なフュージョン・スタイルのインスト・アルバムを発表している。80年代の角松敏生は、トレンドミュージックから時代の最先端サウンドへと向かっていった。

角松敏生
『SEA IS A LADY』
1987年7月1日発売
90年代以降は内省的な作品が増え始め、一方では歌手活動凍結宣言を行い5年間のブランクがあったものの、’99年の『TIME TUNNNEL』以降は、民俗音楽にもその幅を広げ、’02年の『INCARNATIO』では三線やアイヌの弦楽器トンコリを始め、和太鼓や篠笛などを用いたサウンドを作り上げている。このように角松敏生は常に自身の音楽のスタイルを変化させつつ、トレンド音楽との折り合いをつけてきた。
角松の活動形態が大きく変化し始めたのは’03年の『Summer 4 Rhythm』からで、「海・夏・空港」をテーマにした同アルバムは、80年代前半の彼の作品に顕著だった世界観の21世紀的継承にもなっている。この路線はシリーズ化され、第2弾としては「都会と夜」をテーマにした’10年の『Citylights Dandy』を発表する。このあたりが、今回のContemporary Urban Musicシリーズに連なる、再構築路線のスタートと呼べるだろう。かと思えば’14年のアルバム『THE MOMENT』でいきなりプログレへのオマージュをやってのけるなど、常に新たな方向性を模索している。また、この間の’12年にはリメイクのベスト盤『REBIRTH 1 〜re-make best〜』をヒットさせており、セールス面での成功と、新たなポップ・ミュージックの開拓と、80年代サウンドの再構築という3つの課題を見事に成立させているのだ。

角松敏生
『Summer 4 Rhythm』
2003年8月6日発売

角松敏生
『Citylights Dandy』
2010年8月4日発売
80年代音楽再構築のスタート地点である『Summer 4 Rhythm』は、「もし、『ON THE SHORE』の頃に、今のテクニックやボギャブラリーを持っていたら、こんなアルバムになったであろう」という発想から生まれた作品だ。80年代音楽の現代的アップデートをこの時から構想しており、バック・トゥ・ザ・’80s的なものは、シティポップが流行する以前から、すでに角松の中にあったものなのだ。そして過去の楽曲をリメイクする「REBIRTH」のシリーズと合わせ、角松敏生の80年代再構築は新たな展開を見せていく。
(【Part2】に続く)
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Part2|Contemporary Urban Musicを巡るストーリー
解説
2025.5.12