2025年3月号|特集 奥田民生 29-30
『29』:Part1|名盤『29』『30』を徹底分析
解説
2025.3.3
文/小川真一

『29』:Part1
「674」
奥田民生の初めてのソロ・アルバム『29』は、’95年の3月8日にリリースされた。録音した時が29歳だったから、アルバムのタイトルも『29』。この単刀直入のぶっきらぼうな感じが民生らしい。その記念すべきソロ・アルバムの1曲目を飾ったのが「674」だ。なぜタイトルが“674”かというと、歌詞の内容とはまるで関係なく、自宅の電話番号の一部だという。なんとなく響きがよくて気に入ったからタイトルにした。この豪放さが、またしても奥田民生なのだ。ソロ作の1曲目がアコースティック・ギターの弾き語りというのも面白い。このアルバムは確か海外録音盤のはず。それでもギター1本の曲を冒頭に選んでいる。なお、この曲には“太鼓持ちトーク”として鈴木銀二郎の名前がクレジットされている。これは、ユニコーンのマネージャーであった“銀ちゃん”こと鈴木銀二郎のことだ。奥田民生といえば、“だらだら主義”でお馴染みだ。これはダラけているという意味ではなく、究極の自然体を示す言葉。「674」の中で、“だらだらだらけの ばか野郎”と自ら“だらだら主義”を宣言している。そういった意味でも、この「674」は奥田民生の独立宣言であったのだ。
「ルート2」
2曲目の「ルート2」はワイルドなロックン・ロールで、ニューヨーク録音らしさがよく出ている。数多くのレコーディングに参加しているセッション・ドラマーのスティーヴ・ジョーダン、西海岸でウォーレン・ジヴォン、ジャクソン・ブラウンなどのアルバムに加わっているギタリストのワディ・ワクテルなど、超一流の凄腕ミュージシャンが奥田民生と一緒に演奏している。タイトルの「ルート2」は、民生の生まれ故郷である広島を貫く国道2号線のこと。歌詞の内容もまさにドライヴィング・ソングで、愛車を駆って西へ東へと走り回る様子が描かれている。海外レコーディングで、さぞかし自分のアイデアを盛り込んだのでは、と思いきや、アレンジはバック・ミュージシャン任せだったとか。このあたりの他力本願が、奥田民生らしさであるのかもしれない。それとも、どんな曲調であれ、俺が歌えば俺の歌。といった自信の表れであるのだろうか。ともあれ痛快。こんな歌を歌ってくれるのなら民生に付いていこう。そんな気持ちにさせてくれる1曲であり、ソロ・アルバムに相応しい曲であると思う。
「ハネムーン」
なんとも実直なラヴ・ソングだ。愛憎が入り混じった複雑な感情を、切々と歌い上げている。とはいえどこかオチがあるようにも感じられるのは「ハネムーン」というタイトルのせいだろう。大雑把のようで、その中に繊細さが隠されているようなメロディーだ。奥田民生はこういった旋律の組み立て方が実に上手い。凝ったところはないのに、いつまでも心に残る。まったく不思議なソングライターだ。サウンド・メイクをよく聞くと、ザ・ビートルズ的なセンスがうかがえる。4人の中でいえばジョン・レノンに近い。頭で構築していくのではなく、天性と本能がそうさせるのだろう、大きなウネりのようなものを感じさせてくれる。サウンドの渦を作り出し、その中に自分を置くという手法だ。鳴きまくり、弾きまくりのワディ・ワクテルのギターが素晴らしい。ソロも豪快だが、民生が歌っているバックでもギターを弾きまくっている。このギターのサウンドを活かして、曲に強烈な個性を植え込んでいく。このあたりは、奥田民生という音楽家の才能であるのだと思う。

-
『29』:Part2|名盤『29』『30』を徹底分析
解説
2025.3.6